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3 娼館に入る男、それを見る男
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あの人は何故僕を?そうは思っていたのはほんの数日。彼は日にちを置かず、定期的に僕に会いに来た。好きだと、結婚したいと言いながら僕の返事を待ち続ける。従順で真っ直ぐで熱烈な彼の態度にじわじわと絆され僕も段々と彼の言葉を揶揄いや軽い思いではなく本気だと信じるようになっていった。
次に彼が来るのはいつかな。そう思うとふわふわした気持ちが募っていく。会っても会ってもその想いは消えず、どんどん高くなり、何時でも彼に会いたいとまで転じた頃、僕は見てはいけないものを見た。
その日は夜が明るい満月の日だった。
月がなくともいつも明るいこの地区は、その灯りに更に輝きを増し僕の目を焦がす。
今日は特に人が多い。それならここも、誰かお得意様かお嬢さんか誰か寄ってくれないかな。そう思い道を眺めていると、店に入ろうとしている、知っている顔。
喉が潰れたような音が零れでる。
「……っ、ぁ、う、うそ」
……あれはケレイブさん?
あんなによく顔を見たのだ。間違えるはずがない。
彼の白と黒の耳も、筋肉が着いているがっしりとした体も、青白磁色の光をよく反射する瞳も、硬そうな短い髪も。
信じたくなくとも、あれは確実に彼であった。
ガンガンと強く打ち付けられたような痛みで頭が揺らぐ。
『僕は「また」間違った』『分かっていたのに調子に乗ったからだ』『友情も恋愛も勉学も僕には無理だったんだ』『好きなんて嘘だったんだ』『違う。僕が臆病だったからだよ。自分都合でしか考えられない、卑怯者!』
もう自分が自分を罵る言葉が頭から離れない。ザラザラと流れる呪言が止まらない。それらに、違う、あの人は僕だけと言ってくれるだろうと反論しようにも僕はずっとそう思わない道を選ぶことを躊躇した。
だって、僕は劣等生だから。こんなことになるのも当たり前だと思ってしまったから。
感情の濁流にぐるぐると視界が回ってしまい、ぎゅうと強く頭を抱える。苦しい。痛い。
痛む身体の端っこで僕は過去を思い出す。
僕はつい数年前まで研究所へ通っていた。成果を上げ始めてきた頃であったその時、よくしていた友達に裏切られた。
成果物と論文を盗作され、取られたと告発しても信じてもらえず逆に僕の方が虐められる対象になってしまった。いや、それを信じさせるほどの人脈と人間力が無かったのが悪かったと言ってしまえばそこまでだけれど。辛くて苦しい記憶なのは確か。
あれも人を信じてしまったことが間違いだったのに。
今度こそと彼を無条件に信じてしまった。僕は誰も信じてはいけないのに。信じることは自分を曝け出すことなのに。
僕は……
「ねね、店員さん。どうしたのぉ?私、ローズクォーツの館に置くお花が欲しいと思ってここに来たんだけど今はダメそぉ?」
しゅるしゅるとお嬢さんの持つ猫のしっぽが頭を掴む右腕に絡まるっていた。そこに付けられた鈴の音が自分の意識をこちらに引き戻す。
ああ、そうかいまは仕事中か。
そうだ、ぼくにはまだこの仕事がある。
「……あぁ。僕は大丈夫ですよ。ただ、立ちくらみを起こしてしまっただけです。あの角のお店にお花ですか?お決まりになったら僕がお送りいたしますよ」
「ええっ!本当に?ありがとぉ。人が足りなくて困ってたの。助かるぅ」
囲いを落とされ自分の剥き出しになった感情を仕事で無理やり抑え込んだ。今日は人の出の多い夜だから仕事はいっぱいあるだろう。
キラリと輝いて落ち、グロテスクな影を落とした涙は無視した。
次に彼が来るのはいつかな。そう思うとふわふわした気持ちが募っていく。会っても会ってもその想いは消えず、どんどん高くなり、何時でも彼に会いたいとまで転じた頃、僕は見てはいけないものを見た。
その日は夜が明るい満月の日だった。
月がなくともいつも明るいこの地区は、その灯りに更に輝きを増し僕の目を焦がす。
今日は特に人が多い。それならここも、誰かお得意様かお嬢さんか誰か寄ってくれないかな。そう思い道を眺めていると、店に入ろうとしている、知っている顔。
喉が潰れたような音が零れでる。
「……っ、ぁ、う、うそ」
……あれはケレイブさん?
あんなによく顔を見たのだ。間違えるはずがない。
彼の白と黒の耳も、筋肉が着いているがっしりとした体も、青白磁色の光をよく反射する瞳も、硬そうな短い髪も。
信じたくなくとも、あれは確実に彼であった。
ガンガンと強く打ち付けられたような痛みで頭が揺らぐ。
『僕は「また」間違った』『分かっていたのに調子に乗ったからだ』『友情も恋愛も勉学も僕には無理だったんだ』『好きなんて嘘だったんだ』『違う。僕が臆病だったからだよ。自分都合でしか考えられない、卑怯者!』
もう自分が自分を罵る言葉が頭から離れない。ザラザラと流れる呪言が止まらない。それらに、違う、あの人は僕だけと言ってくれるだろうと反論しようにも僕はずっとそう思わない道を選ぶことを躊躇した。
だって、僕は劣等生だから。こんなことになるのも当たり前だと思ってしまったから。
感情の濁流にぐるぐると視界が回ってしまい、ぎゅうと強く頭を抱える。苦しい。痛い。
痛む身体の端っこで僕は過去を思い出す。
僕はつい数年前まで研究所へ通っていた。成果を上げ始めてきた頃であったその時、よくしていた友達に裏切られた。
成果物と論文を盗作され、取られたと告発しても信じてもらえず逆に僕の方が虐められる対象になってしまった。いや、それを信じさせるほどの人脈と人間力が無かったのが悪かったと言ってしまえばそこまでだけれど。辛くて苦しい記憶なのは確か。
あれも人を信じてしまったことが間違いだったのに。
今度こそと彼を無条件に信じてしまった。僕は誰も信じてはいけないのに。信じることは自分を曝け出すことなのに。
僕は……
「ねね、店員さん。どうしたのぉ?私、ローズクォーツの館に置くお花が欲しいと思ってここに来たんだけど今はダメそぉ?」
しゅるしゅるとお嬢さんの持つ猫のしっぽが頭を掴む右腕に絡まるっていた。そこに付けられた鈴の音が自分の意識をこちらに引き戻す。
ああ、そうかいまは仕事中か。
そうだ、ぼくにはまだこの仕事がある。
「……あぁ。僕は大丈夫ですよ。ただ、立ちくらみを起こしてしまっただけです。あの角のお店にお花ですか?お決まりになったら僕がお送りいたしますよ」
「ええっ!本当に?ありがとぉ。人が足りなくて困ってたの。助かるぅ」
囲いを落とされ自分の剥き出しになった感情を仕事で無理やり抑え込んだ。今日は人の出の多い夜だから仕事はいっぱいあるだろう。
キラリと輝いて落ち、グロテスクな影を落とした涙は無視した。
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