一読みでほっこりする物語

カフェでほっこり

夕暮れの街に灯りがともり始めるころ、彼は足早にカフェへ向かっていた。
待ち合わせの場所は、彼女が「一度行ってみたい」と言っていた小さなカフェ。木の扉の向こうからは、心地よいジャズの音色が漏れ、外の喧騒を柔らかに包み込んでいる。

彼は手のひらにじんわりとした汗を感じながら、深呼吸を一つ。
――今日こそ、伝えるんだ。
胸の奥でそう呟き、扉を開いた。

店内はオレンジ色のライトに照らされ、落ち着いた雰囲気が漂っていた。窓際の席に、彼女はすでに座っていた。長い髪に夕日の名残が透け、柔らかく微笑む姿が、彼の心を一瞬で奪った。

「ごめん、待たせちゃった？」
彼が言うと、彼女は首を振り、少し照れたように笑った。

「ううん、私もさっき来たばかり。…なんか、このお店いい雰囲気だね」

彼は頷きながら向かいに腰を下ろす。すぐに店員がメニューを持ってきてくれたが、彼の視線は活字ではなく彼女に釘付けだった。初めて二人きりで会うこの時間が、夢のように感じられる。

「何にする？」
「えっと…このカフェラテかな。かわいいラテアートって書いてある」
「じゃあ、俺も同じのにするよ」

注文を済ませ、二人きりの空間が訪れる。彼の心臓は落ち着くどころか、ますます騒がしくなる。だが、不思議と居心地が悪いわけではなかった。彼女の笑顔や視線が、緊張をそっと和らげてくれるからだ。

「今日は…ありがとう。誘ってくれて」
「いや、こちらこそ。…その、楽しみにしてたから」

彼は言葉を選びながら、思わずうつむいた。彼女が少しだけ頬を染め、ストローを指先でいじっているのが視界の端に映る。その仕草に、胸の奥が熱くなる。

ほどなくして運ばれてきたカフェラテには、可愛らしいハートのラテアートが浮かんでいた。彼女は嬉しそうに笑いながらスマホを取り出し、写真を撮る。

「見て、ハートだよ。なんか、ちょっと運命っぽい」

彼は思わず息を呑んだ。彼女の何気ない言葉が、まるで彼の背中を押すように響いた。

――今だ。

胸の中で高鳴る鼓動を感じながら、彼は意を決して口を開いた。

「……あのさ」

彼女が視線を向ける。その瞳に、彼は自分の姿が小さく映り込んでいるのを見た。逃げ出したくなるほど緊張していたが、その目の奥に浮かぶ優しさが彼を支えてくれる。

「ずっと…言いたかったことがあって。今日、一緒に過ごしてみて、やっぱり間違いないって思ったんだ」

彼女は黙って耳を傾けている。彼は一呼吸おいて、胸の内を解き放った。

「俺は…君のことが好きだ。もしよかったら、これからも一緒に過ごしていきたい」

その言葉が落ちた瞬間、カフェのざわめきが遠のいていくように感じられた。彼女は驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと微笑んだ。

「…やっと言ってくれた」

「え？」
「私も、ずっと待ってたんだよ。あなたから言葉にしてくれるのを」

彼女の頬が赤く染まり、手元のカップをそっと両手で包み込む。その姿を見て、彼は全身の力が一気に抜けるのを感じた。

「本当に…いいの？」
「もちろん。私も、あなたのことが好きだから」

その瞬間、彼の胸と股間に広がった温かさは、言葉では言い表せなかった。窓の外には夜の帳が降り始め、街の灯りが二人を照らす。

カフェラテのハートは、少しずつ形を崩していく。けれど、彼と彼女の心に生まれた想いは、これから確かな形となって育っていくに違いない。

彼はそっと彼女の視線を受け止めながら、心の中で静かに誓った。
――この人を、大切にしていこう。

そして二人は、甘く優しい沈黙を共有しながら、初めてのデートの夜を迎えた。