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旅の始まり

ドリスの魔法

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「来たか。フゴッ!」

 ドリスの鼻が鳴り、シャンテがヒーヒー言いながら笑っている。

『お前はいいよな、思い切り笑えて。俺は笑えないんだぞ!』

『す、すまん……しかし、これは……』

 シャンテのツボがしっかり抑えられてしまったようで、必死に堪えようとしているようだが笑いが止まらないらしい。

「最近顔を見てねぇなーと思ってな、拝みに来てやったぜ」

 俺がそう言うと、ドリスは顔のクリームを拭くこともせず、しっかり顔を上げてこちらを見た。

「どうだ? 私の顔が見れて満足か?」

 チョコクリームまみれで得意げな顔をされても……。

「私の美しい顔が見れて声も出ないか?」

 本気でそう思っているのだとしたらこいつの目が相当悪いのか、美的センスが狂っているとしか思えない。

 しかしアンリさんは可愛い系の美人なのだから、女性に関しての美的センスだけはまともだと言えるのだが……どうなってるんだ、こいつ?

「顔が見れたのだから満足だろう? ほれ、カバンを渡せ!」

 肉がたっぷり付いた手をこちらに出てきたのだが、その手にもチョコクリームがべっとり付いている。

 どういう食い方をしたらここまでクリームが付きまくるのだろうか?

「おぉっと、そうはいかねぇな。物事には順序ってもんがあんだろ? 聞けば、このカバンは今夜のオークションの目玉になるっていうじゃねぇか。そんな貴重なものをそうおいそれと渡せると思うのか? なぁ、ドゥッキー」

「最近ちーっとばかし報酬が少ねぇって話してたところなのよ。目玉商品を手に入れてきた俺らに少しばかし色を付けても罰は当たらねぇよなぁ!? そうだよな、ジャッキー」

 二人でそう畳み掛けると、ドリスの顔色が真っ赤になっていった。

「お前らのようなクズに仕事を与え、金まで払っている私への恩に黙って報いておればいいんだ!」

 バンッと机を叩きそう怒鳴るドリス。

 怒鳴ると顎肉が激しく揺れ、付着していたチョコクリームがピュンと飛んで来たのを、シャンテが何かして消してくれた。

「恩だぁ!? あんなボロ屋敷に押し込めておいてか!?」

「自由に殺しもさせてくれねぇのにか!?」

 後半の言葉を吐いたのはギースである。本当に板につきすぎていて怖い。

「お前らにはたっぷり金は払っているぞ! まさか、毎月五百万ヴォルで足りんなんて言わせんぞ!!」

 バンッと机を叩いて怒っているドリスの横で、ギョロ目の顔色が一気に変わったのが分かった。

 ひょっとしたらあいつ……。

「はぁ!? 五百万ヴォルだぁ!? そんなにもらってねぇぞ! 嘘つくんじゃねぇ!!」

 カマをかけてそう怒鳴ると、ギョロ目の顔色は更に悪くなり、汗までかき始めた。

 ちなみにこの世界の世界共通通貨単位がヴォルである。

 前世では自分で買い物すらほぼしたことがなかったので、あちらの通貨価値がどのくらいなのか分からないのだが、この世界では卵がカゴ盛二十個入りで二百から三百ヴォルで買える。

 故郷の村で子供達のおやつの定番だった『ラッシュクレープ』は一個五十ヴォルだった。

『ラッシュクレープ』とはラッシュ麦の粉で作ったクレープ生地にザクザクとした食感の焦がした砂糖と少しばかりのカスタードクリームを塗って巻いたもので、『ハンナの店』で売られていた。

「どういうことだ!?」

 俺の言葉にドリスが反応し、ギョロ目の方を見ると、ギョロ目はビクッと体を震わせた。

「い、いえ、あの、それは」

「まさかとは思うが、お前、こいつらに渡す金を着服していた、何てことはないだろうな?」

「いえ、あの、ですから、それは」

「えぇい! ハッキリせんか!」

「ヒイィッ! も、申し訳ありません!」

 ギョロ目がその場にひれ伏して床に擦り付けるように頭を下げた。

「む、娘が病気でっ! 金が足りず! 申し訳ありませんっ!」

 それが本当なのかどうかは知らないが、デビル・ブラザーズに渡す金をちょろまかしていたのは本当だったようだ。

「娘が病気? それが私と何の関係があるのだ! 私の大事な金を着服するとは、万死に値する! お前なんぞ生きておる価値もないわ! 着服した金は娘のために使ったと言ったか? ならばお前が使った金は、その娘に返してもらおう!」

「娘は関係ありません!! あの子は何も知らないのです!! それだけは!! どうかそれだけは!!」

 ギョロ目の声の必死さから、きっと娘を愛する一人の父親なのだろうことが伝わってきて胸が痛い。

「えぇい、やかましいわ! 『金創造クリエイション・ゴールド』!」

 ドリスがそう唱えると、ギョロ目の体が縮み、金の塊になってしまった。

『ほぉ、こやつ、錬金魔法の使い手じゃったか』

 シャンテが感心したようにそう呟いた。

 ドリスはクリームまみれの手でさっきまでギョロ目だった金塊を掴むと、実に気持ち悪い笑みを浮かべた。
 
「裏切り者は金に返るのが一番! そうは思わんか?」

 いいや、思いません! と心の中で叫んでいた。

「知らなかったこととはいえ、約束の報酬をきちんと支払っていなかったのは私のミスだ。その分は後できちんと渡してやろう。さぁ、これでよかろう? カバンだ! カバンを渡せ!」

『渡してやれ』

 シャンテがそう言うのでカバン(麻袋)をドリスに渡すと、受け取ったドリスは早速カバンを開けて中を確認し始めた。
 
 カバンの中に頭を突っ込んでいるのだが、大丈夫なのか?

「おぉ! おぉ! おぉぉぉ!! これは凄い! まさか、これほどまでの物とは!! これならばオークションは最高に盛り上がること間違いなしだ!!」

 カバンから顔を出したドリスは満面の笑みを浮かべていた。 

『のぉ? 追加報酬として、あの金塊を要求せんか?』

 シャンテが突然そんなことを言い出した。

 あの金塊とはもちろん、元はギョロ目である。

『あんなのどうすんだよ!? まさか、あれを金に換えるつもりか!?』

『そのようなことはせんわ! 馬鹿者! あれを元に戻して、我らの味方にするのよ。それから、オークションに参加したいと頼め!』

 あのギョロ目が味方になるとは思えないのだが、元に戻せるのなら戻してやった方がいいとは思う。

「どうよ? 俺らの働きぶりは?」

「最高だ! 流石だ!」

「だろ? ならよ、その金塊、くれねぇか?」

「何!?」

「俺らの金をちょろまかした男が金になって俺らに使われるなんて、こんな愉快な話はねぇだろ?」

「……まぁ、いいだろう」

 ドリスが俺の前に金塊(ギョロ目)を置いたので、気が変わる前にそれを受け取ったのだが、金塊は人肌の温もりが残っており、鳥肌が立ちそうだった。

「なぁ? 俺らもオークションに参加してもいいか? 最近面白いことがなくてよぉ、退屈なのよ」

「暴れないと約束出来るなら、まぁ良いぞ?」

 ということでオークションに参加出来ることとなった。



 
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