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しおりを挟むマクシュミリアンが煙の向こうから現れた。
「マクシュミリアン様?」
「くらら?大丈夫か?」
「あっ、マクシュミリアン様…お怪我は?大丈夫ですか?」
くららは心配そうに彼の体を上から下までじろじろ見た。
あちこちの毛が焦げているが、大きなけがはなさそうだった。
マクシュミリアンはそんなにじろじろ見られていい気はしなかったが、そんな事よりくららのその格好はなんだ?
顔はすすで薄汚れて着ているものもあちこち焦げていておまけに透けている。
すぐに状況が分かった。
これは夜伽をする時の格好じゃないか!
いまだに父上は女遊びをやめていないのか。ったく、もういい年だろ?
この工事も次々に生まれてくる子供と籠妾のためというじゃないか!
いや、そんなことはどうでもいい。
僕はこのすきにここから逃げなくては、今なら獣人が一人いなくなっても誰も気づく者はいないだろう。
そうだった。くららはどうするつもりなんだ?一緒に逃げたいとは言っていたが……気が変わったかもしれない。
「マクシュミリアン様?もしやわたしを助けようとしてくださったのですか?」
「ああ、すまん。つい考え事をしてて‥‥何だくらら?」
「もう、あなたはわたしを助けるためにここに飛び込んできたですか?」
「君がいる事なんか知らなかった。火が見えて夢中だっただけで…」
まあそうですよね。あなたに知らせたかったですが、そんな時間もありませんでしたし、火事になることは誰も知らなかったのですもの。
でも彼はわたしの救世主の様なお方ですわ。
それにしても彼にじろじろ見られると恥ずかしくてたまらない。
「いいからもう見ないで下さらない。わたしひどい格好をしていますもの」
彼に国王の相手としてここにいたことなど絶対に知られたくはなかったがこの状況ではそんなことを隠せるとも思えない。
くららは薄い生地のネグリジェに腕を巻き付けて脚をぎゅっとすぼませた。
マクシュミリアンは、部屋の片隅にあったガウンを見つけるとそっとくららの肩にそれをかけた。
「ありがとうございます。それでマクシュミリアン様、これからどうされるおつもりなのですか?」
くららはガウンを着ると急いで前をぎゅっと締め上げながら気になることを聞く。
そしてマクシュミリアンを美しい黒い瞳が見上げた。
マクシュミリアンはその瞳に囚わわれそうな気がして慌てて目を反らした。
その胸は急に痛いほど疼いて痛くなる。
突然マクシュミリアンは、感じたこともない不思議な感覚に驚く。
びりびりと電気が走り体を包み込むような‥‥
それはくららから放たれている。
なんだ?これは?
マクシュミリアンの右手首にある太陽をかたどったようなあざがピリピリ痺れて赤みを増していく。
薄っすらと生えている被毛の上からでもそれはわかった。
これは…‥
マクシュミリアンが生れた時からこのあざはあった。母がよく言っていた。
これは太陽神の証ですよ。あなたがこの国の王になるという印です。そしてこれと対になる月の形をしたあざを持つ女性があなたの天命の人なのですよ。よく覚えておきなさいマクシュミリアン。
それはこの辺りの国に伝わる古い神話だった。太陽と月のあざを持つものは天の定めのつながりで結ばれているというはなしだった。
ふたりが出会うと自然と互いを惹きつけ合い、愛し合うようになるというのだ。
今も忘れはしない母の言った言葉を‥‥
”あなたの天命の人は必ず現れます。いつか神の導きがあるはずです。
それを感じたら迷わず信じるのです。きっと天命の人が見つかります。
ふたりで力を合わせてこの国を豊かで幸せな国に導くのですよ。
マクシュミリアンあなたは選ばれし王なのですから…‥”
そんなはずがあるもんか!僕は獣人にされてもはやこの国の次の王はスタンリーになるって言われている。天命の人なんてそんな女性が現れるはずがないじゃないか。誰がそんな事、信じるもんか!
「マクシュミリアン様?大丈夫ですか?」
立ち尽くしていたマクシュミリアンにくららが手を取った。
くららは左手で彼の手をつかんだ。
その腕はめくれていて…‥
「くらら!このあざはどうした?」
くららの右手首には、月の形のあざがくっきり浮き上がっている。
「えっ?ああ、これは生まれた時からあるのです。もう、マクシュミリアン様ったら、大丈夫ですわ。これはけがではありませんから」
くららは彼が怪我でもしたのかと勘違いしたのだと思ったが、彼が心配していると思うと胸が熱くなる。
ますます彼を見つめる瞳に熱がこもる。
マクシュミリアンは驚く。これは‥‥天命の人の証。
いや、まさか。そんなはずがる訳がない。
慌てて沸き上がった考えを振り払う。
「そうだくらら。あの‥…あれだ。僕はこの隙に逃げようと思う。今なら誰にも気づかれずに逃げられそうだから」
マクシュミリアンは、その瞳から目を逸らして話をする。
「まあ、今からですか?それでしたらあの約束お忘れではないですよね?」
くららは彼にすがるように腕をつかんだ。
その時ふたつのあざが触れ合い、マクシュミリアンの腕に激しい電気が流れた。
やっぱりくららが天命の人なのか?
一瞬このまま彼女を連れ去りたいと衝動が沸き上がった。
でも、僕はもうこの国の王にもなれない獣人じゃないか。彼女を連れてなんか行けるもんか!
でも…もし彼女が僕と行きたいと言ったら?
もう一度確かめたい。
「でも…くららは気が変わったんじゃないのか?」
彼はわざと冷たく彼女に聞く。
くららは拳を握りしめ深く呼吸をしながら、一度まぶたをぎゅっと閉じてまた大きく目を見開いた。
見開いた瞳、引くついた可愛い鼻、とがらせた唇。
きっと彼女はこんなことを思っているんじゃないのか。
”もう!信じられませんけど、あなたはわたしごどれほど大変な目に遭ったかお分かりではないのです。まさかわたしを置いて行くと言われるつもりではありませんよね?”
マクシュミリアンの顔が思わずほころぶ。
それにまだ獣人のこの僕を頼ってくれているのではと‥‥
まさか、くららは僕らが天命の相手だと知っているのでは?
くららは苛立ったように口を開く。
「まあ、どういうことですの?どうしてわたしの気が変わるのですか?」
「だって君は国王のお相手をするつもりだったんだろう?このままここにいたほうがいいんじゃないのか?」
マクシュミリアンはさらにくららに冷たく当たった。
今度はくららが喰ってかかる。
「マクシュミリアン様はわたしがこんな事を喜んでしているとでも思われるのですか?とんでもない誤解ですわ。もちろん、わたしもこうなる前に逃げようと思っていましたわ。でも、国王の部屋が火事になることを‥‥どうしてもその事をお伝えしなくてはといやいやながらここに来たのですよ。それなのにあなたはそんな風にお思いになるのですか!そもそもあなたのせいじゃありませんか。わたしも一緒にここに連れてきておいてよくもそのようなことが言えますね」
彼女は嵐のような勢いでそれだけ言うと顔をつんと上げて横を向いた。
「まさかこんなことになるとは思わなかったんだ。くららだって一緒がいいと言ったじゃないか」
「こんなことになると分かっていたらご一緒するとは言いませんでしたわ!」
マクシュミリアンはそれ以上何も言えなくなった。
国王が自分の父親だとはとてもじゃないが言えない。
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