異世界配信サービス

vincent_madder

文字の大きさ
51 / 101
第6章 越境者 / The Crossing

第51話 キャパ越えの日

しおりを挟む
ユウの部屋。

蛍光灯の白い光が天井から降り注ぎ、勉強机やベッドをくっきりと浮かび上がらせていた。

机の上には、ノートとシャーペンが無造作に広げられ、教科書は開いたままページが折れている。半分読みかけの参考書、プリントの束。

どれも見慣れた、自分だけの日常の風景。

ベッドには脱ぎっぱなしにしたジャージが投げ出されている。窓際のカーテンは少し開き、夜の外気が入り込んで薄く揺れていた。

本来なら、何の変哲もない日常の一部。
それは、昨日までと何ひとつ変わらないはずの光景だった。

──だが。

そこに立つ存在が、その“いつも”を一瞬で異質に変えていた。

見間違いであってほしいと願った。だが目をこすっても、視界の中央にいる彼女の姿は消えない。

白銀の髪が蛍光灯の光をはね返し、きらめいている。肩から背中へ流れるたび、光の尾を引くように錯覚する。

衣服は異世界特有の硬質な素材感。縁取りに施された装飾が、こちらの世界には存在しない手仕事を物語っていた。

クラヴァル。

名前は、EWSを通して何度も耳にした。
配信越しにしか見たことのなかった、遠い世界の冒険者。その彼女が、いま目の前に立っている。

幻影ではない。

スマホの画面から零れ落ちたように、実体を伴って。

床に響く硬い靴音。空気を押し分ける気配。
わずかに甘い、異国めいた香り。

どれもが“現実”としてユウを圧迫していた。

喉が異様に乾き、呼吸がやけに大きく聞こえる。心臓の鼓動が部屋中に響きわたるのではないかと錯覚するほどだ。

「……うそだろ」

声にならない声が、口から漏れた。
夢か、悪夢か。そんな括りすら無意味な現実が、今ここにある。

クラヴァルは、ゆっくりと唇をほころばせた。

舞台の上で観客を魅了する女優のように、洗練された身のこなし。足音を一歩ずつ響かせながら、真っ直ぐにユウへ歩み寄る。

「はじめまして、ユウ。画面じゃない私、どう?」

柔らかな声音。甘い香りをまとい、耳の奥に直接触れるような響き。

その一方で、確かに“侵入者”の気配を孕んでいた。部屋の空気を勝手に塗り替えていくような、異質さと存在感。

ユウの思考は、瞬く間に渦に呑まれた。

リゼのこと。
魔素のこと。
EWSのこと。
そして、目の前のクラヴァル。

あまりにも多すぎる要素が、一斉に脳内で爆発していく。

クラヴァルの眼差しは、まっすぐユウを捕らえていた。虹彩の奥が淡く光を帯びているように見えて、視線を外そうとしても引き戻される。

「……どう、って……」

ユウは喉の奥が詰まるような声しか出せなかった。頭では状況を整理しようとしているのに、体は震えが止まらない。

クラヴァルは口元に笑みを浮かべたまま、机の上に置かれたノートへと視線を移す。

「これが、ユウの筆記道具? ……不思議。見たことのない文字ばかり」

指先がさらりとページをなぞる。
それだけで、見慣れたノートがまったく違うものに見えてしまう。

ユウは慌てて手を伸ばし、ノートを閉じた。

「勝手に触るなよ!」

声は上ずり、意図せず大きくなる。

クラヴァルは一歩引き、肩をすくめる。

「怖がらないで。私はただ、ユウのことを知りたいだけ」

その声音は甘く、柔らかい。だが侵入者の迫力は消えない。ユウは自分の胸の鼓動を聞きながら、机の端を握りしめた。

「なんで……お前がここにいるんだよ…」

「来たかったから」

答えはあまりにあっけなかった。

「ユウに、会いたかったから」

視線が絡む。あまりにも近すぎる現実。
ユウは混乱を振り払うように頭をかきむしった。

「……ああ、もうっ!」

そして、彼女を指さす。

「クラヴァル! この国じゃ──室内で土足は禁止なんだ!」

突飛すぎる叫び。
クラヴァルは目を丸くし、数秒間、言葉を失っていた。

「……足?」

「そうだ! 靴のまま部屋に上がるのはダメなんだよ!」

クラヴァルは唇をすぼめ、わずかに首を傾げた。

「……面倒な世界ね」

ユウは耐えきれず、彼女の手首をつかむ。
その瞬間、金属の手甲から伝わる冷たい感触が、彼女が“実体”であることを突きつけてきた。

「来い! 説明する!」

ドタドタと階段を駆け降りる。
クラヴァルは抵抗せず、ただ周囲を眺めていた。

「ふぅん……これがユウの家なのね。石でも木でもない壁……変わってる」

一階の玄関にたどり着くと、ユウはクラヴァルを正面に立たせた。

「ここだ。ここで靴を脱ぐんだ」

クラヴァルは目を瞬かせてから、ゆっくりと視線を床に落とす。

「ここで? …外で脱ぐんじゃないの?」

「そうだ。これがルールなんだよ」

ユウはやけくそ気味に言い切った。

クラヴァルは少し肩をすくめ、ブーツの留め具に手をかける。金属の留め具がカチリと外れ、革靴が床に落ちる音が響く。

彼女は裸足を床に下ろした。
冷えたフローリングに触れた瞬間、クラヴァルの肩がわずかに震える。

「…冷たい」

短い言葉。だがその直後、小さく笑みを浮かべる。

「でも…悪くない」

ユウは喉を鳴らし、言葉を返せなかった。

自分の知るどの同級生よりも現実感を持った“異世界の少女”が、裸足で自分の家の玄関に立っている。その事実が、ただただ異常だった。

その時だった。
ガチャリ、と玄関の扉が開く音。

「ただいまー」

母親の声が響いた。

ユウの顔が一瞬で蒼白に変わる。
クラヴァルは振り返り、無防備に立ったまま。

「……あら?」

買い物袋を両手に下げた母が、玄関に立つ二人を見て目を丸くする。

「ユウ、お友達?」

心臓が一瞬止まったように感じた。
状況は最悪だ。クラヴァルは裸足で、異世界の衣装をまとったまま。説明できる言葉など存在しない。

ユウは必死に笑顔を作り、クラヴァルの肩を押さえた。

「そ、そうだよ母さん! えっと……コスプレが趣味な子なんだ! 部屋にいるけど気にしないで!」

母は「あらまぁ」と軽く驚いた表情を見せたが、深く追及することもなく靴を脱ぎ、袋を提げたまま台所へ消えていった。

玄関には気まずい沈黙が落ちる。
ユウは額に汗を浮かべ、背中を伝う冷たい感覚に身震いする。

クラヴァルが唇を緩め、囁いた。

「ふふ……隠すの、大変そうね」

ユウは顔を赤くし、視線を逸らすしかなかった。
二人は廊下を抜け、再びユウの部屋へ戻った。

クラヴァルは裸足のまま床を踏みしめ、きょろきょろと辺りを見回す。

「……ここが、ユウの部屋。壁も天井も石じゃない。匂いも……知らないものばかり」

机の上に積まれた参考書や、棚に並んだ文庫本。
蛍光灯の明かりに照らされるそれらを、クラヴァルは一つひとつ物珍しそうに眺めている。

ユウはベッドの端に腰を下ろし、息を整えるように肩を上下させた。

「……はぁ……はぁ……。とにかく、いきなり来るなよ。心臓止まるかと思った」

クラヴァルは首を傾げ、ベッドの近くまで歩み寄る。

「でも、会いたかった。ユウに」

その一言で、ユウの胸の奥がさらに混乱した。

リゼのこと。EWSのこと。
どうしてクラヴァルがここに来たのか。
答えの出ない疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。

ユウは額を押さえ、思わず声を漏らした。

「……もういい! 考えてもわからない!」

そして、顔を上げる。

「とにかく敵じゃないんだろ? だったら……まずは友達から、でいいか?」

クラヴァルは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせた。そして、ほんの少し頬をふくらませ、視線をそらす。

「……むー。友達、ね」

短い言葉。そこに複雑な感情が隠されているのを、ユウは読み取る余裕もなかった。

「悪い。でも今の俺には、それ以上の言葉は出てこない」

ユウは手を差し出す。
クラヴァルは数秒ためらったのち、渋々とその手を取った。

「……変なの」

握られた掌は、小さく、それでいてしっかりとした熱を持っていた。

蛍光灯の下で交わされた短い握手。
世界をまたいだ初めての接触は、友達とも恋人とも言えないまま、ただ確かな“繋がり”として残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...