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しおりを挟むマクシュミリアンは、ハッとした。
国王や貴族などは、初心な女を部屋に呼びつけるときには、予め媚薬を飲ませて女をその気にさせておくというやり方をよくすることがある。
媚薬を飲ませる事によって、女の恐怖心や緊張を和らげ、なおかつ快感を増幅させる効果もあるので一石二鳥と言うわけなのだ。
「くらら?その…国王のところに行く前に何か飲まなかったか?」
「うふっ、ええ、ばらの香りがするお茶を頂きましたけど、それが何か?」
「おい、くらら大丈夫か?何だか様子が変だぞ!」
「そう言えば体が熱い気がしますわ。…いえ、わたし大丈夫ですから」
「大丈夫には見えないが…」
「そんなことを言ってわたしを置いて行くおつもりなのではありませんか?約束しましたよね?一緒に連れて行くと…」
くららはおいて行かれるかもしれないと、勢いよく立ちあがった。
頭はふわふわするし、なんだか熱っぽい感じもする。でも今はそんな事は言ってはいられませんから!
その時遠くにゴルプレ騎士団たちの一団が見えた。ゴルプレ騎士団とはゴールドプレム騎士団の略称で、王都を中心に守る騎士団だ。マクシュミリアンもこの騎士団に入っていたからその精鋭たちが切れ者だと知っていた。
彼らは馬に乗り、20人くらいはいるだろうか。
今頃どうして?まさか、もう追手が?
いやそんなことはないと思うが用心に越したことはなさそうだ。
「くらら、君を王都から離れたビルグまで連れて行こうと思っていたが、今は無理みたいだ。とにかく森に入って一旦身を隠した方がよさそうだ」
ビルグは王都から30キロほど離れた西側の大きな町だった。街道を行けばビルグに行くのは簡単だった。
「マクシュミリアン様はビルグにお住いなんですか?」
「いや違う」
「わたしマクシュミリアン様と一緒がいいですわ」
「勘違いするな!今は僕と一緒に逃げても君は別の町に送り届けるつもりだから」
「そんなの嫌です。わたしはあなたと一緒がいいんです」
「今は言い争っている暇はない。とにかく急いで」
ああ、そうだ。彼女はビルグに送って行こう。そしてさよならだ。そうするのがいちばんいい。
マクシュミリアンはそう決心すると後は早かった。
くららは走ってマクシュミリアンの後を追った。だが疲れていたし女の脚ではそう早くは走れなかった。
「くらら、いいから僕の背中につかまれ!」
マクシュミリアンはいつの間にか彼女をさん付けで呼ばなくなっていた。
彼がそう声をかけると背中を向けた。くららは躊躇したが、近づいてくる追っ手の恐怖がくららを大胆にさせた。
彼女はマクシュミリアンの背中に体を預けた。
彼はくららを背負うと急いで走り出した。
振り返ると騎士団の一団は、まだ自分たちに気づいてないらしかった。
マクシュミリアンは、ほっとした。今捕まってもし僕がこの国の王の息子と分かれば大変なことになるだろう。
まあ、そんな事誰も気づくものはいないだろうが…‥
この時見たゴルプレ騎士団が、近頃横行している強盗団の見回りのためだったことをふたりは知る由もなかった。
道をそれてしばらく行くとすぐ森が見えて来た。マクシュミリアンは真っ直ぐに森を目指した。そして急いで森の中に入った。
彼は森の事をよく知っているらしく道なき道を進んで行く。足元には長く伸びた草や蔦が生えていて歩くにはとても困難に見えた。おまけに腕や背中を幾本もの木の枝が行く手を阻んだ。
だが彼はそんな枝や地面を気にする様子もなく、どんどん森の奥深くに進んで行く。
くららは最初はマクシュミリアンが頼もしいと感じたが、彼に背負われている負い目も感じていた。
だが、こんなに森の奥深くに入って来ると、今度はどこに向かっているのか心配になり始めた。
いきなり異世界にやってきて、わけもわからない事ばかりで、そんな中ただ毛むくじゃらの獣人がティグルを思い出させたというだけで彼を信じてしまったのだ。
もしかしたらわたしとんでもない間違いを犯したのではないでしょうか。
脳の中には未知への恐怖があふれ出す。
マクシュミリアンは必死で走っていてくららの事を構っている暇もなく、くららはただ必死で彼の肩に腕をまわしつけていて、顔は枝から守るために背中にしっかり埋もれている。
それに彼があまりに速く走るものだから今は脚も彼の腰のあたりに絡みつけてしがみついている。
まるで人間リュックみたいな格好だ。
それなのに、くららは次第にマクシュミリアンのたくましい筋肉や、埋めている鼻先から匂って来る男らしい野生の香りに何だか体がぬずぬずして仕方がなくなってきた。
押し当てている胸はさっきから先がこすれて刺激され、そこから甘い甘美な感覚が沸き上がっていた。
ああ。どうしましょう。もううめき声を上げてしまいそうですわ…‥
とうとう堪えきれなくなってくららは声を上げた。
「マクシュミリアン様、あの…どちらに向かわれているのでしょうか?」
「僕の家だ。森の奥まで入ってしまったから今夜はうちに戻る。家と言ってももとは木こりのラーシュの家だったが彼は死んだから」
「そうなんですか。あの‥‥あとどれくらいなんでしょうか?」
「ああ、もうすぐだ。心配ない。落ち着いたらすぐにビルグに送っていくから」
「嫌です。そう言ったはずですわ。わたしはあなたと一緒がいいと言ったじゃありませんか!」
何度も拒否されていると思うとついいらいらした。
それにもまして、さっきから甘い疼きが沸き起こり頭を混乱させていた。
もうわたしとしたことが、そんなはしたないことを言うなんてやっぱりどうかしているんですわ。
くららは押し黙って彼の背中に頭をうずめた。
マクシュミリアンは、それ以上何も言わなかった。
ただ自分の家を目指していた。
そこで一息ついて、くららを送って行けばいいんだ。
今は危険を避けるために仕方がないんだから‥‥
だが…‥背中に当たるふくよかな感触。
くららが巻き付けてくる腕や脚にもひどく神経が逆なでされて、マクシュミリアンが己の欲望が高ぶるのを感じていた。
何より彼女から漂ってくる匂いは‥‥
女が欲情した時に出すあの特有の甘酸っぱい匂いだった。
体は無意識のうちにその匂いを求め始める。
彼は必死で欲望と戦っていた。
僕は獣人だけど、けだものじゃないんだ!まして彼女は天命の人でもない。絶対に違う。
何度もそう言い聞かせた。
くららは媚薬を飲まされたに違いないんだ。でも、彼女はそんな事さえわかっていなかったじゃないか!
彼女は‥‥僕を信じてくれた唯一の友達だ。そう友達だ。
マクシュミリアンは、自分にそう言い聞かせ続けていた。
良かった‥‥やっと家が見えて来た。
マクシュミリアンは、ほっとするとやっとくららを背中からおろした。
「くらら、あそこに見えるだろ?小さな丸太小屋があれが僕の家だ」
さっきまでの欲望をぐっと抑え込むとくららから離れた。
くららはその家を見て驚いた。
「まあ、あれがそうですの。何だか絵本で見るような家ですね。とってもかわいいです」
「かわいい?あれが?」
「ええ、マクシュミリアン様は、白雪姫とか3匹の子豚とかお読みになりませんでしたの?」
「しらゆきひめ?3匹の子豚?、何だそれは?」
くららはおかしくなった。そうでしたここは日本ではありません。ましてやこの世界に絵本が存在するかもわかりませんでした。
「わたしがいた世界にあったお話ですわ。あちらにあるような丸太小屋が出てくるお話ですの」
「そうか、今度聞かせてほしい。もし良ければだが‥‥」
「ええ、もちろんですわ」
くららの気持ちはほんの少し上向いた。
マクシュミリアンが丸太小屋にまで来ると、丸太で作った階段を上がりながら言った。
「むさくるしいところだが、ほんのしばらくだ。我慢してくれ」
マクシュミリアンは急いで中に入ると、ランプを手に取って火打石で明かりをつける。
ほの暗い明かりが部屋の中を照らし出した。
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