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旅の始まり
樹木病
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ボロ屋敷からギョロ目の家までは本当にすぐそばだった。
「ドリスがあの兄弟の監視のために急遽こしらえた家なんです」
ギョロ目の名前は『ロット』というらしい。
元々は違う町に住んでいたそうだが、ドリスがこの町に宿屋を建てる際にこの町に呼ばれ、来てみたらデビル・ブラザーズの監視と管理などを言いつけられ、その他にも色々とやらされたそうだ。
「娘のためだと思えば何だって出来ました」
ロットは樹木病に効くかもしれないと聞き付ければ何でも試しており、そのために蓄えも使い果たし、最終的にデビル・ブラザーズの報酬に手を出していたらしい。
とても家とは思えない、掘っ建て小屋のような簡素すぎる建物がロットの家だった。
奥さんは既に亡くなっており、その忘れ形見である娘さんと二人で暮らしていたそうで、この町に来てすぐ娘さんは樹木病を発症し、遂には動かせない状態にまでなってしまった。
宿屋が完成するまで一年、完成して今日までで一年弱。娘さんが発病してからもうすぐ二年が経過する。
部屋に入るとすぐに娘さんの姿が確認出来るほど狭い家だった。
ベッドに横たわったその姿は、歳の頃は今のギースと変わらない位のように見えるが、皮膚は木の表皮のようになっていて、人が本来持つ瑞々しさは失われていた。
「父さん、おかえりなさい。今日はお客様も一緒?」
かすれた小さな声で少女はそう言うと、口元だけで微笑んだ。
「こんな姿でごめんなさい。ようこそいらっしゃいました。狭い家ですが、ごゆっくり」
視線だけをこちらによこし、務めて明るく振る舞う姿に胸が苦しくなった。
『傍まで行ってくれぬか?』
シャンテの言うまま少女に近付くと、少女は少し驚いたように目だけを見開いた。
「私に近付いてくださるのですか? 怖くはないのです? これは触れたからといって伝染る病気ではありませんから安心してくださいね。珍しいでしょう? 生きたまま木になっていくんですって」
気丈に振る舞う少女は綺麗だった。
決して顔の造りが美しいわけではないのだが、その姿が美しく見えた。
『治してやれそうか?』
『これならばまだ間に合うな。しかし、治すための薬が手に入るかどうか……』
『何が必要なんだ?』
『「リュクの葉」と「ガラガの葉」、それと「万寿草の根」なのじゃが、この辺りにあるかの?』
リュクの葉というのはリュクという木の葉のことで、俺の腰くらいの高さにしかならない低木である。
春に一斉に緑の葉を茂らせ、夏にその葉の色を青く変え、秋に更に葉は赤く染まり、冬になると葉を落とす。
この辺りならば結構色んなところに生えているポピュラーな木で、見た目の変化が美しいため庭木として好まれているようだが、それが薬になるなんて聞いたこともなかった。
『リュクの葉は何色でもいいのか? この時期だと青くなってると思うが』
今は初夏で、ちょうどリュクの葉の色替りの時期である。色によって効果がないと言われたらどうしようもなくなってしまう。
『葉の色は何でも良い。葉の色を変えるその成分が薬になるのでな』
それを聞いて安心した。
ガラガとはリュクとは真逆のとてつもなく高い木である。
風が吹くと葉がガラガラと変わった音を鳴らすため「ガラガ」と名付けられたという。
大人が両手を回してちょうどほどの太さの幹なのに、十メートル以上の高さまで伸びる木で、非常に柔軟性があり嵐が来ても折れることがなく、その柔軟性から加工品用の木材としてよく使われている。
ガラガもあちこちで見かける木なので葉を手に入れることは簡単である。
問題は万寿草である。
万寿草とは「煎じて飲めば一万日寿命が伸びる」などと言われるほどとても滋養強壮にいいとされている三十センチほどの高さの植物で、夏の終わり頃に黄色く丸い花を鈴なりに咲かせる。
しかしこの万寿草、生えている場所に問題があり、滅多に市場には出回らない。
万寿草は「ヒュドール」という魔物の糞にしか生えない謎の多い植物で、ヒュドールは地龍の成体より一回り小さい魔物であり、人間からしたら超大型の魔物である。
ヒュドールが多く生息する地域に行けば手に入るのだろうが、そんな場所に行くとなると命が幾つあっても足りやしない。
ヒュドールはギリシャ神話のヒュドラに似たような見た目をしているが、首は五つである。
蛇の体に五つの首を持つというとんでもないやつで、人間なんて一吞み出来るほどのサイズである。
首の一つが不老不死なんてことはないため軍隊で攻撃すれば倒すことは可能だが、好き好んで倒しに行くやつなんていやしない。
『万寿草なんて手に入るわけねぇよ……』
『我の住処の近くには生えておったのだがのぉ』
飛龍なら問題なくヒュドールに勝てるだろうし、そんな場所にも住めるだろうが、人間には無理だ。
「ど、どうですか? 治せそうですか?」
痺れを切らしたかのようにロットが声を掛けてきて、それを聞いた少女の目が険しくなったのを感じた。
「父さん! またおかしな人を連れてきたの!? 私の病気は治せるはずがないの! もう無駄なお金は使わないでってあれほど言ったのに!」
きっとこれまで何度も「治す」という名目の元、色んなやつがやって来たり、色んなものを試してきたのだろう。
騙されて金だけ取られてきた父親を何度も目にしてきたのかもしれない。
「万寿草さえあれば薬が作れる。それで君の病気は治るよ」
俺がそう言うと、少女の目が悲しそうに閉じられた。
「万寿草……またそんなものを……今まで何度も飲んできたわ、万寿草の根っこを煎じた薬は……でもこの通りよ……」
「今まで何度も? 万寿草なんて簡単に手に入るものじゃないだろ?」
「万寿草でしたら、ここに」
振り返るとロットの手には黄土色の干からびた根っこが握られていた。
『おぉ、まさに万寿草の根じゃ!』
シャンテが嬉しそうにそう言ったので、あれが万寿草の根で間違いなさそうである。
「先月、オークションの目玉にとボス、いや、ドリスが二十個ほど入手したんですが、本物かどうかの判断が付かないと捨ててしまっていたので、もらってきたんです」
ドリスよ! お前も役に立つことがあったんだな!
『あやつの目が節穴で助かったのぉ。では、薬作りといこうかの。我はこの成りだ、作ることは出来ん。アース、お前が作るのじゃ』
シャンテの指示に従っての薬作りがスタートした。
「ドリスがあの兄弟の監視のために急遽こしらえた家なんです」
ギョロ目の名前は『ロット』というらしい。
元々は違う町に住んでいたそうだが、ドリスがこの町に宿屋を建てる際にこの町に呼ばれ、来てみたらデビル・ブラザーズの監視と管理などを言いつけられ、その他にも色々とやらされたそうだ。
「娘のためだと思えば何だって出来ました」
ロットは樹木病に効くかもしれないと聞き付ければ何でも試しており、そのために蓄えも使い果たし、最終的にデビル・ブラザーズの報酬に手を出していたらしい。
とても家とは思えない、掘っ建て小屋のような簡素すぎる建物がロットの家だった。
奥さんは既に亡くなっており、その忘れ形見である娘さんと二人で暮らしていたそうで、この町に来てすぐ娘さんは樹木病を発症し、遂には動かせない状態にまでなってしまった。
宿屋が完成するまで一年、完成して今日までで一年弱。娘さんが発病してからもうすぐ二年が経過する。
部屋に入るとすぐに娘さんの姿が確認出来るほど狭い家だった。
ベッドに横たわったその姿は、歳の頃は今のギースと変わらない位のように見えるが、皮膚は木の表皮のようになっていて、人が本来持つ瑞々しさは失われていた。
「父さん、おかえりなさい。今日はお客様も一緒?」
かすれた小さな声で少女はそう言うと、口元だけで微笑んだ。
「こんな姿でごめんなさい。ようこそいらっしゃいました。狭い家ですが、ごゆっくり」
視線だけをこちらによこし、務めて明るく振る舞う姿に胸が苦しくなった。
『傍まで行ってくれぬか?』
シャンテの言うまま少女に近付くと、少女は少し驚いたように目だけを見開いた。
「私に近付いてくださるのですか? 怖くはないのです? これは触れたからといって伝染る病気ではありませんから安心してくださいね。珍しいでしょう? 生きたまま木になっていくんですって」
気丈に振る舞う少女は綺麗だった。
決して顔の造りが美しいわけではないのだが、その姿が美しく見えた。
『治してやれそうか?』
『これならばまだ間に合うな。しかし、治すための薬が手に入るかどうか……』
『何が必要なんだ?』
『「リュクの葉」と「ガラガの葉」、それと「万寿草の根」なのじゃが、この辺りにあるかの?』
リュクの葉というのはリュクという木の葉のことで、俺の腰くらいの高さにしかならない低木である。
春に一斉に緑の葉を茂らせ、夏にその葉の色を青く変え、秋に更に葉は赤く染まり、冬になると葉を落とす。
この辺りならば結構色んなところに生えているポピュラーな木で、見た目の変化が美しいため庭木として好まれているようだが、それが薬になるなんて聞いたこともなかった。
『リュクの葉は何色でもいいのか? この時期だと青くなってると思うが』
今は初夏で、ちょうどリュクの葉の色替りの時期である。色によって効果がないと言われたらどうしようもなくなってしまう。
『葉の色は何でも良い。葉の色を変えるその成分が薬になるのでな』
それを聞いて安心した。
ガラガとはリュクとは真逆のとてつもなく高い木である。
風が吹くと葉がガラガラと変わった音を鳴らすため「ガラガ」と名付けられたという。
大人が両手を回してちょうどほどの太さの幹なのに、十メートル以上の高さまで伸びる木で、非常に柔軟性があり嵐が来ても折れることがなく、その柔軟性から加工品用の木材としてよく使われている。
ガラガもあちこちで見かける木なので葉を手に入れることは簡単である。
問題は万寿草である。
万寿草とは「煎じて飲めば一万日寿命が伸びる」などと言われるほどとても滋養強壮にいいとされている三十センチほどの高さの植物で、夏の終わり頃に黄色く丸い花を鈴なりに咲かせる。
しかしこの万寿草、生えている場所に問題があり、滅多に市場には出回らない。
万寿草は「ヒュドール」という魔物の糞にしか生えない謎の多い植物で、ヒュドールは地龍の成体より一回り小さい魔物であり、人間からしたら超大型の魔物である。
ヒュドールが多く生息する地域に行けば手に入るのだろうが、そんな場所に行くとなると命が幾つあっても足りやしない。
ヒュドールはギリシャ神話のヒュドラに似たような見た目をしているが、首は五つである。
蛇の体に五つの首を持つというとんでもないやつで、人間なんて一吞み出来るほどのサイズである。
首の一つが不老不死なんてことはないため軍隊で攻撃すれば倒すことは可能だが、好き好んで倒しに行くやつなんていやしない。
『万寿草なんて手に入るわけねぇよ……』
『我の住処の近くには生えておったのだがのぉ』
飛龍なら問題なくヒュドールに勝てるだろうし、そんな場所にも住めるだろうが、人間には無理だ。
「ど、どうですか? 治せそうですか?」
痺れを切らしたかのようにロットが声を掛けてきて、それを聞いた少女の目が険しくなったのを感じた。
「父さん! またおかしな人を連れてきたの!? 私の病気は治せるはずがないの! もう無駄なお金は使わないでってあれほど言ったのに!」
きっとこれまで何度も「治す」という名目の元、色んなやつがやって来たり、色んなものを試してきたのだろう。
騙されて金だけ取られてきた父親を何度も目にしてきたのかもしれない。
「万寿草さえあれば薬が作れる。それで君の病気は治るよ」
俺がそう言うと、少女の目が悲しそうに閉じられた。
「万寿草……またそんなものを……今まで何度も飲んできたわ、万寿草の根っこを煎じた薬は……でもこの通りよ……」
「今まで何度も? 万寿草なんて簡単に手に入るものじゃないだろ?」
「万寿草でしたら、ここに」
振り返るとロットの手には黄土色の干からびた根っこが握られていた。
『おぉ、まさに万寿草の根じゃ!』
シャンテが嬉しそうにそう言ったので、あれが万寿草の根で間違いなさそうである。
「先月、オークションの目玉にとボス、いや、ドリスが二十個ほど入手したんですが、本物かどうかの判断が付かないと捨ててしまっていたので、もらってきたんです」
ドリスよ! お前も役に立つことがあったんだな!
『あやつの目が節穴で助かったのぉ。では、薬作りといこうかの。我はこの成りだ、作ることは出来ん。アース、お前が作るのじゃ』
シャンテの指示に従っての薬作りがスタートした。
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