8 / 101
第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not
第8話 消えた冒険者の枠
しおりを挟む
「あ、今日の配信、もう始まってる」
無意識のうちに画面を開いていた。リビングのソファに座り、ユウの視線はスマホに吸い寄せられていた。
夕食を終えたあと、まだテーブルに載ったままの皿を片付ける前に、指が自然とEWSを起動していたのだ。
画面には、巨躯の重装の女が、ランタンを手に暗い通路を進んでいる。
チームエメラ。
ユウが追っていたのは、リゼではない別の冒険者たち。チャンネル登録者数はそこそこ多く、銀色の評価バッジが光っている。
「こっち、何かの気配があるかもーって、さっきの分岐戻ってきたんだけどさ…」
「またお前の勘かよ。前も空振りだったろ?」
「でも、今回はちょっと違うっていうか…うーん、なんか空気、重くない?」
会話する相手は、画面に映らない。声からして男性ふたり。3人パーティ。中堅らしい連携と気安さが伝わってくる。
ユウは頬杖をつきながら、その配信を“ながら視聴”していた。テレビのバラエティも、SNSの通知も、ただの雑音のように遠ざかっていく。
それから、違和感は――ほんの些細な揺らぎとして始まった。
♢
細い通路を抜けると、ぽっかりと開けた空間に出た。
天井が高く、岩肌が黒く濡れている。どこかの地下洞の広い空間に出たようだった。足元には苔がびっしりと張りつき、ぬかるみで足を取られそうになる。
「うわ、ここ、広っ……ちょっと照らすね」
ランタンの光が揺れる。画面に映ったエメラの横顔には、わずかな緊張が浮かんでいた。
「罠は……なさそう。けど、なんかやな感じ」
声は軽いが、その背負った大剣に手をかける。。
無言のまま、仲間たちが視界の外で位置を変えているのが分かる。視線の動き、光の揺らぎ、音の反響…そういう細部から、経験者らしい立ち回りが伝わってくる。
ユウは、ぼんやりとその様子を眺めていた。
「……来るよ。何かが、いる」
声の調子が変わった瞬間、画面がほんのわずかに“ざらついた”。
(ん?)
ほんの一瞬、ほんの気のせい。ユウは目を細めたが、ノイズはそれ以上広がらない。
エメラはすでに剣を構えていた。背中に回った光源が、剣の切っ先をぎらりと照らす。
「上からだ!」
「クソっ、やっぱ来やがった!」
駆け出す影。仲間の声。配信の視野がぐるりと回転し、エメラがカメラの奥に向けて突き出すように剣を振る。
そのときだった。
視界の端で、何かが飛び散った。
液体――赤黒いものが、ほんの一瞬、カメラをかすめるように広がった。
カメラは揺れず、むしろ異様なほど静かだった。だが、確かに“飛び散った”のだ。
コメント欄がざわつく。
《今の、なに?》
《血?やばくね?》
《おいおいマジかよ!》
その直後だった。
映像が、一拍遅れて――ふっと、消えた。
瞬間、画面がグレーに切り替わり、中央にEWSのロゴと、定型の文言が表示された。
【本配信は、映像内容が倫理規定に抵触したため中断されました。】
【本件についての詳細は開示されません。】
コメント欄も凍りついたように停止し、ただ静かな背景色だけが画面に残された。
まるで、“何か”を見せてはいけないかのように。
ユウは、画面を見つめたまま動けずにいた。
「…今の、なんだ?」
誰もが見ていたはずのライブ配信。
視聴者数は数千。コメントも活発だった。
けれど、今そこにあるのは灰色の画面と、味気ない定型文だけ。
スマホの画面をタップしても、戻るボタンを押しても、反応はない。
チャンネルページへ飛ぼうとしても、「該当の配信者は存在しません」とだけ表示される。
つい数分前まで、画面の向こうで笑っていたはずの、彼女たちの姿はもうどこにもなかった。
「……エメラ?」
試しにSNSで検索すると、
「倫理BAN」
「グロ耐性」
「またやっちゃった」などのタグが流れていた。
視聴者たちは口々に「あのシーンはアウトだろ」「R18フィルターすり抜けた」などと騒いでいる。けれどユウの中では、ただ一つだけが、胸にこびりついていた。
──最後の瞬間。
たしかに、声が聞こえた。
それは誰のものだったのか、何を叫んでいたのか。思い出そうとするたび、霞がかかったように曖昧になっていく。
でも確かに、耳に残っている。忘れられない、あの“叫び”。
──◯◯◯◯
ユウはスマホを強く握りしめた。
「リゼに、もし同じことが起きたら」
そう思った瞬間、息が詰まった。
彼女は、自分よりも危うい場所で生きている。
自分の言葉が、届いたかもしれない。
その世界で、彼女もまた――
あんなふうに、突然消えてしまうかもしれない。
ユウの指が、EWSのアイコンを押し込んだ。画面を開く。
あの世界に、彼女がいる限り。
もう黙ってなんか、見ていられない。
無意識のうちに画面を開いていた。リビングのソファに座り、ユウの視線はスマホに吸い寄せられていた。
夕食を終えたあと、まだテーブルに載ったままの皿を片付ける前に、指が自然とEWSを起動していたのだ。
画面には、巨躯の重装の女が、ランタンを手に暗い通路を進んでいる。
チームエメラ。
ユウが追っていたのは、リゼではない別の冒険者たち。チャンネル登録者数はそこそこ多く、銀色の評価バッジが光っている。
「こっち、何かの気配があるかもーって、さっきの分岐戻ってきたんだけどさ…」
「またお前の勘かよ。前も空振りだったろ?」
「でも、今回はちょっと違うっていうか…うーん、なんか空気、重くない?」
会話する相手は、画面に映らない。声からして男性ふたり。3人パーティ。中堅らしい連携と気安さが伝わってくる。
ユウは頬杖をつきながら、その配信を“ながら視聴”していた。テレビのバラエティも、SNSの通知も、ただの雑音のように遠ざかっていく。
それから、違和感は――ほんの些細な揺らぎとして始まった。
♢
細い通路を抜けると、ぽっかりと開けた空間に出た。
天井が高く、岩肌が黒く濡れている。どこかの地下洞の広い空間に出たようだった。足元には苔がびっしりと張りつき、ぬかるみで足を取られそうになる。
「うわ、ここ、広っ……ちょっと照らすね」
ランタンの光が揺れる。画面に映ったエメラの横顔には、わずかな緊張が浮かんでいた。
「罠は……なさそう。けど、なんかやな感じ」
声は軽いが、その背負った大剣に手をかける。。
無言のまま、仲間たちが視界の外で位置を変えているのが分かる。視線の動き、光の揺らぎ、音の反響…そういう細部から、経験者らしい立ち回りが伝わってくる。
ユウは、ぼんやりとその様子を眺めていた。
「……来るよ。何かが、いる」
声の調子が変わった瞬間、画面がほんのわずかに“ざらついた”。
(ん?)
ほんの一瞬、ほんの気のせい。ユウは目を細めたが、ノイズはそれ以上広がらない。
エメラはすでに剣を構えていた。背中に回った光源が、剣の切っ先をぎらりと照らす。
「上からだ!」
「クソっ、やっぱ来やがった!」
駆け出す影。仲間の声。配信の視野がぐるりと回転し、エメラがカメラの奥に向けて突き出すように剣を振る。
そのときだった。
視界の端で、何かが飛び散った。
液体――赤黒いものが、ほんの一瞬、カメラをかすめるように広がった。
カメラは揺れず、むしろ異様なほど静かだった。だが、確かに“飛び散った”のだ。
コメント欄がざわつく。
《今の、なに?》
《血?やばくね?》
《おいおいマジかよ!》
その直後だった。
映像が、一拍遅れて――ふっと、消えた。
瞬間、画面がグレーに切り替わり、中央にEWSのロゴと、定型の文言が表示された。
【本配信は、映像内容が倫理規定に抵触したため中断されました。】
【本件についての詳細は開示されません。】
コメント欄も凍りついたように停止し、ただ静かな背景色だけが画面に残された。
まるで、“何か”を見せてはいけないかのように。
ユウは、画面を見つめたまま動けずにいた。
「…今の、なんだ?」
誰もが見ていたはずのライブ配信。
視聴者数は数千。コメントも活発だった。
けれど、今そこにあるのは灰色の画面と、味気ない定型文だけ。
スマホの画面をタップしても、戻るボタンを押しても、反応はない。
チャンネルページへ飛ぼうとしても、「該当の配信者は存在しません」とだけ表示される。
つい数分前まで、画面の向こうで笑っていたはずの、彼女たちの姿はもうどこにもなかった。
「……エメラ?」
試しにSNSで検索すると、
「倫理BAN」
「グロ耐性」
「またやっちゃった」などのタグが流れていた。
視聴者たちは口々に「あのシーンはアウトだろ」「R18フィルターすり抜けた」などと騒いでいる。けれどユウの中では、ただ一つだけが、胸にこびりついていた。
──最後の瞬間。
たしかに、声が聞こえた。
それは誰のものだったのか、何を叫んでいたのか。思い出そうとするたび、霞がかかったように曖昧になっていく。
でも確かに、耳に残っている。忘れられない、あの“叫び”。
──◯◯◯◯
ユウはスマホを強く握りしめた。
「リゼに、もし同じことが起きたら」
そう思った瞬間、息が詰まった。
彼女は、自分よりも危うい場所で生きている。
自分の言葉が、届いたかもしれない。
その世界で、彼女もまた――
あんなふうに、突然消えてしまうかもしれない。
ユウの指が、EWSのアイコンを押し込んだ。画面を開く。
あの世界に、彼女がいる限り。
もう黙ってなんか、見ていられない。
1
あなたにおすすめの小説
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる