79 / 127
幕間の物語~追憶の糸~
破
しおりを挟む「う、うぅん……」
「あ、目が覚めた? おはよう、蒼くん」
蒼が次に目を覚ました時、彼は煌びやかな灯篭が至る所に輝く色町にいた。
満天の星空が霞んで見えてしまうくらいに派手な明かりを灯す街の様子を見まわしながら、ぼやけた意識を覚醒させていく。
豪華な街並みに相応しい身なりをした男たちは、ほぼほぼ酔っぱらった状態であり、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、誰も彼もがおぼつかない足取りだ。
そんな男たちを、遊女たちが道に沿って並んでいる揚屋の格子の中から誘う。
かつて蒼が輝夜で見た女性たちより色っぽく、艶めかしい姿を見せる彼女たちの姿は、酔いが回った男たちからすればより魅力的に見えるのだろう。
なんとなく……本当になんとなくなのだが、蒼はこの街が輝夜よりも色が濃い街だと思った。
色彩の話ではない。女性が、女性としての姿を色濃く出すように振る舞っているということだ。
おそらく、お座敷遊びや酒の相手が主目的であり、そこから一歩進んで男女の交わりを行う輝夜とは、遊郭としての在り方が違うのだろう。
ここは、この街は……そういったことをするための店が並ぶ色町だ。
現代風にいえば、風俗街。美しい女を抱き、男が満足するために作られた、性を生業としている人々が揃っている雰囲気が、この街には漂っている。
「やよいさん、僕の傍へ。絶対に離れないで」
咄嗟に、蒼はやよいへとそう声をかけ、周囲の様子を伺う。
今のやよいは襦袢姿。要するに、下着姿だ。
こんな色町で、やよいのような魅力的な少女が下着姿でいたら、邪な感情を抱く男がいてもおかしくない。
どこぞの店の遊女であると勘違いされ、彼女が連れ攫われる可能性を危惧する蒼であったが、当のやよいは面白おかしそうにくすくすと笑うと、こう告げた。
「大丈夫だよ。ここはあくまで記憶の世界。あたしたちの姿は周囲からは見えないし、触ることも出来ないもん」
「あ……そ、そっか。つい、うっかり……」
「ふふふっ! 蒼くんって案外ドジっ子さんだよね! でも、あたしのことを気遣ってくれて、嬉しかったな!」
弾けるような笑顔でそう言われると、どうにも気恥ずかしさが止められない。
色んな意味で感じる羞恥を誤魔化すように顔を背けた蒼は、気を取り直すために咳ばらいをしてからやよいへと尋ねた。
「それで、ここからどうすればいいのかな?」
「んっとね……うん、あのお店かな? ついて来て!」
ふんふんと鼻をひくつかせたやよいは、何かを感じ取ったかのように立ち並ぶ揚屋の中から一つの店を指差すと、蒼へと手招きをしてからその店の内部へと突入していった。
慌てて彼女の後を追う蒼。途中、ずんがずんがと人がごった返す道の中で通行人とぶつかりそうになるが、するりとお互いの体が擦り抜けてしまったことに目を丸くして驚く。
(そ、そうだった。僕たちはあくまで記憶の中に入り込んだ思念態で、この人たちも記憶の中の存在なんだった)
判り易く考えれば、ここは夢の中。
実際の肉体を持っているわけでも、ここで引き起こした出来事が現実に影響を及ぼすわけでもない。
こうして通行人とぶつかることなく、まるで幽霊のように自分の体が擦り抜けてしまったとしても、何もおかしいことはないのだ。
現実と大差ない光景を目の当たりにしながら、それが全て現実のものではないという状況に戸惑いながらも、少しずつ慣れていく蒼。
先を行くやよいの背を追いかけ、揚屋の中に入った彼が、その最上階にある荘厳な部屋の襖を擦り抜けて中の様子を窺うと……。
「う、うわっ!? し、失礼しましたーっ!」
……そこでは、美しい女性とその客である男性が、お楽しみの真っ最中であった。
生まれたままの姿になり、息も荒く体を重ねる両者。
遊女の方は男を喜ばせるためでもあるのか、必要以上の大きな喘ぎ声を上げ、交わりの興奮を高めている。
「ええ、ええよ……っ! 旦那はん、流石やわぁ……!!」
やや上ずった、嬌声交じりの言葉。
白い肌を惜しげもなく晒し、男に跨る女性の姿を目の当たりにした蒼は、素っ頓狂な声を上げて部屋から転がるようにして飛び出した。
とんでもないものを見てしまった……と、様々な意味での興奮に昂る心を鎮めていた彼は、遅れて部屋から出て来たやよいの姿に再び心臓の鼓動を跳ね上げた。
「うひゃあっ!?」
「もう、驚き過ぎだって! ここは遊郭で、そういうことをする人たちがいる場所でしょう? あの程度のことでいちいち驚いてたら、心臓が幾つあっても足りないじゃん!」
「そ、そりゃあそうかもしれないけどさ! 不意にあんなものを見ちゃったら、多少は驚くでしょ!?」
蒼の最大の弱点である女性への免疫の無さに呆れるやよいは、深い溜息をついた後にジト目で彼へとこう問いかける。
「なら、気が付いた? さっきの女の人、あたしたちが戦った絡新婦にそっくりだったよ」
「えっ!? ほ、本当!?」
「はぁ……やっぱりなぁ。女の裸を見ることを躊躇って、大事な情報を見逃すっていうその欠点、本当にこれからの活動で致命的になる部分もあると思うから、早めに克服した方がいいよ? 何だったら、あたしの裸で慣れる? これ、冗談じゃないから」
「うぅぅ……ごめんなさい……」
大真面目にやよいから叱責された蒼は、面目なさを感じながらそっと襖から顔を出し、改めて部屋の中の様子を窺った。
まだ交わっている最中の男女の姿を見ることには気分が憚れたが、何度もやよいに呆れられては堪らないと一生懸命に羞恥を抑えて女性の顔を見つめてみれば、なるほど確かにあの絡新婦にそっくりだ。
「あれが、人間の頃の絡新婦の姿か……確かに言葉遣いが遊女っぽかったし、服装も煌びやかだった。生前はこんな大きな店で働く、一流の遊女だったんだね」
「これだけ大きな店だもん、お給金もさぞや高かったんだろうね。ああやって大変なお仕事をすることはあっただろうけど……これで、妖になるくらいの負の感情を抱くものなのかな?」
遊女という職業は、男性の欲望を受け止めることが仕事だ。
この揚屋のように体の関係になることも厭わない店で働くとなると、相当に嫌なことはあるものだろう。
しかし、ここまで上客を取り、大店に代表格として勤めている遊女ならば、給料も一級品である。
仕事で疲れた心を癒すだけの金は手に入るだろうし、望めば自力で身請け金を稼ぐことも不可能ではないはずだ。
この店で働くことで、彼女が外道に堕ちるまでの負の感情を抱くとは考え辛い。
いったい、あの遊女の身に何が起きたのか……? その疑問を晴らすべく、やよいが意識を集中させて時間を次の場面へと進ませていった。
「……本当に、店を出るのか? お前なら、わざわざ自分で身請け金を支払わずとも、上得意客が喜んで金を払うだろうに」
「ええんです。うちには、故郷で待ってくれてる人がおるんです。その人の下に帰るために、うちは一生懸命働きました。この身は大分汚れてしもたけど……それでも、あの人はうちを待ってくれると、約束してくださったんです」
それから、幾年の月日が過ぎたようだ。
僅かに疲れの色が浮かんではいるものの、数年前の変わらぬ美貌を保った遊女が店の主人へと大量の小判を差し出している光景を、蒼とやよいは二人して見つめていた。
「子供の頃、うちは家族のために遊女になることを決めました。うちを見せに売りさえすれば、両親と妹は飢えずに十分な飯を食べていける……そんな覚悟を決めたうちのことを、ずっと待ち続けると約束してくれた人がいるんです。うちは、その約束を守るために今日まで頑張ってきた……せやから、誰かに身請けされるのは御免です」
「ふん……わしとしちゃあ、金を払ってくれるなら何も言わないよ。お前がうちにもたらしてくれた利益は計り知れないしね。だが……そんな、子供の頃の約束が守られるほど、現実は甘くない。もしも行き場所がなくなったら、またうちに戻ってきな。この金は、使わずにいてやるよ」
「……おおきに、旦那はん。ほんま、今までお世話になりました」
自分を気遣う主人の言葉に頭を下げ、自由の身となった女は店を出て行く。
その背を黙って見送る主人の瞳は、この先に彼女を待ち受ける運命を悟っているかのように物悲し気であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる