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しおりを挟むその時だったロンダが国王の前に立ちはだかった。ロンダは腰の剣を引き抜き国王に向かって構えた。
「国王、おやめください。ここは神聖な場所です。レオナルドはもう処罰を受けました」
「まだ生きておるではないか。わしが成敗する。そこをどけ!誰にも邪魔はさせん!」
「これほど言っても‥‥」
ロンダは寝間着のまま鬼のような形相で走って来る国王に剣を振り下ろした。
国王の寝間着がはらりとほどけて、ぶざまな肉体が群衆の前にさらけ出されると、国王は悲鳴を上げてバタンと床に倒れた。
だが、息絶えたわけではなかった。剣の刃先が少し皮膚を切っただけで、イエルク国王は気絶しただけだった。
あっという間の出来事で辺りは、水を打ったかのように誰一人声を上げなかった。
すぐにジャミル宰相が声を上げる。
「イエルク国王はご乱心のご様子であった。よって近衛隊、副隊長ロンダ・マルティスがそれを阻止した。ロンダご苦労であった。すぐにイエルク国王を運んで治療に当たらせろ!皆さんわたしはすぐに議会を開いて最善の策を立てる所存です。どうか安心してください」
ジャミルは国民にはっきりとイエルク国王が悪いことを印象付けた。そしてすぐに対処するから心配ないことも付け加えるとロンダと固い握手を交わした。
慌てたのは瑠衣だった。早くレオナルドのところに戻らなちゃ!
レオナルドはまだ自分の命を引き換えにして瑠衣を生き返らせようとしていた。
「女神様、早く、早くレオナルドのところに戻して…」
「わかりました。では…わたしはもう二度とあなたに姿を見せることはありませんよ」
「ありがとうございます。女神様…」
「あっ!それから言い忘れていましたが、あなたは一度死んで生き返るのです。だから聖女の力は失いますよ。これからは普通の人間として生きていくのです。瑠衣、幸せになりなさい‥‥」
その瞬間女神はすぅーと消えた。
「ちょっと待ってください…女神様、そんな話聞いてません…女神様‥‥」
瑠衣がいくら呼んでももう女神は現れなかった。
そんな‥‥ううん、レオナルドはわたしを愛してるんだもの。もっと自信を持つのよ!きっと大丈夫!
瑠衣はふっと意識が戻った。
レオナルドは?どこ?
瑠衣はまだ朦朧とする意識を吹き飛ばすように上体を起こし頭をまわした。
「レオナルド…レオナルド…わたしはここよ。早まったことはしないで!」
瑠衣はレオナルドのどこかをつかんだ。
振り返ったレオナルドの顔は涙でぐしゃぐしゃで、瞼は腫れて赤い瞳はすっかり光を失っていた。
もう一度今度はレオナルドの手をしっかりとつかんで叫んだ。
「レオナルド‥‥レオナルド…わたしはここよ」
「ああ…瑠衣?瑠衣なのか?瑠衣。ああ…るい、るい‥‥」
レオナルドは瑠衣の頬を両手で挟んだ。そして抱きしめて倒れ込むように胸に顔をうずめた。
あまりの感激でレオナルドは瑠衣に体全体を押し付けた。そしてお腹に力をかけられた瑠衣は、いきなり怒る。
「やめて!レオナルド。お腹の赤ちゃんが…」
「瑠衣、今なんて言った?」
「意識を失っている時、女神様と一緒だったの。女神さまが言ったわ。今受胎が起きたって、だからわたしきっと妊娠したのよ。もちろんあなたの子供よ」
「ああ…なんてすばらしい。瑠衣が生き返った上に赤ん坊まで?瑠衣すごくうれしいよ」
「もう…レオナルドったらこんなに愛しい人は他にいないわ。もう二度と離れないから」
「ああ、俺も二度と離すつもりはないからな」
群衆の歓声がわーと沸き起こった。
「レオナルド、瑠衣おめでとう!」
レオナルドの両親もたいそう喜んでふたりを祝福してくれた。
そこにジャミル宰相が現れた。
「ふたりとも議会に来てもらおう」
「ジャミル宰相、言っておきますけどわたしは国王なんかになりませんよ」
レオナルドがふてくされたように言った。
「それは議会が決める事です。いいから来なさい」
そして群衆に言った。
「皆さん、後の事は議会で最善策を考えます。どうか安心してお引き取り下さい」
湧き上がっていた群衆は落ち着きを取り戻すと皆引き返し始めた。
「ご両親もここはわたしに任せてどうかお引き取りを」
レオナルドの両親もジャミルの言われて帰って行った。
ジャミル宰相について王宮に入っていく。
「取りあえずそれぞれ別室で休んでいてください。すぐに議員に召集をかけて議会を開きますので…」
「それで俺たちはどうなるんです?」
レオナルドは瑠衣の手を放そうとはしなかった。
「決して悪いようにはしません。安心してください」
「俺から瑠衣を奪ったりしないんだな宰相?」
「レオナルド、いいから落ち着いて。そのためにも少し休んで、使用人にお茶でも持ってくるよう言いつけておきますから」
「どうして瑠衣と一緒にいてはいけないんだ?」
「お互いに話を示し合わせるようなことが会ってはいけませんからな。今は一人ひとり別室で待機していただきます」
「瑠衣の安全は?」
ジャミルはレオナルドのしつこさに顔をしかめた。
「もちろん保証しますから。少しはわたしを信じていただけないか?」
「もちろんです。ジャミル宰相。あなたを信じていますとも!」
レオナルドはやっと引き下がった。
「瑠衣少しの辛抱だ。この件が終わったらすぐにここから出よう」
「レオナルド…あのお話が…」
「ああ、後でゆっくり話をしよう。じゃあ…」
レオナルドは瑠衣の唇に熱い口づけをすると、瑠衣を部屋に入れやっと自分も別室に入った。
ジャミルは忙しそうに部屋を後にした。
レオナルドは血まみれになった服を脱いでシャワーを浴びると、置いてあった着替えを着た。そ子には、レオナルドもよく知っている貴族が着る服が用意されていた。白いシャツに襟は立ててスカーフのような布を巻いてリボンのように結ぶ。シャツの上には前が短く後ろが長いジャケット。生地はシルクで色は黒。ズボンは白いブリーチズボン。靴はハーフブーツが用意されていた。レオナルドはそれを着ると、テーブルにあったお茶を飲んで気を紛らわした。
瑠衣も着替えを用意されて血の付いた服を脱いでシャワーを浴びて着替えをした。着替えはとても豪華な衣装で、シルクの淡いグリーンのシンプルだが高そうなドレスと金糸の刺しゅうが入ったガウンのようなものだった。これはカモダールという民族衣装だ。
瑠衣は知らなかったが、これは正式な時に身に着ける女性の正装で、アディドラ国の民族衣装でもあった。
ジャミルはレオナルドと聖女の為にとても礼を尽くした正装を用意させたのだった。
瑠衣はレオナルドと話がしたかったが、あの状態では何も話せなかったし、それにドアの外には厳重な見張りがつけられていた。
ジャミルはすぐに議会を招集する。2時間後には議会が開かれることになった。アディドラ国にはそれぞれの町から選ばれた議員の庶民院と、それに貴族院がある。
議会でレオナルド、ロンダ、瑠衣それぞれが順番に呼ばれてイエルク国王の事を詳しく聞かれた。
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