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第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade

第39話 夜更けの来訪者

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リゼの部屋の扉を、コンコンと叩く音が響いた。

夜の帳が落ちて久しい時間。客の訪ねてくるはずもない頃合い、リゼが声を掛けると不思議そうな顔をしたカヤが現れた。

「リゼ、外にすんごいキレイな娘が来てる。あんたを呼んで欲しいって、こんな時間にさ」

怪訝そうな声。けれど、その表情にはどこか圧倒された色も混じっていた。

リゼは胸の奥が冷たくなるのを感じた。

──来た。

「ありがとうカヤ。行くわ。」

意を決して、外へ足を踏み出す。

街灯の薄明かりに浮かんだのは、白銀の髪を揺らすクラヴァルだった。いつも舞台に立つ歌姫のように華やかなその姿は、夜気の中で異様な輝きを放っている。

リゼが声を発する前に、彼女がゆっくりと口を開いた。

「こんばんわぁ、リィゼェ~」

偽りの笑みを貼り付けた声音は、甘いのにどこか歪んでいた。

「残念だけど時間切れ。私、これでも“国家戦力”なの。王様との約束の自由時間、ぜんぶ使っちゃった。彼を連れて帰りたかった」

悔しさを隠すように、唇の端がぴくりと吊り上がる。次の瞬間、その瞳は鋭く光った。

「……じゃあね」

背を翻しかけて、振り返る。

「次は──ユウを貰うわ!必ず!」

歪んだ笑みとともに吐き捨てるような宣言。
それは勝利宣言にも、呪詛にも似ていた。
リゼは声を詰まらせ、その背中を見送るしかなかった。

どこからともなく現れた。あれは従者だろうか。クラヴァルの隣に並ぶと、足元に光る陣が浮かび、二人の姿が消えた。

周囲に静けさが戻る。
──だが、その静寂は安堵ではなく、緊張を孕んでいた。リゼは拳を握りしめ、唇を噛む。

「……あの女、次はユウを……」

苛立ちが次第に露わになり、肩越しに部屋を振り返る。そこからは見えないユウの姿が、導火線のように胸の奥で火花を散らせていく。



宿の扉を閉めた途端、リゼの吐息が荒く漏れた。
肩を上下させ、手の甲で額を拭う。けれど冷や汗は止まらない。

「……ユウ」

その名を呼ぶ声は、震えと怒りがないまぜになっていた。ユウは机の前に座ったまま、言葉を探していた。

クラヴァルが残した最後の言葉が、頭から離れない。

──次はユウを貰うわ。必ず。

胸の奥が凍るような感覚に支配され、息をするのも重くなる。

「どうして……」

リゼが呟くように声を落とす。

「どうしてあなたは、あんな女に目を向けられるの」

「……俺が望んだわけじゃない」

ユウの声は低く、掠れていた。

「向こうから勝手に……」

「勝手に!?」リゼが食い気味に遮った。

「じゃあ、あなたは何も思ってないって言えるの?」

その瞳が鋭く光り、ユウを射抜く。胸の奥で燻っていた焦りと苛立ちが、言葉に形を変えて弾けた。

「そんなこと言って……後でクラヴァルのところへ行くんでしょ!? あの女、あなたを呼んでたじゃない!」

ユウは言葉を失った。否定しようとしたが、喉が詰まる。実際にクラヴァルの配信を見てしまった自分の記憶が、反論の力を奪っていく。

「違う……俺は……」

「違うなら、はっきり言って!」

リゼは机越しに詰め寄る。

「私より、あの女を選ぶのかどうか!」

言葉が鋭くぶつかり合い、部屋の空気が震えた。
フレームの光がかすかに揺れ、まるでその緊張を映し出しているかのようだった。

互いの声が荒ぶほどに、部屋の空気は熱を帯びていった。

フレームの光が軋むように揺れ、映像の枠が少しずつ広がっていく。

「ユウ……!」

「リゼ……!」

呼びかけ合う声は怒号に近く、感情の針が振り切れるたびにフレームが膨張した。

最初はただ画面が広がる程度だったものが、次第に壁を押しのけるように部屋いっぱいに拡張していく。

「どうして答えないの!?」

リゼの叫びが響いた瞬間、光がきしみを上げた。

ユウの心も荒ぶっていた。

言葉が出せない自分への苛立ちと、リゼの問いに答えられない罪悪感。そのすべてが混じり合って、視界の端が熱を帯びる。

「…ユウのバカァッ!」

リゼが衝動のまま、拳を振り下ろした。
いつものフレームなら“壁”で止まるかすり抜けるはずだった。

だが──鈍い衝撃とともに、ユウの胸にリゼの手のひらが触れた。

「……え」

一瞬、世界が止まる。

越えられないはずの境界を越えて、確かな温もりが伝わってきた。

ユウは咄嗟にその手を握り、引き寄せるようにしてリゼを抱き止めた。胸の奥に焼けつくような鼓動が重なり、二人の視線がぶつかる。

「……リゼ」

「ユウ……」

互いの名前だけが、やっと声になった。
怒りも苛立ちも消え、ただ触れ合った現実に飲まれる。

その次の瞬間、ユウの頭を鋭い痛みが貫いた。

「──ッ!!」

視界が白く弾け、意識が裂けるような苦痛が走る。ユウはリゼの肩に崩れ落ちた。

「ユウ!? どうしたの、しっかり!」

フレームが悲鳴を上げるように軋み、光が暴走する。まるで崩壊寸前の音を立てながら、部屋を震わせた。ユウの体温が腕の中で重くなる。

呼びかけても返事はなく、ただ苦しげな息だけがもれる。

「……ダメ、こんな──」

リゼは必死にユウを支えた。

フレームの光は暴走し、壁や床に不規則な紋様を浮かび上がらせている。ひび割れる鏡のように世界が軋み、いまにも破裂してしまいそうだった。

「ユウ……目を開けて!」

揺さぶっても反応は弱い。額に触れると、異様な熱が伝わってきた。その熱は病のものではない。まさに魔術の酷使の“反動”だった。

(このままじゃ……ユウが壊れる)

胸の奥に鋭い焦燥が突き刺さる。迷っている時間はなかった。リゼはユウを抱きしめるようにして、顔を伏せた。

「……ごめん。でも、もう迷わない」

そして彼の体を抱きかかえると、迷うことなくフレームへと足を踏み入れた。

安定を失ったフレームは、光が肌を焼くように弾け、視界が揺れる。

境界を越える感覚は、冷たい水に飛び込むよりも過酷で、骨まで軋むような圧力が全身を叩いた。

「──っ、ぁあ……!」

リゼは声を漏らしながらも、ユウを離さなかった。胸に抱えた温もりだけが、彼女を突き動かしていた。

次の瞬間、足元の感触が変わった。
見慣れた宿の部屋の床が、そこにあった。

──異世界側に、渡ったのだ。
同時に、背後で轟音が響いた。フレームが軋みを上げながら、強引に閉じていく。

「……っ!」

リゼは振り返った。だが、青白い光の残滓は一瞬で吸い込まれ、静寂に溶けた。

もう戻る道はない。
重い息を吐きながら、リゼはユウをベッドに横たえた。その顔を覗き込み、指先で髪を撫でる。

「……大丈夫。絶対に、守る」

決意の言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。

窓の外の夜風が吹き込み、薄いカーテンを揺らす。その音にさえ、異様な緊張が混じっているように聞こえた。

──彼は、もう異世界にいる。
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