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第二章【動いていない世界】
第四幕『禁忌のタイムリープ』
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占い師から渡された小さな紙切れに、タイムリープの手順と禁止事項が書かれている。
その禁止事項の一つが、過去の自分の意識を乗っ取ってしまうことなのだ。
「過去へ戻れても、自分の意識と同調しちゃいけないよ。同調すると夢の中から戻った過去が現実に逆転してしまうかもしれない。絶対やめときな」
話の中で占い師に口頭で注意されていたのを思い出した。
本気で過去に戻りたいと言う人間は、何かしら大きな後悔をしている場合が多い。
私の場合、中学3年の頃、高校入試の願書を2度書き換えたことを今も悔やんでいる。つまり、横着をしたのだ。
安全パイで入れた進学校。しかし、勉強漬けの3年間を恐れて2ランク下の工業高校へ入った。
「あの時、進学校の普通科に入ってたら、大学も行けたんだろうな……」
後悔しつつも、藁にもすがる思いでタイムリープの訓練に励んだ。
いきなりタイムリープの訓練を始められたのは、下地があったからだ。私は明晰夢をよく見る。
それが明晰夢なのか、体外離脱や幽体離脱と呼ばれている現象なのかは不明だ。
その訓練は数年間続いた、明晰夢を操れても自分のいる世界をうろつくのが精いっぱいで、タイムリープには至らなかった。
「この手順は間違っていないが、何かが足りないのではないか?」
そんな疑問を持ち始めた私はタイムスリップ関連の書籍を読み漁り、ネットで調べる日々が続いた。
飽きずに訓練が続いたのは、どこか遊びの感覚があったからだろう。
占い師に出会ってから約10年後、その日の夜もタイムリープの訓練をしていた。
「……あ、視界が悪いな……。そんなときは手の平を見てっと……」
明晰夢で視界が悪いときは、手の平を見れば視界が広がる。
私は自分の部屋から家の外へ出た。
「次は……、中間地点の音無しの世界へ入らないといけないな……」
「あれ?」
目の前が急に薄い緑色のフィルムを通した視界に変化する。
「変な色。なんだ? この緑っぽい視界は」
つい先程まで目の前に広がっていた町の様子、それ自体に変化はない。ただし、色以外。
「ひょっとして……、ここか? ここが音無しの世界か?」
確信はないが、10年前に時空間に落ちたときと同じような感覚。静か過ぎて、色彩がおかしい。
「ここが占い師の言ってた音無しの世界なら、過去へ行けるはずなんだけどな……」
手順は決まっているのだ。戻りたい時代の印象深い思い出を強く念じるだけでいい。
「入試前だと忙しくて楽しめそうもないな……。中学2年ぐらいが一番遊べたような気がするな」
中学2年の4月、クラス替えで仲良しが固まってて、みんなで喜び合ってたっけ。
いつからだろうか、私は見たことがある風景を見下ろしている。
「おおっ、あれは私だ。体育館でクラス替えの掲示板を見ている!」
中学時代の自分自身が掲示板を見て友人たちと喜び合っている。笑い合って、ふざけ合っている。
「あそこにいる自分の意識を乗っ取ればいいんだよな……?」
躊躇いはあった。成功して過去に戻ったら、今の自分はどうなる?
「とりあえず、行ってみるしかない!」
見下ろしている状態からもっと近くに行ってみようと思った。
「ん、なんだこれは?」
今まで気付かなかったが、私は上空に浮いて見下ろしているのではなく、透明の壁に張り付いたような状態だった。
目の前には過去の風景と過去の自分、手を伸ばせば届きそうな距離だ。
「よく解らんけど、これを超えたらいいんだよな」
勢いよく透明の壁に向かって飛び込んでみた。
押した分だけ戻される。ゴムで出来たシャボン玉を想像してほしい。
それを外側から破って、中へ入ろうとしているのだ。何度飛び込んでも押し戻される。
「――いったいこれはなんだ? 時間の壁っていうやつ?」
一度冷静になって指先で触ってみた。プニプニしていて、押したらへこむがすぐに戻る。
「まるで形状記憶シャボン玉だな…。さて、どう破ろうか?」
占い師から教わった手順、自分で買い漁った書籍、調べたウェブサイトのどれにも載っていない、言わば不測の事態というやつだ。こんな透明の壁に阻まれるとは…。
「よし、もういっちょやってみるか!」
ここで諦めたら次はいつ成功するか解らない。手でこじ開けようとせず、頭からグリグリと壁を押してみた。グリグリ…グリグリ…、頭をねじ込んでいくと透明の壁は伸びる伸びる……。
壁は破れはしないものの、私は過去の自分の頭上まで接近していた。
「これ、見えてたらビックリだよな……」
クラスメイトと談笑している過去の自分、その頭上には必死の形相をして壁に顔をめり込ませた私。
過去の自分の頭と、壁を押して近付いた私の頭が接触するぐらいの距離になった。
その時だった、頭で押していた透明の壁にヒビが入ったのだ。音はなかったが、透明の壁に黒っぽいヒビが入りだした。小さな小さなヒビだ。
「いいぞ!割れろ!もうすぐだ!」
目の前には過去の自分がいる。壁を突破すれば過去の自分を乗っ取って、タイムリープ完了だ。
――ジリジリ……、バリッバリッバリバリバリッ――――!!!
壁が破れた音ではない!痛くはないが、背中に何か強い衝撃を受けた。
「あっ!ちょ…!わっ!」
透明の壁を強く押し過ぎていた分、その反動で吹っ飛ばされたのだ。
気が付くと地面で大の字になっていた。
「なんだったんだ、今の衝撃は…?」
辺りは薄い緑のフィルムを通したような、色彩のおかしい景色が広がっていた。
「――村山です。今から一名連行します。――はい、それじゃお願いしますね」
大の字に寝転がって上空を見ていると、いつの間にか中年のおじさんが立っていた。
「お前、またこっち来たな!しかも今度は禁則犯してるじゃねえか!!」
10年前、動いていない世界に迷い込んだときに出会った村山さんだ。すごい剣幕で怒っている。
「すみません、タイムリープに失敗したみたいです……」
「タイムリープ!?お前っ!!」
村山さんの顔が一層険しくなった。
「とにかく立て!わしについて来い!逃げようとしてもこっから出れんからな!」
どうやら私は管理局に連行されるらしい。
その禁止事項の一つが、過去の自分の意識を乗っ取ってしまうことなのだ。
「過去へ戻れても、自分の意識と同調しちゃいけないよ。同調すると夢の中から戻った過去が現実に逆転してしまうかもしれない。絶対やめときな」
話の中で占い師に口頭で注意されていたのを思い出した。
本気で過去に戻りたいと言う人間は、何かしら大きな後悔をしている場合が多い。
私の場合、中学3年の頃、高校入試の願書を2度書き換えたことを今も悔やんでいる。つまり、横着をしたのだ。
安全パイで入れた進学校。しかし、勉強漬けの3年間を恐れて2ランク下の工業高校へ入った。
「あの時、進学校の普通科に入ってたら、大学も行けたんだろうな……」
後悔しつつも、藁にもすがる思いでタイムリープの訓練に励んだ。
いきなりタイムリープの訓練を始められたのは、下地があったからだ。私は明晰夢をよく見る。
それが明晰夢なのか、体外離脱や幽体離脱と呼ばれている現象なのかは不明だ。
その訓練は数年間続いた、明晰夢を操れても自分のいる世界をうろつくのが精いっぱいで、タイムリープには至らなかった。
「この手順は間違っていないが、何かが足りないのではないか?」
そんな疑問を持ち始めた私はタイムスリップ関連の書籍を読み漁り、ネットで調べる日々が続いた。
飽きずに訓練が続いたのは、どこか遊びの感覚があったからだろう。
占い師に出会ってから約10年後、その日の夜もタイムリープの訓練をしていた。
「……あ、視界が悪いな……。そんなときは手の平を見てっと……」
明晰夢で視界が悪いときは、手の平を見れば視界が広がる。
私は自分の部屋から家の外へ出た。
「次は……、中間地点の音無しの世界へ入らないといけないな……」
「あれ?」
目の前が急に薄い緑色のフィルムを通した視界に変化する。
「変な色。なんだ? この緑っぽい視界は」
つい先程まで目の前に広がっていた町の様子、それ自体に変化はない。ただし、色以外。
「ひょっとして……、ここか? ここが音無しの世界か?」
確信はないが、10年前に時空間に落ちたときと同じような感覚。静か過ぎて、色彩がおかしい。
「ここが占い師の言ってた音無しの世界なら、過去へ行けるはずなんだけどな……」
手順は決まっているのだ。戻りたい時代の印象深い思い出を強く念じるだけでいい。
「入試前だと忙しくて楽しめそうもないな……。中学2年ぐらいが一番遊べたような気がするな」
中学2年の4月、クラス替えで仲良しが固まってて、みんなで喜び合ってたっけ。
いつからだろうか、私は見たことがある風景を見下ろしている。
「おおっ、あれは私だ。体育館でクラス替えの掲示板を見ている!」
中学時代の自分自身が掲示板を見て友人たちと喜び合っている。笑い合って、ふざけ合っている。
「あそこにいる自分の意識を乗っ取ればいいんだよな……?」
躊躇いはあった。成功して過去に戻ったら、今の自分はどうなる?
「とりあえず、行ってみるしかない!」
見下ろしている状態からもっと近くに行ってみようと思った。
「ん、なんだこれは?」
今まで気付かなかったが、私は上空に浮いて見下ろしているのではなく、透明の壁に張り付いたような状態だった。
目の前には過去の風景と過去の自分、手を伸ばせば届きそうな距離だ。
「よく解らんけど、これを超えたらいいんだよな」
勢いよく透明の壁に向かって飛び込んでみた。
押した分だけ戻される。ゴムで出来たシャボン玉を想像してほしい。
それを外側から破って、中へ入ろうとしているのだ。何度飛び込んでも押し戻される。
「――いったいこれはなんだ? 時間の壁っていうやつ?」
一度冷静になって指先で触ってみた。プニプニしていて、押したらへこむがすぐに戻る。
「まるで形状記憶シャボン玉だな…。さて、どう破ろうか?」
占い師から教わった手順、自分で買い漁った書籍、調べたウェブサイトのどれにも載っていない、言わば不測の事態というやつだ。こんな透明の壁に阻まれるとは…。
「よし、もういっちょやってみるか!」
ここで諦めたら次はいつ成功するか解らない。手でこじ開けようとせず、頭からグリグリと壁を押してみた。グリグリ…グリグリ…、頭をねじ込んでいくと透明の壁は伸びる伸びる……。
壁は破れはしないものの、私は過去の自分の頭上まで接近していた。
「これ、見えてたらビックリだよな……」
クラスメイトと談笑している過去の自分、その頭上には必死の形相をして壁に顔をめり込ませた私。
過去の自分の頭と、壁を押して近付いた私の頭が接触するぐらいの距離になった。
その時だった、頭で押していた透明の壁にヒビが入ったのだ。音はなかったが、透明の壁に黒っぽいヒビが入りだした。小さな小さなヒビだ。
「いいぞ!割れろ!もうすぐだ!」
目の前には過去の自分がいる。壁を突破すれば過去の自分を乗っ取って、タイムリープ完了だ。
――ジリジリ……、バリッバリッバリバリバリッ――――!!!
壁が破れた音ではない!痛くはないが、背中に何か強い衝撃を受けた。
「あっ!ちょ…!わっ!」
透明の壁を強く押し過ぎていた分、その反動で吹っ飛ばされたのだ。
気が付くと地面で大の字になっていた。
「なんだったんだ、今の衝撃は…?」
辺りは薄い緑のフィルムを通したような、色彩のおかしい景色が広がっていた。
「――村山です。今から一名連行します。――はい、それじゃお願いしますね」
大の字に寝転がって上空を見ていると、いつの間にか中年のおじさんが立っていた。
「お前、またこっち来たな!しかも今度は禁則犯してるじゃねえか!!」
10年前、動いていない世界に迷い込んだときに出会った村山さんだ。すごい剣幕で怒っている。
「すみません、タイムリープに失敗したみたいです……」
「タイムリープ!?お前っ!!」
村山さんの顔が一層険しくなった。
「とにかく立て!わしについて来い!逃げようとしてもこっから出れんからな!」
どうやら私は管理局に連行されるらしい。
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