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王都へ

宿屋の主

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 その後俺達は心行くまで風呂を満喫し、充実感と心地よい疲労を感じながら眠りについた。

 その夜──

◇◆◇◆◇◆◇

『二人ともぐっすり眠っているようじゃの』

 卵が包まれた網から抜け出しベッドの上に転がり落ちた。

 この宿に着いてからずっと我を呼ぶ声がしていた。

 そやつに会いに行くには卵のままではちいとばかり動きにくいため人型を取る。

 部屋を静かに抜け出すと、廊下の奥の窓から外に出た。

「我を呼んでおったのはそなたか?」

 夜の闇の中、そこだけが永久の闇を感じるほど黒く染った大地に向かい声をかける。

    闇が収束し人型を作り出した。

「お呼びだてして申し訳ございません、黒龍様」

 人間の姿を模しているが気配で違うと分かる。

「魔族のお主がなぜここにいる? やはりこの宿と関係があるのか」

 なぜか人間の歴史から消されているが、この世界には魔族という種族が存在している。

 個体数は極めて少ないがその力は強く、大昔には世界を自分達のものにしようと暗躍した時代もあった。

 それを制したのが龍族である。

 今や魔族は北の一角に小さな国を構えているが不気味なほど静かである。

 人間の描いた地図上にその国は存在していない。

「気付いておいででしたでしょう?」

「うむ……アークは人間と魔族のハーフじゃな?」

 泉でコーネルに会った時からこやつの気配は感じていた。

 微かではあるがマーキングのような匂い付けもされていたため、コーネルの魔法がなくとも襲われることはないだろうと思ってはいた。

 そして、宿屋に張られていた強固なまでの護りでもそれは感じていたし、アークを見た瞬間に感じてもいた。

 害意はないようだったため捨て置いたのだが。

「そうです、あの子は魔族である私と人間であるコーネルとの間に出来た奇跡の子」

 やけに嬉しそうにそう語る魔族。

「して、何の目論見があって我を呼んだ?」

「目論見などとんでもありません。私は日陰の身でして、あまり人目に触れるのはまずいためお呼びだてしたまで」

「日陰の身?」

 この魔族、名は「アルボン」というらしい。

 魔族が暮らす国で二百年ほど暮らしていたそうだが掟を破って国を捨て、人間の世界で人間の真似事をして生きていたようだ。

 そこでコーネルと出会い、本人曰く「愛に目覚めた」そうで、異種族間で子までこしらえた。

「愛とはこのように素晴らしく美しいものだったのですね」

 恍惚とした顔で語るアルボン。実に気色が悪い。

「ご挨拶もせずにいるのは失礼かと思いましてずっとお呼びしておりました。申し訳ございません」

「それは良い。アースにそなたを会わせるわけにもいかぬようじゃしの」

「人間の歴史から、我ら魔族のことは消されていますからね」

 なぜ消されているのかアルボンも知らないようだ。

 「魔族の血が流れておるなら、アークも長命になるのだろう? そのことは伝えてあるのか?」

「……伝えておりません。私が魔族であることすら話しておりません」

 今度は悲しそうな顔をするアルボン。表情豊かで少しばかり人間のようにせせこましい。

「追われる身なのであれば、こんなところで宿屋などしておればすぐに見つかるのではないのか?」

「基本的に魔族は国から出ることはありません。あの国に戻れば私は犯罪者として捕まりますが、戻りさえしなければそんなことにもならない。それだけのことです」

「で? 本当の目的はなんじゃ? 我の血か?」

「おや? やはり気付いておられましたか? 妻を魔族にするために貴方様の血が必要なことを」

 目を細めてニヤリと笑った顔は実に魔族らしい。

「人間を魔族にするなぞ禁忌中の禁忌。龍の血を用いても成功するのかは未知数。その確率に賭けるのか?」

「私は妻の姿形を愛しているのではございません。その魂の美しさを愛している。例え失敗して魔獣に成り果てても変わらぬ愛を捧げましょう」

「お主、やはり魔族よの。人間の心というものを少しも理解しておらんようじゃ」

「はて、心ですか? 心など取るに足りないものでしょう?」

「人間はの、その身も魂もその心で形成されておるのよ」

「クハハ……おかしなことを。叡智を誇る黒龍様の言葉とは到底思えませんね」

 闇のように黒い髪に同じくどこまでも底が見えないほど黒い瞳のアルボンが牙のように尖った犬歯をむき出しにして笑っている。

「黒龍だからこその見解なのじゃがな。心を壊した人間は脆いぞ」

 こやつがしようとしていることは分かった。

 魔族は己の血を分け与えて眷属を生み出すことが出来るのだが、魔族の血だけを与えられたものはもれなく魔獣となる。

 魔獣とは魔物よりも力が強いのだが、理性も知性も何も持ち合わせておらず、ただひたすら主であるものの指示に従って生きるものをいう。

 我ら龍族の血はその魔獣化を抑制する効果があり、その血を多く体内に取り入れたものほど魔獣化せず魔族となれると言われている。

 しかしそれは大昔のたった一件の成功例があったという話なだけで、その一件もたまたま龍の死体がそばにあった結果の話であり、本当に我らの血にそのような効果があるのは分かってはいない。

「大人しく私に貴方様の血を分け与えてはくださいませんか?」

「一、二滴の話ではないのであろ?」

「そうですねぇ、それでは到底足りないでしょう。ですからその身に流れる血を全て、いただきとうございます」

「ふん、また無理な話を」

「我ら家族の幸せのために、死んではくださいませゆか?」

「それはそなた一人の自己満足の間違いじゃろ?」

    そう言うとアルボンは不快そうに眉をピクッと動かし、ギロッとこちらを睨み付けてきた。

「自己満足ですか? 私達家族の幸せが、自己満足だとおっしゃるのですか? 遺憾です、実に遺憾ですねぇ」

「ではなぜ打ち明けんのだ? そなたが自分は魔族だと打ち明けることが先決ではないのか?」

 そう言うと今度は眉間に深い皺を寄せた。本当にせせこましいやつだ。

「黒龍様はもっと慈悲深く、賢い方がと思っておりました。実に残念です」

 そう言うとアルボンの周囲の魔素が濃くなった。

「この体では本来の半分以下の力しか出んのにのぉ」 

 戦闘は免れそうもない。
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