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しおりを挟む王宮の入り口は大きな大理石の円柱に支えられアーチ型の天井。どちらを向いても素晴らしい建物だ。
もっと近づくと円柱にはレリーフの彫刻が施されていて、大理石の石段は10メートルほどもありそうだ。
その城の周りをぐるりと回って城の裏手に行く。
そこに入り口があってエプロンを付けた50代くらいの女性が立っていた。
「おい、こっちだ。早くしろ!」親方が呼ぶ。
ふたりは急いで入り口に近づいた。
「どうだ。リーネ使えそうか?」
エプロン姿の女性は茶色い髪で薄茶色の目をして、くららを野菜でも買うように品定めする。
上から下までじろじろ見られてくららは落ち着かない。
「いいよ。この子なら使えるだろう。黒髪に黒目、きっと役に立つ」
まるで漫画の目がキラリと光るみたいな気がしてくららは思わず目をしばたかせる。
「そうか。良かった。じゃあ。えっと…くららだったか。お前はこのリーネさんの言う通りにするんだ。わかったな」
「それでわたしは何をするんでしょうか?」
「お城の侍女に決まってる。何だ嫌なのかい?いやなら売春宿でも貴族のお慰みにでもなるんだね.奴隷の行き先は決まったようなもんだ」
「な、なんてことをおっしゃいますの。どうしてわたしがそのようなことをしなければならないんですの。わたしこれでも大学では経営学を学びました。卒業して父の会社に入りデータ管理部、経理部、そして重役秘書とこなして参りました。父に言われるまま好きなことも出来ずやりたいことも犠牲にして来たのです。そのわたしがどうしてそのようなことを、失礼にもほどがありますわ」
くららは本当に腹が立った。いきなりこんな世界に来て男の慰み者のなれだなんて許せるわけがありません。
こんなところにもお父様のような人が‥‥男と言うのはどうしてそうなんでしょうか。
「だったら、ここで働くしかないね」
「ここのお仕事はどんな事をするんでしょうか?」
「お城の侍女と言えば、掃除、洗濯、炊事に家事全般だよ」
「まあ、そうでしたか。わたしとしたことが取り乱してしまい失礼いたしました。それならばわたしにもできると思います。カフェの店員などはあこがれでしたから‥‥」
「やれやれ、やっと納得したかい。さあお前はこっちだ」
取り立て屋みたいにリーネがくららの手を引っ張る。
くららはもう一度マクシュミリアンをじっと見つめた。
「マクシュミリアン様お気を付けて…」
「ああ、くららも」
くららはマクシュミリアンが言ったことを思い出していた。
彼を信じていればきっと大丈夫です。
くららはたった一つに命綱を手放すような気がした。
でも、今は、今は我慢しなくてはなりません。
必ず彼が助けてくださいますもの。
ふたりはもっと裏手の工事現場の方に去っていった。
くららはずっと彼を見送っていた。
「さあ、あんたはまずその得体の知れない格好を何とかしなきゃね」
くららはいきなり声をかけられてリーネに促された。仕方なく何度も後ろを振り返りながら中に入っていった。
いきなりくららは浴室に連れていかれた。
浴室と言っても現代にあるようなものではない。
外に囲いがありそこに大きな鉄のかまが置いてある。その中には湯が入っていた。
数人の女たちが現れた。
リーネと同じようなベージュのコットンのドレスに長いエプロンを付けた女たちがくららのスーツを脱がせ始めた。
「やめていただけませんか。何をするんです。こんな所で…嫌です。やめていただけないかしら」
次第に声が大きくなりとうとう叫んだ。
くららは着ていたスーツを脱がされる。その下のシャツやスカート、そして下着までも…‥パンプスも持って行かれる。
「言っただろう。その格好を何とかするんだ!全くこれはなんて服だ。こんなもの捨てておしまい」
リーナが侍女にくららが脱いだ服を持って行かせる。
「待ってください。それはわたしの…‥」
「いいから風呂にお入り!」
くららは裸にされて諦めてお風呂に入る。その横で布を持った女たちが体中をこすりまくる。
「もう、やめてくださらない!」
濡れねずみのようになってくららは風呂から出された。
「さあ、これ着るんだ」
差しだされた服は他の女たちも来ているベージュのコットンのドレスだった。
コルセットを付け下履きをはく。ペチコートを付けてその上からドレスをすっぽりかぶった。そしてエプロンを着ければとみんなと同じような侍女が出来上がった。
リーネは髪を整えられたくららを見て言った。
「お前名前は?」
「はい、神楽坂くららと申しますわ」
くららは精一杯背すじをしゃっきっと伸ばす。
「くららでいいね。くらら、あんたは見栄えがいい。だから給仕係にしてやろう」
「給仕係とはどんなお仕事でしょうか」
「テーブルのセッティング、給仕、皿の片付けなんかをするんだ」
「ああ、カフェの店員さんみたいですね。わたし一度やってみたいと思っていたんですの」
「じゃあ、部屋を案内して昼食を食べたら、早速午後のお茶を運んでもらおう」
「はい、お任せください」
もっと嫌な仕事を押し付けられるのかと思いましたが、カフェの店員みたいなお仕事なら前からの憧れでした。これならここでの仕事も悪くないかもしれませんね。
でも、この靴は何とかならないかしら‥‥支給された靴は薄い革を貼り合わせて作ったものらしく脚を入れて足首をひもで縛る短いブーツのような靴だったので、慣れないくららには履き心地が悪かった。
だが、とにかく服はもらえたのでくららはほっと息をついた。
それからまた別の女性に連れられて休む場所や食事をする場所などを教えてもらった。
昼食は硬い黒パンと具のないスープだったが、ここに来てから何も食べていなかったので、何とか硬いパンをスープで浸しながら食べていると声をかけられた。
「あんた新人だね。わたしはメアリーよろしくね」
「メアリーさん、わたしはくららです。よろしくお願いします。あのメアリーさんお城の工事をしているところってどこにあるかご存知でしょうか?」
「えっ?くららさん、新入りなのによく知ってるね」
「ええ、一緒に来られた方がそこで働かれると聞いたものですから。どちらにあるのかと思いましたので…」
「なんだ。くららさんのいい男なの?」
「とんでもありません。ですが色々助けていただいた方ですわ」
「そうなの。でも工事現場で働いているってその人は人間なの?」
「人間ではなく毛むくじゃらで虎のような方ですの」
「まあ、くららさんこの国は初めて?」
「はい、まあ、そうですわね…」
「いいからよく聞いて。この国では身分制度があって、身分が上なのが人間、その中でもいちばんえらいのが国王陛下よ。そして貴族、そして平民と続いて、身分が下の獣人。でも耳が頭の上にあって尻尾があるタイプと毛むくじゃらのタイプがあって毛のない方は主にメイドや下働きで使われるのよ。でも毛むくじゃらの獣人は別よ。あいつらは奴隷や家畜みたいなものでこき使っていらなくなったら捨ててもいい。そんな存在なのよ。だから人間は獣人を相手になんかしない。口を利くのは仕事を言いつける時くらいよ。近づいて話なんかしないのよ。だからあなたも気を付けて」
「まあ、そんな決まりが?その方は獣人みたいです。でも…」
「悪いことは言わないから。そんな奴とは付き合っちゃダメよ。くららさん美人だしきっと陛下のお気に入りになれると思う。もしお手付きにでもなったら一生安泰よ」
「お手付きって‥‥あのお手付きでしょうか?夫が奥様以外の女性に手を付けるという?」
「そうよ。国王も王子も無類の女好きなの。王宮の増築工事も次々に子供が大きくなって籠妾様たちのお部屋が手狭になったからって言う話よ」
「まあ…」
「国王にはもう7人も子供がいるんだから、後継者でまたもめなければいいけどね」
「7人も…‥すごいですわ」
くららはため息をついた。
わたしにこの仕事が務まるでしょうか…‥
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