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 マクシュミリアンは森の家に帰って来ると、クララは死後硬直が始まったらしく体が硬くなり始めていた。

 こんなことはしてはいられない。

 まだどうするかも決めてはいなかったが、とにかく今すぐにクララを王宮に連れて帰ろうと決めた。

 何時でも連れて帰れるように馬車を頼んでおいて良かった。

 
 マクシュミリアンは残っていた衣服を切り裂いて何本も紐を作った。

 そしてクララを馬に乗せると自分も馬にまたがった。

 死後硬直が始まったクララを前にして馬にまたがせると体を紐で縛り付けた。こうしてクララが馬から落ちないようにすると町はずれまで急いだ。


 町はずれには頼んでおいた馬車が待っていた。

 マクシュミリアンは、馬からおりるとクララを馬車に乗せた。

 そして自分も一緒に馬車に乗った。馬は後で誰かに引き取りに来させればいい。

 御者に王宮に急ぐよう言いつける。

 馬車は町を駆け抜け王宮を目指した。


 王宮に着くとマクシュミリアンはクララを抱いて王宮の中に入った。

 門番がたずねた?

 「マクシュミリアン王子その方は?」

 「僕の妻だ。少し具合が悪いんだ。急いで僕の部屋に連れて行く」

 マントでクララを覆って顔はほんの少ししか出していなかった。

 「ははっ、すぐに医者の手配を」

 「もう頼んであるから心配ない」

 「わかりました。お大事にして下さい」

 門番がそう言った。

 マクシュミリアンが帰って来たことは、もう城中のみんなが知っていた。


 マクシュミリアンは急いでクララを自分の部屋のベッドの横たえた。

 あれから8年だったが、今も自分の部屋がそのままだったとは‥‥

 彼は改めて父がどれほどの思いを持っていたかと思い知る。

 親と言うものはありがたいものだと‥‥


 それから侍女に言いつけてシルクのネグリジェを用意させた。

 着替えを手伝うという侍女を懸命に押しやって、やっと自分で彼女にネグリジェを着せた。

 こうしておけば取りあえず彼女が具合が悪いから寝ていると誤魔化せるだろう。


 マクシュミリアンが帰って来たと聞きつけた父がやって来た。

 ドアをノックされてマクシュミリアンは急いでドアの前に立った。

 「マクシュミリアン、クララの具合が悪いと聞いたがどうなんだ?」

 ブリュッケンがドア越しに聞いた。

 「はい、そうです。僕が迎えに言った時には、かなり具合が悪そうでしたので‥‥あっ今クララは眠っていますので、しばらくこのままにしておいて下さい」

 「医者はどうした?」

 「はい父上、もう頼んであります。でも今は眠っているので起きたらすぐに見せますから心配ありません」

 「そうか。もし具合が悪いようならすぐに医師に見せるのだぞ」

 「ええ、もちろんです」

 ブリュッケンはそれだけ言うとドアを閉めた。

 マクシュミリアンはほっとした。

 これからどうするべきか考えなければ…‥

 マクシュミリアンは頭を抱えながらベッドに戻る。


 彼がベッドに戻って枕元に座る。

 青白い顔をしたクララを見るとたまらなくなって彼女の強張った唇を少し開くとそこに唇を寄せて自分の息を吹き込んだ。

 こんな事をして彼女が生き返るわけでもないが…‥

 マクシュミリアンはまた大きなため息をついた。


 …‥といきなりクララが目を開けた。

 マクシュミリアンは腰が抜けるほど驚いた。

 「クララ?クララ‥‥君は死んだんじゃ?…‥」

 素っ頓狂な声が出た。


 「えっ?あの‥‥わたしが死んだって?」

 クララもおかしな声が出た。

 「噓だろう。クララ?生き返ったのか?本当に嘘じゃないよな?」

 マクシュミリアンは驚いて彼女の腕をしっかりつかんだ。

 「もう、痛いじゃない!それにあなたは誰よ?」

 クララはまだ自分の頭でもおかしいのかと思った。

 わたしは確か雷に打たれたはずで…‥

 それにここがどこなのかもわからない。

 さっきまで天国にいたことなどきれいさっぱり記憶から消えていた。

 「ああ、ごめん。でも、クララはさっきまで死んでたんだ。雷に打たれて‥」

 「わたしが死んだ?やっぱり雷に‥‥でも、わたし生きてるわ。嘘みたい」

 「ああ、僕も驚いた。でもこんなうれしい事はない。ああ、僕のクララ‥‥」

 マクシュミリアンはクララを抱き寄せようと近づく。

 「それよりあなたは誰なの?さっきからクララ、クララって人の事馴れ馴れしく呼んでるけど…‥」

 クララは後ろにずり下がり怪訝そうにマクシュミリアンを見た。


 マクシュミリアンはやっと事の状況に気づいた。

 そうだ。僕は人間に戻ったんだ。くららは獣人の時の僕しか知らないから…

 「クララいいかい、よく聞いてくれ。僕はマクシュミリアンだ。魔女の呪いが解けたんだ。だから僕は人間に戻ったんだ」

 「マクシュミリアン?あなたが?嘘よ。彼は毛むくじゃらで怪我をしていたじゃない!」

 「怪我は獣人だった時で、獣人は怪我の治りも早いんだ。だからもう治った。そして呪いが解けて人間に戻ったという訳だ。わかったかい?」

 「噓よ‥‥」

 だって、こんな整った顔立ちの男の人がマクシュミリアンのはずがないじゃない。

 クララは考え込んだ。

 その上心臓がバクバクして今にも気を失いそうになる。


 クララが生き返る前やっと天国で神様の評決が出た。

 それでクララはこの世界に戻れることになった。

 そもそもクララは生まれる時に、間違った世界を運ばれたことが分かった。

 クララを運んだのはおじいさんコウノトリのジョゼフで、ステンブルク国に運ぶはずが全く違う世界の日本に運んでしまったのだ。

 どうしてくららがステンブルク国に来てしまったのかというと…‥

 そこで25年もの間生きて来たくららが亡くなった時、もともと行くはずだった世界に転移してしまったのだ。

 だからピエールが心配していた天使のミスではなかったことも分かった。

 神たちの判断は、クララにはまだ生きてもらわなければならない。という結果になった。


 いらいらして待っているクララのもとにやっと神が結果を知らせると言った。

 この世界に戻るにあたってクララには日本で暮らした記憶は削除することになったと言われる。

 改めてクララの記憶は、ステンブルク国に行ったところからの記憶にすることになったと言われた。

 そもそもそんな間違いをしたコウノトリもだが、気づかなかった神様たちにも責任がある。


 だが、クララは納得がいくはずがなかった。

 クララは一体だれの責任なんだと言いたかった。

 だが、神様にそれを言っても聞いてはもらえるはずがなかった。

 神に間違いがあってはならないのだから…‥

 もちろん天国に来た記憶も抹消される。

 ったく!

 クララの言い分は、無理のない話ではあるが…‥


 クララは事情を説明されたが納得がいかなかった。

 でも、とにかくマクシュミリアンの所に戻れるならばとしぶしぶ承諾したのだ。

 祖母や母を最期の別れをして、記憶を消されて今生き返ったばかりだった。



 だから名前は”クララ”だけになり、最初に奴隷商人に出会ってマクシュミリアンと出会ったところからしか記憶にないのだった。

 もう神楽坂くららではないしお嬢様でもなくなっていた。

 おかげで言葉使いもお嬢様ではなくなった。


 クララには確かに彼の言う話は何となくは理解できるのだが…

 でも、人間のマクシュミリアンと名乗る男はあまりに美しく悩ましいほど魅力的なのだ。

 まさに神の化身とでもいうほど彼の瞳はゴージャスで顔はどんな人より群を抜いて美しかった。

 クララは物おじして言葉も出ないほどドキドキしていた。

 「あなたがマクシュミリアンだなんて‥‥とても信じれないから」


 そう呟くクララにマクシュミリアンがキスをした。

 彼の唇が重なり、その唇の形がぴたりと合わさった。

 クララは目を閉じた。

 だってこんな彫刻のような美しい顔を見てはいられるはずがないもの。


 クララの記憶の断片がピクリと反応する。

 このキス知っている…‥

 マクシュミリアンとわたしの唇はこんなふうに貝を合わせたみたいにピタリ合っていた。

 彼の舌が口腔内に入って来て、そっと内側をなぞった。そしてちゅくちゅくと彼女の内側を吸い付くように舐め回していく。舌の長さが違うし感触も少し違うのは彼が人間だからかもしれないが、キスのやり方はまさしくマクシュミリアンだった。


 彼が唇を離すと言った。

 「あなた本当にマクシュミリアンなの?」

 でも、どこをどう見てもとても信じられない。着ている服もシルクの様な生地で豪華なフリルが付いていて、下履きはスパッツのようにぴったりしていて、まるでどこかの王子様‥‥

 いえ、そうだった彼はステンブルク国の王子様だった。


 クララが色々考えを巡らせているといきなり彼が背中を出した。

 「ああ、正真正銘マクシュミリアンだ。これを見て」

 「あっ!なんてひどい‥‥可哀想なマクシュミリアン」

 クララの手は自然とその傷跡に伸びていた。


 まだ、赤い皮膚は傷は塞がっているが、みみずばれのように膨らんでいた。

 そっとその痛々しい傷跡を指先で優しくなぞると唇を寄せずにいられなくなる。

 愛しさがこみあげてきて彼の全てを愛していたことをはっきりと思い出す。

 何度も何度も傷跡にキスを落とすとやっと彼がマクシュミリアンなのだと確信できた。

 良かったわ。マクシュミリアンは人間に戻れた。

 それは彼が王子に戻ったと言うことで‥‥

 わたしはもう彼のそばにはいられない。

 クララはその事実に気づくとどうしていいかわからなくなった。



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