39 / 54
38
しおりを挟むレオナルドの遺体は処刑台から降ろされて台の上に置かれていた。
胸から血を流したレオナルドは青白い顔で静かに横たわっていた。その横でふたりの男女が彼にすがって泣いていた。きっとレオナルドのご両親に違いない。瑠衣は声をかけた。
「レオナルドのご両親ですか?わたしは橘瑠衣と言います。レオナルドの番です。これからレオナルドにまじないをかけますのでどうか少し後ろに下がってもらえませんか?」
「あなたが聖女様なんですね?レオナルドの最期の言葉です。自分を生き返らせてほしくないと…あなたには死んでほしくないからと息子はそれだけを願っていました。だからもうこのまま逝かせてやってください」
「もし、わたしがいなくなってもイアスがいます。彼女ならきっとレオナルドを支えてくれます。彼ならきっと大丈夫。どうかわたしにまじないをさせて…お願い…お願いします」
ああ…レオナルドそんなにわたしの事を思ってくれてたなんて…
彼のためなら死んでもいい。この命の全てをかけてあなたを生き返らせて見せる。
瑠衣は心の底からまじないを唱え始めた。
「ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…」
その言葉は帰りかけていた群衆の耳にも入った。群衆は瑠衣のまじないをかたずをのんで見守った。
それからどれくらい経っただろう‥‥
動かなかったレオナルドのまつ毛が震えた。そして指先が動き、彼は目を開けると起き上がった。
それを見ていた群衆から声が上がる。
「やっぱり言い伝えは本当だった…」
「聖女様…聖女様…」
そこでジャミルが声を上げた。
「皆の物。聞いてくれ…言い伝えは本当だった。たった今、神はレオナルドに国王になる権利をお与えになった。よって現イエルク国王、並びに閣議での協議をへて新しい国王と選ぶものとする」
ジャミルは内心驚いていたが…
”まさか、生き返るとは思ってもなかった。だが、そうなればイエルク国王を引きずりおろせるではないか。レオナルドに国王になってもらえば…とにかくイエルク国王をこのままにはしておけないのだから”
「アディドラ国バンザイ!」
「レオナルド国王おめでとう‥‥」
群衆から歓声が上がった。
レオナルドはまだはっきりしない頭で周りを見渡す。
ここはどこだ?俺は処刑されたはずで…なんだ、この重みは…
レオナルドは脚の上に倒れ込んだ瑠衣にやっと気づいた。
「瑠衣?どうして?おいしっかりしろ!瑠衣目を開けてくれ…頼む。瑠衣君を失っては生きていけない.瑠衣…どうか、目を開けてくれ」
レオナルドの悲痛な叫ぶ声が響き渡る。
その時瑠衣は女神と一緒にレオナルドの上からその様子を見ていた。
瑠衣の目からははらはらと涙が伝った。その涙が雨のように地上に降り注ぐ。
ああ…レオナルド。わたしもあなたを心から愛してる。でもお別れよ‥‥さようなら、どうか、どうか幸せになってね…‥
すると女神が尋ねてきた。
「瑠衣どうするの?この世界に残るんですか?それともあっちの世界に帰るんですか?いい加減決めてもらわないとわたしも困るんですよ」
「えっ?どういうことです?わたし死んだんでしょう?だからもうこの世界には戻れないんじゃ?」
「何言ってるんです。今あなたはどちらの世界にもいるんです。つまりちょうど真ん中にいある感じ。だからどっちに行くか決めてもらわないと困るんですよね」
「でも言い伝えではヤスミンは死んだって…」
「ええ、ヤスミンはこの世界でしか生きてなかったんですから、当然でしょう。でも、あなたはあっちでもまだ生きていると言うことは今ならどちらに行くか選べるんです」
瑠衣の目が点になる。
「えっ?それって…‥」
頭の中で今言われた事を反芻する。うそーわたしは生き返れるって事なの?
「もう、女神さまったらそれならそうと早く言ってくださいよ。それって…めっちゃラッキーじゃないですか。嘘みたい生き返れるなんて…あの、それであっちの世界のわたしはどうなるんです?」
「もちろんあちらの世界のあなたは死ぬことになります。今は昏睡状態ですが、あなたがこちらの世界で生き返り次第、あちらの世界のあなたは存在しなくなりますよ」
そうなんだ…あっちの世界に未練なんかないもの。それよりわたしはレオナルドを愛している。
思ってもなかった事で滅茶苦茶うれし感激していたら、ふっとレオナルドが叫んでいることが耳に入った。
「瑠衣頼む。目を開けてくれ…もしかして瑠衣は俺が国王になりたいと?そんなものくそくらえだ!俺は言っただろう。お前がいれば何もいらない。農夫でも木こりでも炭鉱夫だって構わない。瑠衣と一緒なら、君さえいてくれれば何もいらないんだ。だから‥‥だから、目を開けてくれ‥‥」
レオナルドは必死で瑠衣の体を抱き起して声をかけていたが、今や人口呼吸をして心臓マッサージまで始めた。
「レオナルド…もう諦めろ…」レオナルドの父が声をかける。
「父上あれほど頼んで置いたのに、ひどいじゃないですか。いいから放っておいてください」レオナルドは瑠衣にすがる。
その様子は悲痛で聞いている群衆からも、鳴き声や嗚咽が漏れた。
「そうだ!女神様お願いだ。どうか瑠衣を生き返らせてくれ。その代り俺の命を捧げる。だからお願いします。どうか瑠衣を…」
レオナルドは天を仰いで手を合わせた。
「女神様、早くわたしをこの世界に戻してこのままじゃレオナルドが死んじゃう…」
「決めたんですね?もうあっちの世界には戻れませんよ。覚悟は出来てますか?」
「はい、女神様」
「わかっていますよね?これは特別優遇措置なんですから。あなたは一度死んだのですから、もう特別扱いはしませんよ」
一瞬瑠衣は戸惑った。もしかしてレオナルドは心変わりしてしまうんじゃないかって…
ううん、そんなはずない。彼を見て、あんなにわたしの為に自分の命さえ差しだそうとしてるんだから…
でも二度とこの世界から出ることは出来なくなるのよ。今なら元の世界にだって戻れる。
ああ…わたしったらどうしてレオナルドを心から信じれないのかしら…いい加減覚悟を決めなさいよ。
悲痛な声でわたしを呼んで、本気でうろたえて、わが身を捧げると…これが本物の愛じゃなかったら、何なのよ!あんたいい加減レオナルドを信じたら… これじゃどっちがひどい人かわからないわよ。
レオナルドは獣人だけど…これほどいい獣人はいないから、わたしの愛する獣人レオナルド。
「さあ、瑠衣。覚悟はできた?」
女神はもう一度訪ねた。
「ええ…」
その時女神が声を上げた。
「まあ、あなたお腹に子を宿したのね…やっぱりこうなる運命だったのね…さすが神様はやることがえぐいわ」
「女神様?今なんて‥‥」
「まあ、ごめんなさい。余計なことを言ったわ。でもまあいいわ、今あなたのお腹で受胎が起きたのよ。精子と卵子が結ばれたの。こんな瞬間を見れるなんて…きっと今日はいいことがありそうだわ」
「それは…レオナルドの子供を授かったって事?」
「他に思い当たることでもあるの?」
「あの…女神様、修仁は最後までしなかったんでしたよね?あの時…わたしが死んだと思って途中でやめたんですよね?」
「そうね…確かに途中で…っていうか、わたしはたった今受胎されるところを見たんですから…」
「良かった‥‥女神様。お願いします。すぐにレオナルドのところに…この世界に戻してください」
瑠衣は生まれてこの方こんなにわくわくしたことはなかった。
その時イエルク国王が処刑台に上がって来た。
「クッソ!聖女はわたしのものだ。その汚い手で聖女に触れるんじゃない。見ておれ、この手で成敗してやる」
イエルク国王は処刑台の横の立てかけてあった槍に手をかけるとそれを振り上げてレオナルドに向かってきた。
レオナルドはそれをあえて受け止める体勢を取った。
彼は自分が死ぬことで瑠衣を生き返らせようとしていた。
「神よ、わたしが身代わりになります。どうか瑠衣を…」
0
あなたにおすすめの小説
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる