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王都へ

危険な遊び

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 お気楽にもほどがあるお嬢様は周囲の心配や呆れをよそに実に楽しそうである。

 暇になってきたのか地面に小石で絵まで描き始める始末。

『呼び寄せるか?』

 退屈になったらしいシャンテがそんなことを言い出したので、チューチル辺りでも呼んでもらうことにした。

「ネコになれないアースさんの代わりに、もしも危険そうなら僕が仕留めますね」

 ギースがこっそり耳打ちしてくれた。

「ありがとう」

 そう言うと嬉しそうに笑った。本当にこいつは可愛すぎる。

 シャンテが呼び寄せるたおかげでチューチルが現れたのだが、リーゼは全く気付いていない。

 相変わらず鼻歌を歌いながら地面に何かの絵を描いている。

「んっ、んんっ!」

 俺が合図を出しているのにキョトンとした顔で俺を見上げる始末。

「……来たぞ」

 そう言うとやっと気付き「私の出番ですわね!」とゆっくり立ち上がったのだが、それを待っていてくれるチューチルではない。

「キャーーー!!」

 案の定飛びかかられそうになり、ギースが氷の壁を作って助けてくれていた。

「ゆ、油断しましたの!」

「ハンターに油断は禁物だが?」

 そう言うとシュンと項垂れてしまった。

 氷の壁に弾かれたチューチルだがまだダメージは受けておらず元気である。

「来るぞ!」

 俺がそう言うと、リーゼはやっと身構えた。

「私の魔法を食らうがいいわ! 土壁ソイル・ウォール!」

「は?」

 高さ五十センチほどの薄っぺらい土の壁というのか何なのかがリーゼの前にちょこっと現れた。

「ま、待て! リーゼの魔法ってそれか?」

「気が散りますわ! 少し黙っていてください!」

 本人は至って真面目なようである。

 土壁を複数枚展開してチューチルを取り囲んだのだが、ジャンプで軽々と越えられ、再びギースが氷の壁を作ってリーゼを守った。

「まだまだですわ!」

 本人は本当に本気なのだが、あれでは倒せるはずがない。

「お嬢様! いい加減にしてください!」

 ナルシアが声を荒げているがリーゼは聞く耳を持たない。

『適性などないな』

 シャンテも呆れた声を出している。

 しばらくは好きなようにさせていたのだが埒が明かないのでギースにチューチルを倒してもらった。

「もう少しで倒せましたのに!」

 リーゼは怒っているがあれでは絶対に倒せるはずがない。

「ねぇ? 何で倒せると思ったの?」

 ギースが質問をした。俺以外の人間に自分から(デビル・ブラザーズに化けてる時以外で)声を掛けるのは初めて見たかもしれない。

「だって、私は完璧ですもの!」

「ふーん……何がどう完璧なの?」

「偉大な御先祖様と同じ土魔法が発現しましたのよ! 我が家では百年ぶりの土魔法なのですわ! そんな私に不可能なんてあるはずがありませんから!」

「じゃあ、僕が助けなくても君は戦えたんだね?」

「当たり前ですわ! ちょっと油断しただけですもの!」

「知ってる? 自然界ではね、油断したものは死ぬんだよ? 君は僕に助けられなければ何回死んでたのかな? 今度は助けたりしないから、もう一度戦ってみたら? チューチルに食われて死ぬところを見ていてあげるよ」

 いつもはにこやかなギースからは想像もつかない言葉が飛び出したが、言っていることは間違っていない。

 俺は弱いから特に分かる。油断したら寝首を搔かれるのだ。

「な、何をおっしゃるのですか? 助け合うのは当然のことですわ!」

「ハンターになりたいんでしょ? ハンターって命懸けの仕事だよ? ハンターに殺される魔物も、魔物に殺されるハンターも僕は見てきた。みんな必死に戦ってた。君みたいに遊んでるものは一人もいなかったよ?」

「遊んでる!? 私がいつ!?」

「楽しそうに何かしていたよね? チューチルが来たことにも気付かずに。歌も歌ってたよね? それでどうしたら真剣だって言えるの?」

 ギースの言葉にリーゼは黙り込んでしまった。

「お嬢様、この方のおっしゃることは間違っておりません。お嬢様のそれはおままごとの延長のようなものです。ハンターを目指すなどとんでもないことです」

 ナルシアが畳み掛けるようにそう言うと、一瞬リーゼは何か言いかけたが、俯いて黙り込んだ。

『さながらお嬢様の危険なお遊びよの。蝶よ花よと甘やかされて育ったのじゃろ? 本当の危険など知らんのよ』

 シャンテの声は冷たい。

 確かにそうなのだろう。本当の危険に晒されることなく育ち、何かあっても誰かに助けられ、それを当然として生きてきたものの慢心。

「なぁ? どうしてハンターになりたいんだ?」

 責められてばかりなのも気の毒だと思い声をかけると、涙目のリーゼが顔を上げてこちらを見た。

「……私、期待されて育ちましたの。土魔法が出現してからというもの、家族の期待は高まる一方。なのに私の魔法は防御魔法。攻撃魔法ではございませんでした。それでも期待されるのです。その昔、我が家にいらした御先祖様のようになるのではないかと。ですから、ハンターになり強くなれば期待に応えられると思いましたの……」

「お嬢様……」

 身内からの期待がどれだけプレッシャーになるのか、俺自身がよく知っている。そしてその期待に応えられなかった時の家族の失望も。

『娘も苦労しているのじゃの。まぁ、魔法精度を上げて強化すれば、最強の盾とまではいかぬともそれに近いところまで行けるのではないか? 魔力は十分あるようじゃしの。この娘、魔法の訓練すらしておらんのじゃろ』

 訓練もせずにいきなりハンターを目指すなど無謀にもほどがある。

「魔法の訓練はしたことないのか?」

「……ありませんわ」

「何で?」

「させて欲しいと何度も言いましたわ。でも『危険な真似はしなくていい』と……」

 期待はかけるのにそのための訓練は危険だからとさせないとは……。

「……ハンターとしては不合格だな」

 そういうとリーゼの目からポロポロと涙が溢れた。

「泣くなよ」

「泣いてなんか、いませんわ!」

 リーゼはクルリと背を向けると服で顔を拭っている。

「お嬢様、帰りましょう」

 ナルシアが声を掛けるとリーゼは真っ赤な目で振り返りこちらに笑顔を見せた。

「ご迷惑をお掛けしました」

 そう言うと俺達を馬車に誘ってきたがそれは断った。

 痛々しい切なさを残し彼女は去っていった。

 
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