異世界配信サービス

vincent_madder

文字の大きさ
38 / 101
第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade

第38話 Do you wanna leave me?

しおりを挟む
朝の教室は、ざわつきで満ちていた。

黒板の前では先生が出席を取り始めているのに、半分以上の生徒は机の下でスマホを握っている。

SNSのトレンド欄には、《#ユウ特定》《異世界美少女に告白される一般人》といったハッシュタグが並び、スクリーンショットや切り抜き動画が溢れていた。

「おい、これ見ろよ」

前の席の男子が、隣の友人にスマホを突きつける。

「“ユウ”って名前、珍しくないけど……うちのクラスにもいるしな?」

くすくす笑いながら後ろをちらりと振り返る視線が、ユウの机の上をかすめた。さらに、クラスのトークグループに新しい通知が入る。

《ねえ、この“ユウ”ってお前?》

スクショ付きのメッセージが一気に流れ、スタンプや「草」の連打が画面を埋め尽くす。

「やめとけ」

春川が低い声で割って入った。

「バズってるだけだろ。関係あるわけない」

そう言ってユウのスマホを隠すようにノートで覆う。

「……」

ユウは口を開けず、ただ視線を落とした。
笑い声も、通知音も、すべてが自分を名指しするように聞こえてしまう。



昼休みになっても、ざわつきは収まらなかった。
廊下の掲示板には誰かが貼ったコピー紙が残っていた。

《異世界美少女に名指しされたユウw》

雑なフォントで切り抜かれたスクショが印刷されていて、登下校する生徒たちが面白半分に指をさしていく。

「誰が貼ったんだよ、これ……」

春川が苦々しい顔で紙を剥がし、丸めてゴミ箱に放り込む。

「ユウ、気にすんな。どうせ一過性のネタだ」

だがユウの耳には、背後で交わされる小声が突き刺さっていた。

「マジであのユウなんじゃね?」

「リゼってあの配信の女の子だろ? ユウをクラヴァルに奪われたってこと?」

「修羅場ww」

笑い交じりのささやきが、校舎の壁を這うように広がっていく。ユウは何も言えなかった。

答えを出せば否定になり、黙っていれば肯定になる。どちらに転んでも、彼の名は勝手に消費されていく。

机の上の弁当も手をつけられず、ただ箸を握ったまま。

視線は俯いたまま外の校庭に落ちる。
グラウンドを走る声援すら、自分には遠い世界の音にしか聞こえなかった。



夜の帳が落ち、ユウの部屋は静寂に包まれていた。

外では風の音もない。唯一、スマホの画面が青白い光を放ち、机の上に置かれた教科書やノートを冷たく照らしている。

──繋ぐべきか、それとも。

迷いながらも、指先は結局アプリをタップしていた。胸の奥がざわめき、心臓の鼓動が耳の奥を打つ。淡い光が揺らめき、フレームが開いた。

宿の部屋が映し出される。ランプの明かりに照らされたリゼの姿がそこにあった。

彼女は膝を抱え、背筋を強張らせたまま視線を逸らせずにこちらを見据えていた。

その瞳は、揺れているのに真っ直ぐで、恐怖と決意がないまぜになっていた。

「……ユウ」

か細い声が届く。ユウは返事をしようと口を開くが、声にならない。言葉を探しても、喉に絡まったまま吐き出せなかった。

リゼは小さく息を吸い、唇を震わせた。

「……もう、繋がらない方がいいのかな」

その一言は刃のようにユウの胸を抉った。心臓が一拍遅れたように重く沈む。

「……」

返したい。だが声が出ない。沈黙が二人の間に降りる。リゼはその沈黙に耐えきれないように、目を伏せて言葉を紡ぐ。

「私、怖いの」

声はかすかに震え、かろうじて紡がれる。

「あなたが狙われるのを見るのが……本当に、怖い」

ユウは思わず机を掴む。

──やっぱり俺のせいだ。
自分が関わったから、彼女を怯えさせた。あの名指しが、すべてを狂わせた。

「だから……」リゼは視線を揺らしながら続けた。

「離れた方がいいのかもって」

その言葉は、決意のようでいて、震える迷いのようでもあった。声が細くなるほどに、彼女の想いが重く突き刺さる。

ユウは唇を開いた。だが、言葉にならない。

反論したい。違うと伝えたい。けれど、その勇気が出てこない。会話は断片的にすれ違うだけだった。

リゼは問いかけるように、けれど答えを恐れるように視線を落とす。

「言ってほしいの……」

小さな声が響く。ユウは息を止めた。

「私に、“もう繋がらないで”って……言って」

切迫した声。その響きは、懇願にも諦めにも聞こえた。ユウは絶句した。胸の奥で言葉は渦巻く。けれど、形にならない。

「……」

声を出そうとするたびに喉が締めつけられる。

彼女の望む答えを与えることも、否定することもできない。ただ、フレームを通して見つめ合いながら、互いの心情が宙ぶらりんに漂い続けた。

リゼの瞳は揺れていた。こちらを見続けていた。

長い沈黙が落ちていた。

互いに視線を逸らさずに見つめ合いながらも、言葉だけが出てこない。部屋の時計の秒針がやけに大きく響く。

ユウは唇を噛み、ようやく掠れた声を絞り出した。

「……それでも——」

その瞬間、リゼが食い気味に被せるように声を上げた。

「“それでも”って……言って!」

涙声だった。強がるように見えた彼女が、声の端で崩れそうになっている。ユウは目を見開き、息を呑んだ。

「……俺は……」

言葉を探し、胸の奥から引きずり出す。

「手放せば守れるわけじゃない」

リゼが震える声で反論する。

「でも……!私を守るために、あなたが壊れたら、意味がない」

ユウは机に拳を置き、声を荒げた。

「壊れてもいい!」

フレームの向こうでリゼが驚いたように目を見開く。

「壊れてもいい……リゼを失う方が……怖いんだ」

息は荒く、胸が苦しい。だがその言葉だけは、押し殺すことができなかった。リゼの唇が震える。

「そんなの……そんなの、私は望んでない……」

「俺だって望んでない!」ユウの声が重なる。

「けど……怖いんだよ。リゼが遠くに行っちゃうことの方が」

声は次第に熱を帯び、涙と息遣いが混じっていく。リゼは両手を胸に押し当て、必死に言葉を探すように顔を歪めた。

「……私も……怖いの。あなたが傷つくのを、失うのを、何より……」

「なら!」ユウが身を乗り出す。

「一緒にいるしかないだろ!」

言葉がぶつかり、重なり、互いに遮り合う。

「違う!」「いいや!」──声は混乱し、けれどどちらも退かない。

涙が頬を伝い、フレーム越しに光を反射する。
ユウは衝動的に手を伸ばした。

──だが、触れられない。

フレームの向こうに伸ばした指先は、ただ虚空を掴む。止められなかった。リゼもまた、震える手を伸ばす。

画面越しの指先が、あとわずかで触れ合いそうに重なり合う。

「……それでも」

ユウが呟く。

「……それでも」

リゼもまた繰り返す。

二人の声が重なった瞬間、フレームの光がひときわ強く揺れた。呪文のように繰り返されたその言葉は、互いの心の奥に焼きつく。

それは願いであり、誓いであり、抗いの宣言だった。言葉を交わしたあとも、互いに指先を伸ばしたまま、しばらく動けなかった。

涙で滲む視界の中で、リゼとユウの声が重なる。
小さく、けれど確かに、二人の想いが重なった。

次の瞬間──画面の端に、見慣れない光が揺れた。

それはEWSのフレーム特有の青白い光ではなかった。もっと深く、熱を帯びたような紅の残光。
薄い膜のようににじみ出て、ユウの視界の隅を焼く。

ユウは思わず身を引いた。

「……なんだ、これ……」

リゼもまた気づき、息を呑む。

「青じゃない……これは……」

紅は静かに、しかし確実に広がっていく。リゼの瞳に、不安と怒りが混じる。

「……クラヴァル」

その名を吐き出したとき、ユウの頭から血の気が引いた。紅い残光はやがて薄れて消える。だが痕跡のように、画面の奥に赤の残滓が揺れている。

二人は言葉を失ったまま、ただ光の消えたフレームを見つめていた。

それが何を意味するのか、口にすることすら怖かったからだ。けれど互いの胸には同じ確信が芽生えていた。

──クラヴァルが、近づいている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...