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王都へ

危険地帯の宿屋

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 気を取り直して王都へ向かって出発したのだが、現在隣を飛び跳ねながら移動しているギースが大変なことになっている。

 大変なことになっていると思っているのは俺だけなのだが、大変なのだ。

「僕、移動するなら足だけでも元に戻してもらいたいんですけど」

 ギースがこんなことを言ってしまったもんだから、上半身は人間、下半身が地龍という化け物状態なのだ。

 誰かに見られたら確実に大騒ぎになるのだが、ここは少し街道から離れているため大丈夫だろう……と思いたい。

「あの姿でも大丈夫なんですけどね、こっちの方が落ち着くんです」

 可愛い笑顔をこちらに向けているが下半身だけ地龍である。実に不気味だ。

 しばらく移動しているとハンターらしき男達が見えたので更に奥の方へと移動した。

 ハンター達が狙っていたのはシシーガのようだった。

 夕方近くになってきたため寝る場所を探していると、魔物が出る場所だというのにポツンと一軒家が建っているのが見えた。

 家の前には看板が立っていて『宿泊出来ます。お風呂あります』と書いてある。

『こんなところに宿屋?』

『たまにあるぞ? ハンター用に危険な場所に小さな宿屋を開いているものがおるようじゃ』

 風呂の文字に心惹かれ少し寄ってみることにした。

 もちろんギースには人間の姿に戻ってもらった。

「すみませーん」

 ドアの外から声を掛けると室内から「はーい」と人の声がした。

「いらっしゃいませー。あら?」

「あ!」

 出てきたのは泉で会ったあの女性だった。

「あの時の。やっぱりハンターさんだったんですね」

 チョコレート色の髪をした女性の背後からは小さな男の子が顔を覗かせている。髪色が同じだし、顔の雰囲気も似ているため親子なのだろう。

「アーク? お客様にご挨拶は?」

「こ、こんばんは。いらっしゃいませ」

『ほぅ、アークとな。そなたの名に似ておるの』

 アースとアーク。似すぎている。

「風呂があるって書いてあったのを見て」

「お風呂ですね! ありますよ。うちのお風呂は凄いんですよ」

 案内された風呂は本当に凄かった。

 宿屋の地下に作られた風呂は大小三つの風呂で構成されていて、それぞれ温度も違っているそうだ。

「主人がこういうのを作るのが好きな人で」

 女性の名は「コーネル」というらしい。

 宿屋の主人である旦那さんは現在王都に出掛けているそうだ。

 風呂だけ借りようかと思ったのだが結局一晩泊まることになり、部屋を用意してもらった。

「夕飯はシャッケの塩釜焼きなんですよ」

 そんなことを言われたら泊まらないわけにはいかない。

 塩釜焼きとは卵白で固めた塩で肉や魚を包んで焼いた料理で、表面の塩を割って食べる。

 見た目の豪華さと割って食べる楽しさを同時に味わえる上に美味いとくれば食べないわけがない。

「塩釜焼きかぁ、楽しみだなぁ」

「何ですか? シオガマ?」

「塩で包んで焼くんだ、シャッケを」

『昔、「マータイ」という魚のそれを食したことがある。あれは酒が進む』

 マータイとは白身がホロホロとした海の魚で、癖のない淡白な味なので色々な料理に使われているポピュラーな魚である。

 体長三十センチ前後で体の色が黄緑色をしていて、見た目だけで考えると普通は食欲がわかないのだか、これはこういうもんだとの刷り込みなのだろう、普通に美味しそうに見えてしまう。

 用意してもらった部屋に行き、夕飯までのんびりすることにした。

 夕飯前に風呂に入ろうかとも思ったが、食後に時間を気にせずのんびり入った方がゆっくりとたのしめそうなのでやめた。

「あ、そうだ! ココッタの実があったんだな!」

 カバンからココッタの実を取り出し、表面の毛のような皮をはいでナイフで切り込みを入れて割ると、薄黄緑色の粒がぎっしりと詰まっている。

「夕飯前だが、これくらいならいいだろう」

 粒を摘んで口に放り込む。爽やかな甘さが口の中に広がっていく。

「あ! それ、僕も食べてみたいです!」

『我もじゃ! 一人だけ食べるとは何事じゃ!』

 二人にも割って渡してみると、ギースは嬉しそうに食べていたが、シャンテはあまり好きではなかったようだった。

──コンコン

 ドアのノック音が聞こえ、外からアークの声がした。

「そろそろ夕飯の支度が整いますので、下の食堂までお越しください」

 歳の頃はギースの見た目年齢とあまり変わらない感じだ。

 少々人見知りなようだが、きちんと手伝いをする孝行息子なのだとコーネルさんが言っていた。

「アーク、ちょっと入ってこないか?」

 そう呼びかけるとソッとドアが開き、少しオドオドしながらアークが部屋に入ってきた。

「ココッタの実は好きか?」

「……はい、たまにしか食べられませんが」

「お母さんも好きか?」

「……はい、母も好きです」

「そうか、じゃ、これ」

 ココッタの実を二つカバンから取り出して手渡すと、アークが目を丸くして固まってしまった。

「ど、どうした!?」

「……収納カバン、初めて見ました! 凄いです! ココッタが二つも入ってるのに全然そんなふうに見えない! 凄い! 凄すぎる!」

 初めて見る収納カバンに興奮しているようで、さっきまでとは別人のように饒舌になっている。

「魔法で空間を広げているんですよね!? どうやって空間を広げているのでしょう? 魔法だからって空間を自在に操れるって不思議ですよね! それもそんなに大きくもないカバンの中に限定してそんなことが出来るなんて、一体どんな仕組みなんでしょう! 凄いなぁ」

「アークは魔法が好きなのか?」

「魔法に限らず、知らないことを知ることは大好きです! 不思議だと思うことの仕組みを想像したり、実際目にして理解したりすることが大好きなんです!」

『ほぉ、我と似たタイプじゃの』

 その後、アークはコーネルさんが呼びに来るまで収納カバンの仕組みについての自分の考えを熱く語っていた。

「アークがすみません。あの子、好きなことについて話始めると止まらなくなってしまうんですよね」

「いいことだと思いますよ?」

「そうですか? ありがとうございます。あ、夕飯の支度が整いましたので、下にいらしてください」

 さぁ、夕飯の時間である。

 
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