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しおりを挟むマクシュミリアンはまだクララのそばを離れられずにいた。
自分がステンブルク国の王子とわかった以上一刻も早く王宮に帰り父親のブリュッケンに会わなければならない事はわかっていた。
スタンリーが次の国王になろうとしていることもわかっていたし、自分にはやるべき事があることもわかっていた。
僕はずいぶん変わった。
マクシュミリアンはふっと思った。
魔女に呪いをかけられる前の僕ならこんなことは思いもしなかっただろう。
この国には問題が山済みだった。
隣国とのいざこざ、鉄鉱石の採掘現場では獣人がストライキを起こしてもめていた。気候もおかしな時期が続き食料にも困っていた。
そんな国の事をどうすればいいかなんて、僕は考えてもいなかった。
日々を楽しく過ごしていればよかったのだから‥‥
だが、今は違う。僕にはやるべきことがたくさんある。
隣国と協議して互いの協力体制を整えて、獣人の解放も法律改正が必要だ。魔女だってもっと大切にすればきっと役にたってくれるだろう。それに食糧援助も隣国に求めたい。
自分の出来る仕事をしっかりしなければと思う。
マクシュミリアンはベッドに横たわるクララに話しかける。
クララ君は死んだというのに、君の寝顔は、まだ生きているように穏やかでとてもきれいだよ。
彼はため息をついた。
マクシュミリアンはまたクララに話しかけた。
”自分の生きる目的を見つけられたのも、すべて君と出会えたおかげだ。
くらら‥‥
君は異国から来て何もわからないこの国でどんなにたくましく生きたか僕は知っている。
僕を一人の人間として見てくれたね。獣人になってそれがどれほどうれしかったか、わかるかい?
僕は人の優しさや愛しむ心を初めて知ったんだ。
おまけに君は天が定めた人だったんだ、もっと早く君にその事を告げておくべきだった。
僕にはまだ信じれないよ。クララ、君が死んだなんて‥‥
君は僕の運命の人。君を生涯愛すると誓う。
僕たちは結婚しようクララいいだろう?僕と結婚しても…‥”
マクシュミリアンはクララに誓いのキスをした。
そして彼は獣人にされた時に、唯一残った王家の紋章のついたマントを床下から出した。
鮮やかなえんじ色に金糸で刺しゅうが縁取りされたマントはきちんと保管されていたため色あせず、元の豪華な彩のままだった。
彼はそのマントをクララの遺体の上にそっとかけた。
マクシュミリアンは、しっかりしなければと自分を奮い立たせた。
彼はすぐに王宮に出向いた。
彼は緊張のあまり顔が強張り、背中がきしんだ。
王宮の入り口まで来るとマクシュミリアンは声を張り上げた。
「僕です。マクシュミリアン・ルートビッヒ・フォン・ウインザーです。ただ今帰りました」
王宮は大騒ぎになった。なにしろ8年間行方知れずだった王子マクシュミリアンが帰って来たのだ。
国王ブリュッケンは、驚き喜びに声を上がた。
「ああ…愛しいマクシュミリアンよく無事で、わたしはこの日が来ることをどれほど願っていたか知れない。我が息子が帰って来た。早速祝いの用意をしろ!」
「父上お話があります」
マクシュミリアンはブリュッケンに会うとすぐに話を切り出した。
「父上、わたしはこの8年獣人にされて森の奥でひっそりと生きてきました。ですがどうしても町に来なければならない用が出来町に来て奴隷商人に捕まりこの王宮の工事に奴隷敏江連れて来られました。その時知り合った女性がいました。彼女は獣人の僕に分け隔てなく接してくれました。そして僕たちは愛し合うようになったのです。僕はやっと人間に戻ることが出来ました。それもその女性のおかげなんです。僕はその女性と結婚しました」
マクシュミリアンは硬直した態度をゆるめなかった。
何が何でもクララを僕の永遠の妻として彼女を王家の墓に弔ってやりたいと思う。
「マクシュミリアン。そんなにお前を愛する人ができたのか…ああ、もちろんだ。その女性と結婚して構わん。それでその女性は何処にいる?」
「彼女の名前はクララ、今は森にいます」
「わかった。すぐにお前の帰還の祝いと結婚式を行おう。ああ…これでわたしは安心して王を退ける。マクシュミリアンお前が王になってくれるのであろう?」
ブリュッケンはうれしさのあまりスタンリーの事など忘れていた。
「ですが、父上はスタンリーを次の国王にすると決められたではありませんか。僕はこの国の改革をしたいと思いますが、別に王でなくてもいいんです。僕に国の改革さえできれば王はスタンリーで構いません」
「まあ、その話は落ち着いてからゆっくり話合えばいい」
「わかりました。それから僕は結婚式をするつもりはありません」
「待てマクシュミリアン、結婚式をしないなど出来るわけがない。国民への手前、王家のものが神の前で誓いをしないなどと言うことは許されない。まあとにかく今はお前が帰って来た、それだけでいい」
ブリュッケンはマクシュミリアンが帰って来ただけでもう充分だった。
「ええ、もちろんです。とにかく今の僕にはやることがあるんです」
「マクシュミリアンお前相当そのクララとやらにぞっこんなんだな?いや、まて、もしかしてそのクララとは、あのくららか?」
「そうです。父上。火事の時あなたを救ってくれたあのくららですよ」
マクシュミリアンはやっと頬を緩ませた。
だが、困ったことになった。
クララはもう死んでいる。そのことがばれればクララを妻にするというわけにいかなくなるかもしれない。
くっそ!
どうすればクララを妻に出来る?
マクシュミリアンは急いで身なりを整えた。何しろ着ていたのは獣人だった時のシャツやズボンだったから…‥
一度森に帰って来ると家来に告げるとひとりでマクシュミリアンは王宮を出た。
馬に乗って町はずれの教会にやってきた。
教会は木造のこじんまりした小さな建物だった。粗末な造りでステンドグラスもなければパイプオルガンもない、ちっぽけな古びた木造の祭壇がある教会だった。
「神父様はおられるか?」
マクシュミリアンはその扉を開けて声をかける。
「はい、わたしが神父ですが…」
祭壇の向こうから現れたのは年老いた男性だった。
「悪いが、結婚式をすぐにしたい。この教会で結婚の誓いをすれば公に夫婦となれるか?」
「はい、もちろんです。教会はどんな人にも平等です。おふたりで結婚の誓いをされれば夫婦と認められます」
「では、その証明を頼んでも?」
「ええ、もちろんです。それで奥様となられる方は?」
「これから連れてくる。だがよく聞いてほしい。妻となる女性は死んでいるがどうしても結婚式をして欲しいのだ」
「お相手が亡くなっているのですか?それではお聞きしますが相手の方と結婚の約束はされていたのですか?」
「いや、まだその話はしてはいなかった。ふたりとも愛し合っていたが、まさか彼女が死んでしまうとは思ってもいなかったから…」
それに僕は記憶をなくしていたから‥‥
マクシュミリアンは心の中でつぶやいた。
「それは困りました。相手の方と婚約でもしているなら話は早いのですが、それを誰かほかの方はご存知ないのですか?」
「いや、森でふたりだけで暮らしていたから、誰も知ってはいない」
「それならば無理です。いえ、あなたがご自身でその方を妻と思うだけなら何の問題もありませんが、それを証明するとなると…‥」
「そうか…‥」
だが、マクシュミリアンは思い直した。
そんなこと関係ないじゃないか、僕の妻はクララだけだ。もう僕たちは結婚したんだ。
それを国民に発表すればいいだけの事、そして後で妻が亡くなったと公表すればいい。
誰に迷惑をかけるわけでもないんだ。
そうと決まるとマクシュミリアンは一度王宮に帰って町はずれまで馬車の用意をするよう手配した。
そして取って返して森に馬を走らせた。
クララすぐに帰る。
そして君を王宮に連れて帰る。
そこで僕の妻として王宮に迎えるから……
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