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第二章・少女剣士たちとの出会い
一方その頃、西の都にやって来た順平は……
しおりを挟む「はぁ、はぁ……や、やっと着いた。おい! 迎えが来るだなんて嘘をつきやがって、この俺を誰だと思ってやがるんだ!?」
またまた時を同じくして、銀次郎に良い様に利用されようとしている順平は、長旅の疲れに苛立ったのか大声で別府屋の屋敷内で叫んでいた。
伝説の仕立屋とそれが作る戦装束に釣られてここまでやって来た順平であったが、銀次郎が言っていた迎えの者は待てども暮らせども彼の元にはやって来ず、仕方なく乗り物も使わずに自分の脚で学校から昇陽までの長い道のりを歩き続けてきたのである。
大和国の幕府に請われて召喚された英雄である自分に対して、この扱いは納得がいかない。
ここはビシッと威厳を見せ、自分の方が立場が上であることを示しておかなければという虚栄心も手伝って、順平は激しい怒りを露わにしている。
流石にこの状況は不味いと悟ったのか、案内を務めた銀次郎もあわあわと慌てた様子で順平を宥めるも、そんな言葉に耳を貸す彼ではない。
そうやって、屋敷内の使用人たちからも不安そうな目で見つめられる中、ようやっと奥から姿を現した別府屋の主人である狸男こと別府金太郎は、恭しく順平に頭を下げると床に額を擦り付ける土下座を披露した。
「これはこれは……! 本当に、申し訳ありまへん! 実は、昼間にとんでもないことが起きてしまいまして、こっちもてんやわんやでついうっかり英雄様の到着を失念しておりましてん。わざわざご足労いただいた竹元さまに、ほんま申し訳が立たないことをしてしまいました。この別府屋を取り仕切る主人として、誠心誠意の謝罪をさせていただきます」
「……ふん! まあいい。だが、俺はお前たちが伝説の仕立屋との契約を結ぶためにどうしても力を貸して欲しいと言ってきたから、渋々ここまで来てやったんだ。わざわざここまでしてやった俺のことを、もう粗末に扱うんじゃねえぞ」
「へぇ! それは勿論でございます!」
恐れ多そうに縮こまり、ぶるぶると全身を痙攣させながら土下座している金太郎ではあるが、内心では順平の今の言葉に対して舌を出して馬鹿にしていた。
事前の情報収集で、彼の軍勢が落ち目に遭っていることは判っている。
自分たちはそんな彼ならば今後も上手く利用出来ると踏んだからこそ声をかけただけであって、何だったら他の誰かにその役目を担わせても良いのだ。
むしろ、自分たちに見捨てられたら困るのは順平のくせして、どうしてここまで強気な態度が取れるのか……という思いを商人特有の二枚舌で誤魔化し、腹芸を見せながら、金太郎は長旅を終えた順平たちを労わるようにして、屋敷の中へと彼らを迎え入れる。
「さあさあ、長旅でお疲れでしょう。英雄様を労わるために、ささやかながら宴会の準備をさせていただきましたので、どうぞこちらへ……!」
「ふん、見え透いたご機嫌取りだな。だが、何も用意していないよりかはマシか」
だから、なんでそこまで偉そうなんだお前は。その舌引っこ抜いて、肥溜めの中にぶち込むぞ。
という、順平の傲慢不遜な態度に対する怒りの言葉を押し留め、青筋が浮かびそうになる顔面に笑顔の仮面を張り付けた金太郎は、座敷へと彼を誘導しながらその装備を確認した。
腰に差してある、派手な装飾をした立派な武神刀。
刀にはそこまで詳しくない自分だが、それが名刀と呼ばれる代物であることは一目で判る。
こんな男でも、異世界から召喚された英雄の一人。尋常ではない気力を持つ、選ばれし者なのだ。
この男ならばあるいは、くちなわ兄弟を叩きのめした憎きあの二人組の剣客も倒せるかもしれない……と、考えた金太郎は、必死のごますりを行い、順平の機嫌を取ることに専念する。
「さあさ、竹元さまのために国中から銘酒と珍味を取り寄せましてん。揚屋から別嬪も呼びましたんで、お気に召した娘がいれば、どうぞ遠慮なくお相手に指名してやってください」
「お、おぉ……! なかなか気が利くじゃねえか。ま、これで迎えを寄越さなかった分は帳消しってところだな」
豪勢な食事を振る舞い、笑顔と共に酒を勧め、美しい女を宛がわれた順平は、みるみるうちに機嫌を回復させていった。
ちょろいものだ、とそんな彼を見ながら金太郎は思う。
ここに用意した料理は、見てくれこそ豪華だがその実そこまで高価な食材は使っていない。
酒も銘酒を振舞うだなんてもってのほか。水と焼酎の差も判らない子供には、適当な酒を飲ませるだけで十分だ。
女に関しては多少の出費がかさんでしまったが……これで英雄と呼ばれる順平のご機嫌を取れるのなら、安いものだ。
彼の名と立場、そして力を今後目一杯活用してやれば、この程度の出費もすぐに取り返せるのだから。
「ふ、ククククク……! それで? お前たちは伝説の仕立屋とかいう奴と交渉を進めているんだろう? そいつはまだ、首を縦に振らないのか?」
景気よく宴会は進み、腹も膨れたことで機嫌を直した順平は、ほろ酔いの状態でそう金太郎へと尋ねた。
「へえ。それがですね、その仕立屋、桔梗というんですが……厄介なことに、腕の立つ用心棒を雇ったみたいでしてね。話し合いも袖もなく、うちの腕利きを叩きのめして、門前払いですわ」
「なんやて!? あのくちなわ兄弟が負けた言うんか!? 弟の蝮ならまだしも、兄の斑まで負けたやと!? 兄ちゃん、桔梗が雇った用心棒っちゅうんは、なんて奴なんや!?」
「わあわあ! こん馬鹿! ……あまり大声で騒ぐな。こっぴどく負けたくちなわ兄弟は今、物凄く機嫌が悪い。そいつの名前を耳にしたら、怒りのあまり暴れ狂うぞ!」
別府屋が誇る最強の用心棒を打ち負かした男の名を聞こうとした弟を叱責し、このやり取りがくちなわ兄弟に聞かれていないか確認する金太郎。
宴会は恙なく進行されており、どうやら兄弟が近くにいる様子もなさそうだと判断した彼は、ほっと安堵の溜息をつく。
「なるほどな。つまり、俺はその用心棒とやらをぶちのめしてやればいいってことか。何とも簡単そうな仕事だな」
そんな金太郎の心配も露知らず、順平は堂々とした態度でそう口にした。
これまで彼が叩いた大口の中で、初めて気分よく聞けたその言葉を耳にした金太郎は、手もみしながらいやいやと首を振る。
「あ~……ちょっと違いますな。実は、向こうと片を付けるために、大勝負をすることになりましてなぁ……その辺のことはおいおい話させていただきますが、竹元さまには最後にどど~んと登場していただいて、身の程知らずの女たちにその貫録を見せつけてやって欲しいんですわ」
「なにぃ? 何だそれは? いまいち話が見えてこないぞ?」
「まあまあ、勝負の日までは時間がありますし、こちらにも準備があります。竹元さまもお疲れでしょうから、今日はごゆるりとお休みなさってください」
盃に酒を注ぎ、適当に話を切り上げた金太郎は、ニタリと腹黒い笑みを浮かべると順平の耳元でこう囁く。
「ここだけの話ですが、桔梗には二人の弟子がおりますねん。女の身分で武神刀を持ち、剣士の真似事をする生意気なガキどもですが……どちらも抜群の美少女で、しかも出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでるときた! まあ、そんな大した腕の剣士ではおまへんから、英雄と名高い竹元さまの力を見せつければ、きっと身の程を理解しますわ。もしかしたら、あまりの凛々しさに竹元さまに惚れてまうかもしれへんなぁ!」
「ほほう? そんな良い女がいるのか……! 戦装束の他にも、楽しみな物が増えたぜ」
「英雄は色を好むと昔から言いますからな。全員纏めて、竹元さまの傍女にでもしてやってください! その方が、きっとあの娘たちにとっても幸せですわ!」
ガハハハハ、と下品な笑いを上げ、爆笑する順平と金太郎。
それを見守る遊女たちは顔に笑顔こそ浮かべているが、どちらもあまり好ましくない男たちだなと心の中で思っていた。
そんな彼女たちの営業スマイルにも気付かず、既に一仕事終えた気分で悠々と宴会を楽しむ順平は、まだ見ぬ美少女が英雄である自分に惚れるというありがちな展開を妄想して悦に浸った笑みを浮かべ、酒を煽り続ける。
が、しかし、彼は知らなかった。件の仕立屋、桔梗の屋敷には、自分が売り飛ばした女と策略に嵌めて殺したはずの男が身を寄せているということを。
そして当然、この後にとんでもない悲劇が待ち受けているのだが……そんなことになるとは欠片も想像していない彼は、宴会の時間を存分に楽しみ、地獄へと一直線に突き進むのであった。
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