残念な女教師と笑わない僕

藍染惣右介兵衛

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第三章 恋の道には女教師が賢しい

第一話 One mission 【hint】

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「美咲先生が風邪で休み!?」

 家庭訪問が終わった次の日の現国。
担当の美咲先生は授業に現れず、代わりに保体の宮本先生が教室にきた。
宮本先生は入ってくるなり、美咲先生が体調不良で休みだと告げる。

 宮本優理みやもと  ゆうり、二十五歳。
美咲先生とは対照的な、小柄で痩せ形の可愛らしい先生だ。
茶色のセミロングで、ゆるふわ感のあるパーマがよく似合っている。

 現国の時間と、週に一度だけの保体の時間が入れ替わったようだ。
宮本先生が黒板に文字を連ね、それをノートに書きうつす。

「ねえ、咲君。宮本先生と美咲先生どっちがタイプ?」

 前の席に座る水早みずはちゃんが、こちらを振り返ってたずねる。

「僕は美咲先生がタイプだよ」
「なるほど。咲君は巨乳好き……っと。メモメモ」
「そういうわけじゃないからね」
「美咲先生も着任早々、風邪でお休み――まさか……」
「え? どうしたの?」
「昨日、咲君の部屋で服を脱いでイチャイチャして風邪ひいたとか?」
「残念ながら、ベッドでコーラ飲んで、ゲップとオナラして帰ったよ」

 水早ちゃんはクスクスと笑いながら、再び前を向いてノートをとりだした。
保体はテストがあるとは言え、それほど難易度の高い科目ではない。
クラスの四分の一の生徒は、机に突っ伏して睡眠学習中だ。

 美咲先生の体調が気になって、まったく授業に集中できない。
あの不精者の先生のことだ。水分や食事の摂取、衛生面が特に心配の種だ。

 今すぐにでも、先生の家に行って看病したい。
それには、いくつかの問題をクリアする必要がある。

 まず、生徒は教師の住所を知らない。知らされることもない。
もちろん、生徒同士もお互いの住所を知らない。名簿も姓だけが記される。

 時代の傾向なのか、個人情報は特に秘匿されるようになった。
亮や水早ちゃんのような、家を行き来する友人同士が住所を知るぐらいだ。

「水早ちゃん、美咲先生の住所知らないよね?」

 終業のチャイムと同時に水早ちゃんに問いかけた。
一番前の席から亮もこちらへやってくる。

「うん。先生の住所は生徒には知らされないからね」
「咲耶! 火野先生休みで残念だったな」
「残念というより、心配なんだ。本当に体調不良ならね」
「どういうことだ? あれ? また、俺だけ蚊帳の外かよ」

 僕と水早ちゃんは、知っている限りの美咲先生の情報を亮に伝えた。
お茶よりコーラで動くゲップマシーンで、オナラも日常茶飯事。
話すたびに、亮が残念そうな顔になっていくのが面白い。

「わかった? アンタが考えてるボイン先生の正体」
「マジなのか? 水早、咲耶。火野先生って残念系女子だったのかよ……」
「そうだよ。僕はもう慣れたけどね。掃除も洗濯も苦手だって言ってた」

 亮は美咲先生へのイメージが180度変わってしまったのだろう。
両手で額を抱えて、その場にへたり込んでしまった。
彼女である水早ちゃんの前で、他の女性を憂慮するのは失礼だと思うが……

「そうだ! 咲君、宮本先生なら美咲先生と歳も近いし、聞けるかも!?」
「なるほどね。さっき教室出たばかりだから追いかけよう!」
「よし、それなら水早と二人で行ったほうがいい。そうだな……
 保体の教科書とノートを持って、質問でもするフリをしろよ」
「こういうときだけ亮って頭の回転速いよね。あれ? 水早ちゃん?」

 的確な指示をビシッと出した亮に見とれて、動きが止まる水早ちゃん。
亮が言うとおり、複数人で教師に近づくときも注意が必要だ。

 基本的に授業の質問は、教室内か職員室内でと決まりがある。
教育現場の改革は、校内暴力への対策も大きな転換期となった。
比較的平和なこの学校でも、その安全指針は変わりがない。

「ありがと、亮。咲君、行こう!」
「おう! 急げ!」

 教室を飛び出して、宮本先生のあとを追う。
職員室へ入ってしまうとアウトだ。
他の教師の前では、美咲先生の住所を聞けない。

 全力疾走したいが、風紀委員に制止される可能性大だ。
小走りで、なるべく静かに廊下を進み、階段をおりていく。
既に教室棟に宮本先生の姿がない。職員棟に移動中か、あるいは既に……









***








「咲君! あそこ!」

 水早ちゃんが指差した先に、宮本先生の背中が見える。
職員棟への渡り廊下を、先生はゆっくり歩いて行く。

「先生! 宮本先――」
「待って、咲君。わたしに任せて」

 一旦、水早ちゃんに制止されたが、宮本先生はこちらの様子に気づいていた。

「どうしたの? 二人とも、そんなに慌てて……」
「宮本先生に質問があって、咲く……木花君ときたんです」
「授業の質問かな? それなら職員室にいらっしゃい」
「いえ、違うんです。火野先生のことでお聞きしたいことが」
「ああ。蔵さんは茶道部の部員でもあったわね」

 すっかり忘れていたが、宮本先生は女子水泳部顧問だ。
水早ちゃんと先生は、よく知った仲だと言える。

「はい。宮本先生は火野先生と年齢一番近いですよね?」
「そうね。火野先生とはよくお話してるわ。食事に行ったこともあるの」

 宮本先生と美咲先生の関係は良好なようだ。
これなら労せず美咲先生の住所が聞けそうな予感がする。
僕は水早ちゃんと目を合わせて、コクリと無言でうなづいた。

「火野先生のお見舞いに行きたいんです。どこにお住まいかご存知ですか?」
「えぇっと……ごめんなさい。生徒に教師の住所は教えられないわ」
「行くのはわたしだけなんです。ダメなんですか?」
「そういう決まりなの。ごめんね」

 申し訳なさそうに僕らを見た宮本先生は、職員棟へ入っていく。
教師から生徒に美咲先生の住所を教えられない。ならば、どうするか。
どちらも損がなく、ペナルティになりにくい方法を取るしかない。

「宮本先生! 美咲先……火野先生は車で通勤してるんですか?」
「え? ええ……それ、聞いちゃうの? 困るなぁ」

 僕の質問に対し、宮本先生は少し動揺した様子を見せた。
美咲先生の軽自動車は、今も学校の駐車場に停めてある。
では、家庭訪問後どうやって帰宅したのか。

「先生、ヒントだけでもお願い!」

 水早ちゃんが手を合わせて拝むフリをする。

「僕からも、お願いします。ヒントだけなら教えたことにならないでしょう?
 家を探すのは僕らが勝手にすることですし、見つからないかもしれない」

 車を校内に置いたまま、美咲先生はほぼ毎日帰宅する。
それはなぜか。答えは簡単だ。美咲先生は僕と同じ、学校の近くに住んでいる。

 問題は学校周辺の地理にある。
西側は我が家が建つ昔からある住宅街、南側は比較的新しい住宅が立ち並ぶ。
北側は姫咲温泉を始めとする城跡や観光地で最も古い村がある。
東側は公園とスポーツクラブ、商店街を通り過ぎると姫咲駅だ。
一概に学校の近くと言っても、方角さえ絞れない状況では探せるはずがない。

「うーん。わかったわ。ただし、ヒントも他言しないこと」
「了解です。では、水早ちゃんだけに教えてあげてください」

 僕はその場から少しだけ距離を置いた。
宮本先生は水早ちゃんに、小声でなにかを話している。
一言、二言で話が終わって、水早ちゃんがこちらに戻ってきた。

「咲君、お待たせ」
「首尾はどう? いいヒントもらえた?」
「うーん。わからないよ。チャイムがどうこう言ってたの……」
「水早ちゃん、宮本先生がどう話したのか教えてくれない?」

 宮本先生が水早ちゃんに言った、美咲先生の住所のヒント。
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