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しおりを挟むくららは一瞬戸惑った。
今までのくららだったら男性の家にましてやこんな夜中に一人でついて行くなどと言うことは絶対にしないだろう。だが、もうそんなことを言っていられる状況ではないことはくらら自身が一番わかっていた。
もう迷っていられる時ではありませんもの。
くららは階段を上がって部屋の中に入って行く。
「まあ、とんでもありません。わたしこそ無理を言って連れてきていただいてありがとうございます。まあ…なんて素敵なんでしょう。マクシュミリアン様ここはまさか映画のセットなのではありませんか?」
くららは小屋の中を覗き込むと歓声を上げた。
小屋の中は特段珍しいものはなかったのだが…‥
くららにしてみればそこはお伽話に出てくるような場所だった。
床は太い枝を組み合わせて寄木のような平たい板で出来ていて、小屋の奥には薪ストーブがあり、明り取りの窓は細い枝で出来ていて月明かりが差し込んでいる。
部屋の中央にテーブルと大きなロッキングチェアや椅子がある。片側に丸太で出来たベッドがあり、反対の片隅には小さなキッチン台らしきものがあった。その上に棚があって、木のカップやお椀が並んでいる。
まるで白雪姫にでもなった気分だ。
くららのつぶらな瞳がキラキラ輝く。
「映画のセット?なんだそれは?」
「あっ、何でもないんです。でもすごく素敵ですわ」
「何もない下らない家だ。素敵なんてどうかしてる」
マクシュミリアンは相変わらず素っ気ない態度だ。
「そんな事はありません。すごく素敵ですから…」
くららは脚をもじもじさせる。
「どうした?」
「わたし汚れていますから、中に入るのが気がひけますわ。どこか脚を洗えるようなところがありますかしら?」
「気にしなくていい。僕も汚れているが気にしないから、さあ入って」
「ええ、では、お邪魔します」
くららは小屋の中に入る。彼に座るように言われて小さな丸椅子に座った。
「喉が渇いたんじゃないか?何か飲むかと言ってもミルクか水ぐらいしかないが‥‥」
「ミルクって?」
「やぎを飼ってるんだ。やぎの乳でチーズも作れるし、それに鶏もいる」
「まあ、じゃあ、卵もあるんですの?凄いですわ」
「僕たち、と言ってもラーシュは亡くなったけど、自給自足の生活をして滅多に町には行かないようにしてたんだ」
「ではマクシュミリアン様は、どうしてあの人たちに捕まったんですの?あなたなら力もありそうですのに‥‥?」
「なるべく町には近づかないようにしていたんだが、どうしても必要な生活物資が必要になって店に行ったんだ。でも獣人って言うか僕みたいな毛の生えた獣人は、店で物を売ったり買ったりできない事になってるから予想通り追い出された。それであいつらに困っているところを助けてくれるって言われて油断したんだ。殴られて気が付いたら縛られていた」
「まあ、それってひどい話ですわ」
「まあね。それでミルクを飲むかい?」
「ええ、そうですね。出来ればココアとかあればいいんですけど」
「悪いがそんなものはここにはないんだ」
「いえ、いいんです。ごめんなさい、わがまま言ってしまいまして…」
「ちょっと待ってて、ホットミルクにしようか?」
「ええ、出来れば…」
マクシュミリアンは、すぐにくららから離れようと思っていた。
だが、彼女と話をしていると楽しくてつい余計なことを話してしまった。
はち切れそうに発情した気持ちをぎしぎしと押し殺すと、急いで小屋の反対側の小さな出口から出て行った。
少し時間を置いてやっと小さな鍋に入ったホットミルクを持って入って来た。
棚から木製のカップを取り、ミルクを注いでくららに差し出した。
「熱いから気を付けて」
「ありがとうございます。マクシュミリアン様の分は?」
「ああ、僕は冷たい方がよかったからもう飲んだんだ」
「そうですか、ではいただきます」
くららは、ホットミルクをゆっくり飲み始めた。
「やぎのミルクって初めてです。とってもおいしいんですのね」
くららは一口飲むごとに、何ともいえない幸せそうな顔をした。
マクシュミリアンは、その間にベッドを整え始めた。
狭い部屋なので、何をしているかなんてすぐにわかった。
「今夜はここで休んでいいから」
「あの…マクシュミリアン様はどちらでお休みになるのですか?ベッドはひとつですし…‥」
「僕はこっちの敷物の上にでも寝るから、体には毛布変わりの毛もあるしね」
彼が指さした先には、よく見ると暖かそうな敷物が敷いてある。
「でも、それではあまりにも…」
「もうひとつベッドがあったんだけど、ラーシュが亡くなって何だかそのベッドを見るのが辛くて壊してしまったんだ。ああ、最初は何でもないって思ったんだ。でも、8年も一緒にいたからかな‥‥そんなに言葉を交わすわけでもなかったのに、一緒にご飯を食べたり、一緒に眠ったりすることでどんなに僕は癒されていたんだろうって思い知らされた。一人はすごく寂しいものだってよくわかったよ」
「そうでしょうね。わたしも半年前に祖母を亡くしてすごく辛かったですわ。今でも悲しいですけれど悲しんでばかりいたら祖母に叱られそうな気がして…」
「くららも大切な人を亡くしたのか。ああ、そうだな。しっかりしないとラーシュに叱られそうだ」
彼がはにかんだように微笑んだ。
だが、くららは、ふとカップのミルクを見つめてため息をついた。
「でも、こんな世界に来てしまってこれからどうすればいいんでしょう」
「くらら?それって本当の事なのか?違う世界から来たって…とても信じられない」
マクシュミリアンが近づいてきた。
「でもそうとしか考えられないのです。このような世界はきっと地球に存在しないはずですもの。何もかもわからない事ばかりで‥‥だからわたしには行く所がないんです」
くららはとうとうカップを置いて、マクシュミリアンの手をぎゅっと握った。
「待ってくれ、こんなところ、女が一人でいるようなところじゃない。僕は獣人で人間と一緒に住めるはずがない」
「でもわたしには頼れる人は一人もいませんわ。お願いですマクシュミリアン様…その今夜だけと言わずにここにずっと置いていただけないでしょうか?わたしに出来ることはお手伝いしますわ」
くららは、姿勢を正すと彼と向かい合わせになっていて、彼の少し困った顔をじっと見つめる。
手は握ったままで、彼女の細くてきれいな指がマクシュミリアンのごつごつとした手に絡みつく。
マクシュミリアンは喉をごくりと鳴らした。
待ってくれ、そんなことはやめてくれ…やっと欲情したあそこを抑え込んだところなんだ。
やぎの乳を絞って気を静め、何度も水で顔を洗って、やっと張りつめたものを大人しくさせたんだ。
今まではそんな事をしようにも相手もいなかったし、たとえ本能が露わになっても気にする必要はなかった。
おまけにくららはそれこそ天命の人かも知れないのだ。なおさらそんなこと出来るはずがなかった。
マクシュミリアンは慌ててくららの手を振り払う。
「何を言うんだ。もし獣人を住んでいると知れたら大変なことになるんだ」
「でも、ここにはわたしに知り合いはいませんわ。誰も困ることはないはずですわ」
「君は良くても、僕が罰せられるんだ。人間を無理やり襲ったとか‥‥まったく、おかしな法律なんだ。人間の時にはそんなこと思いもしなかったのに、自分が獣人になって初めて人間が獣人にひどい事をしていると気づくなんて‥‥」
マクシュミリアンが眉を寄せて辛そうな顔をする。
「今何とおっしゃいました?獣人になって初めてとは、どういうことでございますか?あなたは元は人間だったのですか?」
マクシュミリアンは、くららがこの世界の人間ではないと知ったからか、彼女には話してもいいと思えた。
「ああ、8年前までは人間だった」
「まあ‥‥ではどうしてこんなことになってのです?」
マクシュミリアンは獣人になった経緯を話した。
「ひどいですわ…マクシュミリアン様が元に戻る方法はないのですか?」
「魔女に魔法を解いてもらうしかないだろうが、魔女はそんな事はしてはくれないだろう。人間は魔女狩りと称してひどい事をして来たんだ。人間が恨まれるのは仕方がないことだ。獣人にひどい事をしているのも同じことだ。いつかその罰を受けることになる日が来る気がするよ」
「あなたはお優しい方なのですね。マクシュミリアン様…こんな姿にされても人を思いやられるなんて本当にあなたはいい人です。だからわたしも助けてくださったんですわ」
くららの黒曜石のようなつぶらな瞳が、ランプの明かりよりも、月明かりよりもきらきら煌めいている。
マクシュミリアンはその瞳から目が離せなくなった。
もしかしたら本当にくららは天命の人かも知れない。何しろ獣人の僕を慕ってくれるのだから…‥
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