ご機嫌ななめなお嬢様は異世界で獣人を振り回す

はなまる

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 その頃マクシュミリアンは、親方に連れられて増築工事の行われている現場に来た。

 そこでは獣人がたくさん働いていて、大きな大理石を切り出したり、それを運んだり壁を積み上げたりしていた。

 まさか僕がこんな所に来ることになるとは‥‥

 19歳まで過ごした王宮はあの頃とあまり変わっていない。

 中庭の庭園にはバラが咲き誇っていたし、噴水もあの頃のままだった。

 僕をいつも邪険にしていた父上に、いつも僕を目の敵にしていた王妃のクリスティーナ、今思えばあの頃が幸せだったのかもしれないな…

 マクシュミリアンはふっとため息をついた。


 「おい何やってんだ!お前は屋根に上がって屋上の手伝いをしろ、なに簡単な仕事だ。言われた通りにやればいい」

 親方がマクシュミリアンに向かって言う。


 マクシュミリアンは、夢想から目覚め急いで仕事の準備を始めた。

 だが、くららに言われたことを思いだした。

 「あの、親方。僕高いところは脚がすくむんです。他の仕事ならどんな事でもしますからそれだけは勘弁してください」

 「お、お前そんなどでかい図体で恐いのか?獣人でも恐いものがあるんだ。がはっはっ。じゃこっちであの石を運べるか?」

 「はい、出来ます」

 「そうか、じゃあ、ザールと入れ替われ」

 親方は小柄な羊獣人のザールを呼んでマクシュミリアンと入れ替わらせた。


 マクシュミリアンは半信半疑だったが、あまりにくららが何度もしつこく言っていたので屋根の上がる仕事を断ったのだ。

 でもどうしてそんな事が分かるんだ?いや、そんなばかなことありえない。

 そんなことを思いながら石を運んでいた時だった。

 「ギャー‥‥」

 ものすごい悲鳴がした。

 さっき入れ替わったザールが屋根から大理石を積み上げているうえに落ちた。

 彼はどうやら背骨を折ったらしい。助かるかどうかわからないと親方が漏らしている声が聞こえた。


 マクシュミリアンはもし屋根に上がっていたら僕があんな風になっていたと思うと毛むくじゃらの体がぶるりと震えた。

 だが、ザールには気の毒なことをしたがくららの言ったことが当たった。

 彼女は何者なんだろう?そう言えばあの格好、見たこともない服や靴、そして黒髪や黒い目は初めて見た。


 それに僕を恐れないなんて、人間とは思えない。

 もしかして魔女とか‥‥

 マクシュミリアンの体に悪寒が走る。魔女と考えただけで彼は胃が痛くなった。

 だがすぐに彼女が魔女であるはずがないと思い直した。

 だって魔女なら人を困らせるはずだ。彼女はその逆で僕を助けてくれた。

 くららの事はよくわからないが、きっといい人間に違いない。


 あんなに僕を頼ってくれて、ここを逃げるときには彼女もいっしょに連れて行ってやろう。そしてくららが国に帰らないならきちんとしたところで働けるようにしてあげたいと思う。

 と言うより出会った瞬間、彼女に触れた時に電気が走るような感覚に襲われた。

 とにかくくららには特別なものを感じた。それはくららに特別な力があるからだろうか?

 マクシュミリアンは出会って間もないくららの事が気になって仕方がなかった。


 そもそも彼は元は人間だった。

 8年前彼は森に狩りに行った。まだ若い彼は、この国の国王の息子で19歳だった。

 若さゆえに家来たちの言うことも聞かずシカを深追いして道に迷ってしまった。

 当然ひとりで森をさまよう羽目になっていた時、木の陰にウサギが見えた。

 マクシュミリアンは、反射的に矢を引いた。

 ウサギにマクシュミリアンの矢をするりとよけると遠くに逃げ去った。

 彼は馬から下りて矢を取りに行った。貴重な弓矢を無駄には出来なかった。


 そこに魔女が現れた。

 黒いマントを羽織り顔はフードを深々とかぶり手には杖を持っている。

 魔女は彼をじっと眺めていたが、ハッと気づいたかのように聞いた。

 「お前はステンブルク国の第一王子のマクシュミリアン・ルートビッヒ・フォン・ウインザーかい?」

 「ああ、いかにも、お前は何者だ?」

 マクシュミリアンは恐れていると思われてはと堂々と背筋を伸ばして姿勢を正した。

 魔女が彼をじっと見たまま黙っている。


 昔から魔女たちはこの辺りの国々から、特別な力を持つものとした崇められてきた。だが300年ほど前から新しい宗教のジュール教の普及によって魔女たちは悪魔と手を組んで災いをもたらすと思われるようになる。

 神の敵だとみなされ始めると、あちこちで魔女狩りが始まりたくさんの魔女や女たちが処刑されて行った。

 そんな中残りの魔女たちは、この森の奥深くに逃れてひっそりと暮らして来たのだ。


 すべてはこの辺りの国の権力者がでっち上げたまやかしの事。

 権力者が自分たちの権力を保つために魔女を悪者に仕立て上げている。

 魔女は真実を見る力を持っているから‥‥そして傷をいやしたり攻撃を防ぐことで民衆の信頼を得ることもありうる。

 それは国を揺るがすことにも繋がりかねないのだ。

 そのために魔女たちは尊い命を犠牲にさせられてきた。

 こいつもその権力者の一人だと思う。

 

 魔女は何も言わず、いきなり杖を振り上げると言葉を紡ぎ始めた。

 「天よ。地よ。わが精霊たちよ。我に力を与えたまえ。邪悪なものに罰を与えたまえ‥‥エーイ!」

 そして魔女はマクシュミリアンに力強く杖を振り下ろした。

 マクシュミリアンは、体中が燃えるように熱くなり悲鳴を上げた。そして気を失った。

 あっという間の出来事で止める暇もなかった。

 「そうだ。お前は獣人になって、一生苦しめばいい。ヒッヒッヒッ…」

 魔女は薄気味悪く笑うといなくなった。



 やっと彼が意識を取り戻すと、何とか体を起こした。視線がはっと手の甲に行った。

 その手は毛むくじゃらで服はビリビリに裂けていた。

 その下に見えたのは素肌ではなく虎模様の毛だった。

 そこに狩りに付いてきた家来たちが現れた。

 彼らはマクシュミリアンを見て驚きそして恐れた。

 「お前たち、どうした?」

 「獣人だ!」

 「おい、あいつには近づかない方がいい」

 「ああ、なんだか気がたっているみたいだ」

 「こんな森速く出たほうがいい」

 「ああ、そうだ。早く逃げろ!」

 家来たちはマクシュミリアンに石を投げつけた。そして我先に逃げ出してしまった。


 彼は石が当たってまた意識を失ったらしく、次に気が付いた時、彼は獣人のラーシュに覗き込まれていた。

 そしてラーシュに助けられて彼の木こり小屋で暮らすことになった。

 ラーシュは羊獣人で、身寄りもなく細々を木こりをしていて、ちょうど力仕事をする獣人がいてくれたらいいと言ってくれたのだ。

 マクシュミリアンは、獣人がどんな扱いを受けるかはよく知っていたので、とても人間のいるところに出て行く勇気はなかった。

 それでも何年かするとラーシュの手伝いで薪を運ぶ手伝いをするようになった。人間は相変わらず自分を嫌なものを見るような目付で見てくるので、いつも小さくなっていたし、人間と口もきいたことがなかった。


 だが、つい最近ラーシュが亡くなってしまった。

 今までは町で薪を売るときはいつもラーシュが店に入ってお金と引き換えて買い物もしていたが、彼が死んでしまっては店に入ることも出来ない。

 獣人が店で売り買いをするには特別な許可がいるのだった。

 それに毛むくじゃらのマクシュミリアンが許可を取るのはほとんど無理だった。何しろ毛の生えている獣人はひどく人間からうとまれているからだ。


 それでしばらくは当座にあるものでしのいでいた。

 だが、ランプの油や、塩、小麦などどうしても必要なものを手に入れなければならなくなった。

 マクシュミリアンは、勇気を出して薪をかついで町に売りに来たのだが、思っていた通り店に入るといきなり追い出されてしまった。

 それでも何とか薪を買い取ってほしいと粘ってみた。

 それが悪かったらしい。

 いきなり兵隊が現れてマクシュミリアンは、もう逃げるしかなかった。

 そして町のはずれで困って木の陰にいるところをあの奴隷商人に声をかけられた。

 その男達はマクシュミリアンの事情を聴くと気の毒に俺達が間に入って話をしてやるから荷台に乗って町まで行こうと誘われた。

 これは助かったと思ったら後ろから頭を殴られて気が付いたら腕と足を縛られて荷台に転がされていた。

 暴れて逃げることも出来たが、一緒にいた女たちを殺すと脅されると、マクシュミリアンは逃げ出すことも出来ずにいたのだった。

 そこにくららが捕まってきたのだ。


 獣人であるのに彼女は人間と接するように声をかけ、同じように触れてくれた。

 そんな彼女が不思議でたまらなかった。こんなに誰かと気軽に話をしたのは8年ぶりだった。

 ラーシュはとても良くしてくれたが、彼は無口であまり話はしなかった。

 第一僕はずっと獣人になったことでいじけていたもいたし、話をしたいような気分なんかじゃなかった。

 

 マクシュミリアンはとにかく逃げる手立てを考えようとしていた。

 だが、仕事は思った以上にきつく、暗くなっても仕事は終わらなかった。

 夕食には硬い黒パンとスープが出されてそれを食べ終わると、また仕事に戻された。

 「ザール、一体いつまで働かされるんだ?」

 「ああ、あんたは今日がはじめてだったな。覚悟しておいた方がいい。ほとんど寝る暇なんかないほどこき使われるからな。まあ、獣人なら体力の回復も早いから慣れれば何とかこなせるようになるが」


 辺りは暗くなり始める。かがり火があちこちに灯され始め、増築工事はまだ続いていた。

 親方は当然もう帰ったが、人型獣人の監督が目を皿のようにして見張っていて、さぼったり手抜きをしていると鞭が飛んでくる始末だった。

 クッソ、こんなにひどい事をしてるなんて、国王は知らないのか?

 ここは王宮の中だろう?

 マクシュミリアンはそんな事を思った。

 人間の時には知らなかったことや、自分も獣人に対してひどい仕打ちをしていたことを悔やんでも遅かった。


 夜になると風が強くなり、かがり火はパチパチと音を立てて燃え上がった。

 マクシュミリアンは、そんな光景を横目にまた仕事を始めた。

 くららはいったいどうしただろう。ふと、そんなことが頭に浮かんだ。

 


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