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第二章・少女剣士たちとの出会い
燈たち、到着
しおりを挟む「おっしゃあ! ようやく着いたぞ!」
「あ~、やっぱ栞桜ちゃんたちはもう中に入ってるよ~! 急いで追わなきゃ!!」
一方その頃、洞窟の入り口に到着した燈たちは、そこに金太郎を含む数名の人間たちしか残っていないことを見て取り、小さく舌打ちをした。
やはり、勝負の開始には間に合わなかったか……と、一人で先に進んだ栞桜の身を案じる彼らに向け、ニタニタ顔の金太郎が声をかけてくる。
「おやおや、こりゃ随分と遅い到着でんな。あの娘もうちの武士団も、とっくに洞窟の中に入ってったで!」
「んなもん、見りゃあわかるっての! いちいちうるせえんだよ、狸オヤジが!!」
「ほっほっほ! 今は気分がええから、お前の無礼な態度も許したるわ! ま、遅れた分を取り戻すためにせいぜい頑張りや、え~っと確か……アサリくん! ほ~ひょひょひょ!」
扇子で顔を扇ぎ、上機嫌で高笑いする金太郎。
何とも趣味の悪い笑い声をあげる彼であったが、その顔が一瞬にして苦悶の色に染まる。
「おぎょっ……!?」
「……だ~れがアサリだって? 俺の名前と忠告が覚えられねえってんなら、てめぇの汚ねぇタマを叩き潰してやろうか!?」
思い切り膝蹴りをかまし、金太郎の股間を強打した燈が怒りの形相を浮かべてそう唸る。
いや、もう潰しにかかってるじゃないか……という指摘は、彼の憤怒の勢いに押されて、誰も口に出来なかった。
「燈! そいつに構ってる暇はないよ! 栞桜さんたちが先に進んだっていうなら、急いで後を追わなきゃ!」
「そうそう! 早く追いつかなきゃ、栞桜ちゃん何するかわかんないよ!!」
「あぁ? ……ちっ、それもそうだ。おい、今回はこの辺にしといてやるが、もしもまたふざけた真似をしやがったら本気で蹴り潰してやるからな」
「お、おぉ……!?」
内股になり、悶絶している金太郎へとそう告げてから、足早に洞窟内へと突入していく燈。
その場に残された面々は、男ならば理解出来るあの痛みによって白い灰となった金太郎へと、心の中で合掌を贈るのであった。
それから暫く後、所々に栞桜が突破したであろう罠の跡が残る洞窟内を走破しながら、一行は違和感を覚えていた。
その違和感は洞窟内に蔓延する妙な雰囲気や、本来人の手が入るはずのない洞窟内に人工のものと思わしき罠が無数に仕掛けられていることから始まり、極めつけとして、あまりにも静か過ぎるという部分から来るものだ。
燈たちが洞窟に来るまで、それなりの時間がかかった。
外で待っている金太郎の様子や口振りからするに、もう十分に別府屋武士団が奥で待つ妖の下に辿り着いていてもおかしくないだけの時間が過ぎているのだろう。
しかし、音が反響する洞窟の中では、それらしき争いの音が聞こえてこない。
逆に、不気味なくらいの無音が燈たちを包み、彼らの足音が必要以上に大きく聞こえている始末だ。
「……変だな。人間どころか、妖の気配すらも感じられねえぞ」
「最深部で僕たちを待ち受けているのか、あるいは相当に気配を消すのが得意な妖なのか……?」
「それとさ! これまで見つけた罠、おかしくない!? 巧妙に隠された落とし穴とか、妖がそんなものを用意出来るだけの知能があるのかな!?」
違和感を感じていたのは燈だけではないようで、蒼もやよいも口々にこの言いようのない不自然さを仲間たちへと口にした。
何か、妙だ。この洞窟の内部では、何か自分たちの予想を超えた事態が起きているのではないか……と考え始めた一行の前に、ふらふらとした足取りで一人の女性が姿を現す。
「た、助けて、おくれやす……」
「お、おいっ! しっかりしろっ!」
煌びやかな着物に身を包んだ、美しく豊満な肉体の女性。
はだけた着物の間から汚れた脚や胸の膨らみを覗かせる彼女は、燈たちの前で力なく地面へと倒れ伏す。
「何があった!? 妖にやられたのか!?」
「そうです。うちはここまで必死に逃げてきて……あいたたた、足が……どこかで捻ってしもたんかも……」
「大丈夫? すぐに手当てしてあげるよ!」
「燈、周囲の警戒を……わかってるね?」
「ああ、勿論だ」
足首を抑える女性の背後に立ち、周囲の警戒を始める燈と蒼。
懐から巾着袋を取り出したやよいは、すらりと伸びた女性の足元に近寄るとその中から道具を取り出して治療を施そうとする。
何とも頼もしい彼らの姿に、妖から逃げてきた女性は、ほっと安堵の息を吐くと恍惚とした口調で三人を褒め始めた。
「ああ……! ほんに、助かりました……! こないな格好いいお侍さんたちが助けに来てくれるなんて、うちにもまだツキが残ってたんやな……」
瞳に涙を浮かべ、感謝と共に賞賛の言葉を口にする女性。
道具を漁るやよいはそんな彼女に一瞥をくれると、表情を変えぬままこう言い放つ。
「……そう? どっちかというと、あたしはあなたの運は尽きてると思うんだけど」
「え……? それ、どないな意味で――」
「こういうことだよ、間抜け」
予想外の言葉を発したやよいへと意味が判らないといった様子で問いかけた女性の首筋に、二振りの刀が突きつけられる。
それぞれ燈の『紅龍』と蒼の『時雨』が、彼らがその気になれば瞬時に彼女の首を落とせるとばかりに刃を向けてきているではないか。
「ちょ、ちょっと、お侍さん? これ、どういうことですのん?」
「その三文芝居、止めたら? あなたが洞窟内から逃げてきた人間じゃないってことは、こっちだってわかってるんだから」
突然の事態に動揺する素振りを見せる女性に対して、袋の中から取り出した苦無を向けたやよいが冷酷な声で詰め寄る。
自分を取り囲む若者たちが、明らかに自分に対する警戒心を高めていることを見て取った女性は、先ほどまでの弱々しい雰囲気を掻き消すと不敵に笑いながら、言った。
「あら? 見た目と違って、結構目敏い子たちなんねぇ……どうして、うちが人じゃないってわかったん?」
「……こんな人里離れた辺鄙な場所にある村の住人が、遊女が着るような豪華な着物を持ってるはずがねえだろ。つまりてめえは、この近くの村から攫われた人間じゃねえってことだ」
「加えて、僕たちは妖から必死になって逃げてきたはずのあなたの足音を聞いてない。音が反響する洞窟内でそんな芸当が出来る人間がいるのなら、お目に掛かりたいくらいだね」
「つまりあなたは、妖から逃げてきた先でばったりあたしたちと出会ったんじゃない。ここであたしたちを待ち受けて、逃げてきた女性を装ってる怪しい奴……ってことになるんだよね。はっきり言っちゃえば……敵、かな?」
「ふふふ……! なるほどなぁ……! こんな可愛い子たちが気が付いたのに、歳食った男どもは何も気が付かんであっさりやられてしもて……ほんま、阿呆やねぇ」
柔和な雰囲気を纏っていた女性が、一気に隠していた悪意を爆発させた。
燈と蒼は明らかな敵意を見せ始めた女性の首を落とそうとするも、それよりも早くに気力を爆発させたその女性は、衝撃によって生み出された三人の隙を突き、一瞬のうちに包囲から脱出してしまう。
「賢い坊やたち。うちの可愛い子供たちと遊んでくれへん? 嫌や言うても、相手してもらうんやけどね!」
「……けっ! お出ましか……!!」
頭上から降り注ぐ無数の敵意と殺気に舌打ちをした燈は、即座に気力を漲らせた『紅龍』で上空を薙ぎ払う。
赤熱した刃が空を裂き、炎の斬撃が空中を舞ったかと思えば、その煌きに照らし出された巨大な蜘蛛の体が瞬く間に真っ二つに斬り裂かれ、灰となって燃え尽きた。
「土蜘蛛!? この洞窟にいるのは、獣憑きじゃなかったのか!?」
「それも驚きだけど、この数の方が問題でしょ! どう考えても、一日二日で揃う数じゃないって!!」
「こいつは……何か、込み入った事情がありそうだな、おい!」
天井に所狭しと密集する土蜘蛛たちの姿を目の当たりにした三人は、予想外の相手が予想以上の数を揃えていることに驚愕を禁じえなかった。
それでも、別府武士団のように恐慌状態に陥ることはなく、それぞれが背中合わせに仲間の死角を援護出来る陣形を取ると、天井から降下してきた妖たちを相手取り始める。
「うへぇ~、気持ち悪い見た目しやがって! 椿が見たら、卒倒ものだろうな!」
「油断しないで! 土蜘蛛は毒を持ってるし、遠距離から糸を吐きかけてこちらの身動きを封じてくることもある!」
「あいよ! 何が起きてるのかはわかんねえが、兎に角こいつらを仕留めねえと何も始まらねえか!!」
叫びに紛れて飛ぶ、炎と水の斬撃。
紅蓮の炎に焼かれた土蜘蛛の体は一瞬のうちに燃え尽き、圧縮された水の刃に触れた者はそこから体が真っ二つに両断されていく。
とにかく、撃てば当たるという状況。
あまりにも数が多い土蜘蛛たちであったが、一撃必殺の威力を誇る攻撃を連発出来る燈と蒼が相手では、その数も簡単に減らされ続けるしかない。
正面からの攻撃が難しいのならば、頭上から不意打ちを……と、これまでの経験を活かした攻略を試みても、そこをフォローするかのようにやよいの暗器と『青空』の玉が彼らを迎え撃つ。
土蜘蛛たちの小さな頭を、額に並ぶ急所である瞳を、『青空』と暗器で次々と打ち抜き、天井からの接近を許さない彼女の援護によって、燈たちは存分に腕を振るうことが出来ていた。
「こいつら、思ってたよりも硬くない! 動きも速いわけじゃないから、落ち着いて対処すれば全然問題ないよ!」
「不意打ちだけは気を付けろ! 糸を吐かれたら、俺が全部焼き尽くしてやる!!」
「派手に動かず、消耗を抑えよう。数は多いけど、所詮は雑魚の群れ。粘り続ければ僕たちの方が有利になる!!」
各自がそれぞれの役目を認識し、それを全うする陣形。
確実に迫る敵を倒し、吐きかけられる糸を炎によって燃やす燈と、その補佐を行いつつ戦局を見極め、指示を行う蒼。そして彼らから一歩引いた位置で援護を行い、時に攻撃にも参加するやよい。
初めての連携ではあるが、お互いの能力を把握している三人の戦いぶりは思っている以上に形になっており、迫る土蜘蛛たちを寄せ付けない強さを発揮していた。
「こいつで……ラストっ!!」
「ギギィィィッ!!」
そして今、最後の一匹となった土蜘蛛が燈の飛ばした炎に包まれ、燃え尽きた。
断末魔の悲鳴を残し、完全に消滅した妖の姿を見て取った燈は、ようやく静けさが戻った洞窟の中で大きく息を吐く。
「何なんだよあの馬鹿デカい蜘蛛は!? それに、あの女は何者なんだ?」
「わからない。わからない、けど……何か良くないことが起きているのは間違いないよ」
金太郎の話と食い違う種類の妖の出現に加えて、土蜘蛛を操る謎の女性まで姿を現した洞窟内には、不明瞭な状況が生み出す不穏な空気が漂っている。
一寸先の闇から土蜘蛛たちが襲い掛かってくるのではないかという不安感が燈たちを包む中、その不安を煽るかのように洞窟の先から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「い、今のは!? もしかして――!?」
「落ち着け! どう考えても、今の声は男のモンだった。栞桜がやられたわけじゃねえよ」
「わかってるけど、でも! 栞桜ちゃんが巻き込まれてる可能性だって、十分にあるじゃん!」
普段の飄々とした雰囲気からは感じられない必死の表情で燈へと言うやよい。
朝、自分のことを栞桜が置いていったことを皮切りにして、次々と予想外の事態が起き続けている。
きっと、彼女も冷静ではいられないのだろうなと思いながら、蒼は静かな口調でやよいのことを宥めた。
「やよいさん、まずは冷静になろう。逸る気持ちはわかるけど、僕たちが冷静にならなきゃ栞桜さんに追いつくことも出来ないよ」
「それもわかってるけど……ああ、もうっ! むかむかする!!」
静かに、冷静に……自分に意見した蒼の言葉が正しいことなど、やよいにも判っているのだろう。
しかし、長年苦労を共にした親友の裏切りから始まった不測の事態によるストレスは、彼女の心を予想以上に蝕んでいたのである。
普段のやよいなら、苛立ちに任せて不用意な行動を取らなかっただろう。
それは、ほんの少しだけ、彼女が抱いていた感情を爆発させたが故の行動だった。
怒りに任せ、手近な壁を拳で叩く。ただそれだけの行為。
普通なら、たったそれだけの行動で何かが変わるはずなどない。だが、数々の不運が重なった結果、彼女のその行動は最悪の事態を引き起こしてしまった。
――カチッ……!
「へ? あっ……!?」
「な、何だっ!? 地震か!?」
妙な乾いた音と、拳が何かを押し込んだ感触。
それらを感じたやよいが壁を見てみれば、そこにはよく目を凝らさないと判らない窪みがあった。
そこにぴったりと収まっている自分の手が、何かの装置を起動させるボタンを押してしまったことに彼女が気が付いた時には時すでに遅し。
別府屋が仕掛けた罠が作動し、彼女の足元にぽっかりと巨大な落とし穴が出現してしまったのである。
「きゃあああああっっ!!」
「や、やよいっ!!」
吸い込まれるようにして足元の闇の中に消えていったやよいの名を叫ぶ燈の声が響く。
彼女が落ちた穴の中は存外に深く、中を覗き込んでも闇だけが広がっており、やよいの姿は見つけられない。
急ぎ、彼女を追って穴の中に飛び込もうとした燈であったが、その行動を制止する蒼の声に反応した彼は、びくりとその動きを止めた。
「待つんだ、燈! ここは僕が行く! 君は洞窟の奥に進んで、栞桜さんを探してくれ!」
「でも、この先に何が待ち受けてるかはわからねえ! あの女の存在だってある、安全策を取って、二人で行った方が――」
「君は椿さんと約束したじゃないか! 彼女を連れて帰るんだろう? なら、ここで必要以上に時間を費やすわけにはいかない。僕と君、二手に分かれるのが最良の選択だ」
「っっ……!!」
蒼のその言葉に、燈は言葉を失う。
確かに、彼の言う通りだ。ここでやよいを追って二人で落とし穴の中に飛び込んだら、洞窟の奥に進んだ栞桜の救出に間に合わないかもしれない。
彼女も今、土蜘蛛という予想外の妖の出現に危機に陥っている可能性がある以上、迅速な合流が必要であることは明白だった。
「……信じてくれよ、燈。僕は君の兄弟子だよ? どんな危険が待ち受けていたって、必ず無事に戻ってくるさ。だから、君は栞桜さんを追うんだ。椿さんの言う通り、彼女の心を動かせるのは君だけだって、僕も思ってるからさ」
「……わかった。やよいのことはお前に任せる。その代わり、栞桜は絶対に俺が見つけ出す! 必ず後を追って来いよ、蒼!」
「ああ、勿論さ! ……燈こそ、気を付けて。土蜘蛛と君の相性が良いとはいっても、油断は禁物だよ」
「おう! 油断はしねえよ!」
拳を打ち合わせ、互いに無事を誓った二人は、それぞれの道へと進み出す。
燈は暗く伸びる洞窟の奥部へ、蒼はやよいが消えた落とし穴の闇の中へ、それぞれ振り返らずに身を投じ、自分の使命を胸に戦いに臨む。
胸に不安と、相手の身を案じる感情を抱きながらも、それを上回る信頼によって負の感情を掻き消した二人は、闇の中で待つ少女たちと合流すべく、己が道を突き進むのであった。
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