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第二章・少女剣士たちとの出会い
弱い自分、それも自分
しおりを挟む「は、はぁっ!? 一体全体、どうしちまったってんだよ!? お前、本当に栞桜か!?」
彼女が発した言葉を聞いた燈は、驚天動地の勢いで驚きの感情を露わにした。
これまでずっと強気な態度を崩さなかった栞桜が、いきなりこんなネガティブなことを口にしている。しかも、自分自身の弱々しい姿を忌み嫌っていた燈に見せるだなんて、どう考えてもおかしいではないか。
強気を通り越して、暴走気味に突き進んできた栞桜の姿からは考えられない弱気な発言。
先ほどから感じていた栞桜への違和感の正体がこの弱気な感情であることに気が付いた燈は、彼女の肩を掴むと(広間の土蜘蛛たちに気付かれないようにしながら)大きな声で彼女に問いかける。
「しっかりしろよ! 妖の数や人間の死体にビビっちまったのかもしれねえけど、そこまで弱気になるタマじゃねえだろ、お前は!? 「お前の力など借りなくとも、私一人で十分だ!」くらいのことを言う、強気なお前はどこに行っちまったんだよ!?」
「そ、そんなの……虚勢に決まってるじゃないか! 本当は、本当は……私が弱くて役に立たない失敗作だってことくらい、わかってるんだよ!」
そう、自分自身の本音を吐き出した栞桜が、その場に蹲る。
膝を抱え、俯き、肩を震わせながら喋る今の彼女の姿は、とても小さく弱々しく見えた。
「わかってたんだ……私は誰からも必要とされてない、失敗作だってことくらい。くちなわ兄弟や別府屋が言ってることが正しいことも、全部わかってたんだよ……! 私みたいな人間が何をしたって、意味なんてないんだ。その証拠に、どれだけ努力しても成功作である斑には敵わなかった! 私の長年の訓練なんて、その程度のものだったんだ」
脳裏にフラッシュバックする、鮮烈な光景。
あの毒島斑が、自分に勝ち続けた剣士が、女で失敗作だと自分を罵り続けた成功作の男が、土蜘蛛に成す術なく喰らわれる瞬間。
悲鳴を上げ、何も出来ず、恐怖に声を震わせながら喉笛を噛み千切られた斑の姿を目にした栞桜の心に去来したのは、壮絶な絶望感だった。
どれだけ努力を重ね、月日を重ねても勝てなかった男が、あんなにあっさりと殺されてしまった……斑の部下も、弟も、全員土蜘蛛に倒され、餌として巣に運ばれてしまった。
あんなに強くて、一度も勝てなかった男が、いとも容易く妖の餌食となる。
では、それ以下の自分が勝負に臨んだところで、結果はどうなる? ……そんなもの、見え透いているではないか。
「……私は女だ。男より弱くて、刀を握るべき存在じゃあない。その上、気力の扱いもまともに出来ない。私は、私は……家族からも幕府からも見捨てられた、失敗作なんだ……!! そんな私が、最強の武士団の一員になるなんて無理なんだよ。そんなこと出来っこない! 私なんかが、妖を倒せるわけがないんだ!」
堰を切ったように溢れ出す感情が、心の中に秘めていた本当の想いが、言葉となって吐き出されていく。
自らの弱さを、情けなさを、吐露し続ける栞桜の目からは、大粒の涙が零れていた。
「どれだけ強気を装ったって、本心はこれだ。私は、本当は弱くて狡い女なんだ……。この勝負だって、勝てるだなんて欠片も思ってなかった! それなのにお前たちの手を借りることも出来ずに、負けることをわかっていながら勝負に臨んで……それでもう、終わりにしようと思ってたんだ……!」
疲れていた。理解していた。泣きたかった。認めてしまいたかった。
自分の価値の無さ、これまでの人生が無駄だったこと、それら全てを認めてしまうのが怖くて、出来ないだけだった。
だから強気を装って、自分を馬鹿にする相手にがむしゃらに噛み付いてきた。
だが、もうそれにも限界が来た。自分を圧倒し続けた斑の死に様を見たことで、ぎりぎりのところで保たれていた栞桜の心はぽっきりと折れてしまったのだ。
「無理だ。出来っこない。私なんかがお前と並び立つことなんて土台無理な話だ。こんな弱い私が、武士になんてなれるはずがないんだよ……」
蹲ったまま、喉から声を絞り出すようにして栞桜が呟く。
偽りの強い自分の仮面を捨て去り、年相応の少女としての素顔を見せた彼女は、それ以上何も発することなくすすり泣くばかりだ。
こんなにも醜く、弱く、情けない姿を他人に曝け出すことを羞恥する感情すらも、今の栞桜にはない。
ぽっかりと開いた心の隙間に流れ込む過去の辛い体験や思い出が、自分自身の無価値さをただただ思い知らせてきて、こんな自分がという思いが一層強まっていくだけだった。
「……わかったら、もう私に期待なんてしないでくれ。私はお前の役に立てるような人間じゃないんだ……」
幻滅されただろうと、飽きれられただろうと、栞桜は思った。
あれだけ偉そうに振舞って、仲間たちを置いてきぼりにしてまで勝負に臨んだ癖に、ひとたび窮地に陥ったらこれだ。
こんな女、失敗作でなくとも願い下げ。これから共に活動していく仲間として、認められるはずがない。
その証拠に、大きく深い燈の溜息の音が、俯いたままの栞桜の耳にも届いている。
こんな自分が詰られるのは当然のことだし、慰められても辛いだけ。
いたたまれなくなった栞桜が、もう何も聞きたくないとばかりに耳を塞ごうとしたその時、予想外にも穏やかな口調の燈の声が響いた。
「……顔、上げてくれねえか? そんで、俺の目を見て、俺の話を聞いてくれ。頼む、栞桜」
「……っ!?」
その声には、栞桜への哀れみや同情といった感情はほぼほぼ込められておらず、ただ純粋に彼女と話がしたいという燈の想いだけが伝わってきた。
てっきり呆れられているとばかり思っていた栞桜は、強面の彼の容姿に似合わない静かなで柔和なその声に驚き、伏し目がちながらも視線を彼へと向ける。
そうすれば、コンビニの前にたむろする不良のような座り方をした燈と目が合った。
「お! 俺の話を聞いてくれるみたいだな? まあ、その、なんだ……なんつーかこう、お前がそこまで思い悩んでたってことに気付いてやれなくて、本当にごめんな」
「……別に、謝られるようなことじゃない。私が勝手に抱え込んで、勝手に自滅してるだけだし……」
「わ~わ~! 顔を伏せるなって! 頼むから俺の話を聞いてくれよ。こんな、誰かのために熱くなって語るなんて真似、今までの人生でやったことねえんだ。その相手にまるっと俺の言葉を無視されたら、一生モノのトラウマになっちまう」
あくまで弱気でネガティブな事ばかりを口にする栞桜に照れくさそうにそう告げた燈は、ぼりぼりと頬を掻きながらどう自分の想いを彼女に伝えるべきか思い悩んでいた。
やはり、他人と話をするのは苦手だ。
今の栞桜ではないが、こんな不器用な自分の言葉が彼女の心に届くのだろうか? と躊躇いそうになる燈であったが、出立寸前にこころから言われた言葉を思い出し、ぐっと拳を握り締めた。
難しい言葉や、回りくどい誤魔化しなんて必要ない。
栞桜の心を動かせるのは、真っ直ぐで全力の想いだけ。燈はただ、自分の想いをそのまま彼女にぶつければ良いと、こころは言っていた。
心の中に浮かんだ想いをそのまま言葉にするのは、ある意味とても難しいことだが……ごちゃごちゃと頭の中で考えて、伝えたいことが微塵も伝わらないよりかは何倍も良い。
自分をここに送り出してくれたり、大事な局面で迷いを振り払ってくれるアドバイスをくれたりと、本当にこころには世話になりっぱなしだ。
そう思いながら大きく息を吐いた燈は、自らの心の赴くままに、前々から抱いていた栞桜への想いを口にし始めた。
「なんつーかよ、俺はお前が弱い自分を認められるようになったことは、素直にすげえ良いことだと思ってるぜ。ずっと虚勢張り続けて、女だ~、失敗作だ~、っていう自分の弱みから目を逸らし続けるより、そっちのが大分健全だろ」
「……慰めのつもりか? それとも、遠回しに馬鹿にしているのか?」
「ちげぇよ。何となくだけど、お前の気持ちがわかるんだ。多分、女扱いされてキレるお前の姿が、ガキの頃の自分の姿にダブってるんだろうな」
「わかるだって? お前と私とでは何もかもが違う。男と女。天才と無才。おまけに生まれ育った世界も違う。これだけの差があるというのに、お前が私の気持ちを理解出来るはずがないだろう」
「わかるさ。だって同じ人間だろ? どれだけの違いがあろうと、根っこの部分は同じに決まってる。だからまあ、わかるんだよ。自分の嫌いな部分を突っつかれて、怒り狂いたくなるお前の気持ちが」
自嘲気味に笑い、鼻を鳴らす燈。
そんな彼をジト目で見つめていた栞桜へと視線を返しながら、彼は自分を指差して言う。
「誰だって辛いよな、自分の弱い部分とか、自信の無い所をこれ見よがしに突っつかれんのは。自分じゃどうにも出来ないのに、他人はそれを思い切り嗤いやがる。ほんと、腹が立ってしょうがねえ」
「……お前にもあるのか? 自分の嫌いな部分が?」
「正確にはあった、だ。何を隠そう、俺は自分の名前が大嫌いだった。ま、学校どころか幼稚園に入る前の話だけどな」
ニカッと歯を見せて笑った燈は、しみじみと過去を思い返すように暗闇が広がる洞窟の天井を見上げる。
そうした後、再び視線を栞桜に向けた彼は、過去の愚痴を聞かせるようにして彼女に話し始めた。
「昔はな、俺も自分のあかりって名前がそんな好きじゃなかったんだよ。俺のことを馬鹿にする奴は、みんな口を揃えて言うわけだ。「あかりなんて男の名前じゃない」ってな……ガキの頃の俺もそう思ってたし、何よりこの名前は自分が決めたわけじゃないのに周りの奴らに馬鹿にされんのが悔しくてよぉ。その頃から俺の名前を馬鹿にした奴とは取っ組み合いの大喧嘩をしてたぜ」
「……でも、今は違う。どうして自分の名前を好きになれた? 何が切っ掛けだったんだ?」
「知ったからだ。自分の名前の意味と、そこに込められた親父とお袋の想いをな。いつも通りに名前を馬鹿にされたから喧嘩して、その日は多勢に無勢で勝てなくて、わんわん泣きながら帰った俺は、お袋に聞いたわけだ。どうして、俺の名前をあかりなんていう女っぽいものにしたのかって。そしたら、お袋は俺のアルバムを持って来てな、そこから俺が生まれたばかりの時に撮った写真を見せながらその理由を語り始めたわけよ」
アルバムや写真というものが何であるか、それはもしかしたら栞桜には判らないかもしれない。
だが、大事なのはそこではない。この話の中で燈が伝えたいことは、もっと別の所にあるのだ。
「燈、っつうのは灯火って意味だ。丁度今いるこの場所みたいな暗闇の中でも、火を絶やさぬ人間になりますようにって、その火で誰かの行く道を照らせるような人間になりますように、そして、自分自身の心の中の火……希望を、絶対に忘れない人間に育ちますようにって、親父と一緒に一生懸命に考えて付けてくれた名前なんだって、お袋は俺に教えてくれたんだ」
「……良いご両親、だな」
「ああ。優しくて格好良くて、自慢の両親だったさ。……もう随分と前に、いなくなっちまったけどな」
ほんの少しだけ寂し気に呟いた後、その暗さを吹き飛ばすようにして燈が笑う。
そうやって、自分自身の大きな転換期について話しながら、彼は栞桜へと自らの想いを伝えていく。
「この燈って名前には、親父とお袋の色んな想いが詰まってる。二人が俺に残してくれた、数少ない贈り物の一つなんだ。だからよ、俺はこの名前が大好きなんだ。俺が自分の名前を馬鹿にされてキレる理由は、ガキの頃と今とじゃ大きく違ってる。自分の痛いところ、触れられたくないところを突かれてキレてるんじゃねえ。大好きなモンと、それを贈ってくれた大事な親父とお袋の想いを馬鹿にされることが許せねえから、俺は全力で怒るんだ」
「大好きで、大事な物……大切だからこそ、怒る……」
「おう。……栞桜、お前にもいるはずだ。お前自身が大事に思う、逆に大事に思ってくれている人間って奴がよ。きっとそいつらは、お前の弱い部分や駄目な部分を全部理解した上で、お前のことを認めてるはずだぜ」
「………」
燈の言葉に押し黙った栞桜の頭の中には、これまで自分を育ててくれた桔梗の姿が浮かび上がっていた。
桔梗は栞桜が幕府の実験で生まれた失敗作だと知りながら身柄を引き取り、これまで育ててくれた。
自分の娘のように大切に、武士として大成できるように厳しく、様々なことを叩き込み、ここまで育て上げてくれた。
それと、やよい。同じ境遇から這い上がって、一緒に過ごしてきた親友である彼女もまた、栞桜にとって大切な存在だ。
二人とも、自分の苦しみや虚勢を理解していた上で、見守ってくれていた。手を差し伸べてくれていた。
桔梗とやよいは、栞桜にとって家族のようなもの……大切で、何者にも代え難い、大事な存在だ。
「……忘れんなよ、栞桜。駄目なお前も、弱いお前も、その全部が他でもないお前自身なんだ。桔梗さんも、やよいも、椿も蒼もこの俺だって、良いところも悪いところも全部ひっくるめて、お前のことが好きなんだよ。だからよ、お前もその弱い自分自身を好きになってやれ。それはすっげぇ難しいことかもしれねえけど……お前はもう、自分の見たくない部分と向き合えたじゃねえか」
「好きに、なる……? こんな私を、私自身が?」
「そうだよ。お前の弱い部分、醜い部分を捨てる必要なんてないんだ。だってそれは、他でもないお前自身なんだから! そりゃ、確かにお前には駄目なところがわんさかあるぜ? 気力の操作が下手くそなところだとか、裸を見られたら普通に恥ずかしがる女のくせして、女扱いされたらキレるところだとか、頑固で頭が固くて、一度こうと決めたら周りの意見を聞かなくなっちまうところだとか……でも、それと同じくらい、良いところもあるんだ」
「あっ……!?」
優しく、燈が栞桜の手を取る。
震える握り拳を開き、擦り傷だらけの彼女の手を見つめた燈は、口元を綻ばせて笑みを見せながらこう言った。
「お前は、努力を絶やさなかった。迷いながらでも、苦しみながらでも、先に進もうと足掻き続けた。この手に出来てるタコと傷が、その証拠だ。お前の剣には、あのくちなわ兄弟にはなかった重みがある。力の強さじゃねえ、心の強さがお前にあるからだ」
「や、やめてくれ! こんな私が、強いだなんて……」
「いいや、やめねえよ。お前は強い。俺の目には、努力を重ねたこの手がこの上なく輝いて見えてるぜ。……それによ、もしもお前が本当に弱い心の持ち主だっていうのなら、どうしてここまでやって来たんだ? 本気で心が折れちまったってんなら、尻尾巻いて逃げ出すのが普通だろうがよ」
「それ、は……私にも、わからない。ただ気が付いたら、ここにいたんだ」
何を考えて、どうしてこんな危険な妖の巣までやって来てしまったのか。
自分自身でも判らないまま、栞桜は今、ここにいる。
しかし、彼女の口から紡がれた答えを聞いた燈は、浮かべていた笑顔を更に強めると、栞桜自身も気が付いていなかった彼女の本心を言い当ててみせた。
「簡単だろ。お前は、助けたかったんだ。目の前で捕まった別府屋の連中を、洞窟の何処かに捕らえられてる村人たちを、助けたいと思ったから逃げなかった。お前の中にある強くて優しい武士を目指す心が、逃げる選択肢じゃなくて進む選択肢を取らせたんだ」
「っっ……!?」
「……こんな俺でよければ何回でも言ってやるよ。栞桜、お前は強い。苦しみながら、迷いながら、お前は努力を重ねてここまで来たんじゃねえか。だから、もっと胸を張って、自分を誇れよ。そんで、好きになってやれ。お前自身の弱い部分をよ。お前はもう、半分以上それが出来てるんだぜ?」
じわりと、栞桜の視界が温かい雫で滲む。
今までずっと引っかかっていた胸のつかえが、燈の言葉で取り除かれていくような気がしていた。
ずっと、弱い自分にはどこにも居場所がないと思っていた。
だから強くなって、弱い自分を捨てて、そうして懸命に自分の居てもいい場所を作り出そうとしてきた。
女だから、自分は家族に捨てられた。
失敗作だから、自分は幕府にも捨てられた。
弱いままだったら、きっと桔梗も自分を捨てると……そんな強迫観念に駆られて、必死に強くなろうとして、弱い自分を殺そうと、今まで努力してきた。
でも、それは違うということに、ようやく栞桜は気が付くことが出来た。
桔梗も、やよいも、自分の大好きな人たちは皆、自分の弱い部分や駄目な所をひっくるめて、自分を受け入れてくれているということに、ようやく気が付いた。
気力が上手く操れない、失敗作の自分でもいい。
跡継ぎになれず、大きくて邪魔な尻と胸がある女でも構わない。
そんな自分を、桔梗たちは愛してくれている。
だから、弱い自分を捨てる必要なんて、最初からなかったのだ。
ただ一つだけ、栞桜が変わらなければならない点があるとすれば……燈の言う通り、自分を好きになってやることだけだ。
こうして弱い部分を曝け出した自分のことを、それでも認めてくれた人がいた。
弱い部分を含めて、それがお前だと言ってくれた人がいた。
そんな人たちに胸を張れる人間になりたいと、心の底から思うことが出来た。
(ああ、そうか……もうとっくに、私の居場所は出来ていたんだ……!!)
今までずっと、栞桜が気が付かなかっただけだ。
彼女には、もう自分がいるべき場所が出来上がっていた。
自分には、桔梗とやよいという、血は繋がっていないがそれ以上の心の繋がりを持つ家族がいる。
自分には、同じ夢を追いかけ、その力を認めてくれた燈という盟友がいる。
そして……こんな自分のことを憧れ、羨ましいと言ってくれたこころがいた。
その人たちの信頼を、想いを、無碍にしているのは他でもない栞桜自身だ。
立ち上がれ。思い出せ。今、自分自身を諦めるということは、栞桜を信じてくれる人たちへの裏切りとなる。
そんなこと、絶対に許せない。許してはいけない。
失敗作だと、女の癖に身の程知らずだと、嘲笑われるよりもずっと辛く、そして度し難い愚行だ。
強く、強く……握り締めた拳に、闘志を漲らせる。
零れていた涙を拭い、蹲った姿勢から立ち上がった栞桜は、まだ赤みの差す眼で燈を見つめ、不器用に笑ってみせた。
「……おう。ちったあ元気出たみたいだな。どうする? お前が無理だっていうなら、ここは退いて体勢を整えてもいいが――」
「知れたこと。勝算があるのなら、それに全力を尽くすのみ! ここで逃げ出したら、それこそおばば様やこころに面目が立たん!」
心を強く持て、自分を信じてくれている人に応えるために。
大丈夫。今、自分が感じている想いはいつもの虚勢じゃない。誰かに信じてもらえているという安心感が、強い信頼を生んでいるのだ。
きっと、今なら……素直に言える。
弱い自分を受け入れた栞桜は、自分でも驚くくらいにその台詞を口にすることが出来た。
「……燈。あの数は流石に私一人では片付けきれん。お前の力が必要だ。私と一緒に……戦ってくれるか?」
片意地を張る必要も、見栄を張る必要もない。
差し出された手を掴むことが、今の栞桜になら出来る。
自分より凄い相手を素直に認め、共に手を取り合うことを学んだ栞桜からの申し出にニヤリと笑った燈は、溌溂とした声でこう返した。
「ああ! ド派手に……かましてやろうぜ!」
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