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第12話
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自然な流れで告白するなんて俺には難易度が高いのかもしれない。考えているうちにそう悟って、ラブレターだったら渡すだけで済むからいいんじゃないかと思い立った。
早速文具店で封筒と便箋を買ってきてみたものの、何から書けばいいか悩んでしまう。恋心を自覚したのはつい先日だけど、思い返してみれば最初から好きだった。
近頃はほとんど勅使河原さんのことしか考えていなかったからもう長い間片想いしているように感じる。実際はまだ出会って三ヶ月も経っていないなんてとても信じられない。
一旦スマホで思いの丈を書き連ねてみたらとんでもない長文になった。そこから二日掛けて推敲して、ようやく便箋二枚に収まる文字数にできた。
だけど、清書したそれを一晩寝かせて読み返してみたらどうにも恥ずかしくなって、ぐしゃぐしゃに丸めて捨ててしまった。
二日間を棒に振ったようでいて、伝えたいことの整理と心の準備はできたから有意義だったと思う。今だったら面と向かって気持ちを伝えられるような気がしてきた。
次の定休日まで先延ばしにしたらまた弱気の虫が顔を出しそうだから、思い切って今日告白することにした。とりあえず「仕事終わった後ちょっと話せませんか」と聞いてみようと決めて出勤した。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはよ。なんか今日いつもより声出てていいね」
「ありがとうございます」
気合い十分だったせいか挨拶の声のボリュームを間違えたけど店長には褒められた。すぐに勅使河原さんに話し掛けるつもりだったのに、今日はいつもより表情が暗いように見えて尻込みしてしまった。
制服に着替えてから改めて勅使河原さんの様子を確認してみた。やっぱりどことなく元気がなさそうな気がする。そのうち珍しく溜め息が聞こえてきたから気のせいじゃないと確信した。
「あの……無理しないでくださいね」
「ありがとう」
心配になって思わず声を掛けたらぎこちない笑顔で応えられて、却って無理させてしまったようで申し訳なかった。いつも朗らかな勅使河原さんがこんな風になるなんてよっぽどのことがあったんだろう。
いつになく心を閉ざされているようにも感じたし、今はそっとしておいてほしいのかもしれない。そう判断して、今日のところは黙って見守ることにした。
お客さんの前ではわりと普段通りに見えたからもう気持ちを切り替えられたのかと思ったけど、閉店後はいつもより口数が少なかったから営業中は気を張っていただけみたいだ。
結局何があったか聞きたい気持ちを抑えて家に帰ったものの、本当に何も聞かなくてよかったのかと考えてしまって、ダメ元で食事に誘ってみるくらいのことはするべきだったんじゃないかと思い直した。
今ならまだ帰っていないだろうから『お疲れ様です! よかったらこの後ご飯行きませんか?』とメッセージを送ってみた。だけど、待てど暮らせど既読にすらならない。
普段の勅使河原さんは大体すぐに返信してくれるから未読のまま時間が経つのはこんなに悲しいものなのかと初めて知った。
もう仕事ならとっくに終わっているはずの時間だ。きっと気付かずに寝てしまったんだろうと思って、後で気を遣わせてしまわないように送信を取り消しておいた。
寝て起きてからも勅使河原さんのことが気掛かりでずっとそわそわしていた。改めて連絡してみるか考えて、もしもまた返事がなかったら立ち直れないからやめにした。
ひとまず何か食べることにしたけど、このところラブレターを書くのにかまけていて買い物に行けていなかったせいで食料がほとんどなかった。かろうじて残っていたカップ麺を食べて、スーパーに買い出しに行くために家を出た。
少し歩いたところで浴衣姿の人が目に入って、この街では毎年小規模な秋祭りをやっているということを思い出した。
駅前の広場に行ってみたら屋台が何軒か出ていた。中央にはステージが設けられている。メインイベントの盆踊りは夕方からだからまだそこまでの人出じゃなかった。
今年引っ越してきたばかりの勅使河原さんは多分祭りの存在なんて知らないだろうし、教えてあげたら喜んでくれそうだ。ただ、まだ祭りに行くような気分じゃないかもしれない。
広場の近くをうろうろしながらしばらく悩んだ末に『今日、駅前広場でお祭りやってるので一緒に行きませんか?』とメッセージを送った。
また既読にならなかったらどうしようかと不安に思っていたら、数分後に『絶対行く!!』という返信が届いた。文面的にはすごく元気そうだから空元気じゃないことを願うばかりだ。
三十分後に広場で待ち合わせることになったけど、よく考えたら食事以外で一緒に出掛けるのは初めてで緊張する。
ちょっと出掛けるだけのつもりで適当な服を着ていたから、一旦家に帰って多少はマシだと思える服に着替えて広場に戻った。
「おはようございます」
「おはよう」
勅使河原さんと合流して、午後なのに職業病でそんな挨拶を交わした。今日はいつも通り笑ってくれてほっとした。
ステージではちょうど商店街のゆるキャラのダンスショーが始まる時間だったようで、白い鳥のキャラクターが大人達にサポートしてもらいながら登壇してきた。
「わぁ、可愛いー」
「癒されますね」
俺からするとゆるキャラのダンスよりもそれを見てはしゃいでいる勅使河原さんの方がよっぽど可愛い。最近はことあるごとに可愛いと思ってばかりだ。
「あの子ってなんの鳥なのかな。ハト?」
「白いカラスですよ」
「なるへそ。東烏沢だからカラスね」
「なんで白いのかは謎です」
パフォーマンスを終えて大きく手を振るゆるキャラに勅使河原さんも笑顔で手を振り返していたからまた可愛いと思ってしまった。
「なんか、気になる屋台あります?」
「大人だけどヨーヨー釣りやっても許されると思う?」
「許されますよ」
勅使河原さんに質問してみたら質問を返されて、俺は迷わず頷いた。ヨーヨー釣りは数少ない特技の一つだからひょっとしたらいいところを見せられるかもしれない。
「こないだラーメンご馳走になったから今日は俺が出します」
「えっ、いいよいいよ」
「奢ってもらってばっかだと誘いづらくなるんで」
「そういうことなら奢ってもらうね。ありがとう」
二人分の代金を払って店主から釣り針の付いたこよりを受け取る。根本のねじれ具合を見て、強そうな方を勅使河原さんに渡した。
子供達に混じって大人二人で場所を取るのも申し訳ないから、ひとまず勅使河原さんの様子を見ていることにした。
「目標何個ですか」
「うーん……二個」
「控えめですね。応援してます」
「ありがとう」
勅使河原さんは思い切りこよりを水につけていて、一つ目を釣り上げようとしたところでこよりが切れてしまった。
「もう切れちゃった」
「もっかいやります?」
「ううん。あとは応援に徹するね」
勅使河原さんは残念賞で水ヨーヨーを一つ貰って嬉しそうだった。ボウズでもご機嫌みたいでよかった。
「健太郎くんは目標何個?」
「一兆個です」
「あはは、期待してるね」
「頑張ります」
勅使河原さんと交代して、水面に浮かんでいる輪ゴムに針を引っ掛けて釣り上げたら勅使河原さんは「すごい!」と拍手してくれた。嬉しくなって柄にもなくピースしてしまった。
調子に乗って次々取っていったけど、数を重ねる毎に周りからの注目も集まり始めた。恥ずかしくなってきたから八個取ったところでわざとこよりを濡らして終わらせた。
「いっぱい取れたね。ホントすごいよ」
「応援してもらったお陰です」
勅使河原さんから手放しで褒めてもらえると、なんの役にも立たない特技も無駄じゃなかったと思える。
店主から水ヨーヨーを持って帰るか聞かれて断ろうかと思ったけど、その前に一応勅使河原さんに確認してみた。
「要ります?」
「健太郎くんとの初デートの記念にほしいな」
「じゃあ二つ貰います」
冗談でもデートと言ってくれたのが嬉しくて、俺も記念に一つ取っておくことにした。我ながら単純過ぎる。
「食べ物系もなんかいっときます?」
「実はちょっと前にご飯食べちゃったからそんなにお腹空いてないんだよね」
「実は俺もです」
できることなら腹ペコの状態で来たかったけど、すっかり忘れていたから仕方ない。勅使河原さんは辺りを見回した後、すぐそこにあった屋台を指差した。
「チョコバナナ半分こしない?」
「いいですね。どれにします?」
「迷っちゃうから任せていい?」
チョコバナナなんてどれもそう変わらないのに迷うなんて勅使河原さんは相当優柔不断みたいだ。代金を払って、なんとなく見映えがいいものを勅使河原さんに渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あ、座ります?」
「そうだね」
広場の片隅のベンチに腰を下ろしたところで、勅使河原さんはチョコバナナを俺の口元に差し出した。
「あーんして?」
笑顔で首を傾げられた瞬間に「可愛い」という言葉が口をついて出そうになった。すんでのところで踏み止まれたから「ありがとうございます」と言ってそれを一口かじった。
勅使河原さんのことだから誰にでもこうするのかもしれないけど、それでも浮かれてしまうからどうしようもない。
「美味しい?」
「はい」
ドキドキし過ぎて味なんてしないのに頷いた。付き合っていなくてもこんなに恋人っぽいことをしてもらえるならもう告白しなくてもいいんじゃないかと考えてしまう。
「半分こって言ったけど半分以上食べてもいいからね」
「いや、甘いもの好きな勅使河原さんに食べてもらえた方がチョコバナナも本望だと思います」
「ふふっ、チョコバナナの気持ちは考えたことなかったよ」
とりあえずもう一口食べて、残りの五分の三くらいを勅使河原さんに託すことにした。
「あと食べちゃってください」
「ありがとね。いただきます」
チョコバナナを口にした勅使河原さんは幸せそうに顔を綻ばせていて、見ているこっちまで表情が緩んでしまう。
さっきも危うく心の声が出そうになったし、やっぱりこのまま気持ちを仕舞い込んでおくのは難しそうだ。
かといって、どのタイミングで告白すればいいのか全くわからない。少なくともチョコバナナを食べ終えたところではない気がする。
「今年の夏はなんにもできなかったからちょっと夏っぽいことできて嬉しいよ」
「楽しそうな顔見れてほっとしました」
にこにこしている勅使河原さんに思わずそんな言葉を返したと同時に、今の言い方はよくなかったかもしれないと気付いた。
「昨日は心配掛けてごめんね」
「いや、俺の方こそ蒸し返すようなこと言ってすみませんでした」
「ううん。気にしないで」
苦笑しながら謝られてしまって、俺も頭を下げると勅使河原さんは首を横に振った。いっそ何があったのか聞いてしまおうかと思ったけど、そこまで踏み込むのもどうかと思う。
勅使河原さんは俺の気持ちを察してくれたようで、困ったような笑顔で事情を打ち明けてくれた。
「実は、師匠から連絡が来たんだ。彼氏ができたって」
「えっ」
そんなことをわざわざ伝える必要なんてないだろうから、勅使河原さんの師匠はよっぽど性格が悪いんじゃないかと思ってしまった。
「なんていうか……そのこと自体よりも、心の底からおめでとうって言えなかった自分が悲しかったんだよね。師匠が幸せならそれでいいと思ってるつもりだったのに」
「それはしょうがないですよ。ていうか、向こうが酷過ぎます」
「多分、俺がいつまでも引きずってるのはお見通しだから敢えて突き放してくれたんじゃないかなって」
俺から見れば傷口に塩を塗るような真似だけど、そんな風に肯定的に捉えられるのは長年信頼関係を培ってきたからなのかもしれない。
「お陰でやっと吹っ切れたよ」
そう言って寂しそうに笑う勅使河原さんを見ていたら泣きそうになって、我慢しようとしたけど感情を抑えられなくて涙が頬を伝ってしまった。
「ごめんなさい。俺が泣くって意味わかんないですよね」
「そんなことないよ。こんなに親身になってくれるなんて健太郎くんは優しいね」
泣き顔を見られたくなくて俯いていたら勅使河原さんは優しく頭を撫でてくれた。余計に泣きそうになるのをどうにか堪えて涙を拭う。
「俺、勅使河原さんのこと幸せにしたいです」
気付いたら妙なことを口走っていて、恥ずかしくてまだ顔は上げられなかった。ただの後輩にしては差し出がましい物言いだったかもしれない。
「告白みたいでドキッとしちゃった」
勅使河原さんから茶化されて、告白し損ねた日のことが蘇った。あの時言っておけばとずっと後悔していたから、また逃げるのはやめにしようと腹を括って顔を上げる。
「そう思ってもらって大丈夫です」
俺がしっかり目を合わせて明言すると、勅使河原さんは何度か瞬きをした後で驚いた顔になった。もう告白したも同然だけど、勇気を振り絞って気持ちを伝えた。
「好きです! 付き合ってください!」
早速文具店で封筒と便箋を買ってきてみたものの、何から書けばいいか悩んでしまう。恋心を自覚したのはつい先日だけど、思い返してみれば最初から好きだった。
近頃はほとんど勅使河原さんのことしか考えていなかったからもう長い間片想いしているように感じる。実際はまだ出会って三ヶ月も経っていないなんてとても信じられない。
一旦スマホで思いの丈を書き連ねてみたらとんでもない長文になった。そこから二日掛けて推敲して、ようやく便箋二枚に収まる文字数にできた。
だけど、清書したそれを一晩寝かせて読み返してみたらどうにも恥ずかしくなって、ぐしゃぐしゃに丸めて捨ててしまった。
二日間を棒に振ったようでいて、伝えたいことの整理と心の準備はできたから有意義だったと思う。今だったら面と向かって気持ちを伝えられるような気がしてきた。
次の定休日まで先延ばしにしたらまた弱気の虫が顔を出しそうだから、思い切って今日告白することにした。とりあえず「仕事終わった後ちょっと話せませんか」と聞いてみようと決めて出勤した。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはよ。なんか今日いつもより声出てていいね」
「ありがとうございます」
気合い十分だったせいか挨拶の声のボリュームを間違えたけど店長には褒められた。すぐに勅使河原さんに話し掛けるつもりだったのに、今日はいつもより表情が暗いように見えて尻込みしてしまった。
制服に着替えてから改めて勅使河原さんの様子を確認してみた。やっぱりどことなく元気がなさそうな気がする。そのうち珍しく溜め息が聞こえてきたから気のせいじゃないと確信した。
「あの……無理しないでくださいね」
「ありがとう」
心配になって思わず声を掛けたらぎこちない笑顔で応えられて、却って無理させてしまったようで申し訳なかった。いつも朗らかな勅使河原さんがこんな風になるなんてよっぽどのことがあったんだろう。
いつになく心を閉ざされているようにも感じたし、今はそっとしておいてほしいのかもしれない。そう判断して、今日のところは黙って見守ることにした。
お客さんの前ではわりと普段通りに見えたからもう気持ちを切り替えられたのかと思ったけど、閉店後はいつもより口数が少なかったから営業中は気を張っていただけみたいだ。
結局何があったか聞きたい気持ちを抑えて家に帰ったものの、本当に何も聞かなくてよかったのかと考えてしまって、ダメ元で食事に誘ってみるくらいのことはするべきだったんじゃないかと思い直した。
今ならまだ帰っていないだろうから『お疲れ様です! よかったらこの後ご飯行きませんか?』とメッセージを送ってみた。だけど、待てど暮らせど既読にすらならない。
普段の勅使河原さんは大体すぐに返信してくれるから未読のまま時間が経つのはこんなに悲しいものなのかと初めて知った。
もう仕事ならとっくに終わっているはずの時間だ。きっと気付かずに寝てしまったんだろうと思って、後で気を遣わせてしまわないように送信を取り消しておいた。
寝て起きてからも勅使河原さんのことが気掛かりでずっとそわそわしていた。改めて連絡してみるか考えて、もしもまた返事がなかったら立ち直れないからやめにした。
ひとまず何か食べることにしたけど、このところラブレターを書くのにかまけていて買い物に行けていなかったせいで食料がほとんどなかった。かろうじて残っていたカップ麺を食べて、スーパーに買い出しに行くために家を出た。
少し歩いたところで浴衣姿の人が目に入って、この街では毎年小規模な秋祭りをやっているということを思い出した。
駅前の広場に行ってみたら屋台が何軒か出ていた。中央にはステージが設けられている。メインイベントの盆踊りは夕方からだからまだそこまでの人出じゃなかった。
今年引っ越してきたばかりの勅使河原さんは多分祭りの存在なんて知らないだろうし、教えてあげたら喜んでくれそうだ。ただ、まだ祭りに行くような気分じゃないかもしれない。
広場の近くをうろうろしながらしばらく悩んだ末に『今日、駅前広場でお祭りやってるので一緒に行きませんか?』とメッセージを送った。
また既読にならなかったらどうしようかと不安に思っていたら、数分後に『絶対行く!!』という返信が届いた。文面的にはすごく元気そうだから空元気じゃないことを願うばかりだ。
三十分後に広場で待ち合わせることになったけど、よく考えたら食事以外で一緒に出掛けるのは初めてで緊張する。
ちょっと出掛けるだけのつもりで適当な服を着ていたから、一旦家に帰って多少はマシだと思える服に着替えて広場に戻った。
「おはようございます」
「おはよう」
勅使河原さんと合流して、午後なのに職業病でそんな挨拶を交わした。今日はいつも通り笑ってくれてほっとした。
ステージではちょうど商店街のゆるキャラのダンスショーが始まる時間だったようで、白い鳥のキャラクターが大人達にサポートしてもらいながら登壇してきた。
「わぁ、可愛いー」
「癒されますね」
俺からするとゆるキャラのダンスよりもそれを見てはしゃいでいる勅使河原さんの方がよっぽど可愛い。最近はことあるごとに可愛いと思ってばかりだ。
「あの子ってなんの鳥なのかな。ハト?」
「白いカラスですよ」
「なるへそ。東烏沢だからカラスね」
「なんで白いのかは謎です」
パフォーマンスを終えて大きく手を振るゆるキャラに勅使河原さんも笑顔で手を振り返していたからまた可愛いと思ってしまった。
「なんか、気になる屋台あります?」
「大人だけどヨーヨー釣りやっても許されると思う?」
「許されますよ」
勅使河原さんに質問してみたら質問を返されて、俺は迷わず頷いた。ヨーヨー釣りは数少ない特技の一つだからひょっとしたらいいところを見せられるかもしれない。
「こないだラーメンご馳走になったから今日は俺が出します」
「えっ、いいよいいよ」
「奢ってもらってばっかだと誘いづらくなるんで」
「そういうことなら奢ってもらうね。ありがとう」
二人分の代金を払って店主から釣り針の付いたこよりを受け取る。根本のねじれ具合を見て、強そうな方を勅使河原さんに渡した。
子供達に混じって大人二人で場所を取るのも申し訳ないから、ひとまず勅使河原さんの様子を見ていることにした。
「目標何個ですか」
「うーん……二個」
「控えめですね。応援してます」
「ありがとう」
勅使河原さんは思い切りこよりを水につけていて、一つ目を釣り上げようとしたところでこよりが切れてしまった。
「もう切れちゃった」
「もっかいやります?」
「ううん。あとは応援に徹するね」
勅使河原さんは残念賞で水ヨーヨーを一つ貰って嬉しそうだった。ボウズでもご機嫌みたいでよかった。
「健太郎くんは目標何個?」
「一兆個です」
「あはは、期待してるね」
「頑張ります」
勅使河原さんと交代して、水面に浮かんでいる輪ゴムに針を引っ掛けて釣り上げたら勅使河原さんは「すごい!」と拍手してくれた。嬉しくなって柄にもなくピースしてしまった。
調子に乗って次々取っていったけど、数を重ねる毎に周りからの注目も集まり始めた。恥ずかしくなってきたから八個取ったところでわざとこよりを濡らして終わらせた。
「いっぱい取れたね。ホントすごいよ」
「応援してもらったお陰です」
勅使河原さんから手放しで褒めてもらえると、なんの役にも立たない特技も無駄じゃなかったと思える。
店主から水ヨーヨーを持って帰るか聞かれて断ろうかと思ったけど、その前に一応勅使河原さんに確認してみた。
「要ります?」
「健太郎くんとの初デートの記念にほしいな」
「じゃあ二つ貰います」
冗談でもデートと言ってくれたのが嬉しくて、俺も記念に一つ取っておくことにした。我ながら単純過ぎる。
「食べ物系もなんかいっときます?」
「実はちょっと前にご飯食べちゃったからそんなにお腹空いてないんだよね」
「実は俺もです」
できることなら腹ペコの状態で来たかったけど、すっかり忘れていたから仕方ない。勅使河原さんは辺りを見回した後、すぐそこにあった屋台を指差した。
「チョコバナナ半分こしない?」
「いいですね。どれにします?」
「迷っちゃうから任せていい?」
チョコバナナなんてどれもそう変わらないのに迷うなんて勅使河原さんは相当優柔不断みたいだ。代金を払って、なんとなく見映えがいいものを勅使河原さんに渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あ、座ります?」
「そうだね」
広場の片隅のベンチに腰を下ろしたところで、勅使河原さんはチョコバナナを俺の口元に差し出した。
「あーんして?」
笑顔で首を傾げられた瞬間に「可愛い」という言葉が口をついて出そうになった。すんでのところで踏み止まれたから「ありがとうございます」と言ってそれを一口かじった。
勅使河原さんのことだから誰にでもこうするのかもしれないけど、それでも浮かれてしまうからどうしようもない。
「美味しい?」
「はい」
ドキドキし過ぎて味なんてしないのに頷いた。付き合っていなくてもこんなに恋人っぽいことをしてもらえるならもう告白しなくてもいいんじゃないかと考えてしまう。
「半分こって言ったけど半分以上食べてもいいからね」
「いや、甘いもの好きな勅使河原さんに食べてもらえた方がチョコバナナも本望だと思います」
「ふふっ、チョコバナナの気持ちは考えたことなかったよ」
とりあえずもう一口食べて、残りの五分の三くらいを勅使河原さんに託すことにした。
「あと食べちゃってください」
「ありがとね。いただきます」
チョコバナナを口にした勅使河原さんは幸せそうに顔を綻ばせていて、見ているこっちまで表情が緩んでしまう。
さっきも危うく心の声が出そうになったし、やっぱりこのまま気持ちを仕舞い込んでおくのは難しそうだ。
かといって、どのタイミングで告白すればいいのか全くわからない。少なくともチョコバナナを食べ終えたところではない気がする。
「今年の夏はなんにもできなかったからちょっと夏っぽいことできて嬉しいよ」
「楽しそうな顔見れてほっとしました」
にこにこしている勅使河原さんに思わずそんな言葉を返したと同時に、今の言い方はよくなかったかもしれないと気付いた。
「昨日は心配掛けてごめんね」
「いや、俺の方こそ蒸し返すようなこと言ってすみませんでした」
「ううん。気にしないで」
苦笑しながら謝られてしまって、俺も頭を下げると勅使河原さんは首を横に振った。いっそ何があったのか聞いてしまおうかと思ったけど、そこまで踏み込むのもどうかと思う。
勅使河原さんは俺の気持ちを察してくれたようで、困ったような笑顔で事情を打ち明けてくれた。
「実は、師匠から連絡が来たんだ。彼氏ができたって」
「えっ」
そんなことをわざわざ伝える必要なんてないだろうから、勅使河原さんの師匠はよっぽど性格が悪いんじゃないかと思ってしまった。
「なんていうか……そのこと自体よりも、心の底からおめでとうって言えなかった自分が悲しかったんだよね。師匠が幸せならそれでいいと思ってるつもりだったのに」
「それはしょうがないですよ。ていうか、向こうが酷過ぎます」
「多分、俺がいつまでも引きずってるのはお見通しだから敢えて突き放してくれたんじゃないかなって」
俺から見れば傷口に塩を塗るような真似だけど、そんな風に肯定的に捉えられるのは長年信頼関係を培ってきたからなのかもしれない。
「お陰でやっと吹っ切れたよ」
そう言って寂しそうに笑う勅使河原さんを見ていたら泣きそうになって、我慢しようとしたけど感情を抑えられなくて涙が頬を伝ってしまった。
「ごめんなさい。俺が泣くって意味わかんないですよね」
「そんなことないよ。こんなに親身になってくれるなんて健太郎くんは優しいね」
泣き顔を見られたくなくて俯いていたら勅使河原さんは優しく頭を撫でてくれた。余計に泣きそうになるのをどうにか堪えて涙を拭う。
「俺、勅使河原さんのこと幸せにしたいです」
気付いたら妙なことを口走っていて、恥ずかしくてまだ顔は上げられなかった。ただの後輩にしては差し出がましい物言いだったかもしれない。
「告白みたいでドキッとしちゃった」
勅使河原さんから茶化されて、告白し損ねた日のことが蘇った。あの時言っておけばとずっと後悔していたから、また逃げるのはやめにしようと腹を括って顔を上げる。
「そう思ってもらって大丈夫です」
俺がしっかり目を合わせて明言すると、勅使河原さんは何度か瞬きをした後で驚いた顔になった。もう告白したも同然だけど、勇気を振り絞って気持ちを伝えた。
「好きです! 付き合ってください!」
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