和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第二章・少女剣士たちとの出会い

師弟の亀裂

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「そこまで! 勝者、虎藤燈!!」

「やった……! やりましたよ、栞桜さん! 燈くんも勝って、これで二連勝で――っ!」

 桔梗の勝ち名乗りを受け、燈もまた立ち合いに勝利した姿を見たこころは、歓喜の表情を浮かべて栞桜へと声をかけたのだが……そこで、はっと息を詰まらせた。

 燈の勝利を見届けた栞桜の表情には複雑な感情が入り乱れている。

 憎き仇敵が完膚なきまでに叩きのめされた姿を見て多少は心が晴れやかになったことで生まれたのであろう、爽快感。

 されど、それを成したのが自分ではなく、あまり好ましく思っていない男であるということから来る、不満。

 そして自分が散々苦戦し、敗北を重ねてきた相手を初陣で打ち倒してみせた燈への嫉妬の感情と、様々な感情が渦巻いている栞桜の胸中を反映したかのように、彼女の表情は幸福とも不幸ともいえない不可思議な様相を呈していた。

 悔しいのだろう。辛いのだろう。だが、そんな感情を爆発させ、嫉妬心を燈にぶつけてしまえば、自分の惨めさが際立つだけだ。
 そう、自分自身に言い聞かせ、ぎりぎりのところで踏み止まっているであろう栞桜の様子を目の当たりにしたこころは、彼女に何も言えなくなってしまった。

「……さあ、これで俺もすっきりした。引き留めて悪かったな。もう、帰っていいぜ」

 名前を馬鹿にされたことと、仲間として見ている栞桜を罵倒されたことで渦巻いていた不満を発散させた燈は、ギラついた笑みを浮かべながら狸男へとそう告げた。
 桔梗もまた、その言葉を肯定するかのように屋敷の出口を指し示し、彼らの退去を促している。

 自分が雇っている武士たちの中でも有数の腕利きであるくちなわ兄弟の敗北に唖然としていた狸男であったが、やがてぎりりと歯を食いしばると、喉から絞り出すような声を漏らして、こう述べた。

「納得が、いかへん……! こんな勝負、何の意味もあらへんがな!」

「あ? 急にどうしたんだよ、おっさん? そもそもこの勝負になんか賭けるとか、そんなつもりは毛頭なかったんだが?」

「わしらが負けたんは桔梗はんの弟子やない! こんなようわからん素性の、ぽっと出の坊主たちやないか! それなのに桔梗はんやあのガキどもが勝ち誇ってるのが気に食わん! あいつらは男には勝てん女の、それも失敗作どもやないかい!!」

「っっ……!!」

 完全に被害妄想甚だしい狸男の叫びが木霊した時、こころは本日二度目の空気がひび割れる感覚を覚えていた。
 目の前で燈が自分が打ち果たせなかった斑を易々と倒す瞬間を目の当たりにしてしまった栞桜が、そのことを悔しがっていないはずがない。
 自分自身の未熟さを責めはしても、他人の勝利を我が物のように考えて勝ち誇ることなど、彼女がするわけがない。

 今、栞桜は懸命にその悔しい感情と屈辱を堪えている。仮にも仲間であり、自分たちのことを中傷したくちなわ兄弟に対する怒りを含めて戦ってくれた燈と蒼の勝利に水を差さぬよう、必死に自分自身を抑えているのだ。

 そんな、ぎりぎりのところで踏み止まっていた栞桜の心の堤防を決壊させるのに、今の一言は十分な威力を誇っていた。

「おい、おっさん。さっき俺がそこで伸びてる馬鹿に言った台詞を聞いてなかったのか? それとも、あいつらを馬鹿にするなって言葉の意味がわかんねえのか?」 

「じゃかしいわ、このガキが! 燈だか木こりだか知らんが、こっちの話に急に割り込んできおってからに! お前らさえいなければ、もっと楽に話が進んでたものを……!!」

「……おっさん、やっぱ言葉の意味がわかってねえみたいだな? 誰の名前が木こりだって? あぁっ!? てめぇ、本気で消し炭にしてやろうか!!」

「うひぃぃっ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた狸男であったが、燈の恫喝を受けた瞬間にその表情が蒼白に染まった。
 この短時間で早速、二つの注意事項を破った男に対してはもはや遠慮する必要はないとばかりに拳を鳴らし、鬼神の如き表情を浮かべながら詰め寄る燈であったが、そんな彼に制止の声と共に重厚な鉄塊が飛んでいった。

「止めろ! もうこれ以上、お前は手を出すな!!」

「あぁん……?」

 軽い地震が起きるほどの衝撃を響かせながら地面に突き立てられた『金剛』にも驚かず、ありありと怒りの感情を覗かせる表情を浮かべた燈がその声に振り向く。
 戦いを見守っていた位置から武神刀を投擲し、それを回収しながら燈と睨み合った栞桜は、暫く彼と火花を散らした後、視線を狸男の方へと向け、口を開いた。

「お前の言う通りだ。元々これは、私たちとお前たちの問題。こんな横やりが入ったことで決着がつくというのは、私も納得がいかん。……そろそろ、お互いに無駄な時間を取ることにも飽きてきた頃だ。ここらでけじめをつけようじゃないか!」

「栞桜! 勝手な真似は止しな!!」

「ぐ、ふふふふふ……っ! あきまへんな、桔梗はん。お弟子さんはやる気を見せとるんや、それを師匠が無理言うて止めたらアカンやろ? それに、お弟子さんはわしらとの決着をお望みや。一度口にした言葉を撤回するなんて真似、武士ならせえへんよな?」

「当たり前だ! 私を、なめるなっ!!」

 桔梗の制止も虚しく、完全に熱くなった栞桜は前のめりになって燃え盛る心の炎を滾らせている。
 そんな彼女から言質を取り、満足気に笑った狸男は、部下たちにのびているくちなわ兄弟を回収させると、わざとらしい礼をしながら燈たちへと告げた。

「ほな、そろそろこの不毛な戦いも終わりにしまひょか。勝負の内容は明日、改めてお伝えさせていただきますんで、今日のところはこの辺で……失礼」

「望むところだ! どんな勝負でも、私は逃げないっ!!」

「ひょひょひょ! 威勢のいい娘はんやなぁ! ……ま、その減らず口ももう聞けなくなると思うと、ちょっとばかり寂しくなるで。ガハハハハハッ!!」

 下劣な捨て台詞と不快な笑い声を残し、狸男が部下たちを引き連れて桔梗邸を後にする。
 その背に憎しみと闘志を漲らせた視線を向け、獣のような鋭い視線を向けていた栞桜が後頭部をぱしんと叩かれる痛みに我に返れば、そこには燈にも負けないくらいの怒りの表情を浮かべた桔梗の姿があった。

「……どうするつもりだい? 折角、燈坊やたちのお陰で丸く収まりかけてたってのに、お前って子は……! 余計な真似をして!」

「何が丸く収まっただ! あんな決着、ただ悔しいだけじゃないか! 勝手な理由で喧嘩をして、勝手に宿敵を倒されて……そんな決着で納得出来るわけがないだろう!?」

「それで、相手の土俵に立って無理な勝負をして何になる? 別府屋の奴らがどんな卑怯な勝負を持ちかけて来るかもわからない。自分の尻も自分で拭けないのに、馬鹿な真似をするんじゃないよ!」

「勝てばいいだけだろう!? 私はおばば様の下で何年も修行してきた! 勝てるだけの実力はあるはずだ! 勝って、あいつらを見返してやれば、それで――」

「自惚れるんじゃない! そうやって熱くなって、敵に乗せられて、何度お前は負け続けた!? 一丁前の口を叩くなら、くちなわ兄弟に勝ってからにおし!」

「っっ……!!」

 栞桜と桔梗、弟子と師匠の激しい言い争いを前に、誰もが言葉を失ってしまう。
 つい先ほどまで憤怒の形相を浮かべていた燈も押し黙って二人のやり取りを見守る中、師匠からの叱責に言葉を詰まらせた栞桜は、ぐっと拳を握り締めながら絞り出すような声で言った。

「おばば様は……私を、信じてないんだな。ずっとおばば様の下で修業して、頑張ってきた私のことなんて、これっぽっちも信じていないんだ! 私が女で、失敗作だから! だからずっと一緒にいた私より、この男たちの方を信じるんだ!」

「栞桜、私はねぇ……!!」

「もういい! おばば様がそのつもりなら、私だって一人で勝手にやらせてもらう! あいつらにも勝って、私が一人前の武士だってことを認めさせるんだ!」

「あっ! おい……!!」

 子供が駄々をこねるように喚き叫んだ栞桜は、それだけ叫ぶと一目散に屋敷の中へと走り去っていく。
 彼女が駆け出す瞬間、瞳から溢れる涙を見て取った燈は、栞桜とまるで親子喧嘩のようなやり取りを繰り広げた桔梗へと向き直り、視線を合わせた。

「……恥ずかしいところを見せちまったね。本当に、すまない」

「いえ、その、そっちにも俺たちの知らない事情があるってことは、わかってますから……」

 気まずい沈黙の中、謝罪の言葉を口にした桔梗の顔は、当然ながら浮かない。
 栞桜の勝手な行動を叱責しつつも、彼女の気持ちを理解しているが故にその感情を尊重出来なかった自分自身を責めているかのようなその目を見た燈は、意を決して桔梗へと尋ねた。

「あの、桔梗さん……こういうのを、本人以外の人間の口から聞くのはよくねえってことはわかってます。けど、その……どうしても、知りたいんす。あいつが、栞桜が、失敗作って呼ばれる理由は何なんすか? あいつが俺たちに頑なな態度を取る理由も、そこにあるんじゃないっすか?」 

「………」

 燈からの問いかけに、桔梗は何も答えない。
 ただ、視線を彼から逸らし、もう一人の弟子であるやよいに向け、その彼女がこくりと首を縦に振ったことを見てから、再び視線を燈へと戻した桔梗は、大きく息を吐いてから話を始めた。

「……そうだね。私が話しておくべきなんだろうね。あの子たちを弟子に迎えてから今の今まで、ずっと解決することが出来なかったことを……栞桜とやよいの過去を、坊やたちも知っておくべきなんだ」

「栞桜の過去……っすか? いったい、あいつに何が……?」

「……その話は、屋敷の中でしよう。気軽に立ち話出来るような内容じゃあないからね……」

 浮かない表情のままそう告げた桔梗の背に続き、燈たちは屋敷の中へ戻っていく。
 その抜けに明るく、笑みを絶やさないやよいが真摯な表情を浮かべている様子を見て取った一行は、その様子からこれから聞かされる話がどれだけの重みを持っているかを感じ取り、緊張に息を飲んだ。
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