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旅の始まり

闇オークション

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「何とお礼を言っていいのか……この御恩には必ず報いるつもりです! 私に出来ることがあれば、何なりとお申し付けください!」

 感動シーンを終えたロックは実にスッキリした顔をして俺にそう言ってきた。

 心做しかギョロ目も和らいだような? 気のせいか?

『そやつには頼みたいことがあるのじゃ。しかもな、そう時間もない。今すぐ行動してもらわんといかんのじゃが、可能かの?』

 今すぐ行動して欲しい旨とやって欲しいことを伝えると、ロックはすぐに動いてくれた。

「娘のことだけが気掛かりです。どうか、娘をお願い出来ないでしょうか? ドリスの手から守っていただけないでしょうか!?」

 確かにこの家にリルを置いておくのは俺としても心配だ。

 何かあってもすぐに助けてやれないだろうし、いつドリスの息のかかったものが来るとも限らない。

『根は消えたが、まだ自力で歩くこともままならんしのぉ』
 
 体は動かせるようになったが、まだ満足に動ける状態ではないリル。

「僕が抱いて行きますよ? どこに連れて行けばいいですか? あの屋敷ですか? 宿?」

 ギースがにこやかにそう告げてきた。

 確かにギースであれば、リルを抱いて移動するなんて朝飯前だろう、なんせ地龍だし。

 しかし、ギースがリルを抱いて町を歩けば嫌でも人目を引いてしまう。

『宿が一番安全やもしれんな。木を隠すなら森、と言うしのぉ。まさか、目と鼻の先にある意中の女子おなごの宿屋にこの娘がいるなんて思わんじゃろうし。ましてや、アースは死んだと思っておるのじゃ。その死んだはずの男の部屋にいるなんぞ、誰も思わんじゃろうて』

 ということでリルをアンリさんの宿まで連れて行くことになった。

「魔法を使うから、声は出さないでくれると助かる」

 そう言うとリルは大きく頷き、大人しくギースに抱きかかえられた。

『これから我らは人には見えんようになるでの。アースも声を上げるでないぞ?』

『分かってるっての』

 シャンテが目くらましの魔法をかけたことで俺らは周囲に溶け込んだようになり、人に気付かれにくくなった。

 目くらましの魔法とは本当にそのままの意味で人の目をくらます魔法だ。

 対象となるものや人の存在感が消え、周囲の背景と同化したように感じるため、そこにいても認識されにくくなる。

 幻影魔法とは少し違い、勘の鋭いものや動物には見えてしまうが、存在感自体が薄くなっているため記憶にも残りにくいのだそうだ。

 小さな子供には気付かれたようだが、注目を浴びることなく宿屋まで戻れた。

 借りている部屋まで戻ると、俺が寝る予定のベッドにリルを寝かせ、急いで屋敷へと引き返した。

「お気をつけて。私はここで、父とあなた方の帰りを待っていますので」

 実にいい子である。

 ギースといいアシュリーといいリルといい、最近俺が出会う子は実にいい子ばかりだ(人間じゃないのがいるが)。

 ボロ屋敷に戻って猫になり少し休んでいると迎えの馬車がやって来た。

 空はすっかりオレンジに染っていた。

 猫の姿で寝たからか、疲れが取れて体が軽い。

 ドリスの宿に到着すると、ドリスに蹴飛ばされていた痩せた男がまた怒られていた。

 栄養状態が良くないのか顔色が悪く今にも倒れそうなのだが、誰も気にする様子を見せない。

 横を通り過ぎる際に「これ食え」とココッタの実をこっそり渡したところ、ウルウルと涙目になり、黙って深々と頭を下げていた。

 ジャッキーを演じている身としてはそんならしくないことをしてはいけないのだが、あんなのほっといたら本当にその辺で倒れてしまいそうで。

『まぁいいのではないか? もうすぐ終わるからの、その芝居も』

 シャンテがそう言ってくれてホッとした。

『オークションは知っておったが、参加するのは初めてじゃ』 

 どう考えても宿屋の地下で行われる時点で闇オークションで間違いないのだが、宿に泊まっている客や、きっとこっそりこの町にやって来たのであろうやつらが総勢三十人ほどいて、始まる前だというのに賑わっている。

 皆、顔に目元を隠す派手な仮面を付けている。

 前世では何といわれていたのか知らないが、この世界ではあの系統の仮面のことを「ハーフマスク」と呼んでいる。

 羽飾りが付いたものや宝石が付いたものなど、いかにも金持ちですという感じのハーフマスクを身につけた大勢の男女達が酒の注がれたグラスを片手に談笑している様はさながら舞踏会のようだ、行ったことはないが。

 実は俺達もハーフマスクはつけているのだが、渡されたのは質素な黒い仮面で、派手なものを着けたやつらの中では浮いている。

 まぁ、今はデビル・ブラザーズに化けているのだから浮いているくらいでいいのかもしれないが、周囲からの視線が痛い。

 宿屋の地下全てが会場となっていて、出入口となる扉は一つだけ。

 横長の長方形の部屋で、扉から入って右横には飲み物や軽食などが置かれている。

 一番奥に数段高くなったステージがあり、ステージの上には教壇のような四角い机が一つ。

 その前にズラリと高そうな椅子が並んでいる。

 皆が席についた頃、会場の明かりが消え、ステージだけが照らされ、そこにとんでもない服装のドリスが肉を揺らしながら現れた。

 袖と襟のフリフリが前見た時の倍くらいあり、色は白なのだが、上に羽織っているジャケットと穿いているズボンは上が金、下が銀。

 光を浴びてギラギラと嫌味なほど光っている。

「本日はお集まりいただきありがとうございます! これよりオークションスタートです! まずはこちら!」

 ドリスが太く短い腕を伸ばし高々と掲げたのは趣味の悪いネックレスだった。

「なんとこちら、あの『ファンドリック夫人』の遺品の一つです! きちんとした鑑定書もある正真正銘の本物! 滅多に出回らない珍品です!」

 ファンドリック夫人とは聞いたことがない名前だったが、会場がザワついたことから有名な人物なのだろう。

『ファンドリックか……確か宝石収集家だったか?』

「中央に配されているのは、なんと! 希少価値の高い『パープルダイヤ』!」

 パープルダイヤとはその名の通り紫のダイヤで、とても貴重なことは知っているが、全く興味がわかない。

 しかし会場にいる女性達は色めき立っている。

『人間の女は昔から石が好きじゃの』

 シャンテにとってはパープルダイヤもただの石のようだ。

「欲しい!」なんて言われなくて良かった。
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