ご機嫌ななめなお嬢様は異世界で獣人を振り回す

はなまる

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 男たちはゲラゲラ笑っている。

 やっと一人の男が後ろに振り返った。


 くららの顔は驚きでひくついた。

 むさくるしい髭ずら、頬はこけて無は鋭い眼光をさらしている。

 そんな強面な男が睨みつけるとしゃべり始めた。

 「何を馬鹿なことを言ってやがる。お前たちを売って俺らは家に帰るんだ。家には腹をすかした子供が待ってる。いいからつべこべ言わずに黙ってろ!これ以上しゃべったらその口をふさぐぞ!それとも痛い目に遭いたいのか?」

 男がもう一度鋭い目つきでくららを睨みつけた。

 あまりに恐ろしい顔にくららはその場にしゃがみ込んだ。

 ここがどこかもわからない。

 見たこともない男たち。

 時代錯誤の景色や身なり。


 まるで…まるで…

 中世のヨーロッパみたいなところに、わたしはどうしてこんなところに来てしまったのかしら。

 そうだ!警察に電話をすれば何とかしてもらえるかもしれません。

 周りを見るが思い出した。そうでした。父の所に話をしに行って、バッグも携帯電話も持っていませんでした。

 でももし持っていたとしても携帯電話が何の役に立つのでしょう。

 もしかして、わたしはタイムスリップでもしてしまったのでしょうか…‥


 くららは虎獣人のマクシュミリアンに聞いた。

 「あの…ここはどこなんですの?それに今は西暦何年でしょうか?教えていただけると助かるんですけど…」

 「君こそそんな身なりでどこの誰なんだ?」

 今度はマクシュミリアンが聞く。

 「申し訳ありませんけど。わたしには神楽坂くららという名前がありましてよ。くららと呼んでいただけないかしら…」

 マクシュミリアンは啞然とした顔でくららを見る。


 「まあ、わたしとしたことが、失礼いたしました。アクシュミ様と言った方がよろしいかしら?」

 「だから‥僕はマクシュミリアンだ。くららさん。いいか、ここはステンブルク国。大陸の西の端にある小さな国だ。年号はステンブルク年歴428年だったはずだ」


 くららの脳がその情報を受け入れようと試みる。

 だけど…そんなばかなことがあるはずありません。

 きっとわたしは悪夢を見ているんです。そうに違いありません。

 こんなことが現実に起こるはずがあり得ません。

 くららの顔は真っ蒼になり体はぴくぴく震え始めた。

 「おい、しっかりしろ!」

 マクシュミリアンがくららの体を支えて叫んだ。


 彼に支えられてくららは倒れずに済んだ。

 「ありがとうございます。アクシュミ様」

 「おい、大丈夫か、気分が悪いのか?」

 くららはうなずく。 

 当たり前です。こんな訳の分からない世界にいきなり放り込まれたんですから…

 きっとわたしはあの時死んだのですわ。その時何か異常事態が起こって別の世界に体ごと来てしまったのでしょうか。

 もう、どうしたらいいのでしょう。困りました。

 くららはうつむいたまま小刻みに体を震わせている。



 「女が気分が悪いらしい。何とかしてやってくれないか。お前たちの大事な商品なんだ。面倒見るのが当然だろう?」

 マクシュミリアンが馬に乗った男たちに声を荒げて言った。

 「へへっ、そんなに心配ならお前が何とかしてやれ毛むくじゃら。その毛で温めてやればいいじゃねぇか。くっくっくっ…」

 男は気味の悪い声で笑った。

 

 マクシュミリアンは牙をギシリと鳴らした。

 「くららさん、良ければ僕の体にもたれるといい。少しは温かくなるだろうから…君は冷え切っている」

 「ええ、ありがとうございます」

 くららはマクシュミリアンの腕にゆっくりともたれた。

 ふわりと頬に当たる被毛が何とも気持ちがよかった。

 何だかティグルに触れていると錯覚してしまいそうです。

 無意識に彼の腕にすりすりして体を預ける。

 「さあ、今はもう何も考えないで目を閉じて…」

 彼は不自由な手を動かしてくららがもたれやすいように体を横向きにしてくれた。

 くららはその体にもたれるとそっと目を閉じた。

 そのまま眠ったらしく夢を見ていた。

 ティグルと一緒に眠る夢を…ティグルは雄猫で毛はふわふわした虎猫だった。眠るときはいつもベッドに入ってきてくららはいつもティグルを抱いて眠ったものだった。



 「うふっ、ティグル大好きよ‥‥むにゃむにゃ‥‥」

 「ああ、僕も大好きだ」

 「ティグルしゃべれますの?」

 くららはがばっと起き上がる。

 「くッ、目が覚めた?」

 虎男がクスっと笑った。

 「あなた…‥?」

 「僕はマクシュミリアンだよ。くららさん…」

 マクシュミリアンがくららを見つめる。

 思わずそのヒスイ色の瞳に吸い込まれそうになる。その瞳の奥に悲しみが見えて、なぜか心がギュッと締め付けられてしまう。

 

 馬車がガタンと揺れて、体が浮き上がった。

 くららは現実に引き戻される。

 わたし…夢を見てましたの?



 「ほら、おりろ!さっさとしろ!とろとろするんじゃねぇ」

 いきなり荷台の扉が開いて、さっきの男が声を荒げた。

 隅に座っていた女の人たちが立ちあがってぞろぞろ荷台を下り始める。

 くららはどうしていいかわからずその場に座り込んだままだ。

 「いつまで座ってんだ。ほら、早くしろ!」

 男が荷台に上がってきてくららの手を強く引っ張った。

 「何なさるんですか!やめていただけないかしら」

 くららは男に捕まれた手を振り払うと自分の手をスーツのスカートで拭う。

 「クッソ!」

 男がくららの殴ろうと手を挙げた。

 「悪いがこの人はまだこの状況がよくわかっていないらしい。そんな暴力はやめてくれ。僕が連れて行ってもいいか?」

 「ぐっ、…ああ、そうだな。お前もうれしいんだろう?人間の女に好かれてよう。ひゃっひゃっひゃっ」

 男が意味ありげに笑いをこらえる。


 マクシュミリアンはそんなことに構うことなくくららに声をかける。

 「くららさん、着いたらしい。ここでおりるんだ。さあ行こう」

 くららはマクシュミリアンに促されて荷台から下りた。

 くららは辺りを見てそこに立ちすくんだ。


 そこは両側に古ぼけた西洋風の建物が立ち並んでいた。いわゆる町の中心部のようなところらしい。

 真ん中に馬車が2台通れるほどの道があり、人間や人の姿をしているが頭に耳がある人たちが行き来している。時折荷台を引いたマクシュミリアンのような毛むくじゃらの獣人もいた。


 くららは過呼吸に陥り息が苦しくなる。

 「くららさん?落ち着いて…ゆっくり息をして…ほら、ああそうだ」

 マクシュミリアンはくららが次にどのような状況に陥るかまるで知っているかのように的確にくららをサポートしてくれる。

 「大丈夫か?」

 「はい、何とか…まあ、ありがとうございます。アクシュミ様」

 「まあ、いいか。君は今相当混乱しているみたいだし、僕たちはここでお別れだろうから…」

 マクシュミリアンはそれでもくららを支えていてくれた。


 「いつまでとろとろしてるんだ。こっちだ。早く来い!」

 「わかってる。すぐに行く」

 マクシュミリアンはくららの手を取って歩き始めた。


 その瞬間。くららの頭に映像が広がった。

 ここはどこでしょう?大きな宮殿のような建物が見えていますけど…

 彼は屋根の上で作業しているらしい。何かを取ろうとして足を踏み外した。ああ、大変だわ。彼が屋根から落ちた。下には大きな石が積んであり彼はうめき声を上げてそのまま動かなくなった。

 きっと死んでしまうか大けがを負うに違いないわ。


 大変です。くららはとっさにマクシュミリアンの手を引っ張った。

 「あの…あなたはこれからどちらに行かれるんです?もし屋根に上がるようなことがあったら決して登ってはいけません。あなたは死ぬかもしれませんわ」

 「はっ?いきなり何を言うんですか。獣人はそんな危険はいつも隣りあわせです。僕たちは奴隷と同じで危険な仕事や重労働しかさせてもらえないんですから、大丈夫です。でも僕を心配してくれるんですね。ありがとう」

 「いいえ、違うんです。あなたに死の危険が迫っているんです。アクシュミ様わたしの言うことを信じて下さい」

 「くららさん、あなたは頭でも打ったのですか?道理で最初からおかしいことばかり言っていたはずで…」

 「違うんです。わたしには‥‥」

 くららはそう言いかけて口を閉じた。

 こんなことを言っても誰も信じてくれる人はいなかった。

 彼を助けなければ…

 でも、どうしたらいいんですの?

 毛むくじゃらの虎男。

 でも今のくららにとってこの世界で唯一頼れる存在に思えた。

 この虎男を失いたくない。

 くららはとっさにそう思った。



 
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