ご機嫌ななめなお嬢様は異世界で獣人を振り回す

はなまる

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 マクシュミリアンは慌てて誤る。

 「いや悪かったよ‥‥それよりちょっと待ってくららさん、さっき君はこの部屋が火事になると言ったけど?」

 彼はさっきまでくららと呼び捨てだったが、急に今度はさん付けになった。

 「ええ、そうですけど、それが何か?」

 くららはまだ機嫌が悪かった。

 突然驚いたように声を上げた。

 「マクシュミリアン様、あなた、まさか…屋根に上がられたのですか?」

 くららは眉間にしわを寄せてじろじろ彼を見る。



 「とんでもない。くららさんに言われていたから僕は屋根に上がらなかった。でも、代わりの男が屋根から落ちたんだ。悪いことをした気もするが、僕はおかげで助かった」

 「でも、あなたが無事で何よりでしたわ。そのおかげでわたしたちは助けていただいたんですもの」

 「礼を言うのはこっちの方だ。でも、君には不思議な力でもあるのか?」

 「不思議なのかわたしにもよくわかりませんが、時々その方に触れると先の出来事が頭に浮かぶんです。でもこんなことを言えば皆さん気味悪がられますから、わたしあまりそのことには触れないようにしているんです。やっぱりあなたもそう思われるんですね。だからわたしを連れて行きたくなくなったのですか?どうせわたしのことを気味が悪いとでも思われたのでしょう?」

 彼女はツンと顔を背ける。

 「いや、そんなつもりではなかった…それより逃げるなら今のうちだ。どうするくららさん?」

 彼女に不思議な力があろうとなかろうともうそんなことは関係なかった。


 くららはほっとしたが言葉は辛らつになった。

 「あなたはわたしも一緒に連れて行くって約束したじゃありませんか。マクシュミリアン様はまさか約束を破るおつもりではありませんよね?」
 

 マクシュミリアンは取り乱した。

 そんなつもりはない。君を置いて行きたくはないと言いたかった。

 くららは、強がってはいるが決して平気ではないんだ。彼女は恐れ怯えそして僕を頼ってくれている。

 それがどうしようもなくうれしかった。

 くららの瞳は燃え上がるような勢いで、唇は硬く引き結ばれている。

 きっと彼女はまだ怒っているな。


 きれいに結い上げていられたであろう黒髪は今はほとんど崩れている。

 しばらくするとくららは怒らせていた肩を落としてまつ毛を伏せた。

 そして黒く濡れたまつ毛を震わせた。

 瞳から溢れた涙がまつ毛を濡らしたと気づくともうどうしようもないほどくららを放っておけなくなる。

 くららを手放したくないと思う。

 天命か‥‥でも、そんなこと出来るはずもないのに…‥‥


 「そうだ、とにかくすぐにここから逃げよう」

 「でも、わたしこの格好ではとても無理ですわ」

 「君の部屋によって着替えをもって行こう。着替えは後ですればいい。さあ急いで」

 「はい、マクシュミリアン様」

 くららが微笑むと白い歯がのぞいた。

 マクシュミリアンの心にその笑顔が突き刺さる。

 やっぱりくららは僕の天命の人なのか?


 マクシュミリアンは首を振って馬鹿な考えを振り切った。

 「こんなことをしている暇はない」

 くららの手を取るとその手を強く握りマクシュミリアンには部屋を出た。



 彼はなぜか王宮の事をよく知っているみたいに、すぐにくららの部屋にたどり着いた。

 急いで着替えを持つと出口を目指した。

 火事の騒動で見張りも手薄で案外簡単に王宮を抜け出すことが出来た。


 マクシュミリアンとくららは町のはずれまで来るとやっと足をゆるめた。

 「さあ、ここまで来ればもう一安心だろう」

 「ええ、きっとそうですわ。はぁはぁ…」

 くららは逃げるときに急いではおった侍女用のドレスを着ていた。

 大きく息をすると道の端にあった木の根元に、へなへな腰を下ろす。

 下にはまだネグリジェも着たままだったが、疲れすぎていてそんなことは気にもならなかった。

 「マクシュミリアン様少し休んでもいいでしょうか、わたしもうすごく疲れました」

 「ああ、君は良く走ったからな。何か探してこよう。そうだ。水でも汲んで来る。さあ、反対側に座って、ここで待ってるんだ」

 この夜は晴れていて月明かりが遮られなかったので、辺りの様子が見えたので助かった。


 マクシュミリアンは、すぐ近くに小川があることを知っていた。子供の頃母親のサボーアとよくこの近くに来たことがあったのだ。

 母のサボーアは国王の籠妾だった。隣国の小作人の娘だったが彼女は貧しい家族の為に奴隷として売られてステンブルグ国に来た。

 そして王宮の侍女として働くことになり、国王に見初められた。



 王妃のクリスティーナとの間には子供が出来ず、サボーアが初めての男の子を出産したことで母は、王妃から妬みを買ってしまったらしかった。

 王妃はサボーアにことごとくつらく当たるようになった。

 国王は母を気にいっていたが、マクシュミリアンが生れた後、王妃の嫉妬に困って、結局サボーアとは距離を置くようになった。

 母はそれをひどく寂しがっていたのを今でも覚えている。



 そしてマクシュミリアンが3歳になると母親とは別に離れて暮らすことになり、彼は寂しい思いをした。それでも、週に一度母と会える日は、王宮の中にいるのが煩わしいのか、母はマクシュミリアンを連れてよく散歩に出かけた。

 それがこの辺りだったのでよく覚えていた。


 数年後、彼が7歳の時サボーアは風邪をこじらせてあっという間に亡くなってしまった。母はみんなから敬遠されるようになっていていつも部屋にこもりがちになっていたらしく、最後はとても孤独な最期だったと後になって聞かされたときにはすごく辛かった。

 自分も母と一緒にいたかった。

 だが、幼かったマクシュミリアンにはそんな事もわかるはずもなく、お前はこの国の大切な跡取りであるため、きちんとした教育を受けなければならないからと言われ、母に会いたいのをずっと我慢して来た。

 もっと早くに子を持てない王妃が妬んでいたと気づいていればと時々考えるが、今となってはもうどうすることも出来ない。

 そんなことは遠い昔の事だ。


 そして今の僕の状況だってそうだ。

 どうして僕がこんな間に合うのか全く分からない。でも獣人にされてしまった以上、それを受け入れて生きていくしかもう他に手立てはないじゃないか!

 誰にもどうすることも出来やしないんだ。

 彼はそんな思い出を振り払うように、急いで道から外れて小川に走った。

 そんな中でも、途中で見つけた野イチゴをくららのためにともぎ取った。

 そして持っていた革袋に大急ぎで水を汲んだ。

 そしてくららのところに戻って来た。



 くららは相当疲れたのか、木の根元に寄り掛かったまま眠っていた。

 ほのかな青白い月の光が、くららの顔に差し込み、まるでこの世のものとは思えないほど美しく浮き上がらせていた。

 マクシュミリアンは、獣人になって初めて女を抱きたい欲情にかられた。

 こんなすす汚れた女を見てそんなことを思うなんてどうかしている。

 こんな状況だから僕はおかしくなっているんだ。


 獣人には年に2回発情期があるらしく、今まではやたら仕事をしたりしてその時期をやり過ごしてきた。

 何より他の人間や獣人と交わることもなく世捨て人のような生活をして来た彼は激しい欲情にかられることもなかった。

 こんなのは長い間そういう行為をしていなかったし、人間と会う機会もなかった。


 でも、こんなになるのもくららが…‥違う!もう考えるな!

 まったくとんだ災難だ。全く予想もしていなかった事態に見舞われるとは…‥

 「チッ!」

 マクシュミリアンは、苛立ちをあらわにした。

 第一彼女が僕を相手にするはずがないだろう。



 マクシュミリアンはくららに声をかけた。

 「くららさん起きるんだ。さあこれを飲んだら、急ぐぞ」

 「わ、わたしったら…ごめんなさい。眠ってしまうなんて」

 くららはマクシュミリアンに渡された革袋から水をごくごく飲んだ。

 「冷たくてすごくおいしいですわ。こんなお水をどちらから?」

 「すぐそこに小川がある。そこの水だ。これもどうだ?」



 野イチゴを差しだされてくららは思わず微笑んだ。

 「うん、すごくおいしいです。マクシュミリアン様も食べてください」

 くららは彼の口元に野イチゴを差しだす。くららの手から野イチゴを口にくわえるとくららの指も一緒にくわえていた。

 マクシュミリアンが気づかずにくららの指に吸い付く。

 「はぁ‥‥」

 くららの口からは甘い声が漏れた。


 まるで心地よい行為に出すときのような声にマクシュミリアンは驚く。

 「くらら?大丈夫か?」

 マクシュミリアンがくららの顔を覗き込んだ。

 彼女は頬を上気させてうっとりした眼差しでこちらを見ている。おまけに脚をぎゅっと閉じて腰をもじもじをくねらせている様子は、まるで男を欲しがっている時のしぐさに思える。


 マクシュミリアンは無意識のうちに、指先を水で湿らすとそっと彼女の顔の汚れを拭っていた。

 彼の肌がぞわりと粟立ち背筋がぶるりと震えた。



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