神様の外交官

山下小枝子

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第二部 第二章

11 区切りの鐘の音。

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 翌日はユースフの退院の日だった。佐知子の日々は慌ただしく過ぎて行く。

 退院の時間は朝の仕事が終わった仮眠の時間だったので、佐知子は急いで朝食を食べ終え、病院へと小走りで向かった。

 病室に着くとちょうど退院準備中らしく、医師と看護婦とノーラが身振り手振りで話しをしていた。そしてそこにもう一人、知らない男性がいた。

「あ、サチコ!」

 入口で入りづらそうにしていると、姿を見つけたノーラが声をかけてくれた。

「入っても……いいでしょうか」
「もちろんよ! 最後の通訳してくれる?」

 健康的な顔つきになったノーラが微笑む。

「はい!」

 笑顔で佐知子も答えた。

「ああ、君か。助かるよ」

 アドルフ医師が無表情で言う。看護婦は微笑んでいた。そして少しぽかんとしながら佐知子をみている男性……。

 パリッとした真っ白なカンラを着て、白い肌に青い瞳、そして茶色の髪を後ろ半分まで刈り上げ、鼻の辺りにそばかすがあるのが印象的な、背はあまり高くない百七十センチメートル少し位の男性だ。

 佐知子はその男性に会釈をして、ノーラの横に立ち医師と看護婦の通訳をする。

「で、今も話してて、まぁだいぶ通じてると思うんだけど、息子さんの症状はもういいから通院の必要はない。これからアーマ宿舎に行ってそこで暮らすことになるから、こちら、その難民課アーマ宿舎担当のアーサーさん」

 眼鏡を持ち上げながら、アドルフ医師は手で横にいる先程の男性を紹介した。

「あ、どうも、アーサーです~。よろしくお願いします~」

 アーサーは頭をペコペコと下げながら挨拶をした。

「はじめまして、私はサチコといいます。ノーラさんの……この村に来た時に知り合った……友達で、通訳をしています……今日までですが」

 佐知子もペコペコと頭を下げながら挨拶をして、そして最後の方は少ししゅんとする。

「通訳……ですか……なんか不思議な光景なんですが……もしてかして以前、役場で大量の難民の通訳をした女の子がいたっていうの……あなた……ですか?」
「え!」

 佐知子は驚いて声を上げる。

「あ……はい、多分……私だと……思います」

 その言葉にアーサーは瞳を見開き明るく話す。

「わー! やっぱりそうですか! あなたでしたか! いやー、不思議な女の子がいたって噂になってたんですよー。まぁ、ズハンさんは結構、怒られたみたいなんですけどね」

 ははは。と、アーサーは笑う。が、

「え! ズハンさん、そんなに怒られたんですか!?」

 大声をあげる佐知子。

「あ……あ~いや、大丈夫です、大丈夫! ズハンさんそのまま飲み屋行って、けろっとしてましたから。たまにはあたしも楽したかったのよ! って」
「はぁ……」

 その言葉を聞いても浮かない表情をする佐知子。

「世間話はその辺でいいかな、私達も暇じゃなくてね」
「あ! すみません!」
「すみません!」

 二人ともアドルフ医師に謝る。

 そして先程のアドルフ医師の説明、そしてアーサーからこれからノーラとユースフはアーマ宿舎に行き、そこで生活、仕事することを佐知子はノーラに伝える。

「分かりました。もう準備は整っています。今すぐ行けます。」

 ノーラはどこか緊張しているような、これからの新生活に向けて気合いが入っているような、少し力んだ表情をしていた。

 けれどその表情はどこか清々しく嬉しそうで、佐知子は淋しさもあるがどこか嬉しかった。

「準備は出来ているので、今すぐ行けるそうです」

 佐知子はアーサーにそう告げる。

「君も来てくれるの?」

 そう問われ言葉に詰まる佐知子。

「ノーラさん……私とは……ここで一旦、お別れですよね」

 淋しそうな表情で佐知子は問う。

「ええ……そうね。宿舎には私とユースフ二人で行くわ」
「はい」

 佐知子は悲しそうに微笑んだ。

「私は行きません。ここでノーラさん達とは一旦お別れです」

 そしてアーサーに告げる。

「えー! 君が来てくれたらこれからの説明が楽なのに!」

 アーサーは悲痛な声を上げた。

「……すみません」

 申し訳なさそうに眉を下げ、佐知子は伝える。

「そっか……まぁ、君には君の用事があるもんね。じゃあ、行きましょうか」

 アーサーはノーラに指で外を指す。

「ノーラさん、アーサーさんが行きましょうですって」
「そう……サチコ、本当に今までありがとう。感謝してもしきれないわ。落ち着いたら遊びにきてね。どんな場所かわからないけれど」

 ノーラは微笑んで佐知子を抱きしめる。佐知子はまたもや泣きそうになった。ぎゅっとノーラのカンラを掴み、涙を堪える。

「絶っ対! 遊びに行きます!」

 そして、アーサーに先導され、ユースフを抱え、ノーラ親子は去って行った。


「はぁ……終わっちゃったなぁ……」

 病院から出て、青空を見上げて佐知子は呟いた。

 すると、昼を告げる轟音の鐘が響いた。学校が近いため鐘の音が大きい。

 佐知子は学校の鐘の塔を見上げて、鐘の音を聞く。まるで別れとまた元の生活の区切りをつけるかのような鐘の音だった。

「…………」

 鐘の音が止む。

 佐知子は軍用地の門を見た。そして頬をパシンと叩き、

「よし!」

 と、叫ぶと、ぐっと下っ腹に力を入れ歩きだした。

(ノーラさんは言葉も分からないこの村で、私に頼ろうと思えばいくらでも頼れた。けど、頼らず自分の力で頑張って生活して行こうと決めて歩み出したんだ。私も……悲しんでないで、頑張らなくちゃ!)

 そう思いながら昼食を取るべく、佐知子は使用人小屋へと戻ったのだった。
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