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しおりを挟むそれから3週間が過ぎた。
ミシェルはいくら何でもやり過ぎだとニコライのところに苦情を言いに来た。
「陛下、王妃様からルヴィアナの王妃教育をしなければと伺い3週間が経ちました。もうそろそろルヴィアナを屋敷に帰らせていただけませんか?」
ミシェルは今日こそルヴィアナを連れて帰るつもりだ。
「ああ、そんな事を話していたな。ルヴィアナもずいぶん頑張ってるんだな」
ニコライはのんきにそんな事を言って執務官のダリオに席を外させる。
ミシェルはますます腹を立てる。
「まあ、そのようなのんきなことを申されて、こちらにも準備しなければならないことがたくさんあります。今すぐ連れて帰りますから王妃に取り次いで下さい」
「まあ、ミシェルそう焦るな。実は話がある…ランフォードはダンルモア公爵家のご息女との婚約がすでに調っていた事が分かって、次期国王の話はなかった事になった」
「えっ?どういうことです?ではルヴィアナは誰と結婚するのです?」
まさに目が点になった。ではルヴィアナは誰の為に王妃教育を受けているのですと…
「そうなればディミトリーの王位継承権を戻すしかない。だからルヴィアナはディミトリーと結婚させる」
「まあ、でも大丈夫なんですの?ディミトリー様はすっかり気落ちしていると聞きましたが…」
「いや、こうなったら結婚をやめさせるわけにいかんと思って、まだ知らせていないんだ。ミシェルとの約束だからルヴィアナと必ず結婚させるから」
「では、シャドドゥール公爵でもいいのでは?だって、ディミトリーは陛下の子供ではないのですよね?」
それならルヴィアナが好いている人がいいというものですとミシェルは思った。
「いやぁ…それは私の勘違いだった。実はクレアを問い詰めた。そしたらはっきり言ったんだ、自信たっぷりに私の子供だと、だからランフォードがダンルモア公爵の令嬢と婚約していてくれてちょうど良かったんだ」
ミシェルの顔が真っ蒼になって行く。
「どうした顔色が悪い。気分でも?」
「だって陛下はおっしゃったじゃありませんか、ディミトリーは自分の子供ではないと…だから私はルヴィアナとの結婚を望んだのですよ。ルヴィアナは…ルヴィアナは…」
ミシェルは泣き崩れる。
「ミシェルどうした?ルヴィアナがどうしたんだ?」
ミシェルは泣きじゃくり喉を震わせて言った。
「ルヴィアナは陛下の子供です。夫が事故に遭ってニコライあなたは私を支えて下さった。そばについて慰めて…あの時私たちは…いえ、私は間違いを犯したとは思っておりません。王妃ともうまく行ってないとおっしゃって私があなたに出来る事はそれくらいしかなかったのですから…でもまさか妊娠してしまうとは思っていませんでした。でも、あなたにお話する事はどうしても出来ませんでした。私は夫が事故に遭う前に出来た子供と偽ってルヴィアナを生みました。そうするしか道はなかったのです。だからこそルヴィアナを王妃にしたかったのです。だから約束を守ってほしいと兄にも強く迫って…」
ニコライはがばっと立ち上がった。身体がふらつきテーブルの端をぐっとつかむ。
ぎょっとした顔でミシェルを見つめる。でも焦点はあっていないのか瞳は力なく口も半開きのままだ。
驚きで喉も塞がったのか声すら出てこない。
そうしてしばらくしてやっと声を出した。
「ミシェル…それは本当なのか?ルヴィアナが我が娘…そうとすればこの結婚は…だが今さら中止するわけには…もう他国には案内状を送ってあるんだぞ!」
「私だってこんな事になるとは…」
ミシェルも驚きであっけに取られている。
「仕方がない。ふたりを結婚させて事情を説明しよう。夫婦として振る舞うが、夫婦の関係は持たない事にするしかない。子供は側妃を設ければよい」
ニコライは恐ろしい考えを言った。
「いいえ、そんな結婚をさせるわけにはまいりませんわ。そういう事なら結婚はお断りします。ルヴィアナはランフォードを好いているようでしたし、ディミトリー殿下と結婚すると知れば嫌がるに決まっていますもの。すぐにルヴィアナを連れて帰ります」
「でもどうすればいい?結婚式はもうすぐなんだぞ!レントワール国の王家が恥をかいてもいいと?」
「そんな事私は知りません。国王のお力で何とかなさればいいではありませんか。王妃もいらっしゃることですし、そうだわ。ダンルモア公爵家の娘と入れ替わればいいのです。そうすれば体裁は取り繕えるはずですわ。それにダンルモア公爵も納得されるでしょう。では急ぎますので失礼します」
ミシェルはニコライの止めるのも聞かず部屋を立ち去る。そして王妃のいる居住スペースに急いだ。
あんな事を言ったけれどもちろんそれは無理だと分かっていますわ。ルヴィアナには可哀想だけどランフォードを諦めさせるしかないですもの。
とにかくルヴィアナを早く連れて帰らなければ…こうなったらルヴィアナが王の子供だとはっきり言ってやりたいくらいですわ。
そうだ。アバルキア国の王子とでも結婚なんてどうかしら…ミシェルの希望は大きく膨らんだ。
ニコライはここですぐに近衛兵にミシェルを止めるように言えば良かったが、彼も今聞いたことで頭がいっぱいでそんな余裕はなかった。
ミシェルは首尾よく王妃のところに行くとルヴィアナに面会を申し出た。
もちろん連れて帰るなどとは言わずに…
だけど、ルヴィアナにはランフォード様の婚約の事を話すしかないわ。
王妃のリビングルームに通されて出てきたのは王妃クレアだった。
「まあ、これはクーベリーシェ伯爵未亡人。ご機嫌いかが?」
「はい、ありがとうございます王妃様。申し訳ありませんがルヴィアナに会わせていただきたくこちらまで参りました」
「まあ、そうでしたの。ごめんなさいね。いきなり王妃教育が間に合いそうになくてご無理を言って、すぐに呼んでまいりましょう」
クレアは侍女にルヴィアナを呼んでくるよう伝える。
しばらくするとルヴィアナが部屋に入って来た。
ルヴィアナは美しいドレスに身を包んで完璧な所作でソファーに座った。
「お母様、お久しぶりでございます。今日は?」
「まあ、ルヴィアナすごくきれいよ。これも王妃様のおかげかしら…あの王妃様少しふたりで話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
「まあ、ごめんなさい。気が付かなくて‥そうですわね。もうすぐ結婚式ですから積もるお話もありますわね。では、私は失礼します」
クレアはそう言うと部屋から出て行った。侍女にも退室を頼んでふたりきりになる。
「ルヴィアナ、あなたの結婚相手がどなたか知ってるの?」
「もちろんです。お母様ったら…ランフォード様に決まってるじゃありませんか」
「やっぱり…」
「えっ?違うんですか?」
「結婚するのはディミトリーとです。ランフォード様はダンルモア公爵家のご息女と婚約されていたんですよ。だから次期国王の話は取りやめになったのです。知らなかったのですか?」
「知りません。私はてっきりランフォード様と結婚するとばかり…それでランフォード様は何と?」
そう言えばあれっきりランフォード様ともお会いしていませんわ。では、もしかして婚約の話は…脳が痺れて心臓がどくっとして胸がぎゅっと痛んだ。
「さあ?あの方とはお会いしていませんからね…とにかくすぐにここから出ましょう。ですがどうやって…」
「いいえ、お母様心配いりません。私、そんなお話でしたらすぐにお断りしますわ。さあ、帰りましょう」
「ええ、帰りましょう」
ミシェルとルヴィアナは立ち上がると部屋を出る。
「あのどちらに?」声を掛けたのは侍女のリネットだった。
「ルヴィアナを連れて帰ります。王妃様にはどうぞよろしくとお伝えください」
ミシェルが背筋を伸ばしてきちんとした所作でお礼を言う。
「申し訳ありません。ルヴィアナ様をお返ししていいか王妃に聞いてまいりますのでしばらくお待ちいただけますか?」
「いいえ結構よ。心配されなくてもルヴィアナの結婚相手がディミトリー殿下に変わったことは知っていますから…ルヴィアナを連れて帰ることは陛下もご承知です。では私たちは失礼します。さあ、ルヴィアナ急ぎましょう」
「えっ?お母様」
ミシェルはルヴィアナに黙るように首を横に振る。
ルヴィアナも意図を分かったらしくそれ以上何も言わなかった。
そしてふたりは侍女たちが止めるのを振り切って王妃の間を後にする。
***********
ルヴィアナは安全なところまで来ると母に聞いた。
「お母様、さっきの話本気ではないですよね?」
「ああでも言わなければあなたを連れ出せなかったかもしれないからです。わかってますよね?」
「もう、どうしてこんな事になったのです…私、一度ランフォード様にお話を伺わなければ…」
「いいですかルヴィアナ。あの方の事はもう諦めなさい。婚約が決まっているというなら話をするだけ無駄というものですよ」
「いいえ、そんなはずはありません。ランフォード様が嘘をつかれるはずがないのです。私にはわかっています」
ランフォード様はロッキーだったのです。だからあの人の気持ちが嘘であるはずがありません。
あんなに堂々と結婚を申し込んで下さったのですから…
そうは言ったものの、やはり心の底では心配でたまらない。
「そこまで言うなら仕方がありません。彼に会ってはっきりさせればいいですわ。そうだわ。今から執務室に行ってみましょう。レイモンドもいるはずですしランフォード様がどちらにいらっしゃるかわかるかもしれません。でもルヴィアナがっかりするに決まっています」
「もう、お母様ったらがっかりなんかしませんわ!」
ルヴィアナは心からランフォードを信じていますから…いえ、きっと…たぶん…先細りの自信はいつしか大きな不安に変わっていた。
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