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第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade
第37話 ガチトラ(ブル)
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昼下がり。
EWSの通知が鳴り、人気冒険者クラヴァルのチャンネルが配信を始めた。
普段なら冒険の成果報告や、仲間との軽妙なやりとりで賑わう時間。だが今日は、冒頭からどこか様子が違っていた。
「……私、本当は気づいてる」
画面の中で、クラヴァルは薄く笑いながら、真っ直ぐ視聴者を見据えていた。
華やかな装備に身を包み、周囲の照明よりも強い輝きを放つような存在感。その声には不思議な張りがあった。
「私の行動を盗み見てる人たちがいる。すっごく多い視線を感じてるの!」
コメント欄がざわめく。
「でもそんな事はいいの」
彼女は、いつもと同じ調子で冒険の成果を語り始めたかと思うと、ふいに言葉を切り替えた。
その眼差しは、カメラの向こうにいる「誰か」を探すように鋭くなる。
「ユウ!」
突然の名指しに、コメント欄が爆ぜた。
彼女はまるで演説のように声を張る。
「リゼより私を選んで!」
その直球の宣言は、たちまち空気を塗り替える。周囲の冒険者が驚いて振り返るのも映り込み、視聴者にとっては衝撃の瞬間だった。
「皆、見てるんでしょ!? ユウに伝えて!」
両手を広げ、舞台の上の歌姫のように告げるクラヴァル。それは挑発にも、告白にも、宣戦布告にも取れる声だった。
クラヴァルの直球告白が放たれた瞬間、画面のコメント欄は白い奔流のように荒れ狂った。
《え? ユウって誰?》
《リゼって配信者のこと?》
《修羅場配信きたwww》
《俺はリゼ派》
《クラヴァル様が正義!》
《#ユウ選択待ったなし》
《公式イベントか?いや違うだろ…》
支持と揶揄、そして疑念が入り乱れる。たちまちトレンドが塗り替わり、SNSのタイムラインもスクリーンショットや切り抜きで溢れ始める。
《異世界美少女が一般人に告白!?》
《リゼvsクラヴァル、異世界最強ヒロイン決定戦!》
《こんなん祭りだろw》
《修羅場実況タグどこ!?》
中には深読みする声も混じる。
《これリゼの布石だったんじゃ?》
《リゼは最初からユウに繋がってた、クラヴァルは後発組》
《運営の仕込み説》
だがすぐに的外れな憶測で埋め尽くされる。
《ユウってたぶんNPCだろ?》
《視聴者釣るためのAIアバター》
《次回イベントで課金誘導くるぞこれ》
画面の向こうで必死に叫ぶクラヴァルの姿は、冷静に見ればただの冒険者の配信に過ぎない。
けれど、その名指しが「ユウ」という一点を突いた途端、観客は勝手に芝居を組み立てて盛り上がっていく。
《クラヴァル推しがんばれ!》
《いやリゼ一択だろ!》
《こっから三角関係イベント発動!?》
《現代社会のユウさん震えてそう》
──現代のユウ本人が、まさにその震えを感じていた。炎上はただのノイズではない。名指しされた瞬間から、現実にまで侵食してくるものだ。
コメント欄の速度はさらに加速し、もはや文字の滝のように画面を埋め尽くす。
誰もが“祭り”に浮かれ、同時に矛先を探して騒いでいた。ユウは自室の机に突っ伏すようにして、スマホを握りしめていた。
クラヴァルの配信画面はまだ開いたまま。コメントは流れ続け、熱は下がらない。
「……なんで、俺の名前なんか……」
声にならない声が、唇から漏れる。
「一体どうしたらいいんだ……」
頭を抱える。
クラヴァルにフレームを開けるのか? そんな芸当、できるのか?
いや、仮にできたとして──何を話す?
「話したって……炎上は止まらない」
言葉にした途端、現実の重さがのしかかる。
SNSの通知は次々と光り、画面を閉じても振動は止まらない。そのたびに、誰かに背中を突き飛ばされるような衝撃が走る。
ユウは机に額を押し付けた。
「俺が火種なんだ」
そう認めるしかなかった。
クラヴァルの告白が火をつけたのではない。
──最初にリゼと“繋がって”しまった自分が、すでに燃えやすい薪を積み上げていた。
指先が震える。スマホの画面に映るクラヴァルの顔を消したいのに、視線は離せなかった。
まるで彼女の声が、自分だけに届いているように響く。
「……俺なんかが関わったから……全部……」
けれど、言葉はそこで途切れた。
コメント欄の騒ぎが再び耳を刺し、思考をかき乱していく。ユウは目を閉じた。
閉じても光は焼き付いて離れなかった。
♢
画面の向こうで、クラヴァルは一瞬だけ視線を伏せ──次に顔を上げたとき、その瞳は真っ直ぐこちらを射抜いていた。
「……“視えた”から言うの」
静かな口調。けれど、その響きは矢のように鋭く突き刺さる。配信の数千数万の視線ではなく、たった一人──ユウを見据える熱があった。
「あなたの震え。誰よりも感じたから」
画面越しなのに、耳元で囁かれているような錯覚に陥る。ユウの喉が、ごくりと鳴った。
コメント欄はなおも爆速で流れていた。
《リゼ派がんばれ!》
《クラヴァル推しにとって神回きた》
《修羅場実況スレに転載しました》
《ユウって誰だよ?特定班まだ?》
熱狂は炎のように広がっている。
クラヴァルの声音は、そんな喧騒を切り裂くかのように澄んでいた。
「私だったら……その震えを止めてあげられる」
一拍、間を置き、彼女は唇を強く結んだ。
「あの女には無理! 私こそが、ユウの隣に相応しい!」
その一言が放たれた瞬間、コメントは再び爆発した。
《ガチ告白!?》
《これもうリゼ完全に敗北では?》
《いや、逆にリゼの株上がるやつ》
《炎上どころか戦争だな》
配信の空気は修羅場と祭りの境目を飛び越え、狂騒と化していた。
けれど、ユウの耳に届いていたのは、クラヴァルの声だけだった。その熱。確かさ。なぜか、目を逸らせなかった。息が浅くなる。
手は震えて、スマホを落としそうになる。
それでも、指先は画面を離れようとしなかった。
「……やめろよ」
小さな声で呟いても、クラヴァルには届かない。
届かないはずなのに、彼女の瞳はさらに強くこちらを見ている気がした。
リゼの顔が、ふっと脳裏をよぎる。
同じ“向こう側”にいる少女。
だがクラヴァルの熱は、まるで画面を越えてこちらに流れ込んでくるかのようだった。ユウは呼吸を忘れる。
否応なく、見続けるしかなかった。
鼓動が速い。画面を閉じても残響のようにクラヴァルの声が頭にこびりついている。
「……画面が鏡になるとき、逃げ場がない」
独白は、自分自身への呟きにしかならなかった。
♢
EWS運営本部・役員室。厚い扉に守られた機能的な空間の中、スクリーンにはクラヴァルの配信映像が映し出されていた。
役員が口を開く。
「真宮先生。これは一体、どういう現象ですか?」
真宮は書類を閉じ、眼鏡の奥で瞳を細める。
「相互通信ではありません。ただ……あのクラヴァルという娘は、こちらの世界を感知しています」
「感知、だけですか? 越境の可能性は?」
「否定できません。どのような特技を持っているかは不明です」
「かねてから懸念されていた401の接触対象が、彼女だと?」
真宮は小さく首を振る。
「いえ。おそらく“リゼ”という少女でしょう」
「……特秘で観測点を用意できますか」
「試みましたが、周囲の極小範囲に魔術が展開できません」
その答えに沈黙が落ちる。次の瞬間、映像に別カットが挿入される。
──ハナラ。高台に立ち、片手を広げて術式を展開していた。淡い結界の紋が夜気に浮かび、ニチャアと顔を歪めている。
「……気づかれていますね」
真宮の声が、抑えた緊張を帯びる。
モニタの前に並んだ役員の一人が、ため息を吐いた。
「申し訳ございません。事態はすでに国家安全保障の領域です」
「構いません」
役員は静かに言った。
「官邸には私から説明します。それほどまでに……異世界は魅力的だったのですよ。我々にはね」
その言葉が空気を裂くように重く残り、部屋は静寂に包まれた。
EWSの通知が鳴り、人気冒険者クラヴァルのチャンネルが配信を始めた。
普段なら冒険の成果報告や、仲間との軽妙なやりとりで賑わう時間。だが今日は、冒頭からどこか様子が違っていた。
「……私、本当は気づいてる」
画面の中で、クラヴァルは薄く笑いながら、真っ直ぐ視聴者を見据えていた。
華やかな装備に身を包み、周囲の照明よりも強い輝きを放つような存在感。その声には不思議な張りがあった。
「私の行動を盗み見てる人たちがいる。すっごく多い視線を感じてるの!」
コメント欄がざわめく。
「でもそんな事はいいの」
彼女は、いつもと同じ調子で冒険の成果を語り始めたかと思うと、ふいに言葉を切り替えた。
その眼差しは、カメラの向こうにいる「誰か」を探すように鋭くなる。
「ユウ!」
突然の名指しに、コメント欄が爆ぜた。
彼女はまるで演説のように声を張る。
「リゼより私を選んで!」
その直球の宣言は、たちまち空気を塗り替える。周囲の冒険者が驚いて振り返るのも映り込み、視聴者にとっては衝撃の瞬間だった。
「皆、見てるんでしょ!? ユウに伝えて!」
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クラヴァルの直球告白が放たれた瞬間、画面のコメント欄は白い奔流のように荒れ狂った。
《え? ユウって誰?》
《リゼって配信者のこと?》
《修羅場配信きたwww》
《俺はリゼ派》
《クラヴァル様が正義!》
《#ユウ選択待ったなし》
《公式イベントか?いや違うだろ…》
支持と揶揄、そして疑念が入り乱れる。たちまちトレンドが塗り替わり、SNSのタイムラインもスクリーンショットや切り抜きで溢れ始める。
《異世界美少女が一般人に告白!?》
《リゼvsクラヴァル、異世界最強ヒロイン決定戦!》
《こんなん祭りだろw》
《修羅場実況タグどこ!?》
中には深読みする声も混じる。
《これリゼの布石だったんじゃ?》
《リゼは最初からユウに繋がってた、クラヴァルは後発組》
《運営の仕込み説》
だがすぐに的外れな憶測で埋め尽くされる。
《ユウってたぶんNPCだろ?》
《視聴者釣るためのAIアバター》
《次回イベントで課金誘導くるぞこれ》
画面の向こうで必死に叫ぶクラヴァルの姿は、冷静に見ればただの冒険者の配信に過ぎない。
けれど、その名指しが「ユウ」という一点を突いた途端、観客は勝手に芝居を組み立てて盛り上がっていく。
《クラヴァル推しがんばれ!》
《いやリゼ一択だろ!》
《こっから三角関係イベント発動!?》
《現代社会のユウさん震えてそう》
──現代のユウ本人が、まさにその震えを感じていた。炎上はただのノイズではない。名指しされた瞬間から、現実にまで侵食してくるものだ。
コメント欄の速度はさらに加速し、もはや文字の滝のように画面を埋め尽くす。
誰もが“祭り”に浮かれ、同時に矛先を探して騒いでいた。ユウは自室の机に突っ伏すようにして、スマホを握りしめていた。
クラヴァルの配信画面はまだ開いたまま。コメントは流れ続け、熱は下がらない。
「……なんで、俺の名前なんか……」
声にならない声が、唇から漏れる。
「一体どうしたらいいんだ……」
頭を抱える。
クラヴァルにフレームを開けるのか? そんな芸当、できるのか?
いや、仮にできたとして──何を話す?
「話したって……炎上は止まらない」
言葉にした途端、現実の重さがのしかかる。
SNSの通知は次々と光り、画面を閉じても振動は止まらない。そのたびに、誰かに背中を突き飛ばされるような衝撃が走る。
ユウは机に額を押し付けた。
「俺が火種なんだ」
そう認めるしかなかった。
クラヴァルの告白が火をつけたのではない。
──最初にリゼと“繋がって”しまった自分が、すでに燃えやすい薪を積み上げていた。
指先が震える。スマホの画面に映るクラヴァルの顔を消したいのに、視線は離せなかった。
まるで彼女の声が、自分だけに届いているように響く。
「……俺なんかが関わったから……全部……」
けれど、言葉はそこで途切れた。
コメント欄の騒ぎが再び耳を刺し、思考をかき乱していく。ユウは目を閉じた。
閉じても光は焼き付いて離れなかった。
♢
画面の向こうで、クラヴァルは一瞬だけ視線を伏せ──次に顔を上げたとき、その瞳は真っ直ぐこちらを射抜いていた。
「……“視えた”から言うの」
静かな口調。けれど、その響きは矢のように鋭く突き刺さる。配信の数千数万の視線ではなく、たった一人──ユウを見据える熱があった。
「あなたの震え。誰よりも感じたから」
画面越しなのに、耳元で囁かれているような錯覚に陥る。ユウの喉が、ごくりと鳴った。
コメント欄はなおも爆速で流れていた。
《リゼ派がんばれ!》
《クラヴァル推しにとって神回きた》
《修羅場実況スレに転載しました》
《ユウって誰だよ?特定班まだ?》
熱狂は炎のように広がっている。
クラヴァルの声音は、そんな喧騒を切り裂くかのように澄んでいた。
「私だったら……その震えを止めてあげられる」
一拍、間を置き、彼女は唇を強く結んだ。
「あの女には無理! 私こそが、ユウの隣に相応しい!」
その一言が放たれた瞬間、コメントは再び爆発した。
《ガチ告白!?》
《これもうリゼ完全に敗北では?》
《いや、逆にリゼの株上がるやつ》
《炎上どころか戦争だな》
配信の空気は修羅場と祭りの境目を飛び越え、狂騒と化していた。
けれど、ユウの耳に届いていたのは、クラヴァルの声だけだった。その熱。確かさ。なぜか、目を逸らせなかった。息が浅くなる。
手は震えて、スマホを落としそうになる。
それでも、指先は画面を離れようとしなかった。
「……やめろよ」
小さな声で呟いても、クラヴァルには届かない。
届かないはずなのに、彼女の瞳はさらに強くこちらを見ている気がした。
リゼの顔が、ふっと脳裏をよぎる。
同じ“向こう側”にいる少女。
だがクラヴァルの熱は、まるで画面を越えてこちらに流れ込んでくるかのようだった。ユウは呼吸を忘れる。
否応なく、見続けるしかなかった。
鼓動が速い。画面を閉じても残響のようにクラヴァルの声が頭にこびりついている。
「……画面が鏡になるとき、逃げ場がない」
独白は、自分自身への呟きにしかならなかった。
♢
EWS運営本部・役員室。厚い扉に守られた機能的な空間の中、スクリーンにはクラヴァルの配信映像が映し出されていた。
役員が口を開く。
「真宮先生。これは一体、どういう現象ですか?」
真宮は書類を閉じ、眼鏡の奥で瞳を細める。
「相互通信ではありません。ただ……あのクラヴァルという娘は、こちらの世界を感知しています」
「感知、だけですか? 越境の可能性は?」
「否定できません。どのような特技を持っているかは不明です」
「かねてから懸念されていた401の接触対象が、彼女だと?」
真宮は小さく首を振る。
「いえ。おそらく“リゼ”という少女でしょう」
「……特秘で観測点を用意できますか」
「試みましたが、周囲の極小範囲に魔術が展開できません」
その答えに沈黙が落ちる。次の瞬間、映像に別カットが挿入される。
──ハナラ。高台に立ち、片手を広げて術式を展開していた。淡い結界の紋が夜気に浮かび、ニチャアと顔を歪めている。
「……気づかれていますね」
真宮の声が、抑えた緊張を帯びる。
モニタの前に並んだ役員の一人が、ため息を吐いた。
「申し訳ございません。事態はすでに国家安全保障の領域です」
「構いません」
役員は静かに言った。
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