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第五章 後日談
天使、謝りに行く
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さて、灯花がそんな感じでスライムからの決闘を受けていた頃、正樹の家のリビングではミンティシアが正樹と優を前にしてある深刻な告白を行っていた。
「天界に帰るって!?」
「いきなりどういうこと!?」
正樹としてはもっとミンティシアと一緒にいたかったし、優にとっても彼女は恋を繋げてくれると期待していた大事な存在だ。いきなり帰るなんて全く寝耳に水の事だった。
驚く二人を前に、ミンティシアは神妙な顔をしたまま事情を話した。
「この前ノリでガルーダを倒しちゃったでしょう? だから謝りに行けって天使長に言われたんです」
「なんだ。そんなことか」
「それじゃあ、謝ったらすぐに帰ってくるのね?」
「はい、天使の使命はまだ終わっていませんから」
とりあえずまだいてくれると知って安心する二人。だが、ミンティシアの顔は不安に陰った。
「でも、謝るってどうすればいいんでしょう? キトラは謝るといつも怒るんですよね」
「そのキトラって人の事は知らないけど……」
「謝るなんて簡単よ。誠意と態度で示せばいいのよ」
「誠意と態度ですか」
優とミンティシアが話をする。
学校でも人付き合いが上手い優が教えてくれているので、正樹は自分の言うことは無いと聞き役に回ることにした。優は頼りになるし、女の子同士の方がきっと話が合うと思った。
優は学校では学年が上の天使の少女に向かってお姉さんのように言った。
「まずはお土産を持っていくことね。これはあたしが用意してあげるから、あなた持っていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
「次に謝罪ね。これは言葉より態度で示した方が良いわね。ミンティシアは見た目は可愛いんだから、余計な事は言わずに態度で示した方が男はころっと騙されて許してくれると思うわ」
「ありがとうございます。勉強になります」
「それじゃあ、準備するから待ってなさい」
「はい」
ミンティシアは緊張に肩を強張らせながら、優がお菓子を作り終わるのを待っていた。
「出来たわよ、はい」
「行ってきます」
そして、優から出来上がって包まれたお菓子のお土産を受け取って飛び立って行った。二人は天使の少女が白い翼を広げて飛んでいくのを家の玄関の前から見送った。
「あの子大丈夫かしら」
「大丈夫だよ、きっと」
「帰ってくるまで、しばらく二人っきりだね」
「そうだね。灯花さん来ないかな」
「…………」
優にとってはやはり大丈夫じゃないことはこちら側にあると思うのだった。
空を見上げて、早く天使と共同戦線を張りたいと願う少女だった。
雲の上の世界を明るい太陽が照らす。
ミンティシアは久しぶりに天界に戻ってきた。
ガルーダに謝るために、彼の住む霊峰の前にある道に降り立つ。ここからは飛ばずに歩いていくことが礼儀とされている。
謝る為に来たのだから、ミンティシアは今日は礼儀作法をきちんと守ることにした。
霊峰とは言っても、ここはよく天界のみんながお参りに来る場所なのでそんなに険しい道はない。近づこうとすると知っている声に呼び止められた。
「ミンティシア、やっと来たのね」
「キトラ」
近づいてきたその天使はミンティシアのよく知っている金髪の少女キトラだった。ミンティシア一人だと心配だからと天使長に言われて、天使の学校で同じクラスで大人達から信頼されているしっかり者の彼女も同伴することになったのだった。やってきたキトラは呆れたように言った。
「あたし、あんたの保護者じゃないんだけど。何だか大変な無礼を働いたようね。人間界に行って少しは丸くなったかと思ったのに。早く行って済ませましょう」
「キトラ……」
ミンティシアは今こそ優に言われたことを実践する時だと思った。言葉でなく態度で示す。それをガルーダより前にキトラで試すのだ。
これの成功により自分は確固たる自信を得、これからの事態に明るく臨むことが出来るだろう。
ミンティシアは自分の迷惑に付き合ってくれる面倒見の良い天使に向かって飛びかかっていった。
「キトラ、ありがとー!」
「ちょ、何で抱き着いてくるの!?」
「誠意です! これが今のあたしの精一杯の誠意なんです!」
「いいから離れなさい! このバカチンが!」
キトラに殴られてしまった。離れたミンティシアが優に言われたことを話すと、彼女は呆れたため息を吐いた。
「あたしで良かったわよ。その誠意をガルーダ様に見せるのは止めなさい。あたしまで大目玉を食らうから」
「でも、優さんはこれがいいって」
「そういうのは仲の良い地上人の間でだけやることよ。こっちにはこっちのやり方があるの。あんたは黙って頭だけ下げていればいいのよ」
「頭を下げる……分かった」
「そう、ならいいわ。こんな面倒な用事はすぐに片付けてしまいましょう。あたし達には大事な使命があるんだから」
「はい、行きましょう!」
そうして、ミンティシアはキトラと一緒になだらかな山の道を歩いていった。
歩きながらちょっと話をした。
「あんたの友達のカオンは上手くやってるの?」
「まだ人間との愛は見つかっていないみたい」
「あの子はあの子でぼんやりしているからね」
「キトラは?」
「簡単に見つかるようなら問題になってないのよ」
「それもそうか」
大変なのはどこも同じようだった。正樹の愛が見つかる日は来るのだろうか。
ちょっと考えていると目的地にたどり着いた。大きな広場の奥にガルーダが鎮座している。近づいていくと彼が話しかけてきた。
「来たか、ミンティシア。あの男はたいした玉だったな」
「はい、ごめんなさい」
ミンティシアがぺこりと頭を下げる。すぐにキトラが横からその頭を押さえつけてきて自分も頭を下げて謝った。
「申し訳ありません、ガルーダ様。あたしからもよく言い聞かせておくので、どうかこの子を許してやってください」
「ちょっと、キトラ。押さないでよ」
「黙ってなさい。あなたには誠意が足りないのよ」
「じゃあ、やっぱり態度で」
「それはもっと駄目」
「あはははは!」
二人の天使の姿を見て、ガルーダは機嫌が良さそうに笑った。
「よい、我は別に怒っているわけではないのだ。こちらもあの時は気が急いておったし、良い人の強さが見れた。天使長が余計な気を回したな」
「それじゃあ」
「うむ、許す。これからも天使の使命に励むがよい」
「ありがとうございます。はあ、良かった。これ優さんからのお土産です」
「地上人からか。上手そうだな。後でいただくとしよう」
ミンティシアが優に渡されたお土産を差し出すと、それは風に運ばれてガルーダの元に渡った。
優がここにいたらこれはミンティシアの謝罪なんだから自分の名前は出すなと呆れただろうが、ここではミンティシアもガルーダも気にしなかったし、キトラにとっては他人事なので軽く息を吐いただけだった。
旅の目的が穏便に済みそうでキトラもミンティシアも安心しかけるが、話はそれだけでは終わらなかった。
ガルーダは機嫌よく笑っていた目を真剣な物に代えて言ってきた。
「ミンティシア、お前に一つ言っておくことがある」
「なんでしょう?」
許してもらったばかりでまた怒られないようにミンティシアは居住まいを正して受けた。ガルーダは言う。忠告するように。
「お前の担当した少年の傍にいた悪魔。あれは次期幹部候補と噂されているトウカ・ヴァイアレートだ。とても冷たく危険な悪魔だと言われている。気を付けろ」
「トウカ・ヴァイアレート……」
なんだか灯花さんみたいな名前だと思った。あの人は優しいし、初恋の子供の頃から正樹と会っているから違うと思うが。
考えるミンティシアの横からキトラが言った。
「そんな危険な奴がいるなら、あたし達も協力するべきでは?」
そんなキトラの思い付きの提案をガルーダはきっぱりと断った。
「ならぬ。奴はそれを狙っているのだ。こちらが動くのを口実にさらなる強大な戦力を向けてくるだろう。トウカほどの冷酷で知られる悪魔ならそう考えてもおかしくはない」
「では、どうすれば……」
「問題は無い。あの少年が悪魔に負けない強い愛を持っていればな」
ガルーダの強い信頼を見せる瞳がミンティシアを見る。ミンティシアも強い決意で頷いて答えた。
「はい! 正樹さんの愛は必ずあたしが見つけてみせます!」
「うむ、任せたぞ」
「困ったことがあったらいつでもあたしに言いなさいよ」
「ありがとう、キトラ!」
そうして、天使達の短い天界の旅は終わり、キトラとミンティシアは再び自分達の担当する人間のところに戻って行った。
天使が出かけて静かになった正樹の家。久しぶりの静けさを噛みしめながら正樹と優は何となく落ち着かない気分を感じながらテーブルを挟んで座っていた。
「静かになったね」
「あの子、騒がしかったものね」
「…………」
「…………」
「テレビでも付けようか」
「それよりも」
リモコンを取りかける正樹だったが優の語気を強めた声を聞いてその手を引っ込めた。優は真面目な話をしようとしている。その雰囲気を正樹は感じ取って彼女の言葉を待った。
少し経って、優は言葉を口にした。
「お兄ちゃんは誰を愛するか決めたの?」
「え!?」
いきなりの発言に正樹は驚いて口を噤んでしまう。優は言葉を続けてきた。
「あの子はお兄ちゃんに愛する事を伝えに来たんでしょ? だったらその答えを出さないとあの子の使命が終わらないじゃない」
「それは……」
正樹は考えてしまう。優はさらに言葉を畳みかけるように続けてくる。
「灯花お姉ちゃんと付き合うの?」
「それは……」
「それとも……」
「…………」
あたし? とは優は言えなかった。正樹本人を前にして今までの関係を壊すようなことは言えなかった。
お互いに黙り込んでしまう。しばらくして、今度言う事にしたのは正樹の方だった。考えながらの言葉を口にする。
「灯花さんのことは好きだよ」
「!!」
「でも、付き合うと言ったら少し違う気がする。高嶺の花というのかな。憧れとかそんな気持ちの方が強いと思うんだ」
「子供の頃以来に久しぶりに会ったんだものね。いきなりは踏み出せないか」
「優とならずっと一緒にいても安心なのにな」
「え!?」
「いつも一緒にいてくれてありがとうな。これからも一緒にいてくれると嬉しい」
「う、うん! あたしならずっと一緒にいるよ!」
「…………」
「…………」
何となく気まずい空気が流れてしまう。正樹は誤魔化すようにテレビのリモコンを手に取った。
「やっぱり何か見ようか」
「うん、何か面白い番組やってるかなあ」
人の恋の問題は難しい。結局はまだ答えを出せない正樹達だった。
さて、その頃、人間界では。
「スライムを相手に余計な時間を取りました。さて、どうしましょうか」
正樹を狙って、恐るべき悪魔トウカ・ヴァイアレートが人間の少女、村咲灯花として家の前まで訪れていた。彼女はここへ来て迷っていた。
「どんな顔をして彼と会えばいいでしょうか、どこも嫌われるようなところは無いでしょうか、変なところはありませんよね。よし」
そして、赤くなってもじもじとするのを止めて、いつもの綺麗なお姉さんの佇まいを意識して彼の家の玄関へと近づいていった。
「フフ、わたしはエリートの悪魔なんですよ。たかが人間一人を恐れるはずがないではありませんか。彼の心など簡単に物にしてみせますよ。待ってなさい、正樹さん」
そう自分に言い聞かせながら歩いていると、いきなり誰かに背後から襲い掛かられて抱き着かれた。
「灯花さーーーん」
「て、天使ーーー!」
背後からしがみついてきたのは天使の少女ミンティシアだ。攻撃されたと思った灯花は慌てて振りほどこうとしたが、ミンティシアの顔には笑顔があって悪意は無かった。
「何のつもりなんですか、あなた!」
「誠意ですよ! 優さんに教えてもらいました!」
「優! あの女、また良からぬ事を!」
そうして、二人がじゃれていた時だった。騒ぎを聞きつけて正樹と優が玄関を開けて姿を現した。
「ミンティシア、帰ってきたなら早く上がりなよ。灯花さん!?」
「何を家の前で暴れているのよ。ゲゲッ、灯花! いや、お姉ちゃん。いらっしゃい」
「そこで偶然会いましてね。フフフ」
三人それぞれ思う所はあったが、建前では仲良く笑い合う三人。正樹は初恋の人を照れくささと憧れの眼差しで見つめ、優と灯花はお互いに敵意を飛ばしていた。
ミンティシアはふと気が付いた事があった。それを改めて言う。
「そうだ。初恋の人と会えたんだから今日こそこくは」
「だから、それは止めろと言ったでしょーーー!」
素早く飛び出した優のフライングクロスチョップが炸裂。ミンティシアは見事に食らってしがみついていた灯花の背中から地面へと転がり落ちた。
「優!?」
「優さん!?」
いきなりのことに正樹と灯花はびっくり。気が付いた優は慌てて弁解した。
「いや、あたしもミンティシアに仲良く抱き着こうとしたんだけど、手元が狂っちゃった。てへへ」
「あの、初恋って今でも……?」
「あ、それは……」
良からぬ空気を察知する優。空気を散らすようにパンパンと手を叩いた。
「はいはーい、続きは家でしよ。お姉ちゃんも上がっていって」
「はい、お世話になります」
「優、あんまり押すなよ。ミンティシアも早く来いよ」
三人は仲良く家に入っていく。それを電信柱の陰から死神の少女メルトが見ていた。
「トウカ、上手くやってるの? ぜひお手並みを拝見させてもらいたいものだわ。それであたしも上手くやるからね」
やる気の起きない自分にぜひお手本をと願う少女だった。
天気のいい日だ。譲治はカオンを連れて町をぶらぶらと散歩していた。
彼の行き先は分からないが、きっと上手くいくはずだとカオンは信じていた。
「あの店にするか」
「はい」
だって、今のカオンはもう譲治のことを恐れていないから。きっと彼の良さも誰かが見つけてくれると思い、カオンは譲治の教えてくれた店に一緒に入っていった。
正樹の家の前で倒れたミンティシアが起き上がる。
いつまでも倒れているわけにはいかない。自分達には使命があるのだ。
愛を忘れた人類に愛を伝えるために。
「天使を抜きに愛の話をしないでくださーーーい!」
天使は今日も愛を求めて頑張っている。
「天界に帰るって!?」
「いきなりどういうこと!?」
正樹としてはもっとミンティシアと一緒にいたかったし、優にとっても彼女は恋を繋げてくれると期待していた大事な存在だ。いきなり帰るなんて全く寝耳に水の事だった。
驚く二人を前に、ミンティシアは神妙な顔をしたまま事情を話した。
「この前ノリでガルーダを倒しちゃったでしょう? だから謝りに行けって天使長に言われたんです」
「なんだ。そんなことか」
「それじゃあ、謝ったらすぐに帰ってくるのね?」
「はい、天使の使命はまだ終わっていませんから」
とりあえずまだいてくれると知って安心する二人。だが、ミンティシアの顔は不安に陰った。
「でも、謝るってどうすればいいんでしょう? キトラは謝るといつも怒るんですよね」
「そのキトラって人の事は知らないけど……」
「謝るなんて簡単よ。誠意と態度で示せばいいのよ」
「誠意と態度ですか」
優とミンティシアが話をする。
学校でも人付き合いが上手い優が教えてくれているので、正樹は自分の言うことは無いと聞き役に回ることにした。優は頼りになるし、女の子同士の方がきっと話が合うと思った。
優は学校では学年が上の天使の少女に向かってお姉さんのように言った。
「まずはお土産を持っていくことね。これはあたしが用意してあげるから、あなた持っていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
「次に謝罪ね。これは言葉より態度で示した方が良いわね。ミンティシアは見た目は可愛いんだから、余計な事は言わずに態度で示した方が男はころっと騙されて許してくれると思うわ」
「ありがとうございます。勉強になります」
「それじゃあ、準備するから待ってなさい」
「はい」
ミンティシアは緊張に肩を強張らせながら、優がお菓子を作り終わるのを待っていた。
「出来たわよ、はい」
「行ってきます」
そして、優から出来上がって包まれたお菓子のお土産を受け取って飛び立って行った。二人は天使の少女が白い翼を広げて飛んでいくのを家の玄関の前から見送った。
「あの子大丈夫かしら」
「大丈夫だよ、きっと」
「帰ってくるまで、しばらく二人っきりだね」
「そうだね。灯花さん来ないかな」
「…………」
優にとってはやはり大丈夫じゃないことはこちら側にあると思うのだった。
空を見上げて、早く天使と共同戦線を張りたいと願う少女だった。
雲の上の世界を明るい太陽が照らす。
ミンティシアは久しぶりに天界に戻ってきた。
ガルーダに謝るために、彼の住む霊峰の前にある道に降り立つ。ここからは飛ばずに歩いていくことが礼儀とされている。
謝る為に来たのだから、ミンティシアは今日は礼儀作法をきちんと守ることにした。
霊峰とは言っても、ここはよく天界のみんながお参りに来る場所なのでそんなに険しい道はない。近づこうとすると知っている声に呼び止められた。
「ミンティシア、やっと来たのね」
「キトラ」
近づいてきたその天使はミンティシアのよく知っている金髪の少女キトラだった。ミンティシア一人だと心配だからと天使長に言われて、天使の学校で同じクラスで大人達から信頼されているしっかり者の彼女も同伴することになったのだった。やってきたキトラは呆れたように言った。
「あたし、あんたの保護者じゃないんだけど。何だか大変な無礼を働いたようね。人間界に行って少しは丸くなったかと思ったのに。早く行って済ませましょう」
「キトラ……」
ミンティシアは今こそ優に言われたことを実践する時だと思った。言葉でなく態度で示す。それをガルーダより前にキトラで試すのだ。
これの成功により自分は確固たる自信を得、これからの事態に明るく臨むことが出来るだろう。
ミンティシアは自分の迷惑に付き合ってくれる面倒見の良い天使に向かって飛びかかっていった。
「キトラ、ありがとー!」
「ちょ、何で抱き着いてくるの!?」
「誠意です! これが今のあたしの精一杯の誠意なんです!」
「いいから離れなさい! このバカチンが!」
キトラに殴られてしまった。離れたミンティシアが優に言われたことを話すと、彼女は呆れたため息を吐いた。
「あたしで良かったわよ。その誠意をガルーダ様に見せるのは止めなさい。あたしまで大目玉を食らうから」
「でも、優さんはこれがいいって」
「そういうのは仲の良い地上人の間でだけやることよ。こっちにはこっちのやり方があるの。あんたは黙って頭だけ下げていればいいのよ」
「頭を下げる……分かった」
「そう、ならいいわ。こんな面倒な用事はすぐに片付けてしまいましょう。あたし達には大事な使命があるんだから」
「はい、行きましょう!」
そうして、ミンティシアはキトラと一緒になだらかな山の道を歩いていった。
歩きながらちょっと話をした。
「あんたの友達のカオンは上手くやってるの?」
「まだ人間との愛は見つかっていないみたい」
「あの子はあの子でぼんやりしているからね」
「キトラは?」
「簡単に見つかるようなら問題になってないのよ」
「それもそうか」
大変なのはどこも同じようだった。正樹の愛が見つかる日は来るのだろうか。
ちょっと考えていると目的地にたどり着いた。大きな広場の奥にガルーダが鎮座している。近づいていくと彼が話しかけてきた。
「来たか、ミンティシア。あの男はたいした玉だったな」
「はい、ごめんなさい」
ミンティシアがぺこりと頭を下げる。すぐにキトラが横からその頭を押さえつけてきて自分も頭を下げて謝った。
「申し訳ありません、ガルーダ様。あたしからもよく言い聞かせておくので、どうかこの子を許してやってください」
「ちょっと、キトラ。押さないでよ」
「黙ってなさい。あなたには誠意が足りないのよ」
「じゃあ、やっぱり態度で」
「それはもっと駄目」
「あはははは!」
二人の天使の姿を見て、ガルーダは機嫌が良さそうに笑った。
「よい、我は別に怒っているわけではないのだ。こちらもあの時は気が急いておったし、良い人の強さが見れた。天使長が余計な気を回したな」
「それじゃあ」
「うむ、許す。これからも天使の使命に励むがよい」
「ありがとうございます。はあ、良かった。これ優さんからのお土産です」
「地上人からか。上手そうだな。後でいただくとしよう」
ミンティシアが優に渡されたお土産を差し出すと、それは風に運ばれてガルーダの元に渡った。
優がここにいたらこれはミンティシアの謝罪なんだから自分の名前は出すなと呆れただろうが、ここではミンティシアもガルーダも気にしなかったし、キトラにとっては他人事なので軽く息を吐いただけだった。
旅の目的が穏便に済みそうでキトラもミンティシアも安心しかけるが、話はそれだけでは終わらなかった。
ガルーダは機嫌よく笑っていた目を真剣な物に代えて言ってきた。
「ミンティシア、お前に一つ言っておくことがある」
「なんでしょう?」
許してもらったばかりでまた怒られないようにミンティシアは居住まいを正して受けた。ガルーダは言う。忠告するように。
「お前の担当した少年の傍にいた悪魔。あれは次期幹部候補と噂されているトウカ・ヴァイアレートだ。とても冷たく危険な悪魔だと言われている。気を付けろ」
「トウカ・ヴァイアレート……」
なんだか灯花さんみたいな名前だと思った。あの人は優しいし、初恋の子供の頃から正樹と会っているから違うと思うが。
考えるミンティシアの横からキトラが言った。
「そんな危険な奴がいるなら、あたし達も協力するべきでは?」
そんなキトラの思い付きの提案をガルーダはきっぱりと断った。
「ならぬ。奴はそれを狙っているのだ。こちらが動くのを口実にさらなる強大な戦力を向けてくるだろう。トウカほどの冷酷で知られる悪魔ならそう考えてもおかしくはない」
「では、どうすれば……」
「問題は無い。あの少年が悪魔に負けない強い愛を持っていればな」
ガルーダの強い信頼を見せる瞳がミンティシアを見る。ミンティシアも強い決意で頷いて答えた。
「はい! 正樹さんの愛は必ずあたしが見つけてみせます!」
「うむ、任せたぞ」
「困ったことがあったらいつでもあたしに言いなさいよ」
「ありがとう、キトラ!」
そうして、天使達の短い天界の旅は終わり、キトラとミンティシアは再び自分達の担当する人間のところに戻って行った。
天使が出かけて静かになった正樹の家。久しぶりの静けさを噛みしめながら正樹と優は何となく落ち着かない気分を感じながらテーブルを挟んで座っていた。
「静かになったね」
「あの子、騒がしかったものね」
「…………」
「…………」
「テレビでも付けようか」
「それよりも」
リモコンを取りかける正樹だったが優の語気を強めた声を聞いてその手を引っ込めた。優は真面目な話をしようとしている。その雰囲気を正樹は感じ取って彼女の言葉を待った。
少し経って、優は言葉を口にした。
「お兄ちゃんは誰を愛するか決めたの?」
「え!?」
いきなりの発言に正樹は驚いて口を噤んでしまう。優は言葉を続けてきた。
「あの子はお兄ちゃんに愛する事を伝えに来たんでしょ? だったらその答えを出さないとあの子の使命が終わらないじゃない」
「それは……」
正樹は考えてしまう。優はさらに言葉を畳みかけるように続けてくる。
「灯花お姉ちゃんと付き合うの?」
「それは……」
「それとも……」
「…………」
あたし? とは優は言えなかった。正樹本人を前にして今までの関係を壊すようなことは言えなかった。
お互いに黙り込んでしまう。しばらくして、今度言う事にしたのは正樹の方だった。考えながらの言葉を口にする。
「灯花さんのことは好きだよ」
「!!」
「でも、付き合うと言ったら少し違う気がする。高嶺の花というのかな。憧れとかそんな気持ちの方が強いと思うんだ」
「子供の頃以来に久しぶりに会ったんだものね。いきなりは踏み出せないか」
「優とならずっと一緒にいても安心なのにな」
「え!?」
「いつも一緒にいてくれてありがとうな。これからも一緒にいてくれると嬉しい」
「う、うん! あたしならずっと一緒にいるよ!」
「…………」
「…………」
何となく気まずい空気が流れてしまう。正樹は誤魔化すようにテレビのリモコンを手に取った。
「やっぱり何か見ようか」
「うん、何か面白い番組やってるかなあ」
人の恋の問題は難しい。結局はまだ答えを出せない正樹達だった。
さて、その頃、人間界では。
「スライムを相手に余計な時間を取りました。さて、どうしましょうか」
正樹を狙って、恐るべき悪魔トウカ・ヴァイアレートが人間の少女、村咲灯花として家の前まで訪れていた。彼女はここへ来て迷っていた。
「どんな顔をして彼と会えばいいでしょうか、どこも嫌われるようなところは無いでしょうか、変なところはありませんよね。よし」
そして、赤くなってもじもじとするのを止めて、いつもの綺麗なお姉さんの佇まいを意識して彼の家の玄関へと近づいていった。
「フフ、わたしはエリートの悪魔なんですよ。たかが人間一人を恐れるはずがないではありませんか。彼の心など簡単に物にしてみせますよ。待ってなさい、正樹さん」
そう自分に言い聞かせながら歩いていると、いきなり誰かに背後から襲い掛かられて抱き着かれた。
「灯花さーーーん」
「て、天使ーーー!」
背後からしがみついてきたのは天使の少女ミンティシアだ。攻撃されたと思った灯花は慌てて振りほどこうとしたが、ミンティシアの顔には笑顔があって悪意は無かった。
「何のつもりなんですか、あなた!」
「誠意ですよ! 優さんに教えてもらいました!」
「優! あの女、また良からぬ事を!」
そうして、二人がじゃれていた時だった。騒ぎを聞きつけて正樹と優が玄関を開けて姿を現した。
「ミンティシア、帰ってきたなら早く上がりなよ。灯花さん!?」
「何を家の前で暴れているのよ。ゲゲッ、灯花! いや、お姉ちゃん。いらっしゃい」
「そこで偶然会いましてね。フフフ」
三人それぞれ思う所はあったが、建前では仲良く笑い合う三人。正樹は初恋の人を照れくささと憧れの眼差しで見つめ、優と灯花はお互いに敵意を飛ばしていた。
ミンティシアはふと気が付いた事があった。それを改めて言う。
「そうだ。初恋の人と会えたんだから今日こそこくは」
「だから、それは止めろと言ったでしょーーー!」
素早く飛び出した優のフライングクロスチョップが炸裂。ミンティシアは見事に食らってしがみついていた灯花の背中から地面へと転がり落ちた。
「優!?」
「優さん!?」
いきなりのことに正樹と灯花はびっくり。気が付いた優は慌てて弁解した。
「いや、あたしもミンティシアに仲良く抱き着こうとしたんだけど、手元が狂っちゃった。てへへ」
「あの、初恋って今でも……?」
「あ、それは……」
良からぬ空気を察知する優。空気を散らすようにパンパンと手を叩いた。
「はいはーい、続きは家でしよ。お姉ちゃんも上がっていって」
「はい、お世話になります」
「優、あんまり押すなよ。ミンティシアも早く来いよ」
三人は仲良く家に入っていく。それを電信柱の陰から死神の少女メルトが見ていた。
「トウカ、上手くやってるの? ぜひお手並みを拝見させてもらいたいものだわ。それであたしも上手くやるからね」
やる気の起きない自分にぜひお手本をと願う少女だった。
天気のいい日だ。譲治はカオンを連れて町をぶらぶらと散歩していた。
彼の行き先は分からないが、きっと上手くいくはずだとカオンは信じていた。
「あの店にするか」
「はい」
だって、今のカオンはもう譲治のことを恐れていないから。きっと彼の良さも誰かが見つけてくれると思い、カオンは譲治の教えてくれた店に一緒に入っていった。
正樹の家の前で倒れたミンティシアが起き上がる。
いつまでも倒れているわけにはいかない。自分達には使命があるのだ。
愛を忘れた人類に愛を伝えるために。
「天使を抜きに愛の話をしないでくださーーーい!」
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