和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第二章・少女剣士たちとの出会い

失敗作

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「……さて、どこから話すべきかねぇ? どうにも、上手くまとめ切れる自信がないよ」

 桔梗に居間へと通された燈たちは、彼女を上座に迎えて話を聞き始めた。

 重々しい空気と、桔梗の沈鬱な表情から生み出される暗い雰囲気に包まれる部屋の中で、彼女の大きな溜息の音が響く。

「……そうだね。まずは結論から言ってしまおう。そこにいるやよい、そして栞桜の二人は、とある実験の末に作り出された失敗作なのさ」

「実験? 作り出された? それだけ聞いても、正直よくわかんねえっすけど……」

「ああ、そうだろうねぇ……話は、およそ十年近く前に遡る。妖の被害に苦しめられていた当時の幕府は、各地から集められた捨て子を使って、常人を遥かに超える気力を持つ戦士を作り出すための実験を行っていたんだよ」

「ふ、ふふ……っ! 懐かしいなぁ。もうそんなに前になるんだね……」

 ふわりと、桔梗の話に相槌を打ちながらやよいが微笑む。
 その笑みは、普段彼女が浮かべているような明るいものではなく、何処か物悲しさを感じさせる空虚な雰囲気を感じさせるものだった。

「外科手術、投薬、陰陽術……幕府は持ち得る全ての技術を使って、集めた子供たちに人体実験を行い続けた。当時の記録では、無茶な実験の結果、何人もの子供たちが命を落としたそうだよ」

「……酷い。そんな、非人道的なことが行われてただなんて……!」

「そうだね。酷いもんだよ。当時の幕府は、拡大する妖の被害を抑えるためにありとあらゆる手を講じていた。千の命を救うためなら、子供一人の命を犠牲にしても良い。そんな狂気的な考えがまかり通るくらいには、奴らも必死だったんだろう。それから多少はマシになったと思っていたんだが……異世界召喚だなんていうふざけた真似をするくらいだ。さほど、変わってなかったみたいだね」

 こころの呟きを肯定した桔梗が、溜息交じりにそう愚痴を零す。
 確かに、大和国と何の関わりもなかった燈たちを強引に妖との戦いに巻き込んだ幕府の行動は決して褒められるものではないなと思いながら、燈は桔梗の話の続きへと耳を傾けた。

「先に言った通り、実験の対象は大和国中から集められた捨て子たち。栞桜もやよいも、ほんの子供の頃に家族から捨てられてる。その理由こそが、女だからというものだったのさ」

「は……? も、もしかして、女は家を継げないから~とかいう、そんなちっせぇ理由で捨てられたってことっすか!? そんな、そんな下らないことで、家族を捨てる奴が――!?」

「いるんだよ。だから、あたしはここにいるんじゃん。二人の子供のうち、跡継ぎに出来ない役立たずの娘を売れば、残りの家族が問題無く食べていけるだけの金を得られる……血を分けた子供を捨てるには、十分過ぎる理由でしょ?」

 そう言って、やよいが自嘲気味に笑う。
 その瞳には哀も苦も浮かんでいないことにゾクリとした背筋の震えを感じたこころは、無邪気に振る舞うやよいが見て来た人の闇を想像し、その重く苦しい感覚に拳をぎゅっと握り締めた。

 燈もまた、跡継ぎ問題による男女格差という、元の世界では馴染みのない感覚に衝撃を受ける。
 女に生まれたから、その時点で男よりも立場が下になるという大和国の人々の考え方に疑問を感じながらも、およそ数百年前までは日本もそうであったということを思い出した燈は、この問題も決してあり得ない話ではないのだと考え方を改め、溢れ出しそうな文句を押し留めた。

「……そうか、そういうことか。栞桜さんが女であることを忌避する最大の理由は、そこにあったのか……」

「女の子に生まれたから、家族に捨てられた。もしも男の子だったなら、自分は家族に見捨てられずに済んだんだって考えたら……私だって、女の子に生まれたことを呪うと思う」

「……ううん。それだけじゃないよ。幕府の実験でもね、命にかかわる危険な実験には、女の子が率先して選ばれたの。武士として将来性がないから、せめて実験体として有意義に命を使えって……そう、あたしは言われたよ」

「っ……!?」

 栞桜の抱える闇の一端を理解した蒼とこころであったが、そんなものはまだ序の口だとばかりにやよいが口を挟む。
 自身に浴びせられたあまりにも無情で過酷な言葉を思い返した彼女は、自分と目を合わせた蒼に向かって僅かに微笑むと感情の込められていない平坦な声でこう続けた。

「聞きたい? あたしたちがどんな実験を受けたか……最初は何十人もいた女の子が、日に日に減っていくの。毎日痛いことされて、辛い目に遭って、遠くから沢山の悲鳴が聞こえてきて……それでも、あたしと栞桜ちゃんは生き延びた。次々に廃棄されていく仲間を見て、次にああなるのは自分かもしれないって怯え続けて、そんな目に遭いながらも生き延びたあたしたちに対して、幕府の奴らは……失敗作だって、そう、言って……!」

「もういい。もう、いいよ。……ごめん。辛いことを思い出させて……」

「……ふ、ふふふっ。やっぱり、優しいんだぁ。でも、大丈夫だよ。あたしはもう、慣れたからさ」

 そのやよいの言葉の中には、幾重にも込められた思いがあった。
 人ならざる扱いを受け続けた末に待ち受けていた運命に対して、彼女は慣れたと口にしていたが……苦しくないと言っているわけではない。
 普段の明るさは、その苦しみを誤魔化している反動なのだろうなと悟った蒼は、初めて会った時から感じていたやよいの掴み所のなさがその誤魔化しからくるものであることに気が付く。

 この幼く、無邪気に見える少女は、いったいどれだけの苦しみを味わってきたのだろう。
 偽りの笑顔を顔に張り付けることにも慣れ、本心を巧みに隠して他者と関わる術を身につけ、それが当たり前になるくらいに凄惨な人生を歩んできたやよいの苦しみに少しだけ触れた蒼は、そんな彼女のことを哀れむのではなく、守りたいと思う。

 そして、自分はもう慣れたという一言が嘘ではないということを悟ると同時に、栞桜の方はまだその苦しみから立ち直れていないことを悟った一同は、再び視線を桔梗へと移動させると、彼女の言葉を待つ。

「……栞桜もやよいも、数々の実験に参加させられたことで、気力量は人並外れた物を持つようになった。私の見立てが正しけりゃ、燈坊やたちには及ばずとも、某やたちと一緒に召喚された子たちよりかはずっと上のはずさ」

「じゃあ、なんで栞桜さんたちは失敗作って言われてるんですか?」

「簡単だよ。二人は、その気力を上手く操作することが出来ない。立て続けに実験台にされた結果、二人の体の気力を操作する器官が完全にいかれちまったのさ」

 桔梗が答えを口にしたことを確認したやよいは、『青空』をけん玉の形に変化させてその柄を握った。
 そこから、彼女が己の武神刀に気力を注ぐと……その針に刺さっている赤い玉は、ほんの少しだけ浮いただけですぐに元の位置に戻ってしまったではないか。

「あたしはね、気力を解放するのに時間がかかるの。ゆっくり、ゆるゆるとした気力を注げないから、いきなり全力で戦うことは出来ない。出足が遅すぎるから敵の奇襲を受けたら何も出来ないまま倒されるし、こっちから仕掛けるにしても急な戦局の変化に対応するのが難しい。だから、失敗作なんだ」

「……じゃあ、栞桜の奴はどうなんだよ? あいつ、あのクソ重い武神刀を軽々振り回してたじゃねえか」

「栞桜ちゃんはあたしの逆。気力の解放が、一か百かでしか出来ないの。全力の攻撃を一回行ったら、そこから暫くは気力が空っぽの状態。ただ、気力の回復力も凄いんだけど……聞くだけで使いづらそうだな~、って思うでしょ?」

 自分と親友の抱える問題点を解説したやよいは、にへらと自嘲気味に笑う。
 有り余る気力を宝の持ち腐れとばかりに持て余す二人は、実験を行っていた幕府の人間たちにとってすれば、この上なく腹立たしい失敗作なのだろう。

「全ての実験が終了し、多くの犠牲を払った末に確立された技術は、幕府の連中にとって満足出来るような内容じゃなかった。ただ、その実験の中で生み出された平均を遥かに超える気力量を持つ子供たちは、さっきの別府屋みたいな金持ちの所に将来有望な用心棒として売り飛ばされたりして、それなりの金策にはなったみたいだけどね」

「……そういやあの兄弟、自分たちのことを成功作だっていってたな。んじゃ、あいつらの強さの秘密は、その実験で得た気力にあるってことか……」

「あたしたち女の子の犠牲の上に成り立った技術で強くなったくせに、あいつら馬鹿みたいに偉そうなんだもん。だから、二人がくちなわ兄弟を倒してくれて、あたしはスカッとしたかな!」

 そう言って、やよいは快活に笑う。
 その笑顔には無理や嘘がないことを感じ取った燈は、やよいの生の感情に触れられたことを喜ばしく思った。

「……幕府の非道な実験を知った私は、女子たちの中の生き残りである栞桜とやよいを引き取って、弟子として育てることを決めた。本当は、戦いなど無縁の穏やかな日々を送らせるべきだったのかもしれん。だが私には、刀を取って戦えるようになりたいと言う栞桜たちの想いを無碍にすることは出来なかった。例え失敗作と呼ばれたとしても、戦うために作り出されたというのなら、そのために命を使いたい……それが、死んでいった仲間たちの供養にも繋がるはずだから、そう、口にする幼子たちに対して、その道を諦めるように言うことは出来なかったんだよ」

「おばば様には本当に感謝してるよ。一から戦い方をみっちり仕込んでくれたり、あたしたちの問題点を補填出来る武神刀を作ってくれたり、実の娘みたいに育ててもらったことも、本当に感謝してる。でも……あたしたちはまだ、心が弱いみたい。才能の塊みたいな燈くんたちと出会って、少なからず衝撃を受けたからね」

「……ああ、そっか。栞桜さんは、それで燈くんを……!!」

 あの日、全員で露天風呂で話し合った後に行った栞桜との会話を思い返し、こころが呟く。

 そうだ、彼女は言っていた。燈は、自分の求めていた才能を持っていると。

 その言葉はある意味では正しくて、ある意味では間違っている。
 燈は、栞桜が望んでいた全てを持っているのだ。だから彼女は燈が羨ましくて、それが故に彼を認めることが出来なかったのだ。

「生まれつき凄い量の気力を持ってて、それを十分に扱えるだけの才能もあって、それで……男。栞桜さんのコンプレックスを全部刺激するのが、燈くんだったんだ」

「……やっぱ、そうか。あいつ、無理に俺のことを嫌いになろうとしてる雰囲気があったから、なんかおかしいと思ってたんだ。でも、そこまで深い理由があるだなんて、思ってもみなかったぜ」

「栞桜ちゃんも本当は燈くんたちを認めたいんだと思うよ。でも、それをしちゃうと今までいっぱい苦しい想いをしてきた自分の人生はなんだったんだって思っちゃうから、したくても出来ないの。だから凄く、苦しいんだと思う」

「そうやって悩んでるところに、今まで自分が倒せなかったくちなわ兄弟を俺たちが倒しちまって……それで、抱えてたモンが全部爆発しちまったって感じか。俺、余計なことしちまったな……」

 名前を馬鹿にされた怒りの感情のまま、斑を叩きのめしてしまった自分自身の行動が栞桜の感情を追い詰めてしまったことに気が付いた燈が表情を曇らせる。
 最後の引き金は別府屋の主人の心無い一言であったものの、そこに至るまでに栞桜を追いこんだのは間違いなく自分だと、燈は無意識のうちに彼女を苦しめていたことに自責の念を抱いた。

「……ううん、燈くんは悪くないよ。悪いのは、燈くんみたいな存在を受け入れられないあたしたちの心の弱さ。あなたたちは今まで頑張って修行を重ねてきたんでしょ? そこに運や才能の有無が関わるのは当然の話で、あたしたちだって頑張ったのに、燈くんたちの方が強くてズルいだなんて文句をつけるのは、完全にお門違いだから」

「それでも、俺が栞桜の奴を凹ましたってのは紛れもない事実だ。俺に例えるなら、常に名前を馬鹿にする奴が傍にいるようなモンなんだろ? そんなことされたら、俺だってキレるし凹む。そういう雰囲気を栞桜から感じ取ってはいたんだが、どう話を切り出せばいいのかわかんなかったんだよな……」

 ボリボリと頭を掻き毟り、他者との関わり方の難しさを痛感する燈。
 コンプレックスを抱いている人間から励ましの言葉を投げかけられることほどプライドを傷つけることはないし、かといって何もせずに放置していてもその苦しみは増していくばかり、こうして栞桜の感情が爆発した今現在でもなお、燈は自分がどうすればよかったのかという正しい答えを見つけられてはいない。

 何か、もっと良い方法があったのではないか? 栞桜のプライドを傷つけず、彼女の心を解きほぐす方法が……。
 そう、後悔ばかりを募らせている燈と同じく、栞桜の苦しみの一端に気が付くことが出来ていたこころも自分のことを責めていた。

 もしかしたら……いや、絶対に、栞桜と燈たちを繋ぐ架け橋になれたのは、自分だけだったのではないだろうか。
 女であり、無力であることに悩んでいた自分ならば、栞桜の苦しみを少しでも理解出来たのではないか。
 その相互理解から、彼女が燈たちとの絆を育む切っ掛けを作り出すことが出来たのではないだろうか。

 だが、そんなチャンスがあったのにも関わらず、こころが栞桜に告げたのは、あなたが羨ましいという羨望の一言だった。
 自分自身の才能の無さや生まれに苦しんでいた彼女の心に、その一言はどう響いたのだろうか?
 きっと……栞桜は苦しんだだろう。こころが本心からその言葉を口にしているからこそ、猶更だ。

「……どうするべきだと思う? 栞桜さんの問題を、僕たちはどう受け止める?」

「わかんねえよ。わかんねえけど……放っておけねえだろ。目の前で苦しんでる奴がいるとして、それを見て見ぬふりするだなんて真似、俺はしたくねえ」

「私も、栞桜さんのことをこのままにしてちゃいけないと思う。私も、出来る限りのことをしたい。戦うことが出来ない私でも、友達の悩みを受け止めることくらいは出来ると思うから……!」

 燈とこころの返事に、蒼は大きく頷く。
 これから共に武士団を結成する仲間であるとか、別府屋との因縁だとか、そういった問題よりももっと単純に、彼らは苦しんでいる栞桜をこのままにしてはいけないという思いから、彼女の問題と向き合うことを決めた。

 そうして、改めて栞桜との関係を見直すことを誓った燈たちに対して、桔梗は小さく俯きながら言う。

「私も、やよいも、ずっと栞桜の心を解きほぐそうとした。だが、長年一緒に居た者だからこそ、その思いが届かないこともある……良くも悪くも栞桜の心を動かした坊やたちなら、もしかしたらあの子のことを救えるかもしれない。だから、頼む。弟子の心一つ救えなかった馬鹿な師匠に代わって、栞桜のことを助けてやっておくれ……!」

 最後の方、僅かに桔梗の声が震えた。
 その震えが、彼女の栞桜への想いを物語っている。

 武力や技術を教えることは出来ても、栞桜の心の根底にある淀みを消し去ることは出来なかったことを悔やむ桔梗の想いを汲み取った燈たちは、ただ無言で彼女へと頷き、栞桜と分かり合える関係性を築いてみせると硬く心に誓うのであった。
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