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第二章・少女剣士たちとの出会い
剛力の剣士 栞桜
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「ったくよぉ! 気楽な旅だと思ってたのに、なんでこんな面倒なことになってるんだ!?」
真正面からの打ち込みを防ぎ、切り払う。軽やかに宙を舞い後退した少女は、着地と共に即座に体勢を立て直した。
燈は、そんな彼女に油断なく視線を向けている。本気で殺し合う気分にはなれないが、真剣での斬り合いを行っている以上、手を抜くなんて真似が出来るわけがない。
何より、今のたった一合だけのぶつかり合いで、彼女の実力が理解出来た。
いや、正確には、彼女の力が、と言った方が正しいだろう。
「……お前、本当に女かよ? どんだけ鍛えたら、こんな馬鹿力が出せるようになるんだ?」
煽るわけでも、ふざけているわけでもなく、燈は本心から少女へとそう尋ねた。
真正面からの一撃を防いだ際、自分は全力で気力での身体能力強化を行っていたはずだ。宗正から叩き込まれた基礎は、しっかりとこの戦いの場面でも発揮することが出来た。
しかし、それなのに……自分の腕には、今まで感じたことのない痺れが走っている。
まるで重い鉛玉を弾いたかのような、そんな感覚。
毎日にように行っていた素振りと基礎訓練のお陰で今までよりも飛躍的に丈夫に鍛えられたはずの燈の体が、腕が、たった一発の攻撃で音を上げかけている。
女性の剣と聞くと、どうしても流麗な剣技を思い浮かべがちになってしまうが、今、自分が相対しているこの少女の剣はそれとはまるで正反対だ。
一発の攻撃が、信じられないくらいに重い。文字通り、一撃必殺の攻撃が防御を打ち砕かんばかりの勢いで繰り出されてくる。
気力と武神刀の能力を用いた、燈の火の剣技とは似ているようで別物。
彼女の剣は、純粋な力のみで構成された正面突破の技とも呼べない力押しだ。
(あれがあの女の身体能力なのか、はたまた武神刀の能力なのかはわかんねえが……どちらにせよ、欠片も油断するわけにはいかねえな)
彼女の戦い方は至って単純。だが、それ故の強さがはっきりと感じられる。
あの重い打ち込みにまともに付き合っていては、燈の腕がもたないだろう。受け流しの剣技に関してはそこまで得意ではない燈からすれば、彼女の攻撃は躱す以外に有効な防御方法は思い浮かばない。
だが、避けているだけでは勝つことは出来ないのは自明の理……であるならば、もう取るべき手段はたった一つだけだ。
(向こうが攻める前に、こっちが攻め込む! 攻撃は最大の防御だ!!)
向こうの攻撃を防ぐことが難しいのなら、そもそも攻撃をさせなければいい。
燈が攻めに出て、彼女に反撃の隙を与えさえしなければ、あの重い攻撃を受けることはないのだから。
結局のところ、この勝負は燈と少女のどちらが自分の戦い方が出来るかの勝負である。
両者が共に攻撃に特化した戦い方を得意とする剣士である以上、自分の得意な戦術に相手を巻き込んだ方が勝つのが当たり前の話だ。
こういうゴリゴリのぶつかり合いの際に大事なのは、絶対に気後れしないこと。
自分も相手も真正面から突っ込む。そのぶつかり合いで負けるのは、少しでも怯んだ方だということを燈は長年の喧嘩人生において学んでいた。
相撲の立ち合いと一緒。最初に臆したら、そのまま土俵際まで押し込まれ、そのまま押し出されてしまう。
気合を入れ、絶対に負けないという覚悟を固め、その気持ちを最後まで維持し続けること。それが出来なくなった方がこの勝負で負けると理解している燈は、相応の覚悟を決めて少女を睨んでいたのだが――。
「……悪いのか? 女が、こんな馬鹿力を持っていて。女らしくないとでも言いたいのか?」
「あん……?」
――燈と向かい合う少女は、そんな頓珍漢な返しを口にした。
わなわなと肩を震わせ、心底腹立たしいとばかりに怒りに満ちた口調で、そう問いかける少女の姿に疑念を抱いた燈は、一瞬だけ警戒を解く。
……それが、いけなかった。
「私を……私を、女だと思うな! 私は一介の剣士! 栞桜という名のただの武士だ! 女としての自分など、とうの昔に捨て去っている!! 私を、甘く見るな!!」
「うおっ!?」
激情のまま、叫びを上げた少女が再び燈へと突っ込んで来る。
一瞬の油断を突かれた燈は、立ち合いの中で気を抜いた自分自身の不覚を恥じながらも、懸命に栞桜の攻撃を防ぐための体勢を整えた。
気力の充填。防御の構えへの移行。緊張と脱力を丁度良く配分した体勢を取る。
自分に守備の方法を徹底的に叩き込んでくれた宗正に感謝しつつ、これならば痛撃は喰らわないだろうとほんの少しだけ安堵する燈であったが、そういった油断の感情を突かれて、今しがた自分が危機に陥っているということを彼は忘れていた。
「目覚めろ、『金剛』!! お前の力を見せてやれっ!!」
「なっ!?」
面打ちの体勢に移行した栞桜の手に握られている武神刀が鈍い輝きを放つ。
ウォン、と空気を震わせる唸りが響いた後、彼女が頭上に掲げたその刀の形は大きく様変わりしていた。
その刀身が、刀の幅が、あり得ないくらいに大きくなっている。
切っ先から根元までの長さはどう見ても人一人分はあり、太さも厚みも通常の刀とは比較にならない程に重厚さを増した形状に変化したその刀は、もはや『刀』という分類に属している武器ではなくなっていた。
野太刀や大太刀なんてものじゃない。一言で表すならば、『刀の形を保とうとしている鉄塊』だ。
人間の数十倍は重いであろうそれを、栞桜はいとも簡単に振り回している。武神刀の能力で重さを感じないのではなく、彼女は純粋に自分の力のみであの巨大な刀もどきを振り回しているのだろう。
それでも、やはり機敏さは薄い。栞桜の攻撃は、蒼や宗正のように、素早い動きから繰り出されるといった風な動きではない。
だが、その巨大な鉄の塊を持ち上げ、渾身の力で振り下ろすという光景は、燈の心を圧倒した。
臆した、というよりかは絶句した、の方が正しいだろう。
防御のことなど何も考えず、ただ感情のままに繰り出した栞桜の強大な一撃を前に、燈は気後れとまではいかずとも唖然としてしまった。
そして……それが、自分にとって良くないことを引き起こす感情であると燈が気が付いた時には、彼の体は地面をバウンドして、屋敷の庭を音を立てて転がっていたのである。
「あ、燈くんっ!?」
文字通り、天地が逆転する感覚。地面に叩きつけられ、勢い余って上空へと浮かび上がった後、再び落下した燈の体が地べたを転がる様に、それを見ていたこころが悲痛な声を上げる。
そんな彼女を安心させるように手を上げ、しかしてしっかりとダメージを受けた燈は、何度も首を振って明滅する視界をはっきりとさせながら、笑う膝を奮い立たせて無理矢理に立ち上がった。
「ぐおぉぉぉ……っ!? や、やっべぇ……! あ、頭がぐわんぐわんする……!!」
大剣の振り下ろしを防いでくれた『紅龍』の丈夫さに感謝しつつ、その防御をもってしても殺しきれなかった攻撃の威力に改めて戦慄する燈。
適度な脱力のお陰で助かったが、その場に踏ん張って防御しようとしていたのならば、間違いなく今の一撃で地面に叩き潰された自分の亡骸が出来上がっていたであろうと考え、その光景を想像した燈は、ぶるりと身震いしてから栞桜を見やる。
形状を変化させた武神刀を構え、怒りに満ちた瞳で自分を睨む彼女の姿は、先の一撃の威力も合わせてやはり燈の心に竦みを齎すに十分な雰囲気を纏っている。
が、しかし……これ以上、無様な姿を晒すわけにはいかない。
自分の醜態は、自分を育ててくれた師の不始末を意味する。まだまだ未熟な自分だが、それは宗正の責任ではなく燈自身に問題があるが故の未熟なのだ。
先の油断も含め、自分の失敗のせいで宗正が甘く見られることだけは絶対に避けなければならない。
それに、こうして戦ってはいるが、栞桜もまた師から最強の武士団を作るという夢を託された仲間であるはずだ。
その仲間に舐められたまま、失望されたまま終わるわけにはいかない。期間は短いが、燈も同じ夢のために努力を重ねてきたのだから。
だが、今の燈にはそれ以上に心を突き動かされる感情があった。
それは、自分に向けられる栞桜からの憎しみの視線……先の女扱いが彼女の逆鱗に触れたのかもしれないが、それだけでここまで激高することなどあり得るのだろうか?
何か、そう、なにか……栞桜には燈には窺い知れない事情があるのかもしれない。
彼女には女扱いを忌避する何か特別な理由があるのかもしれないと考えた燈は、この立ち合いの中でその理由を一端でも感じ取ろうとしていたのである。
感情をむき出しにして自分にぶつかってくる栞桜から、彼女の抱えている事情を汲み取りたい。
この先、共に夢を叶えようとする仲間として、彼女がここまで怒りを露わにする理由を知ろうとする燈は、今度こそ完全に油断無く、彼女との立ち合いに臨むのであった。
真正面からの打ち込みを防ぎ、切り払う。軽やかに宙を舞い後退した少女は、着地と共に即座に体勢を立て直した。
燈は、そんな彼女に油断なく視線を向けている。本気で殺し合う気分にはなれないが、真剣での斬り合いを行っている以上、手を抜くなんて真似が出来るわけがない。
何より、今のたった一合だけのぶつかり合いで、彼女の実力が理解出来た。
いや、正確には、彼女の力が、と言った方が正しいだろう。
「……お前、本当に女かよ? どんだけ鍛えたら、こんな馬鹿力が出せるようになるんだ?」
煽るわけでも、ふざけているわけでもなく、燈は本心から少女へとそう尋ねた。
真正面からの一撃を防いだ際、自分は全力で気力での身体能力強化を行っていたはずだ。宗正から叩き込まれた基礎は、しっかりとこの戦いの場面でも発揮することが出来た。
しかし、それなのに……自分の腕には、今まで感じたことのない痺れが走っている。
まるで重い鉛玉を弾いたかのような、そんな感覚。
毎日にように行っていた素振りと基礎訓練のお陰で今までよりも飛躍的に丈夫に鍛えられたはずの燈の体が、腕が、たった一発の攻撃で音を上げかけている。
女性の剣と聞くと、どうしても流麗な剣技を思い浮かべがちになってしまうが、今、自分が相対しているこの少女の剣はそれとはまるで正反対だ。
一発の攻撃が、信じられないくらいに重い。文字通り、一撃必殺の攻撃が防御を打ち砕かんばかりの勢いで繰り出されてくる。
気力と武神刀の能力を用いた、燈の火の剣技とは似ているようで別物。
彼女の剣は、純粋な力のみで構成された正面突破の技とも呼べない力押しだ。
(あれがあの女の身体能力なのか、はたまた武神刀の能力なのかはわかんねえが……どちらにせよ、欠片も油断するわけにはいかねえな)
彼女の戦い方は至って単純。だが、それ故の強さがはっきりと感じられる。
あの重い打ち込みにまともに付き合っていては、燈の腕がもたないだろう。受け流しの剣技に関してはそこまで得意ではない燈からすれば、彼女の攻撃は躱す以外に有効な防御方法は思い浮かばない。
だが、避けているだけでは勝つことは出来ないのは自明の理……であるならば、もう取るべき手段はたった一つだけだ。
(向こうが攻める前に、こっちが攻め込む! 攻撃は最大の防御だ!!)
向こうの攻撃を防ぐことが難しいのなら、そもそも攻撃をさせなければいい。
燈が攻めに出て、彼女に反撃の隙を与えさえしなければ、あの重い攻撃を受けることはないのだから。
結局のところ、この勝負は燈と少女のどちらが自分の戦い方が出来るかの勝負である。
両者が共に攻撃に特化した戦い方を得意とする剣士である以上、自分の得意な戦術に相手を巻き込んだ方が勝つのが当たり前の話だ。
こういうゴリゴリのぶつかり合いの際に大事なのは、絶対に気後れしないこと。
自分も相手も真正面から突っ込む。そのぶつかり合いで負けるのは、少しでも怯んだ方だということを燈は長年の喧嘩人生において学んでいた。
相撲の立ち合いと一緒。最初に臆したら、そのまま土俵際まで押し込まれ、そのまま押し出されてしまう。
気合を入れ、絶対に負けないという覚悟を固め、その気持ちを最後まで維持し続けること。それが出来なくなった方がこの勝負で負けると理解している燈は、相応の覚悟を決めて少女を睨んでいたのだが――。
「……悪いのか? 女が、こんな馬鹿力を持っていて。女らしくないとでも言いたいのか?」
「あん……?」
――燈と向かい合う少女は、そんな頓珍漢な返しを口にした。
わなわなと肩を震わせ、心底腹立たしいとばかりに怒りに満ちた口調で、そう問いかける少女の姿に疑念を抱いた燈は、一瞬だけ警戒を解く。
……それが、いけなかった。
「私を……私を、女だと思うな! 私は一介の剣士! 栞桜という名のただの武士だ! 女としての自分など、とうの昔に捨て去っている!! 私を、甘く見るな!!」
「うおっ!?」
激情のまま、叫びを上げた少女が再び燈へと突っ込んで来る。
一瞬の油断を突かれた燈は、立ち合いの中で気を抜いた自分自身の不覚を恥じながらも、懸命に栞桜の攻撃を防ぐための体勢を整えた。
気力の充填。防御の構えへの移行。緊張と脱力を丁度良く配分した体勢を取る。
自分に守備の方法を徹底的に叩き込んでくれた宗正に感謝しつつ、これならば痛撃は喰らわないだろうとほんの少しだけ安堵する燈であったが、そういった油断の感情を突かれて、今しがた自分が危機に陥っているということを彼は忘れていた。
「目覚めろ、『金剛』!! お前の力を見せてやれっ!!」
「なっ!?」
面打ちの体勢に移行した栞桜の手に握られている武神刀が鈍い輝きを放つ。
ウォン、と空気を震わせる唸りが響いた後、彼女が頭上に掲げたその刀の形は大きく様変わりしていた。
その刀身が、刀の幅が、あり得ないくらいに大きくなっている。
切っ先から根元までの長さはどう見ても人一人分はあり、太さも厚みも通常の刀とは比較にならない程に重厚さを増した形状に変化したその刀は、もはや『刀』という分類に属している武器ではなくなっていた。
野太刀や大太刀なんてものじゃない。一言で表すならば、『刀の形を保とうとしている鉄塊』だ。
人間の数十倍は重いであろうそれを、栞桜はいとも簡単に振り回している。武神刀の能力で重さを感じないのではなく、彼女は純粋に自分の力のみであの巨大な刀もどきを振り回しているのだろう。
それでも、やはり機敏さは薄い。栞桜の攻撃は、蒼や宗正のように、素早い動きから繰り出されるといった風な動きではない。
だが、その巨大な鉄の塊を持ち上げ、渾身の力で振り下ろすという光景は、燈の心を圧倒した。
臆した、というよりかは絶句した、の方が正しいだろう。
防御のことなど何も考えず、ただ感情のままに繰り出した栞桜の強大な一撃を前に、燈は気後れとまではいかずとも唖然としてしまった。
そして……それが、自分にとって良くないことを引き起こす感情であると燈が気が付いた時には、彼の体は地面をバウンドして、屋敷の庭を音を立てて転がっていたのである。
「あ、燈くんっ!?」
文字通り、天地が逆転する感覚。地面に叩きつけられ、勢い余って上空へと浮かび上がった後、再び落下した燈の体が地べたを転がる様に、それを見ていたこころが悲痛な声を上げる。
そんな彼女を安心させるように手を上げ、しかしてしっかりとダメージを受けた燈は、何度も首を振って明滅する視界をはっきりとさせながら、笑う膝を奮い立たせて無理矢理に立ち上がった。
「ぐおぉぉぉ……っ!? や、やっべぇ……! あ、頭がぐわんぐわんする……!!」
大剣の振り下ろしを防いでくれた『紅龍』の丈夫さに感謝しつつ、その防御をもってしても殺しきれなかった攻撃の威力に改めて戦慄する燈。
適度な脱力のお陰で助かったが、その場に踏ん張って防御しようとしていたのならば、間違いなく今の一撃で地面に叩き潰された自分の亡骸が出来上がっていたであろうと考え、その光景を想像した燈は、ぶるりと身震いしてから栞桜を見やる。
形状を変化させた武神刀を構え、怒りに満ちた瞳で自分を睨む彼女の姿は、先の一撃の威力も合わせてやはり燈の心に竦みを齎すに十分な雰囲気を纏っている。
が、しかし……これ以上、無様な姿を晒すわけにはいかない。
自分の醜態は、自分を育ててくれた師の不始末を意味する。まだまだ未熟な自分だが、それは宗正の責任ではなく燈自身に問題があるが故の未熟なのだ。
先の油断も含め、自分の失敗のせいで宗正が甘く見られることだけは絶対に避けなければならない。
それに、こうして戦ってはいるが、栞桜もまた師から最強の武士団を作るという夢を託された仲間であるはずだ。
その仲間に舐められたまま、失望されたまま終わるわけにはいかない。期間は短いが、燈も同じ夢のために努力を重ねてきたのだから。
だが、今の燈にはそれ以上に心を突き動かされる感情があった。
それは、自分に向けられる栞桜からの憎しみの視線……先の女扱いが彼女の逆鱗に触れたのかもしれないが、それだけでここまで激高することなどあり得るのだろうか?
何か、そう、なにか……栞桜には燈には窺い知れない事情があるのかもしれない。
彼女には女扱いを忌避する何か特別な理由があるのかもしれないと考えた燈は、この立ち合いの中でその理由を一端でも感じ取ろうとしていたのである。
感情をむき出しにして自分にぶつかってくる栞桜から、彼女の抱えている事情を汲み取りたい。
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