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新生編

第27話 旅の果て

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 階段の頂上にあった扉を抜けると、そこは天上界だった。
 雲が地面となって広がっている先に、厳かで清らかな宮殿が建ち、周囲には花々が咲き誇っている。
 公太郎とフィオレは雲の道を歩いて行って宮殿に入り、柱の立ち並ぶ廊下を歩いていった。その突き当りにあった大きな扉を開き、さらに進んでいく。
 その廊下をさらに進んでいった先の大きな広間で、公太郎とフィオレは椅子に座っていた神様と謁見した。
 神様はかっこいいイケメンの青年の姿をしていた。

「あいつがこの世界の神様か」
「公太郎、わたしは気づかれないように気配を消します。なんとか隙を見てあいつをやっつけるんですよ」

 ちっこい少女の姿をした神様はそれだけを言い残して姿を消した。
 イケメンの神様はフィオレに向かって声を掛けてきた。

「フィオレ、俺はお前が出来る奴だと信じていたぞ。サンガーもお前を高く評価していた。よくここまで来たな」
「ありがとうございます」
「ふーむ」

 フィオレの返事にイケメンの神様はつまらなそうに顎をなでて鼻を鳴らした。

「言っている意味が分からなかったかな? 俺はよくここに顔を出せたなと言っているんだが」
「それはどういう意味なんでしょうか?」
「もういいよ。お前は消えとけ」

 神様は指を弾いた。そこから飛んできた光の弾丸がフィオレの体を貫き、彼女はいともあっさりとその場の床に倒れていった。

「フィオレ……?」

 公太郎は何が起こったのか理解出来なかった。ただ信じられない目をして彼女が倒れて動かなくなった姿を見ていることしか出来なかった。
 神が席を立って近づいてくる。公太郎は叫んだ。

「何寝てるんだよ、フィオレ! お前はチート能力者なんだろうが! さっさと立ち上がっていつものように敵を倒してみせろよ!!」
「ほう」

 神が倒れたフィオレのそばで立ち止まる。そして、興味深そうな目をして公太郎を見つめてきた。

「お前、チート能力を知っているのか」

 その言葉に公太郎は背筋を凍らせた。こちらの企みがバレているのかと思ったからだ。だが、神はその口元に笑みを浮かべただけだった。

「流行っているという話は本当らしいな」

 そして、神は視線を倒れたフィオレへと向けた。

「俺もね。そういった行為が最近流行りだと聞いたから、きっと面白いんだろうなと思ってわざわざトラックを走らせてこいつを殺して、チート能力をくれてやった上で異世界の森に転生させて、三魔獣という敵まで用意してやったんだ、それなのに」

 神の右足が上がる。そして、振り下ろされる。

「なんだこの戦いは!! 全然面白くないぞ!! 何が見所があるだ!! 何が流行ってるだ!! お前の戦いはつまらないんだよ、フィオレーーーーー!!!」

 神の足がフィオレの体を激しく打ち据える。ただ怒りの感情のままに何度も何度も踏み叩いていく。
 公太郎は飛び出した。

「やめろーーーーーーーー!!!」
「おっと」

 公太郎の半チートの攻撃を神はいとも容易くかわした。公太郎は神には取り合わなかった。ただフィオレの体を抱き起こした。

「悪かったな、フィオレ。助けるのが遅れちまってよ。でもよ、お前らしくねえじゃねえか。舐めプレイをするなんてよ。早く立てよ。それで一緒にあいつをやっつけようぜ。なあ?」
「ハッハッハッ!!」

 呼びかける公太郎の背後で、神の高笑いが木霊した。

「馬鹿か、お前は。死んだ人間が立ち上がれるはずがないだろう? そいつは死んだんだ。今殺したんじゃないぞ? トラックをぶつけてやった時にはすでに死んでたんだ」
「そうだな。俺は馬鹿だった……」

 公太郎はフィオレの体をそっと床に降ろした。

「戦うのはヒーローの仕事なんだ。お姫様であるお前が戦う必要なんて何もなかったんだよな。だからよ、そこで見ててくれよ」

 公太郎は立ち上がって振り返り、目の前の敵の姿を睨み付けた。

「この公太郎様がかっこよく敵を倒すところをよう!!」


 公太郎は跳ぶ。繰り出す双剣の斬撃を神はただ指で挟んだだけで受け止めてみせた。

「いいぞ。お前の戦いはなかなか楽しめた。これからも俺を楽しませてくれるのだろう? なあ?」
「くそがああ!!」

 続く公太郎の蹴りを神は軽く手のひらで受け止めた。神は余裕の笑みを浮かべる。

「そう怒るなよ。もっと楽しもうぜ」

 神の周囲の床に光の円が広がった。そこから立ち昇る光の攻撃を公太郎は背後に跳んでかわした。

「いいぞ、その調子だ。さあ、これはどう受け止めるかね」

 神の弾く指から光の弾丸が飛ぶ。公太郎はそれを剣で跳ね返した。光が神の顔の横を通り抜け、その先にあった柱を崩していった。

「ほほう、いいねえ。フィオレなら今ので死んでたぞ」
「こんなもので……」
「うん?」
「こんなものでフィオレを殺したのか、お前はあああああーーーー!!」

 公太郎は踏み切り、双剣で斬りかかる。神はそれを両手に作り出した光の剣で受け止めた。二つと二つの剣が押し合い、火花を散らす。

「やはりこれぐらいの方がいい。チート能力など初めからいらなかっ、た?」

 言いかける神の顔に公太郎は拳を打ち込んだ。神の目に怒りが燃えた。

「気楽に遊んでやってれば、頭に乗るなよ人間があ!!」

 神の剣が公太郎の剣を弾き返す、続く光の斬撃波を公太郎は後ろに飛ばされながらも二本の剣でガードした。
 公太郎は口から流れる血を吐き捨て、神を睨む。

「ごちゃごちゃうるせえんだよ、糞神が。フィオレが見てるんだ。ちんたらくだらねえ情けねえ戦いなんてしてられねえんだよおおおお!!」

 公太郎は走る。その剣が神の左手の剣を弾き飛ばした。続いて右手の剣を弾き飛ばす。

「くだらない戦いとはあの女の戦いのことか? あの女の戦いのことああああ!?」

 嘲笑する神の振り上げる両手の間に大きな光の球が生み出される。神はそれを直接公太郎の体に叩き付けてきた。

「ぐはああっ!」

 公太郎は倒れかけ、だが、それを双剣で押し止めて耐えた。

「お前ごときが……フィオレのことを口にしてんじゃねえええ!!」

 公太郎は光の球を天井へと叩き返す。神は後ろへと飛び下がった。

「まったく理解できないね。あんな奴のどこがいいんだい? 俺はずっとここから彼女の戦いを見ていたんだけどな。まったく時間の無駄だったよ。いいところがあったら教えてほしいぐらいさ」
「俺だって思ったさ。主人公に楯突くなんて、なんてくだらないお姫様なんだろうってさ。だけどよ、俺はあいつと一緒にいて楽しかったんだ。家族やクラスメイトといてもちっとも楽しいと思わなかった俺がよ。初めて他人に興味を持ったんだ。一緒に旅を続けたいと思ったんだよおおおおお!!」

 叫ぶ公太郎の体を神の指先から迸った光線が貫いていった。

「がはっ!」
「そうか。なら、もうお前は死んでおけ」

 神の周囲の空間から生み出される光線が次々と公太郎の体を貫いていく。

「お前と遊ぶのにもそろそろ飽きてきた。お前を殺したらそうだな、無力な赤子にでも転生させてやるか」

 さらに周囲から激しく光が迸る。
 神の攻撃を食らい続ける公太郎の体から力が失われていく。だが、倒れない。双剣を手にただ目の前にいる敵の姿を睨み据える。その視界がだんだんとぼやけて見えなくなってきても、目指す敵は見失わない。


<なあ、フィオレ。見ててくれよ。この俺がかっこよく敵を倒すところをよ>


 神の攻撃が吹き荒れる中で、公太郎はただ静かに双剣を構えた。
 その手に力はもう残っていなかった。ただ覚えているものだけがあった。
 それはかつてチート能力を振るっていた頃の感覚だった。
 森を一撃で薙ぎ払った感覚だった。破壊神を一撃で倒した感覚だった。自分の世界を破壊し尽くしていった感覚だった。
 その感覚のままに公太郎は跳ぶ。
 光の中で神が何かを叫んでいた気がする。公太郎も何かを叫んでいた気がする。だが、それももう全て終わったことだ。
 チート能力者にあらゆる攻撃は通用しない。そして、それを止める術もまた、ない。
 双剣を納める公太郎の背後で、神はバラバラになって崩れ倒れていった。
 そして、笑みを浮かべる公太郎もまた倒れ、その意識は闇へと沈んでいった。



 公太郎は気が付くと真っ暗な闇の中にいた。
 そこにすでに幻ではなく実体を持ったちっこい少女の姿をした神様が現れた。

「公太郎よ、わたしはこの世界の神様になりました。あなたを殺してしまったのはわたしのミスでした」
「ミス? それはどういうことですか?」
「わたしはいざとなったら最終奥義神様バーストを使ってあなたを助けるつもりでした。しかし、あなたが想定外の善戦をしてしまい、わたしはその能力を発動する機会を逸してしまったのです」
「それで僕はどうなるんですか? 生き返れるんですか?」
「それは無理です。世の中はアニメや漫画のように甘くはないんです」
「それじゃあ、僕はこのまま死ぬんですか?」
「いいえ、生き返りは無理でも転生は可能です。あなたは今までの半端なチート者の人生を終えて、異世界でチート能力を持った勇者として生まれ変わるのです」
「チート能力とは何ですか?」
「一発で999999のダメージを与えたり、どんな攻撃をくらっても無敵だったりする能力のことです」
「へえ、それは凄いですね」
「この能力を与えるのはわたしからのおわびの気持ちです。では、あなたの行きたい世界、なりたい姿を思い浮かべてください」
「俺の行きたい世界は……」



 暖かな日差しが瞼の裏に薄く差し込んできた。
 風が木々を揺らし、小鳥のさえずる音が耳に届く。
 彼はぼんやりとした意識のまま目を開けていく。そして、彼は気が付くとその世界に来ていた。

「おはよう、公太郎ちゃん」
「ああ、おはよう」

 彼の望んだその世界へ。
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