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第二章・少女剣士たちとの出会い
最後の勝負は妖退治
しおりを挟む「妖の討伐、だと……?」
「せや、それがわしらとあんさんの勝負の内容や」
燈たちとくちなわ兄弟の立ち合いから一夜明けた次の日、桔梗邸を訪れた金太郎は栞桜へと約束の勝負についての話をしていた。
この場には桔梗をはじめとした栞桜側の人間たちも立ち会っているが、昨日の話し合いのことを考えてか口は挟まないでいる。
あくまでこの勝負を受けた栞桜を筆頭に、金太郎が組んだ勝負について聞き遂げるといった姿勢だ。
昨日とは違い、最低限の供だけを連れて来た金太郎は、ニタニタと下品な笑いを浮かべながら詳しい勝負の内容を話し始める。
「実は、昇陽の街からちと離れた洞窟の中に妖が巣を作ってるっちゅう噂があってな。どうやら、獣憑きがその洞窟を根城にしとるらしい。奴らは近隣の村から人間を攫っては、食事として監禁しとるっちゅう話や」
「そいつらを倒して、捕らえられている人々を助け出すことが勝負の内容ということか」
「せや。どちらが多く妖を倒し、捕まっとる奴らを解放出来るか? 勝ち負けの判断は助け出した村人たちに任せるっちゅうことで、どないや?」
ぱん、と音を鳴らして扇子を畳んだ金太郎は、栞桜へと試すような視線を送った。
よもや怖じ気づいて逃げたりなどしないよな? という彼の声には出さない嘲りの想いを感じ取った栞桜は、ぐっと拳を握り締めながら答えを返す。
「いいだろう。武神刀を持つ者として、妖の脅威から人々を守ることは使命に等しい。勝負を抜きにしても、そんな話を聞いた以上は村人たちの救出に出向かわなくてはな」
「ほな、決まりやな。そんなら、勝負は早い方がええ。助けるはずの村人たちが、妖どもに食われてしもたら何の意味もないからな。明日の朝、北の洞窟に集合や。地図は先に渡しとくから、うっかり寝坊せんといてな。ほな、わしはこれで……」
「おい。ちょっと待てよ、おっさん」
懐から一枚の紙を取り出した金太郎は、これで話は終わりだとばかりに居間から出て行こうとする。
その背に声をかけた燈は、視線だけを動かして彼を睨みながら、出来る限り平坦な声で質問を投げかけた。
「この勝負、あんたたちは自前の戦力を総動員してくるつもりだろ? あのくちなわ兄弟に加えて、今、あんたの傍に控えてるような武士たちをかき集めて勝負に臨むはずだ。ってことは、つまり、俺たちも似たようなことをしていいんだよな?」
「ああ、勿論かまへんで。これは勝負ではあるが、妖との本気の勝負でもある。そんなら、持てる力を全て投入するんは当然の話やからな。坊主たちがこの女に協力したいっちゅうなら、それはそれでええ。ただ……こいつが、お前らの力を借りたいと思うかは別やがな?」
ニタリと、挑発的な言葉を口にした金太郎が嗤う。
視線を燈から栞桜へ向け、彼女がその言葉に拳を震わせている様子を見て満足した彼は、再び一同に背を向けて歩き出しながら、去り際に一言を残した。
「ま、そいつらの好意に甘えた方がええんとちゃうか? 斑に勝てん娘一人で、何が出来るっちゅう話やしな。やっぱ、女は男に傅いて生きるのが賢い道やで」
「っっ……!!」
挑発と、嘲り。金太郎が発した自分への言葉を耳にした栞桜の拳の震えが、全身へと伝播する。
爆発させた感情のままに飛び出した栞桜は、今を出て、長い廊下を渡り、屋敷を出て行こうとする金太郎の背に向けて大声で叫んだ。
「こいつらの力など借りん! 私は、一人でも立派に武士としての務めを果たせることをこの勝負で証明してみせる! お前が有象無象の輩を集めたとしても、私一人で十分だ!」
「……ははっ! 威勢のいいことや。ま、好きにせえや。その言葉を反故にするのも、守り続けるんもあんさんの自由やで」
まんまと挑発に乗り、怒りを露わにした栞桜が肩を震わせながら怒鳴る様子を見て、金太郎は顔に浮かべている笑み以上の笑いを心の中で発していた。
これでもう、彼女は燈たちが何を言おうとも協力を拒もうとするだろう。
無理をいって勝負の場に燈たちがついて来ても、がたがたの連携ではむしろお互いの脚を引っ張りかねない。
意固地な栞桜を説得するには一日という時間は短すぎるし、仮にそれが出来たとしてもこちらには奥の手があるのだから問題はない。
そうやって、全てが自分の掌の上で転がっていることに満足気な笑みを浮かべ、金太郎は桔梗邸を後にする。
その背を見送った後、なおも怒りが治まらないといった様子の栞桜に対して、やよいが口を開いた。
「……栞桜ちゃん、少し落ち着きなよ。相手の策略にどっぷり嵌っちゃってるの、自分でも気付いてるでしょ?」
「わかってる。わかってるが、私は……!」
「はぁ……一応言っておくけど、あたしは栞桜ちゃんについて行くからね。燈くんと蒼くんは部外者の立場かもしれないけど、あたしはおばば様の下で栞桜ちゃんと一緒に修行してきた仲間でしょ? だから、栞桜ちゃんが一人で戦うって言った時、結構悲しかったな」
「……すまん。頭に血が上って、つい……」
別にいいけど、と視線で栞桜に語ってから、やよいが居間を出て行く。
彼女も明日の勝負に備えて準備をするつもりなのだろう。
この場から去る彼女の背は、どこか物悲しそうだ。
これまでずっと苦楽を共にしてきた親友を蔑ろにしてしまった自分自身に嫌悪感を抱き、俯いていた栞桜は、眼前に紙切れを差し出されてはっと顔を上げた。
「あの、これ……さっきの人が渡した地図です。栞桜さんが持ってた方がいいですよね?」
「あ、ああ……すまない……」
そう言って、金太郎が置いていった地図を差し出すこころの手からそれを受け取った後、いたたまれない気分に包まれた栞桜は足早にその場から去っていく。
途中、燈と目を合わせた彼女は、ぎりりと歯を噛み締めながら数歩歩いた後……その場で立ち止まり、強気を装った声でこう言った。
「この勝負、私はお前たちの力を借りるつもりはない。予定な手出しは無用だ」
「……そうかい。でも、俺は余計なお節介を止めるつもりはねえぜ。お前が何と言おうとも、俺は勝負に参加させてもらう」
「……好きにしろ。だが、何度でも言っておくぞ。私は、お前たちの力など必要としていない。お前たちからの救いなんてものも、だ」
振り向かず、背を向けたままそう告げた栞桜は、それだけ言い残すと自室へと戻っていった。
その背をじっと見つめ、彼女の言葉を頭の中で反芻した燈は、栞桜の姿が完全に見えなくなってから一言漏らす。
「……んだよ、昨日、しっかり話を聞いてくれてたんじゃねえか。意地張りやがって、ったくよぉ」
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