お先真っ暗令嬢ですがなにか?

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「やぁ!グエンダル殿下。久しぶりだね。こちらに来ても君は軍務だ訓練だと忙しくしているから、中々ゆっくり話も出来ないままだったよ。」
「シャール殿下は、相変わらずお元気そうですね。今丁度軍務も片付いたので遅れてしまいましたが私も素敵な令嬢達と少しでも話が出来ればと…」

嘘臭い薄ら笑いを浮かべる両者を見ながらユリアはああ、こいつら仲悪いのかと納得する。

何となく腹黒そうなお二人…
いや、このお茶会に参加する王子様達の共通点だろう。
だからみんな同族嫌悪で余り中が宜しく無いのだろうな。

どうでもいいけど。お二人ともどっか行ってくれませんかね?
ユリア達のテーブルにばかり王子様達が訪れるものだから「羨ましいですわ~」とソフィアの取り巻きが騒いでいるのがここからでもわかった。
すっと目を細めたソフィアと目が合う。
『ファイトよ』ソフィアは頬を緩め王子様達を射止めなさいと手を握りしめてエールを送ってきた。
ユリアは薄く笑いながら頷く。
しかし目の前に立っている王子達を視界に捉えるとユリアは笑顔を引っ込め愛想も無く王子達を見据える。

ユリアの冷え冷えとした眼差しに一人気付いたレオナーが珍しい珍獣を見るような眼差しでユリアを観察していたが生憎ユリアは視線でこいつ殺せないかしら?
あら、その場合は暗殺した事になるのかしら?
まぁ、今はまだ何もされていないのだし、この先関わるつもりも無いのだけど。
なんてアホな事を考えていた為気付きもし無かった。

「久しぶりだね。パルヴィス侯爵令嬢」
平坦な声で持ち上げられた手がグエンダルの唇に触れる前にユリアは自分の手をさっと引き抜いた。

「…ええ、ご無沙汰を致しております。グエンダル王子殿下」
にっこりと少し恥ずかしげな仕草をして見せるが、単に挨拶とは言え触られた挙句口付けられたくないだけだ。
お会いできて光栄でございます。と言う社交辞令すらないユリアの受け答えに片眉を上げたグエンダルだが、ユリアはグエンダルを無視してミシェルの世話を焼いた。
「ミシェル、あのフルーツがたくさんのケーキを頂く?それともあちらの可愛らしいチョコ?」
「ミシェル、全部!全種類を食べてみたいわ?」
和む!湧き上がっていたグエンダル殿下への嫌悪感が天使ミシェルによって浄化されたわ。

「ふふっわかったわ。取って来るから少しミシェルをお願いね?」
ユリアは隣りに座っている令嬢コレットに声をかけ「任せてください!」とやたら意気込む令嬢に礼を言って立ち上がった。

ユリアはにこにこして少し歩いた先にある昼食やデザートが並ぶビュッフェテーブルに行きミシェルご所望のデザートを全て小さな一口サイズにしてもらい、それを更にもうひと皿取り分けてもらう。

「我儘を言ってごめんなさい。でも助かったわ。ありがとう!」
「……い、いえ。自分が作ったデザートを全て所望して頂けて大変嬉しく思います!」

直立不動でカクカクと動く青年はどうやら給仕係では無くパティシエだった様だ。

「まぁ!貴方がこのデザートを作ったの?とても繊細で可愛らしい飾り付けだわ!」
「す、すいません!こんなむさ苦しい男で」
「あら、違うわ。とても素晴らしいって言ったつもりだったの」

私の言葉に恐縮して謝罪までしようとするパティシエに私は慌てて手を振った。

「このクリームの上にある黄色い物は何かしら?」
「ああ、それは新しく出来た品種の黄色いイチゴです」
「まぁ、初めて見たわ!どこで買えるのかしら?」
「…あ、それは私の持つ領地、西に在りますナルディーニでしかまだ販売しておりません。あのもしご所望でしたら」
驚いたことにこのパティシエはナルディー二伯爵家の次男で由緒ある貴族のご子息様だった。確か変わり者と呼ばれるご子息がいらっしゃったわ。なるほど、彼のことかと納得する。貴族の子弟で料理をする職種に就いた者は未だ聞いたことがなかった。
でも時代は変わりつつあるのだとこのところ至る所で小さな変化を感じる。

ユリアは黄色のいちごを定期的に届けて頂く事になりすっかりご機嫌になってデザート談議に花を咲かせてしまっていた。ミシェルのデザートを手にしつつ。

デザートのケーキはカラフルな果物とクリームでデコレーションされていてとても可愛らしい。
チョコや焼き菓子にもそれぞれ目で見て楽しめる飾りや色使いをしていてミシェルだけでなく他の令嬢達も全種類制覇したくなるだろう出来栄えだった。

「なかなかお戻りにならないのでどちらに行かれたのかと思えば、ミシェルの為にわざわざデザートを取りに来てあげたのですか?」

可愛らしいデザートの説明をパティシエから聞いていると背後にいきなり人の気配がしてユリアはビクッと驚き背後を振り返った。

不信感も顕に目を細めユリアを見ているグエンダル王子がそこに立っていた。その後ろにはレオナーも。
グエンダルはユリアと目が合うと先程の訝しげな表情を隠し優しい笑みを浮かべた。
「…ええ、ミシェル一人の分では無くテーブルにいる皆さんの分ですが。…それがなにか?」

不審者を見るように警戒したユリアの態度を見て僅かにグエンダルは眉を寄せたが。目だけ笑っていない爽やかな笑みを浮かべ「いえ、パルヴィス侯爵令嬢は今日は随分とお優しいのですね」と言った。

何となく、別の意味に聞こえたユリアは「少し話しすぎてしまったようね。皆さんが、特にお菓子に目が無いミシェルが待っておりますので。」そう言って軽く礼をして踵を返した。

さっき、嫌味ったらしく笑ったあの男は、王子様達に私は優しいのよアピールですか?態とらしい女だと言われた気がしたのだ。

ムカムカしていたユリアは怒りに歪んだ顔を隠す様に俯き、さかさかとみんなの待つテーブルに向かう。
しかし歩きだして直ぐに背後から伸びてきた腕に抱えられた。手にしていた皿は横から伸びてきた手によってカッ攫われ、腹と言うよりも胸のすぐ下に回された逞しい腕に身体が持ち上がっていた。
下を見ればぷらんと浮いた足が爪先だけ地面を掠めている。

「そこ、さっきガラスが割れた場所だ。」
無人になったテーブルが目の前にあった。見ればガラスがたくさん砕けてテーブルや椅子、下の芝に落ちている。

「…え、な、なんで」
なんで誰もいないのよ!普通割れたら給仕係を呼び片付けさせるのに。
そんなユリアの前に掃除道具を手にした給仕係が現れ慌ててグラスの欠片を拾い集めテーブルや椅子を拭き、テーブルの下には土を被せた。

「…ありがとう、ございました…グエンダル殿下、レオナー様。もう少しで割れたグラスの欠片を踏んでしまうところでしたわ」
踏むと言うよりは割れたグラスがたくさん乗ったままのテーブルに体当たりしそうな進行方向だ。
「ふっ………」
微かな笑いがユリアの頭に向けそっと落ちてきた。

羞恥にユリアは耳まで赤くした。
今ユリアは背後からグエンダルに足が着くかつかないか程度に抱き上げられ、グエンダルの隣りに涼しい顔で立つレオナーによって下に落とす前にデザートの乗ったお皿を救出された状態だった。

さぁ、グエンダル王子よ。礼を言ったぞ!だから、さっさと離してくれー!!

未だぷらんとグエンダル王子の腕に胸の下から抱えられた状態のユリアは渋々再度礼を口にし下に下ろしてもらおうとした。

「…………あの、本当に、ありがとうございました。
あの、ですからそろそろ……グエンダル殿下?」

反応の全く無いグエンダル王子はもしや今、この場所で誰かと念話でもしているのだろうか?
逃げたいのにプランプランと浮く足が忌々しいと思いつつも、ユリアは背後を少し振り返り首を傾げる。

すると更に胸がぐにっとグエンダルの腕や手に押し付けられたがユリアは気付かず、グエンダルだけが無言を貫きつつも内心大いに狼狽えていた。

─何だこの柔らかなけしからん膨らみは!

「あぁ、ちょっとお待ちくださいね。直ぐに正気に戻しますので」

どうすれば良いのかと困惑するユリアにレオナーが笑いながら近付いてきてグエンダルの耳を徐(おもむろ)にグイッと引っ張り正気に戻した。

「…っいっ…お前な」

グエンダル殿下が耳を押さえても尚、私の足はプランプランと浮いていた。
若干力を入れられたせいで胸が締まりかなり息苦しい。
「グエンダル殿下!もう、そろそろ下ろして下さい。」
ユリアは息苦しさと腹立たしさにグエンダル王子の腕をペちペちと柔く叩いた。

「……なっ!?」
グエンダル王子はその瞬間、まるで潔癖な令嬢の様な反応をした。何をする!とでも言いたそうな顔をして私から離れたのだ。
何をすると言いたいのはユリアの方のはずだ。なぜ貴方がそんな顔をするのよ!!
私の顔が怒りに染まったのは言うまでもない。

ユリアは礼もそこそこに逃げるように自分のテーブルに戻った。全くなんなんだ。

後からレオナー様が笑いながら忘れ物ですよ?と届けられたデザート皿をユリアは憮然とした表情で受け取る羽目になったのだった。

「お手数おかけしました。」
「いえいえ、お気にならさず」
硬い返事にレオナーの顔がふにゃっと笑いを含んだ笑みになる。
それはそれは楽しそうだ。
「まぁ!レオナー様が持って来て下さったなんて!ありがとうございます!あっ!そうですわ!レオナー様も是非、わたくしの隣りが空いてますもの。ご一緒に食べませんか?」

アリサはシャール殿下とグエンダル殿下に逃げられた様でレオナーに食らいついて来た。
周囲の令嬢達は呆れた顔になっていたが、まぁ王子様じゃなくてもカッコイイ将来有望な青年なら誰でも良いよね。うん。と悟りを開いた様な顔をしてデザートを口に運んでいる。
ユリアもミシェルと顔を見合わせて美しい芸術品であるケーキにフォークを刺した。折角の芸術品が軽い音を立て崩れる様(さま)がなんとも物悲しい。しかし口に入れる楽しみに目を輝かせてぱくついた。

「ふわぁー!!蕩ける美味しさだわ。」
「……………(コクコク)」
ミシェルは元王女で、言ってしまえば元グエンダル王子の妹姫だったわけで。
先程のグエンダルはミシェルに余り視線を向けなかった。久しぶりにあった実は血の繋がらなかった妹姫。扱いかねているのだろうが無視は無いだろう。
顔を青くして少し涙目のミシェルがキラキラと目を輝かせている姿にほっとした。

クソ男…なんて心の中で思ってしまったのは内緒だ。
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