38 / 55
王都へ
シャッケ釣り
しおりを挟む
魔獣の森は歩いて抜けると二日ほどかかる大きな森だ。
猫になれば一日とかからず走り抜けられるが、それだとギースがついて来れない。
走るレベルだけ上がっていくのも良くない気がするため、人の姿でのんびり歩く。
本来なら景色を楽しむような場所ではないのだが、シャンテとギースがいるためのんびりと歩いていられる。
朝食(手作りサンドイッチ)を済ませ、きちんと片付けを済ませてから魔獣の森を抜けるべく歩き始めた俺たちは、この森ではありえないほど平和に森を進んでいた。
二回ほどシシーガの襲撃にあったが難なく倒しカバンに放り込んだ。
『こうやってのんびり行くのも悪くないもんじゃの』
「そうですね! 楽しいですね!」
二人も楽しんでくれているようで何よりだ。
『そういえば、この森には泉があったの』
「そうなんですか?」
「へぇ、シャンテは物知りだな」
『我ほど物を知っておる黒龍はそうそうおらん! 確かあっちの方じゃったはずじゃ』
シャンテが指さしたのは森の東側、位置的にいえば森の奥の方だった。
『行ってみんか? 急ぐ旅でもなかろう?』
「見てみたいです!」
「危なくは……ないだろうけど、大丈夫なのか?」
『あの泉にはの、シャッケがいるのじゃぞ! 人間は好んで食うのであろう?』
シャッケとは前世の鮭そっくりな魚でり、魔物ではない。
この世界、魚の生食文化はないが、焼いても蒸しても炙っても、蒸して塩漬けにしたものを干して保存食にしても美味い。
シャッケは本来川や海に生息している魚なので泉にいるなんて珍しい。
「でも釣竿持ってねぇわ」
『捕まえればいいじゃろ?』
「捕まえる!? 無理言うなよ!」
「僕、捕まえるの得意ですよ? 捕まえましょうか?」
「え? いいのか?」
「美味しいご飯を食べさせていただいているお礼をしたかったので、問題ありませんよ?」
捕獲はギースに頼むことにした。
森をずんずん奥へと進んでいくと、視界の端にチラホラ大型の魔物が入ってくるようになったが、一向に襲ってくる気配はない。
「もしかして何かしてるのか?」
『我は何もしておらんよ? ギースの気配を感じとるのじゃろうて』
「サーベルダイル、あの辺のちょっとしたボスだったみたいで。エヘヘ」
「そ、そうなのか……」
それ以上の言葉が出なかった。
「あ、あれですかね?」
木々の隙間から水が揺らめくのが見えている。大きさは分からないが水は透明度が高く綺麗だ。
泉は誰かが手入れをしているのか周囲が綺麗に整備されていて、木を縦半分に切ったベンチまで置いてあった。
「まさか魔物が整備してるなんてことはないよな?」
『所々に足跡があるからの。人間が来ておるようじゃの』
よく見ると本当に足跡があり、明らかに靴の跡なので間違いなく人間だろう。
「よくこんなところに来れるよな」
『気配を消せる魔法を持っておるものならば簡単じゃろうて。ほれ、言ってる傍から来おったわ』
斜め後ろからガサガサと音がして女性が一人現れた。
「あら? 先客がいらしたのね? こんなところで人に会うなんて初めてだわ」
俺よりも年上の、二十代半ばくらいに見えるその女性は、背中に籠を背負い、手には釣竿を持っていた。
「ハンターさんかしら? この辺まで来れるんだから相当強いのでしょうね」
チョコレート色の髪と目で、鼻の頭にそばかすが散っている女性は、とても落ち着いた声をしている。
美人というよりは愛嬌のある顔といえばいいか、ニコニコと笑顔をたたえて人懐こそうな表情で俺を見ている。
体付きはややぽっちゃりとしており、肌は日に焼けているのか浅黒い。
「ここ、とっても穴場なんですよ。シャッケが釣れるんです。それも沢山!」
女性は木のベンチに籠を置くと釣竿を伸ばし釣りを始めた。
「ここのシャッケは常に旬なのかってくらいいつも脂がのっていて美味しいんですよ」
餌も付けていない釣り針を付けただけの糸をヒョイッと水に投げ込む。
「え? 餌は付けないんですか?」
「付けなくても釣れちゃうんですよ。ビックリですよね」
言ってる傍から竿がピクピクとしなり始めた。
「ほらね」
木製のリールをギシギシ巻きながら、手慣れた様子でシャッケを釣り上げると、まだピチピチと動いているシャッケを俺の方に掲げて見せてくれている。
「デカイですね!」
「そうなんですよ! ここのシャッケは大きいんです!」
シャッケは普通五十~六十センチほどなのだが、女性が釣り上げたのは一メートル弱。
腹は丸々としていていかにも脂がのっていそうである。
それにしてもあのサイズを軽々と釣り上げてしまうとは……怪り……いや、あの女性に失礼だからやめておこう。
その後も針を放り込むと呆気ないほど簡単に釣れるシャッケ。
女性は五匹釣り上げると「お先に失礼しますねー」と言って去っていった。
「大丈夫ですか? そこまで送りましょうか?」
「あー、大丈夫ですよ。私、周囲と気配を同化させられる魔法を持っているので、襲われることもありませんし」
「そうなんですね、便利そうな魔法だ」
「まぁ、この森を行き来するぶんには便利ですね。でもあまり使い道もありませんから、社会的に見たら『役立たず』なんですよ」
少し寂しそうに笑うと、俺達に手を振って森の中に消えていった。
『のう? もしや、糸を垂らせば釣れるのではないか?』
「いや、糸だけじゃ無理だ。針が付いてるからそれが口に引っかかって釣り上げられるんであって、糸だけだと逃げられちまう」
「針ってこれですか?」
ギースが少し曲がって錆びた釣り針を手にしている。
「あの女性の落し物ですかね? ここにありましたよ」
少し曲がっているし錆びてはいるが使えそうである。
紐ならネックレスを作った時に買ったものがまだ余っている。
その紐を釣り針に結び付けて泉に投げ込んでみると、一分もしないうちに反応があった。
グッと引くと針が上手くかかってくれたようで、糸が食い込むほど重くなり、体ごと持っていかれそうである。
『あの女子が軽々と釣り上げておったのに、アースは実にひ弱じゃのぉ』
「うるせっ! クッソ重いんだよっ! あの人、よくこんなん釣り上げられるな!」
足と腰に力を込めて踏ん張りながら糸を引く。
釣竿ではないため容赦なく手に糸がくい込んでいて、このままだと手がちぎれてしまいそうだ。
「お手伝いしまーす!」
そう言うとギースが横から糸をヒョイと引いた。
水面から勢いよく飛び出してきたシャッケはドサッと音を立てて地面に落下し、その場でピチピチと跳ねている。
「助かった! 手がちぎれるかと思った!」
糸がくい込んでいたところは少し赤黒く変色していた。
猫になれば一日とかからず走り抜けられるが、それだとギースがついて来れない。
走るレベルだけ上がっていくのも良くない気がするため、人の姿でのんびり歩く。
本来なら景色を楽しむような場所ではないのだが、シャンテとギースがいるためのんびりと歩いていられる。
朝食(手作りサンドイッチ)を済ませ、きちんと片付けを済ませてから魔獣の森を抜けるべく歩き始めた俺たちは、この森ではありえないほど平和に森を進んでいた。
二回ほどシシーガの襲撃にあったが難なく倒しカバンに放り込んだ。
『こうやってのんびり行くのも悪くないもんじゃの』
「そうですね! 楽しいですね!」
二人も楽しんでくれているようで何よりだ。
『そういえば、この森には泉があったの』
「そうなんですか?」
「へぇ、シャンテは物知りだな」
『我ほど物を知っておる黒龍はそうそうおらん! 確かあっちの方じゃったはずじゃ』
シャンテが指さしたのは森の東側、位置的にいえば森の奥の方だった。
『行ってみんか? 急ぐ旅でもなかろう?』
「見てみたいです!」
「危なくは……ないだろうけど、大丈夫なのか?」
『あの泉にはの、シャッケがいるのじゃぞ! 人間は好んで食うのであろう?』
シャッケとは前世の鮭そっくりな魚でり、魔物ではない。
この世界、魚の生食文化はないが、焼いても蒸しても炙っても、蒸して塩漬けにしたものを干して保存食にしても美味い。
シャッケは本来川や海に生息している魚なので泉にいるなんて珍しい。
「でも釣竿持ってねぇわ」
『捕まえればいいじゃろ?』
「捕まえる!? 無理言うなよ!」
「僕、捕まえるの得意ですよ? 捕まえましょうか?」
「え? いいのか?」
「美味しいご飯を食べさせていただいているお礼をしたかったので、問題ありませんよ?」
捕獲はギースに頼むことにした。
森をずんずん奥へと進んでいくと、視界の端にチラホラ大型の魔物が入ってくるようになったが、一向に襲ってくる気配はない。
「もしかして何かしてるのか?」
『我は何もしておらんよ? ギースの気配を感じとるのじゃろうて』
「サーベルダイル、あの辺のちょっとしたボスだったみたいで。エヘヘ」
「そ、そうなのか……」
それ以上の言葉が出なかった。
「あ、あれですかね?」
木々の隙間から水が揺らめくのが見えている。大きさは分からないが水は透明度が高く綺麗だ。
泉は誰かが手入れをしているのか周囲が綺麗に整備されていて、木を縦半分に切ったベンチまで置いてあった。
「まさか魔物が整備してるなんてことはないよな?」
『所々に足跡があるからの。人間が来ておるようじゃの』
よく見ると本当に足跡があり、明らかに靴の跡なので間違いなく人間だろう。
「よくこんなところに来れるよな」
『気配を消せる魔法を持っておるものならば簡単じゃろうて。ほれ、言ってる傍から来おったわ』
斜め後ろからガサガサと音がして女性が一人現れた。
「あら? 先客がいらしたのね? こんなところで人に会うなんて初めてだわ」
俺よりも年上の、二十代半ばくらいに見えるその女性は、背中に籠を背負い、手には釣竿を持っていた。
「ハンターさんかしら? この辺まで来れるんだから相当強いのでしょうね」
チョコレート色の髪と目で、鼻の頭にそばかすが散っている女性は、とても落ち着いた声をしている。
美人というよりは愛嬌のある顔といえばいいか、ニコニコと笑顔をたたえて人懐こそうな表情で俺を見ている。
体付きはややぽっちゃりとしており、肌は日に焼けているのか浅黒い。
「ここ、とっても穴場なんですよ。シャッケが釣れるんです。それも沢山!」
女性は木のベンチに籠を置くと釣竿を伸ばし釣りを始めた。
「ここのシャッケは常に旬なのかってくらいいつも脂がのっていて美味しいんですよ」
餌も付けていない釣り針を付けただけの糸をヒョイッと水に投げ込む。
「え? 餌は付けないんですか?」
「付けなくても釣れちゃうんですよ。ビックリですよね」
言ってる傍から竿がピクピクとしなり始めた。
「ほらね」
木製のリールをギシギシ巻きながら、手慣れた様子でシャッケを釣り上げると、まだピチピチと動いているシャッケを俺の方に掲げて見せてくれている。
「デカイですね!」
「そうなんですよ! ここのシャッケは大きいんです!」
シャッケは普通五十~六十センチほどなのだが、女性が釣り上げたのは一メートル弱。
腹は丸々としていていかにも脂がのっていそうである。
それにしてもあのサイズを軽々と釣り上げてしまうとは……怪り……いや、あの女性に失礼だからやめておこう。
その後も針を放り込むと呆気ないほど簡単に釣れるシャッケ。
女性は五匹釣り上げると「お先に失礼しますねー」と言って去っていった。
「大丈夫ですか? そこまで送りましょうか?」
「あー、大丈夫ですよ。私、周囲と気配を同化させられる魔法を持っているので、襲われることもありませんし」
「そうなんですね、便利そうな魔法だ」
「まぁ、この森を行き来するぶんには便利ですね。でもあまり使い道もありませんから、社会的に見たら『役立たず』なんですよ」
少し寂しそうに笑うと、俺達に手を振って森の中に消えていった。
『のう? もしや、糸を垂らせば釣れるのではないか?』
「いや、糸だけじゃ無理だ。針が付いてるからそれが口に引っかかって釣り上げられるんであって、糸だけだと逃げられちまう」
「針ってこれですか?」
ギースが少し曲がって錆びた釣り針を手にしている。
「あの女性の落し物ですかね? ここにありましたよ」
少し曲がっているし錆びてはいるが使えそうである。
紐ならネックレスを作った時に買ったものがまだ余っている。
その紐を釣り針に結び付けて泉に投げ込んでみると、一分もしないうちに反応があった。
グッと引くと針が上手くかかってくれたようで、糸が食い込むほど重くなり、体ごと持っていかれそうである。
『あの女子が軽々と釣り上げておったのに、アースは実にひ弱じゃのぉ』
「うるせっ! クッソ重いんだよっ! あの人、よくこんなん釣り上げられるな!」
足と腰に力を込めて踏ん張りながら糸を引く。
釣竿ではないため容赦なく手に糸がくい込んでいて、このままだと手がちぎれてしまいそうだ。
「お手伝いしまーす!」
そう言うとギースが横から糸をヒョイと引いた。
水面から勢いよく飛び出してきたシャッケはドサッと音を立てて地面に落下し、その場でピチピチと跳ねている。
「助かった! 手がちぎれるかと思った!」
糸がくい込んでいたところは少し赤黒く変色していた。
応援ありがとうございます!
13
お気に入りに追加
113
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる