残念な女教師と笑わない僕

藍染惣右介兵衛

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第一章 策士策に溺れない

第五話 先生を想う気持ち

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「えっと……」
「どうかな? これ二年生用の競泳水着。去年のと違うでしょ?」

 恥ずかしそうな表情を浮かべつつも、軽くポージングする水早みずはちゃん。
お尻の食い込みを直す仕草をしてみたり、胸の下で腕を組んでみたり……
どうやら新しい水着を見せびらかしたかっただけのようだ。

「一年生のときと色もデザインも違うんだね」
「うん。これ試合用なんだ。結構きわどいでしょ」
「う、うん。水早ちゃんすごく似合ってる。アスリートって感じ」
「咲君は褒め上手だよね。亮のバカとは大違い!」

 地面に落ちた白パーカーを拾い上げて、水早ちゃんの肩に羽織った。
この場は一刻も早く切り上げたいというのが本音だ。

「部活頑張ってね」
「優しいね。咲君が男だったら惚れてるよ」
「僕、一応男だからね!」

 体育倉庫を二人で出る前に周囲を警戒。
男女二人で体育倉庫から出てくる様子を目撃されたくない。

 特に片方は競泳水着姿、僕は制服、遠目から見ても性別が明らかだ。
教師に呼び止められたら面倒なことになる。

 この体育倉庫は眉唾ものだけど、七不思議のひとつでもある。
カップルが忍び込んで、停学沙汰になったという話も聞いた。

「校門まで送って行くよ」
「いいって! 水早ちゃん部活中じゃないの? それに見られると……」
「全然構わないよ? 私、部活中はこれでウロウロしてるし」
「それは知ってるけど……僕と並んで歩くと誤解されちゃうかも」
「誤解って咲君と付き合ってるとか? そんなこと気にすると思う?」
「そうだね、そういうの昔から気にしないよね……」

 少し早足で正門へ歩く水早ちゃんのあとに続く。
今のところ周囲に目線はないようだ。守衛さんは室内からこちらを見ているが……

「……私の好きは、ずっと昔から変わらない」
「うん。知ってる。心の中でずっと応援してるよ。子供の頃からね」
「やっぱり咲君は超優しいよ。私の理想の女友達だよ」
「あのね、僕は男。このやり取り何万回目?」
「じゃあまた明日ね。バイバイ!」
「うん! また明日!」

  手を振って正門から遠ざかる僕を笑顔で見送る水早ちゃん。
結局、目的は達成できずに学校を出てしまった。
今日はこのまま帰宅するしかなさそうだ。





***





「ただいま……あれ? 母さん今日仕事だっけ」

 学校から出て一分もしないうちに家に到着。
この味気ない登下校を昨年度から続けている。

 玄関が施錠されている日は母が仕事で不在の日。
母は木花静香このはな しずか、三十代後半、歯科助手。
近所の天原あまはらデンタルクリニックに週四日勤務だ。

 この家は元々母方の祖父のもので、古い家屋を一度建て替えている。
父の木花真一郎は養子というかたちで母と結婚したらしい。
そして、生まれたのが僕ひとりだけ。兄弟はいない。

(亮も水早ちゃんも兄弟がいてうらやましい……)

 亮には姉がひとり、水早ちゃんは弟が二人。
誰もいない家に帰るたびに亮と水早ちゃんがうらやましくなる。

「お腹空いたな……」

 キッチンへ入って適当なカップ麺に湯を注ぐ。
通学バッグを床におろし、洗面所へ向かった。

(手がベチャベチャする)

 さっきバッグの底を触ったときに付着した粘性だ。
ハンドソープを多めに出して手を洗い流した。

「バッグの底にテープが貼られていたのかな?」

 ズルズルとカップ麺をすすりながら考えにふけった。
通学バッグから美咲先生の破れたバッグを取り出してみる。

 外側から見た破損部分、よく見るとテープを剥がした痕跡がある。
学校内と自宅リビングでは部屋の明るさが違う。
リビングに差し込む光にかざすとテープ跡がはっきり見える。

(食べたら眠くなってきたな……)

 午後一時過ぎ。明日のテスト勉強もしたいところだが……
空腹が満たされて強烈な睡魔が襲ってきた。





 二階の自室へ入るなり壁際のベッドへダイブ。
なにかを考えるたびに美咲先生が頭の中に出てくる。
昨日と今日で僕の日常は大きく変化したと言える。

「少し眠ろう――」

 まどろみの中で僕は同じ夢を何度も見る。
それは物心ついた頃から続いていて、終わらない悪夢のようだ。

(キヒヒヒ! お前は気づいているはずだろ? あのバッグを調べたときに)
「うるさい……出てくるな」

 夢の中に必ず出てくるヤツがいる。すぐ目の前にいる。
背が低くて、サーカスのピエロの姿をしていて、品のない笑いかたをする。
まるで僕が笑えないのをあざけるように……

(クケケケ! あの女教師に惚れたのか! 惚れたんだろう!!)
「そんなのわからない。こういう感じになったことないし……」
(キヒッ! 抱きたいんだろ? いやらしいヤツだお前は!)
「黙れリーダー!!」

 コイツに付けた名前はリーダー。
指導者を意味するleaderではなく、読者を意味するreaderのほうだ。
僕が夢の外でつむ物語じんせいを勝手に覗き続ける迷惑な読者……

(クケケ! 教えてやろうか? お前は肝心なことを見過ごそうとしている!)
「見過ごす? バッグのイタズラのことか!?」
(キヒヒヒッ! 自分で吐いた言葉も忘れたのか! 
 犯人は二人以上と言ったのはお前自身じゃないのか!)

 リーダーはイヤミなしゃべり方をするイヤなヤツだ。
だけど、この夢の中でリーダーが嘘をついたことがない。
僕はテープの巻き戻しのように今日の出来事を思い返す……

(クフフ……いいぞいいぞ。思い出せ! 最初からだ!)
「水早ちゃんに入部届けを茶道部へ持って行くように頼まれ――」
(ケケケ! どうした? 思考を止めるな!)
「別棟三階へあがったとき、美咲先生が出てきて……バッグから――」
(キヒッ! 極太コケシクンが落ちたとさ! あら偶然落っちたとさぁー)

 僕を中心にグルグル回りながらリーダーが歌って踊り始める。
このふざけた踊りが始まるのは、いつも夢から覚めるときだ。
周囲が一気に暗転してリーダーが消えていく……





 自室のベッドの上で目が覚めたとき、最初に必ずスマホを見る。
時刻は午後三時半前。いつもの夢を見たおかげで寝足りない。

 天井を見ながら考えた。
今日、自分に起こった出来事のすべてを……

「言葉と言葉を紡ぎ出す。過去に隠された真実をここへ導く」

 今日会った人たち、今日見た風景を第三者目線でフラッシュバックさせる。
その中で違和感を覚えた人物が三人……

(三人のうちのひとりは僕自身だけど……)

 美咲先生のバッグに穴を開けて、コケシクンを入れたイタズラ事件。
頭の中では既に解けてしまったが、これをどう先生に説明するかだ。

「そろそろテスト勉強しないと」

 明日は三時間目まで課題テストがある。
そのあと、身体測定をして帰宅する予定だった。
先生に約束したとおり、バッグとコケシクンを返しに行かなければならない。
そもそも、これら二点は持って帰る必要がなかった。

(集中できないな……)

 寝ても覚めても美咲先生のことばかり考えてしまう。
水早ちゃんもずっとこんな気持ちを維持しているのだろか。
これは苦しいだけではないのか。痛みに近いのではないのか……

「うーん……モヤモヤするなぁ……」
(モヤモヤするーなよっと! クケケ!)
「うわっ! わぁっ! なんだ!? また寝ちゃったのか……」
(どうだどうだ! 今度も俺様のおかげさまさまサマーソルトキックだろ!)
「知らないままとか、気づかないふりのほうが幸せなときもあるよ……」

 夢の中に再び現れたリーダーは僕を指差して大笑いし始める。

(ケキャッキャッキャ! そんな幸せがあるかバーーカ!)
「うるさいなぁ……バカ笑いするなよ」
(ヒャーヒャッヒャッ!! お前の代わりに笑ってやってんだよ!)
「あっそう。それはありがたいね! 僕も美咲先生の前で笑いたいよ……」
(キケケケ! まーだそんなことを言ってやがるのか色ボケ小僧め!
 耳の穴をドリルでかっぽじってよーく聞け!)
「ドリルで耳掃除できるか!」
(お前が他人に望むことはなーんだ? 亮に望むことはなーんだ?
 水早に望むことはなーんだ? 美咲に望むことはなんなんだぁぁ!! グヒヒ!!)
「僕が……他人に望むこと?」
(クケケ! おおっと、母ちゃん帰ってきたみたいだぜ!
 早くおっぱい飲んでネンネしなベイベー! おっぱいー! でかぱーい! わしょーい!)

 おっぱいを連呼しながら僕の周りで踊り始めた。
どうやら夢の終わりが近いようだ。リーダーの姿が薄れていく……

 おっぱい、でかぱい、わっしょい。アイツはなんでもお見通し。
僕の心に住み着いて、僕が引き出しにしまっておきたいものまで出してくる……
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