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第二章・少女剣士たちとの出会い
燈とこころと栞桜
しおりを挟む同じ頃、こころは栞桜の部屋の前にいた。
躊躇いがちに手を上げ、部屋の扉を叩こうとしては、その手を引っ込める。その動きを、いったい何度繰り返しただろう?
栞桜と何かを話そうと思ってここまでやって来たが、何を話すかは考えていなかった。
それでも、やはり彼女と分かり合うためには行動するしかないと前に出ようとするも、考え無しの行動で再び栞桜を傷つけたら……と考えると無暗に動くことを躊躇ってしまう。
そうやって、何度も何度も踏ん切りがつかずに同じ動きを繰り返していたこころは、再び浮かした手をそっと掴まれて驚き、背後を振り返った。
「あ、燈くん……!!」
「おう、悪かったな。驚かせちまっただろ?」
「う、ううん、平気だよ。燈くんも、栞桜さんと話に来たの?」
「……まあな」
そこに立っていた燈とひそひそ声で会話を繰り広げつつ、扉へと視線を向けて中からの反応を窺うこころ。
こうやって腫物扱いすることも栞桜のことを傷つけてはいやしないかと心配になる彼女をよそに、大きく息を吐いた燈は意を決したような表情を浮かべると、部屋の中にいるであろう栞桜へと声をかけた。
「俺の声、聞こえてるか? 別に返事をする必要はねえし、部屋から顔を出してくれとも言わねえ。ただ、そのまま話を聞いててくれよ」
どかっと扉の前に座り込み、長話をする体勢を取る燈。
こころは、そんな彼に倣ってその横に正座になると、口を真一文字に結んで話を聞き始めた。
「……桔梗さんから、お前らの過去を聞いたよ。俺が思ってた以上に……いや、俺なんかが想像出来ないくらい、大変で辛いことがあったんだな。んなことがあったら、お前が色々悩んじまうのも当然だと、俺も思うぜ」
不器用なりに、慣れていないなりに……燈は、言葉を選んで栞桜へと自分の思いをぶつける。
少しでも、その言葉が彼女の心を揺らすことを祈りながら。
「俺は馬鹿だから、これが正しいかどうかはわかんねえけど……お前の苦しみとか悩みとかを、わかるとは言いたくねえんだ。ちったぁ共感出来たり、似たような経験があるって部分もあるんだけどよ、お前の苦しみはお前自身のモンだろ? それを完全に理解することなんて、他人で、しかもつい数日前に出会ったばかりの俺には出来るはずがねえんだ。だから、その……馴れ馴れしいとは思うんだが、お前が何を悩んで、どう苦しんでるのか、お前自身の口から教えちゃくれねえか?」
踏み込む、栞桜の心の中へ。
恐れることなく、彼女からの拒絶もある程度は覚悟しながら、それでも前に進まなければ何も始まらないとばかりに飛び込んだ燈は、珍しく早口の慌てた口調でこう付け加えた。
「いや! 俺とか蒼には話しにくいってこともあるのは重々承知だ! でも、椿なら少しは話しやすくなるんじゃねえか? こいつも、お前のことを心配してる。憐れんでるとかそんなんじゃなくって、純粋にお前の力になりたいって思ってるんだ。本当に気が利く良い奴だってことは俺が保証するぜ! ああ、いや、俺の保証なんて何の価値もねえかもしれねえけど……それでも、お前のことを心配して、力になりたいって奴がいることは覚えといてくれ」
わたわたと腕を振り回し、やはりこういった話し合いは苦手だとばかりに頬を掻きながら、それでも燈は栞桜へと自らの考えをぶつけていく。
この薄い扉一枚を隔てた先にいる彼女が、この話を聞いてくれていると信じながら。
「……お前の過去とか、苦しみとか、そういうのは今の俺にはわかんねえ。けど、そんな俺でも一つだけ言えることがあるとすれば……お前は、十分に強いよ。あのくちなわ兄弟なんかより、お前と戦った方がしんどかったし、勝てるかどうかわからなかった。お前が積み重ねてきたモンは何一つとして無駄にはなってねえ。それだけは、俺でも断言出来るぜ」
この言葉が曲解されずに栞桜の心に届いていることを祈りながら、燈は尚も言葉を続けた。
「お前はもっと、自分のことを誇っていいと思うぜ。俯きたくなる理由は山ほどあるかもしれねえけど、上を向いちゃいけねえ理由は何処にもねえだろ? すげえって、お前は。こんな俺の言葉は不服かもしれねえが、何遍だって同じ言葉を言ってやる。心の底からの本心をな」
「栞桜さん……私があなたに言ったことが、あなたのことを傷つけていたとしたら、本当にごめんなさい。でも、私はその言葉を撤回したくはありません。私の目から見たあなたは、本当に格好良くって、素敵な……女性、です。この言葉に、思いに、嘘はないから。たとえあなたの過去を知ったとしても、私の心の中からあなたのことを尊敬する気持ちはなくなったりしません」
燈に続いて栞桜への言葉を送ったこころは、彼に代わって栞桜に最も伝えたかったことを口にした。
「だから、一人で抱え込まないでください。私たちは、あなたと一緒に頑張っていきたいって思ってます。本当の意味で仲間に……友達になりたいって、そう思っています。苦しいことも辛いことも分かち合える、そんな関係を、私はあなたと築いていきたい、です……」
扉の奥で、栞桜がどんな顔でこの話を聞いているかはわからない。
もしかしたら、耳を塞いで話を聞いてすらいないかもしれない。
だが、それでも……燈とこころは、押し付けがましくとも自分たちの思いを彼女へと告げる。
お節介な自分たちが伸ばしたこの手を栞桜が握り返してくれることを祈り、今はまだ彼女にも時間が必要であることを理解している彼らは、それだけを告げると別れの挨拶を残してこの場を去っていく。
「……話はそれだけだ。悪かったな、こんな遅い時間に」
「それじゃあ……おやすみなさい、栞桜さん。また、明日……」
きしっ、きしっと廊下が軋む音がする。
その言葉を最後に、部屋から離れていく二つの足音を聞き続けた栞桜の瞳からは、溢れ出した感情が涙となって美しい横顔を伝っていった。
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