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第二章・少女剣士たちとの出会い
始まる勝負と不穏な影
しおりを挟む「……来たか」
まだ日が昇って間もない朝方。
約束の地で一人佇んでいた栞桜は、こちらに近づいて来る無数の気配を感じ取って呟きを漏らす。
それから数秒後、多くの武士を引き連れて登場した金太郎は、たった一人だけで自分を待っていた栞桜の姿に笑いが抑えられないとばかりに噴き出した。
「なんや、ほんまに一人で勝負する気かいな? 仲間も引き連れず、あのちっこいのも連れて来んとは恐れ入ったわ」
「ふっ、貴様一人で何が出来る? この勝負、既に勝敗は見えたな」
「黙れ。お前たちなど、私一人で十分だ。絶対に、一人でも、私は勝ってみせる……!!」
「ほぉう……? ま、好きにせえや。でも、こっちには心強い味方がついてくれてんねん。竹元先生、お願いします!」
「おう!」
金太郎の呼びかけに応え、集団の中から一歩前に出る順平。
そのまま堂々と栞桜の下へ歩み寄り、ふてぶてしい笑みを浮かべながら、不躾な視線を彼女へと向けた。
「聞いて驚け! 竹元先生はなぁ、異世界から召喚された英雄様の一人なんや! 女のお前なんざまるで相手にならんわい!」
「異世界から、召喚……? そうか、こいつが……!!」
漠然と、露天風呂で聞いた燈の話を思い出す栞桜。
目の前の男もまた、燈同様に尋常ではない気力を持つ武士であるという情報に気を引き締めた彼女であったが、順平から感じられる覇気が燈のそれとは比べ物にならないくらいにお粗末であることに違和感を覚えていた。
鋭さも、強大さも、気概も感じられない。
これが本当に、大和国を背負って立つ英雄として呼ばれた男なのだろうか?
……自分たちはこんな男よりも役に立たないと、幕府から思われているのだろうか?
そんな、コンプレックスを刺激する順平の登場に苛立ちを覚えた栞桜は、彼の顔をきっと睨みつけた。
しかして、当の順平はそんな彼女からの嫌悪感をものともせず、ニタニタと下品な笑みを浮かべながらいやらしい目で栞桜のことを見ている。
「へ、へへ……! いいじゃねえか、お前。顔も抜群だし、体も合格点だぜ」
「っっ……!!」
端正に整った栞桜の顔をじろじろと眺め、そのまま視線を下に向ける順平。
サラシに締め付けられた、それでも十分に膨らみを主張する胸部を舐めるように見つめた彼は、隠すことなくその欲情を栞桜へと向ける。
「決めた。お前、勝負に負けたら一晩俺に付き合え! たっぷり可愛がって、学校に連れ帰ってやるぜ!」
「なっ!? ふ、ふざけるな! 誰がお前なんかに……!!」
「おやぁ? お前さん、わしらに勝つ自信がないんか? 勝負に絶対に勝てるいうんやったら、そんくらいの賭けに乗ってもええやないか。それが出来んっちゅうことは、竹元先生には勝てんって本当はわかってるってことやろ?」
「ぐっ……!!」
下品な欲望に塗れた、順平の言葉。
それを拒絶した栞桜へと、金太郎の煽り文句が飛ぶ。
判っている、これが自分を乗せるための罠だということは。
それでも、もう自分の身以外に捨てるものは何もない栞桜は、破滅的願望に身を任せてその賭けを承諾してしまった。
「……いいだろう。もしもお前たちが勝ったら、一晩だけお前に付き合ってやる。ただし、私が勝った時は相応の扱いを覚悟しておけよ」
「へへへっ、決まりだな。なぁに、一晩付き合えば、その後も俺について来たくなるだろうさ!」
「おおっ! 流石は英雄様! 夜の方も大剣豪ですな! ……よかったなぁ、栞桜。才の無い刀を捨てて、英雄様の妾として生きる道が開けそうやないか」
「黙れっ! ……もう茶番は沢山だ! さっさと勝負を始めるぞ!」
苛立ちと、孤独。
自分で選んだ道を突き進み、その中で得た感情を抱きながら栞桜が叫ぶ。
金太郎も、順平も、くちなわ兄弟をはじめとした別府屋側の武士たちも、そんな彼女の行く末を思って下卑た笑いを抑えられずにいた。
(ククク……! 最初っから勝ち負けが仕組まれてるとも知らず、このアホンダラはのこのこと……!! これで桔梗の戦装束と、愛玩用の女子はわしらのもんや!)
この洞窟の中には、自分が手配した役者たちが揃えられている。
彼らが集まっている場所に最短で辿り着ける抜け道も、栞桜がそこに辿り着けぬようにするための罠も、これでもかとばかりに用意した。
勝負が始まったら、別府屋は抜け道を使って洞窟の奥へと進軍。
用意してあった火薬や獣の内臓を使い、そこで激しい戦いがあったと見せかけるための細工をした後、集めた人々を引き連れて脱出する。
その間、栞桜は何も出来ぬまま、罠に時間を食われてもたもたしているだけ。
全ての罠を突破した彼女が洞窟の奥部に辿り着いた頃には、とっくに全てが終わっているはずだ。
「先に言っとくで、栞桜。負けたとしてもわしらを恨むなよ? それは全部、お前が弱いからそうなったことやからな!」
「……わかっているさ、そんなこと。くだらないお喋りはここまでにして、さっさと始めるぞ!」
「はいはい……! そんじゃ、行くで!」
金太郎が、用意してあったかんしゃく玉を放り投げる。
緩やかな放物線を描いて栞桜たちの前へと飛んでいったそれは、重力に従って地面へと落下し、大きな破裂音を鳴らした。
途端、栞桜が動く。
目にも止まらぬ速さで駆け出し、別府屋の人間たちを置き去りにして洞窟へと飛び込んだ彼女は、すぐさま闇の中に消えて姿を消した。
「クックックッ……!! 本当に、愚かな奴よのぉ! ま、せいぜい無駄な努力をしてくれっちゅう話ですわ!」
「俺たちは用意してある抜け道を進めばいいんだな? 楽に勝てる上に、あんないい女を抱ける勝負が出来て、万々歳だぜ!」
「それもこれも、栞桜が間抜けなお陰ですわ! ……ほな、竹元先生たちもそろそろ出発してください。向こうでのことは、このくちなわ兄弟に任せてありますんで、先生は適当に時間を潰してくださいな」
「ああ、わかった。……ヒヒヒッ! あのデカい乳、たっぷり弄ってやるからな……!!」
栞桜に続き、悠々と洞窟の中へと足を踏み入れる別府屋の武士団一行。
この勝負は全て金太郎の掌の上で操作されている八百長試合で、何もかもが自分たちに有利に進んでいる。
どんなに気を抜いていても負けることはないし、自分たちの勝利は揺るがない。
全てを知っているが故の慢心を抱いている一行は完全に気を抜いており、順平に至っては栞桜と過ごす今晩のお楽しみを妄想してだらしない表情を浮かべている始末だ。
本当に、簡単な仕事。楽で仕方がない、全てが決まっている勝負。
このまま奥に行って、事前の取り決め通りの細工を施し、帰ってくるだけの単純な作業。およそ一時間もあれば終わる、何の心配もいらない楽な仕事。
――その、はずだった。
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