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王都

宿屋ブルズカップ

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「階段、気を付けて上がってくださいね」

 ムキマッチョでスキンヘッドな女将・・に案内された部屋は二階左側の部屋で、室内は花柄を基調とした温かみのある落ち着いた雰囲気だった。

「私の趣味満載のお部屋なのでちょーっとラブリーですけど、ごゆっくりおくつろぎくださいねぇ」

 そう言うと俺達に背を向けて階段を下りていった。

『第三の性のものは尻を振りながら歩くのじゃな』

『見るんじゃない!』

 俺は何も見ていない。プリンプリンと歩く度に左右に揺れる尻など見ていない、決して。

 部屋で荷物を下ろしていると、ギースが何やらブツブツと独り言を言い始めた。

『何をしておる?』

「どうした?」

「やだ♡ 何でもないですわぁ♡」

「ギ、ギース?」

『おかしなものでも拾って食ったか?』

 突然シナをつけてクネクネしながら女の子っぽく話し始めたギース。これは間違いなくブルズカップ女将・・の影響だろう。

「ギース……お前が個性の強い人間の影響を受けやすいことはよーく分かった! だがな、真似はすべきじゃないことを覚えて欲しい!」

 ドリスの影響でド派手なカバンを選ぼうとした時から何となくは気付いていたが、今回で確定である。

 どうしてかは知らないが、ギースは個性が強すぎる人間の影響を受けやすいようだ。

「ヤダァ♡ そんなことないわ!」

『本当に大丈夫か、こやつ』

「俺に聞かないで欲しい」

 ギースは見た目が可愛いから許せるが、クネクネと動きながら話されると引くし、ずっと見てると知り合いな分少しばかりイラッとしてくる。

 元々そういうものなら受け入れるし、為人ひととなりで判断するため差別などもしないが、いきなりこうなると何か違う。

「ダメぇ?」

 上目遣いでそんなことを言われてもである。

「やめなさい!」

「……はい」

 素直で助かった。

「より強そうなものを真似るといいと思っていたんですけど、間違ってましたか?」

「それ、どこ情報だよ!?」

「うーん……どこでしょう? 皆、僕の真似をしていたので自然とそう思っていた、ような?」

『弱き者は強き者の真似をするのが自然の道理。それが自然と身に付いておったようじゃの。じゃが、人間の世界ではその限りではないぞ』

「そうなんですか!?」

『第一、ドリスもブルズカップも人間としては異質な部類に入る。気味悪がられるか馬鹿にされて終わりじゃろ』

「えぇー!!」

「あの二人のどこを見て強そうに思ったんだよ……」

「うーん……ドリスは派手でしたし、ゴテゴテしていて強そうでした。女将は筋肉が付いていて頭も光っていましたし、実に強そうでした」

 女将は肉体的には実にムキムキで強そうだったのは分かるが、ドリスのどこに強そうな要素があっただろうか?

 自然界では見た目が派手だったり牙や角が沢山生えているものが強かったりするが、どうやらドリスの格好もその一環だと思ったようである。

 あれは確実に間違った方向性であることをしっかり説明したのだが、首を捻っていたので理解してくれたかは分からない。

「人間の世界は難しいんですね。見た目だけでは判断が出来ないのですか……」

 多少は理解してくれたようだが、また変なのを真似しようとしないで欲しいと願うばかりだ。

 部屋でわちゃわちゃしているとドアがノックされた。

「はい?」

「少し失礼しますねぇ」

 スキンヘッド女将が再登場である。

「お風呂とお食事の説明に参りました」

「おぉ、風呂!」

「あら? お客さんはお風呂好きなのかしら?」

「はい! 風呂は好きですね!」

「まぁ、いいわ♡」

 右目でパチンとウインクをされ、少々ゾワッとしてしまった。

 この宿の風呂は裏庭にあるそうで、女将の手作り風呂なのだそうだ。

「王都の壁の下に源泉を見つけちゃって、ちょーっとそこまで穴を掘ってたらこんなにムキムキになっちゃって」

 自前の筋肉は温泉掘りで出来たものらしい。どんな掘り方をしたらそこまでムキムキになれるのだろうか?

「掘削魔法を使ってただけなのに不思議よねぇ」

「はぁ!?」

 肉体を駆使して温泉を掘ったのではなく、魔法で掘ったのに付いた筋肉!?

『……人間とは不思議な生き物じゃな』

 シャンテが珍しく何とも言えない声を出していた。

「夕飯は夕方六時から夜の九時まででしたら、階段下にある食堂スペースでいつでも食べられますけど、いらない場合は先に言ってもらえればなぁ、なんて思ってまぁす」

「……夕飯はブルズカップさんが作るんですか?」

「ブルズカップなんて堅苦しい呼び方やめてちょうだいっ! 女将って呼んで♡」

「お、女将……」

「うふ♡ ここは私一人で切り盛りしてるから、当然私が作りますよぉ。今日の献立は、プルプル鳥の照り焼き女将風味とぉ、特製胡桃ドレッシングのサラダにナッツのパン。それからブロブロッコの冷製スープ。そしてそして、デザートはなんと、ココッタのゼリーです!」

 女将風味というのがちょっと、ちょっとではあるが、メニューだけ聞くと実に良さそうだ。

「私、こう見えて少し前まで『カルロッソ』のシェフをやっていたので、味は保証付きですよぉ」

「カルロッソ!? あの王宮お墨付きのですか!?」

「そうなの! 意外でしょ?」

『レストランテ・カルロッソ』というレストランが王都には存在する。

 南側のエリアの中央に店を構え、客層は富豪や貴族が中心で、王族などもやって来る高級店である。

 その味は舌の肥えたものをも唸らせると聞いているが、庶民にはとてもじゃないが手が出せない金額であるため、当然食べたこともない。

 そこのシェフだったとは……期待しかないんじゃないか!?

「夕飯、お願いします!」

「喜んでぇ♡」

 女将はお尻をプリプリ揺らしながら部屋を出ていった。

『あのものに作らせて大丈夫なのか?』

「カルロッソのシェフだったんだぞ!? 間違いないだろ!」

『カルロッソ? 店の名前なのか?』

 その後、レストランテ・カルロッソの説明をしたところ、シャンテの夕飯への期待値がうなぎ登りで急上昇していた(ギースも)。

「夕飯まではまだまだある。少し町を回ってくるか?」

「いいですね! 行きたいです!」

『うむ……』

 宿を出て庶民エリアを散策してみることにした。
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