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影追花火
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【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
伸一 N:あの日から、ただがむしゃらに生きてきた。
立ち止まることも振り返ることもせず、自分を追い込めば、考える暇もなければ、塞ぎ込むことは
ないと…。
だけどそう思えたのは、一年のうちの7割くらい。
あの季節が近づくと、街が、空気がそれに染まり始めると、嫌でも思い出してしまう。
伸一 「あの花は…。……あ、提灯…。……そうか。また一年経ったんだな」
伸一 N:会社で花見があった時、すぐそこまで来てることはわかっていた。
ただ意識しないように、気づかないフリをしていただけ。
どれだけ拒否しても、逃げ回っても、夏は必ず僕を迎えにくる。
そうして僕はまた、君のことを思い出すんだ。
* * * * *
伸一 「帰るよ、実華」
実華 「今行く!じゃあね!」
伸一 N:僕がここに来るのはいつものこと。
学部も校舎も違う実華は、放っといたらずっと友達とおしゃべりしてるような子だったから。
そんな彼女も、僕が姿を見せると、話を切り上げて帰るようになった。
実華 「言われちゃった」
伸一 「なにを?」
実華 「ラブラブで羨ましいって」
伸一 「ふーん」
実華 「ふーんって!ふーんって!」
伸一 「なに?」
実華 「私知ってるんだからね!ホントはそう言われて嬉しいんでしょ?」
伸一 「はぁ?誰が」
実華 「ね、なんで顔逸らすの?耳赤いよ?」
伸一 「あー、もううるさい、うるさい!」
実華 「しょうがないね。伸一は私にベタ惚れだもんね」
伸一 「……もう黙って」
実華 「へへ。はーい」
伸一 N:なんていうか、実華には勝てる気がしない。
もちろん勝負事じゃないし、勝ち負けなんてないんだけど、『好きになった方が負け』なんて言葉が
あるくらいだし。実際ベタ惚れだし…。
実華 N:からかったつもりはなかった。ただ彼が私を変わらず好きでいてくれる。それが一番わかる方法
だったからってだけ。
ちゃんと話したことはないけど、私もずっと気になってたなんて、きっと知らないよね。
告白されて舞い上がって、だけど気持ちがバレてたのかなって急に恥ずかしくなって、思わず
『お友達からで』なんてテンプレな返事をしちゃったからなぁ。
今はこうして付き合ってるわけだし、気にすることでもないんだろうけど。
伸一 「あ」
実華 「どうかした?」
伸一 「見てコレ」
実華 「なになにー?」
伸一 N:もうすぐ夏休み。早いとこはもう就活が始まってるとはいえ、彼女ともいろいろ行きたい。
そう思って、近場で何かないか僕は調べていた。
実華 「花火?」
伸一 「だって。結構場所近いから、屋台とかも行けそう」
実華 「ほんと?いつ?」
伸一 「えーっとね。……あ、再来週?」
実華 「ちょっと待ってね。再来週、再来週……。土曜日?」
伸一 「うん」
実華 「大丈夫!行けるよ!行く…よね?」
伸一 「実華が大丈夫なら。僕は予定ないし」
実華 「やった、楽しみー」
伸一 N:楽しそうにしている彼女を見るのは好きだ。
そんな彼女を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
実華 N:私が楽しそうにすると、彼は嬉しそうに笑う。
それを見てるだけで、とてもほっこりして幸せな気持ちになる。
伸一 N:いつもの帰り道。いつもの風景。次第に伸びて行く二つの影。
実華 N:手を繋いでるわけじゃないのに、腕を組んでるわけじゃないのに、それはいつだって重なっていた。
伸一 N:僕も。
実華 N:私も。
伸一 N:それを見るとまた、幸せな気持ちになれたんだ。
* * * * *
伸一 N:通りに並ぶ屋台。太鼓の音。浴衣を着た人たち。そして赤い提灯。
大勢の人が行き交うこの場所が、今日の会場。
実華 「お待たせー」
伸一 N:実華は相変わらず、少し時間にルーズだ。
というのは嘘で、実は僕が待ち合わせの時間よりも早く来ているだけ。
同い年だけど、少しくらい余裕のある彼氏でいたいから。
実華 「わ!始まった!」
伸一 N:がやがやする中で、ヒューっと音が鳴る。一筋の光が空を駆け昇り、視線を独り占め。
昇りきったところで消えた光は、すぐに満開の花を咲かせた。
次々に打ち上がる光。音とともに咲く花。真っ暗だった空は、まるでキャンバスのよう。
実華 「綺麗だね!来れてよかったね!」
伸一 N:空に映る花が今日の主役。だけど僕の隣には、それよりも可憐な君がいた。
僕にとっては、間違いなく彼女が主役。
彼女の隣にいられることが、何よりも嬉しかった。
+ + + +
実華 N:やっぱり彼の方が早く来ていた。
といっても、私は時間ぴったりだったし、彼も私が遅れたなんて思っていない。
伸一 「じゃあ、行こうか」
実華 N:照れ臭いのか、彼は私の方を見ないでそう言った。
小さく頷いた私は、彼の後ろをついて歩く。
伸一 「夏が来たって感じがする」
実華 N:人混みの中、迷子にならないように手を繋ぎたいと思った。
でも何故か自分からは言い出せなくて、偶然を装って手を伸ばしてみる。
伸一 「懐かしいな。……懐かしい、か」
実華 N:届くはずの距離に、すぐそこに彼の手があるのに、どうしてだろう。
彼を遠くに感じてしまう。
私はここに居るのに…。
あなたの隣で、幸せなはずなのに…。
『懐かしい』
その言葉に私は、違和感を覚えずにはいられなかった。
* * * * *
実華 「ねぇ、知ってた?この白い花」
伸一 「どれ?」
実華 「これこれ。実の方が有名なんだけどさ。知ってる?鬼灯って」
伸一 「あー。あの赤くて丸い……提灯みたいなやつ?」
実華 「そうそう」
伸一 「え?これがその鬼灯の花?あれの前?」
実華 「うん。不思議だよねえ。こんなに真っ白で綺麗な花が、あんなに色付くんだもん」
伸一 「へー」
実華 N:見つけた後に、話を振った後に思い出したこと。鬼灯の花言葉。
赤く大きい実をしてるのに、中身は空っぽなことから『偽り、ごまかし』と付けられた。
私が彼を想う気持ちに、偽りなんてない。あるはずがない。
だからこれは話さなかった。
伸一 「あ」
実華 「な、なに!?」
伸一 「ほら」
実華 N:夕方と夜の境界線。その時間。
彼が指差した先には、空を駆ける一筋の星。
見逃したかと思ったのに、一つ、また一つと流れて行く。
伸一 「いいことあるね」
実華 「願い事する?」
伸一 「する?」
実華 N:たったそれだけのやり取りがなんだかおかしくて、私たちは笑っていた。
その後に並んで手を合わせ、星に祈る。
彼が何を祈ったのかはわからないし、私も話してはいない。
だけどなんとなく、ううん。きっと同じ。
そう思えるだけの確かな繋がりと胸の高鳴りが、それを教えてくれてるような気がした。
* * * * *
伸一 N:いつも傍にあった二つの影。
実華 N:人混みに埋もれることも、紛れることもなく、夜を待たずに消えていく。
+ + + +
伸一 「見た?すごかったね、今の」
伸一 N:久しぶりの花火大会で興奮した僕は、誰もいないはずの隣にそう声をかけた。
実華 「見たよ!すごかったね!」
実華 N:そう答えたのに、彼の顔は曇ってしまう。
そこにはもう、私が大好きだった笑顔の彼はいない。
すぐ隣にいるのに、声も手も届かない。
伸一 「あ…。……っ、いつまで引きずってんだよ…」
実華 N:遠く感じていたのは、私がもう"いない"から。
彼がどれだけ近づこうとしても、私がどれだけ手を伸ばしても、影はもう重ならない。
本当は、ずっと前から気づいてた。
伸一 「今日は……違うだろ…っ」
実華 N:だけど毎年この季節になると、あなたはここにやってくる。
誰かと一緒なら、まだ少しは安心できたかもしれない。でもいつも一人だった。
どこかで私を探している。そんな気がして嬉しい反面、もういいよと声をかけてあげたくなる。
伸一 N:今日は違う。初めからそのつもりだった。
彼女を失い、途方に暮れたあの日。
小さな思い出が一つずつ、頭の中のアルバムをめくっていた。
直前まで変わらぬやり取りをしていた分、実はまだ近くにいるんじゃないかと思ったりして。
本当はわかっていたのに。
ただ信じたくないだけだった。ずっと、あの日からずっと…。
実華 N:今年はいつもと違う。そう思ったのは、曇っていた彼の表情から笑みが見えたから。
祭りも終わりに近づき、静けさを取り戻しつつある真っ暗な空に星が煌めく。
そこに打ち上げられる、最後の花。
伸一 N:大きく、力強く咲いた花に、僕は背中を押されたような気がした。
今はもうどこにもいない、星となった君が、ただ生きているだけの僕に伝えてくる。
実華 N:あなたの未来を。
伸一 N:前を向く勇気を。
実華 N:だから私も伝えよう。たとえ聞こえなくても、届くと信じて。
心を決めた私の目から、一粒の涙が零れて消えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
≪ タイトルコール ≫
伸一 「 影追花火(かげおいはなび) 」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
実華 「さよなら…」
伸一 N:最後の花火が消え、その場は拍手に包まれる。
ただ一人、空を見上げたままの僕の目を涙が伝っていた。
実華 「伸一…」
伸一 N:歓声に混じって、彼女の声が聞こえたような気がした。
何故か耳に残ったそれは、僕の涙を止め処なく溢れさせる。
あの日々の幸せも、あの時の苦しさも、すべてを涙に変えて。
今は思いきり泣こう。そうすればきっと、僕はようやく君を――。
実華 「ありがとう」
fin...
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
伸一 N:あの日から、ただがむしゃらに生きてきた。
立ち止まることも振り返ることもせず、自分を追い込めば、考える暇もなければ、塞ぎ込むことは
ないと…。
だけどそう思えたのは、一年のうちの7割くらい。
あの季節が近づくと、街が、空気がそれに染まり始めると、嫌でも思い出してしまう。
伸一 「あの花は…。……あ、提灯…。……そうか。また一年経ったんだな」
伸一 N:会社で花見があった時、すぐそこまで来てることはわかっていた。
ただ意識しないように、気づかないフリをしていただけ。
どれだけ拒否しても、逃げ回っても、夏は必ず僕を迎えにくる。
そうして僕はまた、君のことを思い出すんだ。
* * * * *
伸一 「帰るよ、実華」
実華 「今行く!じゃあね!」
伸一 N:僕がここに来るのはいつものこと。
学部も校舎も違う実華は、放っといたらずっと友達とおしゃべりしてるような子だったから。
そんな彼女も、僕が姿を見せると、話を切り上げて帰るようになった。
実華 「言われちゃった」
伸一 「なにを?」
実華 「ラブラブで羨ましいって」
伸一 「ふーん」
実華 「ふーんって!ふーんって!」
伸一 「なに?」
実華 「私知ってるんだからね!ホントはそう言われて嬉しいんでしょ?」
伸一 「はぁ?誰が」
実華 「ね、なんで顔逸らすの?耳赤いよ?」
伸一 「あー、もううるさい、うるさい!」
実華 「しょうがないね。伸一は私にベタ惚れだもんね」
伸一 「……もう黙って」
実華 「へへ。はーい」
伸一 N:なんていうか、実華には勝てる気がしない。
もちろん勝負事じゃないし、勝ち負けなんてないんだけど、『好きになった方が負け』なんて言葉が
あるくらいだし。実際ベタ惚れだし…。
実華 N:からかったつもりはなかった。ただ彼が私を変わらず好きでいてくれる。それが一番わかる方法
だったからってだけ。
ちゃんと話したことはないけど、私もずっと気になってたなんて、きっと知らないよね。
告白されて舞い上がって、だけど気持ちがバレてたのかなって急に恥ずかしくなって、思わず
『お友達からで』なんてテンプレな返事をしちゃったからなぁ。
今はこうして付き合ってるわけだし、気にすることでもないんだろうけど。
伸一 「あ」
実華 「どうかした?」
伸一 「見てコレ」
実華 「なになにー?」
伸一 N:もうすぐ夏休み。早いとこはもう就活が始まってるとはいえ、彼女ともいろいろ行きたい。
そう思って、近場で何かないか僕は調べていた。
実華 「花火?」
伸一 「だって。結構場所近いから、屋台とかも行けそう」
実華 「ほんと?いつ?」
伸一 「えーっとね。……あ、再来週?」
実華 「ちょっと待ってね。再来週、再来週……。土曜日?」
伸一 「うん」
実華 「大丈夫!行けるよ!行く…よね?」
伸一 「実華が大丈夫なら。僕は予定ないし」
実華 「やった、楽しみー」
伸一 N:楽しそうにしている彼女を見るのは好きだ。
そんな彼女を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
実華 N:私が楽しそうにすると、彼は嬉しそうに笑う。
それを見てるだけで、とてもほっこりして幸せな気持ちになる。
伸一 N:いつもの帰り道。いつもの風景。次第に伸びて行く二つの影。
実華 N:手を繋いでるわけじゃないのに、腕を組んでるわけじゃないのに、それはいつだって重なっていた。
伸一 N:僕も。
実華 N:私も。
伸一 N:それを見るとまた、幸せな気持ちになれたんだ。
* * * * *
伸一 N:通りに並ぶ屋台。太鼓の音。浴衣を着た人たち。そして赤い提灯。
大勢の人が行き交うこの場所が、今日の会場。
実華 「お待たせー」
伸一 N:実華は相変わらず、少し時間にルーズだ。
というのは嘘で、実は僕が待ち合わせの時間よりも早く来ているだけ。
同い年だけど、少しくらい余裕のある彼氏でいたいから。
実華 「わ!始まった!」
伸一 N:がやがやする中で、ヒューっと音が鳴る。一筋の光が空を駆け昇り、視線を独り占め。
昇りきったところで消えた光は、すぐに満開の花を咲かせた。
次々に打ち上がる光。音とともに咲く花。真っ暗だった空は、まるでキャンバスのよう。
実華 「綺麗だね!来れてよかったね!」
伸一 N:空に映る花が今日の主役。だけど僕の隣には、それよりも可憐な君がいた。
僕にとっては、間違いなく彼女が主役。
彼女の隣にいられることが、何よりも嬉しかった。
+ + + +
実華 N:やっぱり彼の方が早く来ていた。
といっても、私は時間ぴったりだったし、彼も私が遅れたなんて思っていない。
伸一 「じゃあ、行こうか」
実華 N:照れ臭いのか、彼は私の方を見ないでそう言った。
小さく頷いた私は、彼の後ろをついて歩く。
伸一 「夏が来たって感じがする」
実華 N:人混みの中、迷子にならないように手を繋ぎたいと思った。
でも何故か自分からは言い出せなくて、偶然を装って手を伸ばしてみる。
伸一 「懐かしいな。……懐かしい、か」
実華 N:届くはずの距離に、すぐそこに彼の手があるのに、どうしてだろう。
彼を遠くに感じてしまう。
私はここに居るのに…。
あなたの隣で、幸せなはずなのに…。
『懐かしい』
その言葉に私は、違和感を覚えずにはいられなかった。
* * * * *
実華 「ねぇ、知ってた?この白い花」
伸一 「どれ?」
実華 「これこれ。実の方が有名なんだけどさ。知ってる?鬼灯って」
伸一 「あー。あの赤くて丸い……提灯みたいなやつ?」
実華 「そうそう」
伸一 「え?これがその鬼灯の花?あれの前?」
実華 「うん。不思議だよねえ。こんなに真っ白で綺麗な花が、あんなに色付くんだもん」
伸一 「へー」
実華 N:見つけた後に、話を振った後に思い出したこと。鬼灯の花言葉。
赤く大きい実をしてるのに、中身は空っぽなことから『偽り、ごまかし』と付けられた。
私が彼を想う気持ちに、偽りなんてない。あるはずがない。
だからこれは話さなかった。
伸一 「あ」
実華 「な、なに!?」
伸一 「ほら」
実華 N:夕方と夜の境界線。その時間。
彼が指差した先には、空を駆ける一筋の星。
見逃したかと思ったのに、一つ、また一つと流れて行く。
伸一 「いいことあるね」
実華 「願い事する?」
伸一 「する?」
実華 N:たったそれだけのやり取りがなんだかおかしくて、私たちは笑っていた。
その後に並んで手を合わせ、星に祈る。
彼が何を祈ったのかはわからないし、私も話してはいない。
だけどなんとなく、ううん。きっと同じ。
そう思えるだけの確かな繋がりと胸の高鳴りが、それを教えてくれてるような気がした。
* * * * *
伸一 N:いつも傍にあった二つの影。
実華 N:人混みに埋もれることも、紛れることもなく、夜を待たずに消えていく。
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伸一 「見た?すごかったね、今の」
伸一 N:久しぶりの花火大会で興奮した僕は、誰もいないはずの隣にそう声をかけた。
実華 「見たよ!すごかったね!」
実華 N:そう答えたのに、彼の顔は曇ってしまう。
そこにはもう、私が大好きだった笑顔の彼はいない。
すぐ隣にいるのに、声も手も届かない。
伸一 「あ…。……っ、いつまで引きずってんだよ…」
実華 N:遠く感じていたのは、私がもう"いない"から。
彼がどれだけ近づこうとしても、私がどれだけ手を伸ばしても、影はもう重ならない。
本当は、ずっと前から気づいてた。
伸一 「今日は……違うだろ…っ」
実華 N:だけど毎年この季節になると、あなたはここにやってくる。
誰かと一緒なら、まだ少しは安心できたかもしれない。でもいつも一人だった。
どこかで私を探している。そんな気がして嬉しい反面、もういいよと声をかけてあげたくなる。
伸一 N:今日は違う。初めからそのつもりだった。
彼女を失い、途方に暮れたあの日。
小さな思い出が一つずつ、頭の中のアルバムをめくっていた。
直前まで変わらぬやり取りをしていた分、実はまだ近くにいるんじゃないかと思ったりして。
本当はわかっていたのに。
ただ信じたくないだけだった。ずっと、あの日からずっと…。
実華 N:今年はいつもと違う。そう思ったのは、曇っていた彼の表情から笑みが見えたから。
祭りも終わりに近づき、静けさを取り戻しつつある真っ暗な空に星が煌めく。
そこに打ち上げられる、最後の花。
伸一 N:大きく、力強く咲いた花に、僕は背中を押されたような気がした。
今はもうどこにもいない、星となった君が、ただ生きているだけの僕に伝えてくる。
実華 N:あなたの未来を。
伸一 N:前を向く勇気を。
実華 N:だから私も伝えよう。たとえ聞こえなくても、届くと信じて。
心を決めた私の目から、一粒の涙が零れて消えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
≪ タイトルコール ≫
伸一 「 影追花火(かげおいはなび) 」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
実華 「さよなら…」
伸一 N:最後の花火が消え、その場は拍手に包まれる。
ただ一人、空を見上げたままの僕の目を涙が伝っていた。
実華 「伸一…」
伸一 N:歓声に混じって、彼女の声が聞こえたような気がした。
何故か耳に残ったそれは、僕の涙を止め処なく溢れさせる。
あの日々の幸せも、あの時の苦しさも、すべてを涙に変えて。
今は思いきり泣こう。そうすればきっと、僕はようやく君を――。
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