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76愛してると言った人は‥
しおりを挟む私は大急ぎで西の辺境伯領に転移陣で送ってもらった。
シュナウト殿下も後を追うと言っていたが待ってはいられなかった。
転移し終わるとで迎えもいなかった。私はすぐに神殿の表に走り出た。
神宿石は真新しい石がすでに奉納が終わっていた。
新しい神宿石は遠くに沈みかけた夕焼けに溶け込むように山の頂をまさに橙色の絨毯が敷かれたような景色と一体化していた。
あんな災害は嘘ではないかと思えるほど。
それにしてもこんなに時間が経っていたなんてと思った。
周りを見渡せばすそ野に見える町の建物は倒壊していたり道路に亀裂が走っていたり大木が倒れていたりしてあちこちに被害が広がっていた。
けが人もたくさん出ているに違いない。聖女様が来て治癒をしてると聞いている。私も後で向かうつもりだ。
まあ、あのロドミール嬢は謹慎中とセダ神官から聞いたので安心だけど。
王都の神殿の診療所にやって来た貴族に言い寄ったらしい。彼女は高位貴族との婚姻を目指しているとか。婚活もいいですけど聖女なんですからと私は言いたい。
ちょうどテト神官に出会った。
「テト神官。良かった。ラセッタ辺境伯はどちらです?」
「これはリンローズ様。王都の神殿での祈りはいかがでしたか?」
彼の顔は気難しい。
「はい、ガイアン大神様が4神様を説得して下さいました」
ぱぁと晴れやかな顔になるテト神官。
「それは‥「ええ、ですがここの神。セレネーン様はまだお怒りで‥すぐにラセッタ辺境伯にお会いする必要があるのです」それはまた‥ラセッタ辺境伯ならば邸におられるはずです。先ほどやっと神宿石の奉納を終えられて、あちこちの被害の情報を整理したいと急いで帰られましたので」
「そうですか、ありがとうございます」
私は急ぎ足で駆け出す。
「そうそう。彼はかなり魔力を使われたご様子でした。もし良ければ回復魔法をかけてあげるといいかも知れません」後ろからテト神官の声がした。
「わかりました~」私は返事をする間も惜しんで邸を目指した。
*~*~*
ラセッタ辺境伯邸に走り込む。
「ラセッタ辺境伯はどちらにいらっしゃいます?」
出会った使用人に尋ねる。
「きっと旦那様は執務室かと‥」
「ありがとう」
「でも、今は‥」使用人が何か言いかけたが待っている暇はない。
私は大急ぎで執務室の扉を開けた。ノックもなしに‥‥
「ああ、そうだ。もっと強く‥うぅぅぅ~」
「くちゅくちゅ、じゅぼじゅぶぅぅ‥」
目の前に繰り広げられる光景に私の身体は固まった。
信じられない。
ネイト様は執務机の横で下履きをずらして股間には侍女と思われる女の顔がある。
女は跪き必死で彼のモノに奉仕している最中だ。
この世界の私であればそれが何をしているのかすぐにはわからなかったかもしれない。
でも、私は前世の記憶を持つ久保鈴子。その行為がどういう事かはすぐに理解できた。
「こ、これは一体どういう事?ねいと‥さま。あなたは私を愛してるんじゃなかったの?」
心の声がだだ洩れる。
「なっ!どうして‥おい、やめろ。言いから離れろ!クッソ」
ネイト様は私に気づくと女の顔をはぎ取る。髪を引っ張り無理やり腰を引きくるりと後ろを向いてズボンを直した。
「もぉ!誰よ。邪魔よ。旦那様がお怒りなのが分からないの?」
女が文句を言いながら立ち上がりびしょびしょに濡れた唇を手の甲で拭った。
げっ!アシュリー?どうしてあなたがここにいるの?
「まあ、誰かと思えばリンローズじゃない。どうしてあんたがここにいるのよ」
「そ、それはこっちのセリフよ。あなたこそ!修道院送りになったって聞いたわ」
そうよ。アシュリーは修道院に送られたって。
「あんな辛気臭い所行けるわけがないじゃない。護衛兵にちょっとね。楽しませてやったのよ。それで手前のこの街で下ろしてもらったの。まったく。王都みたいな店も何もないんだから。でも、お腹は減るじゃない。だから、ここの屋敷の侍女に応募したの。でも、もう貴族とは名乗れないから平民ということにしたらメイドしかさせられないって言われて。まあ、でも仕方がないって思ってたら旦那様が帰って来たの。それでね。うふっ‥旦那様の欲を解放させる事が出来るかって聞かれて‥もちろん私から手を上げたわけじゃないのよ。地震があって侍女や使用人がかなり実家とかに帰ったみたいでその係の女がいなかったみたい。でも、旦那様ったら私の奉仕がすごく気に入ったみたいで‥これもう3回目なのよ。旦那様。リンローズは私の異母姉なんです。お気になさらず続きをしますわ。リンローズ早く出て行って!」
アシュリーは自信たっぷりにつらつらとしゃべり、彼に近づく。
バシッ!
アシュリーの伸ばした手が払いのけられた。
ネイト様が慌てて口を開く。
「リンローズ。誤解だ。これは何でもないんだ」
「何でもない?」
何でもない?どういう‥ネイト様の言葉が理解できない。
「これはただの欲の解消。そうだ。排泄行為なんだ」
「排泄行為?」
排泄行為って‥私は理解が追い付かない。
「ああ、俺はいつも溜まるとこうやって排泄行為をするんだ」
「だって‥」
これは立派な浮気じゃない。他の女とそんな事をするなんて常識じゃ考えられないわよ。私は言葉が出てこない。
「だから、この行為に感情はないんだ」
「じゃあ、アシュリーがここにいるのはどういう事?」
アシュリーがはっと我に返りネイトのそばに近寄った。
ネイト様はアシュリーの髪をぐいっと引っ張り言った。
アシュリーは強く引っ張られた髪が痛いらしく悲鳴を上げる。そんな事など耳に入らないかのように彼は「うるさい!黙れ。クソが!」そう怒鳴りつけてアシュリーの頬を打ち床に倒した。
そんなアシュリーを彼は汚いものでも見るような蔑んだ目で見ると、くるりと視線を私に向けた。
「‥リンローズ。こいつがアシュリーか、そう言われてみれば‥だが、全く別人に見えるな。とにかく俺は名前も知らなかった。彼女だと気づいたのもリンローズがそう言ったからで‥とにかくさっきの事は俺に取ったらいつもの溜まった欲を吐き出すだけの行為なんだ。使用人だってそうだ。これはただの仕事と思っている。わが辺境伯では代々当主になる人間はこうやって他で子供を作らないよう躾られてきた。愛してるのはもちろん君だけだ。わかってくれるな?」
「何をおっしゃってるのか理解できませんが」
「だから、愛してるのは君だけだ」
「へぇ、あなたにとっての愛はこんな薄っぺらいものなんですね。普通の方ならあの言葉が真実ならばこんな事はなさらないはずです。あなたを信じた私がばかでした」
って言うか私おかしい事言ってる?
「待ってくれ。話し合おう。話せばわかるはずだ。私は君を愛してる。ほんとなんだ」
「そんなの愛じゃありません!ネイト様。婚約のお話はなかったことにして下さい」
「待ってくれ。こんな事どうでもいい事だろう?」
はっ?あなたの常識について行けません。
「いいえ。あなたとは絶対に結婚しません!」
それ以上ここにはいられなかった。
いられる訳がない。
まったくばかみたい。
こんな男に。
ちょっと優しくされたからって。
私は何をしてたんだろう。
愛してる?ふざけるなってぇのっ!
執務室を飛び出すと私はたまらず外に走り出た。
「待ってくれ!リンローズ。話を聞いてくれ」
「いやです。来ないで!あなたなんか大っ嫌い!」
涙で周りはかすんでどこをどう走っているかもわからない。
とにかく夢中で走った。そのうちネイト様の声も途絶えた。
突然声がした。セレネーン様だ。
【あれがあなたの愛する人?残念ね。ほら、やっぱり人間はゲスな生き物なの。真実の愛なんて無理なのよ。こうなったらこんな街は壊れてしまえばいいのよ。国中を滅ぼせばまたガイアン様がうるさいから.でも、この辺境はぶっ壊してもいいわよね】
「それは‥で、でも、愛がなくても人間は正しい行いは出来るはず。お願いセレネーン様やめてください」
【いやよ】
ぷつりと声が途絶えると。
立っていた地面がいきなり盛り上がる。
地響きを上げて地面がうねり地表が割れて行く。
私の身体はぐらりと揺れてその裂け目に引き込まれて行く。
ああ‥もうだめだ。でも、私一人の犠牲で済むならそれでもいい。
二度目は断罪ではなく人の役になって死ねるならいいかも知れない。
そんな事が脳裏をよぎる。
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