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しおりを挟む「だんなどうです?黒髪に黒い目の女なんてめったにいるもんじゃありませんぜ」
奴隷商人の男達は人買いの主人にくららを押し出して見せつける。
「やめてくださいませんか。わたしそんなつもりはありませんわ」
「おい、女は嫌がってるじゃないか。大丈夫なのか?紹介した貴族の家から逃げ出すなんてことがあったら大変なことになるんだからな」
「そこはもう良く言い聞かせますから。何せまだ来たばかりで慣れていないんです」
むさ苦しい男たちは、くららを後ろに引き寄せて主人にごまをする。
「おーい、獣人が入ったって?」
そこに王宮の増築を請け負っている親方が入って来た。
「ああ、これはタンクス親方じゃありませんか」人買いの主人の声が弾む。
タンクス親方はいつも獣人を引き取ってくれるのでたいそう助かっていた。
「おい、獣人をここに」
「はいすぐに」
マクシュミリアンが連れて来られる。
「虎獣人か、ちょうどいい力がありそうじゃないか。よしすぐに連れて帰る。今日も忙しくてな」
「そうでしょうね、王宮の工事だとさぞかしご苦労がおありでしょう?」
「ああ、出入りはうるさいし、材料も値が張るものばかりだ。扱いに気を使うんだ」
店の主人と親方は、たわいもない世間話をし始めた。
マクシュミリアンは諦めたようにじっとしていたが、いきなり親方に話しかけた。
「親方、この黒髪の女を一緒に連れて行って欲しいんです。見かけも珍しくて器量もいいでしょう?お城で侍女をして使えるんじゃないですか?」
「おっ、どれ‥‥そうだな。国王が物好きだそうだからな。そうだ。俺の知り合いが侍女長をしているから話を付けてやろう。おい主人こいつも一緒に連れて帰る」
「いいんですか?」人買いの主人が驚いたように聞いた。
「どうした?先約でもあるのか?」
「とんでもありません。親方がいいならうちも助けります。まだ行き先も決まっていませんし、どうぞ獣人と一緒に連れて行ってください」
そんな会話を聞いていたくららは我慢がならない。
「待って下さらない。わたしはまだ何もお返事していませんわ。そうやって勝手なご相談をするのはやめていただけませんか?わたしは売り物ではありませんのよ。こんな野蛮な商売があるなんて信じれません」
くららは憤慨した。
わたしはこれでも日本では有数の大手家電量販店メーカーの一人娘ですのよ。そのわたしがこのような扱いを受けるなんて信じれませんわ。
でもこの世界ではそんな事も通用するはずもありませんわ…‥
くららはいきまいては見たものの、肩をがっくりと落とした。
「お前が決めれるとでも‥‥ハハハ」店の主人はくららを蔑むように見て笑う。
「親方、この女はすべてがこの調子でして、いいんですか本当に?」
「ああ。よく見れば結構いい女じゃないか、磨けば使えそうだ。遠慮はいらん。連れて帰る」
くららはそんな好き勝手を言われてまた頭にくる。
まだ言い足りないですわ!と口を開こうとした。
マクシュミリアンが急いでくららのそばに来て耳打ちをした。
「いいからくららさん、今は黙って僕に任せてくれないか」
くららはマクシュミリアンをじっと見る。彼が嘘を言っているようには見えない。
それに行くあてすらないのだ。それにマクシュミリアンと離れ離れになりたくないと思ってしまう。
くららはうなずいて口を閉じた。
「それでいくらだ?」親方が懐に手を入れる。
「はい、ふたりで1000マーブルでどうでしょう?これでもかなり値引いてるんですよ親方」
「ああ、いいだろう」
親方は財布から金貨を取り出すと人買いに金を払った。
「さあ、急いで戻ろう。今日は忙しいんだ。お前名前は?」
マクシュミリアンはとっさに考えた。王宮に行くと言うことは…‥
「はい、マクシュです。よろしくお願いします」
「女名前は?」
「神楽坂くららと申します。どうぞよろしくお願いします」
もうどうしてこんな人に挨拶なんかしなくてはいけませんの。
くららは腹が立ってはいたがとりあえず丁寧にあいさつだけはした。
「何だ、お前けっこう礼儀作法わきまえてるじゃないか。こりゃいい買い物をしたかもな。はっはっは…」
親方の機嫌はすこぶるよかった。
すぐに親方が載って来た馬車に乗り込むと出発した。
ガタゴト道をしばらく行くと遠くに王宮が見えた。
くららはマクシュミリアンと二人きりになるとすぐに尋ねた。
「あの、どうするおつもりなんでしょうか?」
「ああ、しばらくは言う通りに従って、いずれ時期が来たら逃げようと思っているところなんだ。その時は一緒に連れて行ってあげようか?くららさんは国に帰ればいい」
「それは無理ですわ。わたしには帰る国なんてありませんのよ」
まさか知らない異世界から来た何て言っても信じてはいただけないでしょうし…どうやって帰れるかもわかりませんもの。
「くららさんやっぱり頭でも打ったのか?帰る国が分からないなんて…じゃあ、このま王宮に残ったほうがいいかもしれない」
「そんなの嫌です。あなたが逃げるというなら一緒に連れて行って下さいませんか?」
「どうしてそんなに僕の事を?僕は獣人なんだ。人間は僕なんかまともに相手にもしないんだぞ、そんな僕がいいなんてどうかしてる!」
マクシュミリアンは顔を背けて窓の方を見る。
「でも、わたしを助けてくれたじゃありませんか。わたしにはあなたしかいないんです。だからお願いします。どうかわたしも一緒に連れて行って下さい」
「まあ、そう言うことなら逃げるときは王宮から連れ出してもいいけど、でも後の事は自分で考えてくれよ。僕だって君の面倒は見れないんだ」
「ええ、わかってます。本当にありがとうございます」
マクシュミリアンは、大きく息を吸い込んでまた大きく息を吐きだした。
そして苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
くららには彼が嫌がっているのか、困っているのか、それと照れているのか全く分からなかった。
しばらくして彼が外を指さした。
「あれが王宮だ。くららさん」
マクシュミリアンが指さした方を見る。
まるでヨーロッパの古城を訪ねているみたいだわ…いつか訪れたヨーロッパの城を思い出す。
フランスのシュノンソー城。ドイツのノイシュバンシュタイン城。イギリスのウィンザー城。スコットランドのエディンバラ城も素晴らしかったですわ。
くららは指さされた王宮を眺める。
王宮の中央のはいくつもの塔があり、周りは広い森に囲まれていた。
「そう言えばアクシュミ様あなたには危険が…」
「ああ、わかってる。屋根には登らないように気を付ければいいんだろう?」
「はい、でもとにかく気を付けてくださいね」
彼は笑いながらうなずく。
「その名前だが、僕はマクシュミリアンだ。良ければ覚えて欲しいけど…」
「えっ?マクシュミリアン様とおっしゃるの?まあ、わたしったらずっとお名前を間違っていましたの。申し訳ありませんでした。ご不快な思いをさせてしまいましたわ」
くららは真っ赤になった。
「いいんだ。君は動揺していて僕の名前どころではなかったんだろうし…」
「マクシュミリアン様って本当にお優しいのね」
「最初にも聞いたけど、くららさんって本当に僕が嫌じゃないのか?」
「もちろんですわ。あなたは優しくていらっしゃる。その毛並みも好きですわ」
今度はマクシュミリアンが照れた。
「そうか…ありがとう。そんな事言われるとは驚きだ。きっと君はこの国の事を何も知らないからだろうな」
「知っていてもあなたは恐い…虎男…いえ、獣人?…」くららは急いで言い直す。マクシュミリアンがうなずく。
「ではありませんもの。マクシュミリアン様」
「本当に君は変わってるよ。獣人が嫌じゃないだなんて…」
そう言ったマクシュミリアンはとっても嬉しそうに笑った。
おまけに敬称で呼ばれるのは本当に久しぶりで”マクシュミリアン様”とくららが可愛い声で呼ぶと何だかくすぐったい感じがした。
でも、そう呼べれるのは嫌ではなかった。むしろ誰かに自分の存在を知ってもらえたような気分になって嬉しかった。
ガタンと音を立てて馬車が止まった。王宮の入り口に着いたらしい。
「さあ、とっとと下りてくれ!」
「はい、すぐに」
ふたりが馬車を下りるといきなり騎士隊の隊列が通り過ぎる。
きれいな白地に青色の騎士の隊服に身を包み金色のマントを翻ひるがえす一団が馬に乗ってゆっくり通り過ぎていく。まるでおもちゃの兵隊みたいにきちんと列をなしてザクザクと足音まで揃っていく姿にくららは思わず見とれた。
「さあ、お前早くしないか。こっちだ」
親方はどんどん先に進んで行く。
「もう、わたしはお前ではありません。くららと言う名前がありますわ」
くららが叫ぶと親方が転びそうになった。
「何でもいいから早くしろ!」
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