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逃亡(名無し視点)

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生まれつき俺にはやたらと力があった。気付けばボロ屋の壁に風穴を開け、しこたまタコ殴りにされたのに俺は無傷だった。
俺を気味悪がった親はそれからは腫れ物に触る様に接して来た。俺が十二の年に両親は軍に俺を売った。小さな金貨の入った袋を受け取り、漸く不用品を厄介払い出来たと言った二人の姿を見ても俺は何とも思わなかった。

ずっと居るのに居ないものとして扱われる日々の方が虚しかった。俺には結局名前を付けても貰えなかった。誰も自分を呼ばないからだ。

ボソリと「化け物め」と言う。言葉を教わってもいないのに言葉を喋った俺を見た時の両親の顔は正しく化け物を見るような眼差しだった。

本を見て魔法を使った。かなり難しい瞳の色変えの魔法が成功して、その様子を見ていた母親と目が合ったが、「化け物」とすら言わなくなった。

それならいっそ軍に就くのも良いだろうと、そこになら自分の居場所があるかも知れないと微かな希望すら持っていた気がする。

でも、結局は軍では正規で入隊した者達とは違い、奴隷の様な扱いだった。

この世に自分の居場所などあるはずも無いと言われた気がした。

最低限の生活と引き換えに過酷な訓練と言う名の上官達の憂さ晴らしに使われる青年(自分)達、その世話をさせて少年達の未来が絶望だと解らせ、心を折る奴らのやり方を唯々諾々と受け入れ、俺は長い事疑いもせずに従っていた。

そんな中、彼が来た。

小さな少年。いつも憂さ晴らしに少年兵の粗相を暴力で注意する苛虐な趣味を持つ大佐が連れて来た小綺麗な顔をした少年。

美しい空色の瞳と金色の髪は見たことも無い綺麗な色だった。彼の金髪は珍しいし、どうやらあの水色の瞳は魔法で色変えを行った痕跡があった。
たぶん俺くらいしか魔法の痕跡なんてわからないだろうが。なんだか仲間意識を持ってしまった。
俺と同じだ。もしかしたら彼も魔法で色変えをして戻らなくなったのかも知れない。

男色の噂がある大佐のニヤ下がった顔を見れば彼をなんの為に連れて来たのか直ぐにわかった。

少年がある程度育つのを待つのだろう。

反吐が出る。そう思った自分に驚いた。まだそんな心を持っていたのかと。

久しぶりにご機嫌で去って行った大佐を見送っていたら少年が戸惑った顔から急ににこやかな笑顔になり元気な声で挨拶をした。

その笑顔に、そのハキハキとした明るい声に、周囲の少年達が一気に距離を置いた。

自分達とは相容れない人種だ。そう言いたげな態度だった。

暗くジメジメした俺達がいる世界に一つだけ、異質で美しいモノが迷い込んでしまったと、そう思った。

No.78と言う少年はなぜか今日見たばかりなのに傷だらけの少年を看病しだした。ここに入ったばかりの子ども達は様々だが、人に優しくなんて神経を持ち合わせていない。自分の意思を入隊早々折られてしまうからだ。命令に忠実に動く様にと必要以上に扱き、暴力で洗脳していく。

だから、この大部屋に来た当初は恐怖でいっぱいになっている。自分の事だけでいっぱいだから、他人がどうなっているか無関心だ。
むしろ厄介事からは極力距離をとる。

だから、余計に明るい少年の姿は異様だと感じた。

数人の少年達は受け入れ難いと言う様に頑なに少年を無視した。
少数は淡々と接した。
少数は憧憬を抱いたらしく目が少年を常に追っている。

そんな少年の周囲の様子を全て把握するほど自分が少年に一番興味津々だったと気付いたけれど開き直る事にした。

自分の服を破り水で濡らしてズタボロの少年を看病する姿が目から離れなかった。自分の事以外を気にかけている少年の姿は異常だが、きっと世間ではこれが正常な姿なのかもしれない。

きっと世間知らずの子供だと、暗い俺達の様な世界を知らずに育てられた少年だったのだろうと。
そう思えば思うほど、少年の様子は異常だと思わざるを得ない。

普通の子供は確実に泣いて逃げ出す過酷な訓練を少年は何とも感情の読めない顔をして淡々と軽くこなしている。

むしろ少年よりも前に少年兵の仲間入りをした奴隷少年の方が危うかった。
苛虐趣味の上官の振り上げた蹴りを受ける瞬間、No.78が奴隷少年の足元を魔法で確かに攻撃した。
足を掬われ倒れた少年を蹴り飛ばした上官は少しの違和感を気の所為だと判断して悪態をつきながら去って行った。
蹴られたはずの奴隷少年は訳が分からずポカンとしていたが俺は詰めていた息を吐き出した。

No.78があの瞬きの間に奴隷少年を攻撃し、起動を逸らした挙句、空気の壁を作って奴隷少年を守ったのだと、きっと俺の目でなければわからなかっただろう。

そんな少年が珍しく怪我をした。

大佐が「看病しろ」と珍しく怪我をした少年兵の心配をしたのにも驚きだ。
例え自分が狙う獲物だったとしてもそんな事を言う人じゃ無いのに。

俺は奴隷少年と共にNo.78を看病する事にした。

だというのに。今は寝込んでいたはずのNo.78の跡をつけ森をさ迷っている。

塀の穴から外に出たNo.78は驚く程に強かった。
俺の異常な戦闘力と魔力にはやはり劣るが、あの大佐よりもよっぽど強い。

「いたぞー!!囲め!」
「ハッ!」
「……ちっ」

何も考えず、俺はあの少年を追っていた。捕えなければいけない立場にあったはずだと今更気付いた。

だが

「ここを通すわけには行かない」
「……気晴らし部隊の分際で、もう一人塀を越えた奴がいるはずだ!探せ!」

俺が敵としてこいつらを相手にする日が来るなんて自分でも驚きだ。

だが、こいつらを生きて返す気は無い。

「行かせないと、言ったはずだ!」
通り抜けようとした追っ手二人を蹴り上げて追っ手どもの方へと吹き飛ばすと蹴りの威力が強すぎて腹から折れてしまった。
「ぐはぁ!」
「ぎっぎぃゃぁー!!」

絶叫する男達の胸を剣で貫く。
「………ぁ、あ、うわぁぁぁ!!」

逃げ惑う追っ手どもの背に弓に矢を番え狙いを定めて貫いた。

「…なぜ、今頃になって、こんな」
「今だからこそだ。」
恐怖に顔を強ばらせる男に手を翳す。俺の手から放たれた雷龍の矢が男の心臓を貫いた。

さて、追いつけるかな?

俺の感が言ってるんだ。

あの少年を逃がすなと。
















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