和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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幕間の物語~追憶の糸~

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「う、うぅん……」

「あ、目が覚めた? おはよう、蒼くん」

 蒼が次に目を覚ました時、彼は煌びやかな灯篭が至る所に輝く色町にいた。
 満天の星空が霞んで見えてしまうくらいに派手な明かりを灯す街の様子を見まわしながら、ぼやけた意識を覚醒させていく。

 豪華な街並みに相応しい身なりをした男たちは、ほぼほぼ酔っぱらった状態であり、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、誰も彼もがおぼつかない足取りだ。
 そんな男たちを、遊女たちが道に沿って並んでいる揚屋の格子の中から誘う。
 かつて蒼が輝夜で見た女性たちより色っぽく、艶めかしい姿を見せる彼女たちの姿は、酔いが回った男たちからすればより魅力的に見えるのだろう。

 なんとなく……本当になんとなくなのだが、蒼はこの街が輝夜よりも色が濃い街だと思った。
 色彩の話ではない。女性が、女性としての姿を色濃く出すように振る舞っているということだ。

 おそらく、お座敷遊びや酒の相手が主目的であり、そこから一歩進んで男女の交わりを行う輝夜とは、遊郭としての在り方が違うのだろう。
 ここは、この街は……そういったことをするための店が並ぶ色町だ。
 現代風にいえば、風俗街。美しい女を抱き、男が満足するために作られた、性を生業としている人々が揃っている雰囲気が、この街には漂っている。

「やよいさん、僕の傍へ。絶対に離れないで」

 咄嗟に、蒼はやよいへとそう声をかけ、周囲の様子を伺う。
 今のやよいは襦袢姿。要するに、下着姿だ。

 こんな色町で、やよいのような魅力的な少女が下着姿でいたら、邪な感情を抱く男がいてもおかしくない。
 どこぞの店の遊女であると勘違いされ、彼女が連れ攫われる可能性を危惧する蒼であったが、当のやよいは面白おかしそうにくすくすと笑うと、こう告げた。

「大丈夫だよ。ここはあくまで記憶の世界。あたしたちの姿は周囲からは見えないし、触ることも出来ないもん」

「あ……そ、そっか。つい、うっかり……」

「ふふふっ! 蒼くんって案外ドジっ子さんだよね! でも、あたしのことを気遣ってくれて、嬉しかったな!」

 弾けるような笑顔でそう言われると、どうにも気恥ずかしさが止められない。
 色んな意味で感じる羞恥を誤魔化すように顔を背けた蒼は、気を取り直すために咳ばらいをしてからやよいへと尋ねた。

「それで、ここからどうすればいいのかな?」

「んっとね……うん、あのお店かな? ついて来て!」

 ふんふんと鼻をひくつかせたやよいは、何かを感じ取ったかのように立ち並ぶ揚屋の中から一つの店を指差すと、蒼へと手招きをしてからその店の内部へと突入していった。
 慌てて彼女の後を追う蒼。途中、ずんがずんがと人がごった返す道の中で通行人とぶつかりそうになるが、するりとお互いの体が擦り抜けてしまったことに目を丸くして驚く。

(そ、そうだった。僕たちはあくまで記憶の中に入り込んだ思念態で、この人たちも記憶の中の存在なんだった)

 判り易く考えれば、ここは夢の中。
 実際の肉体を持っているわけでも、ここで引き起こした出来事が現実に影響を及ぼすわけでもない。
 こうして通行人とぶつかることなく、まるで幽霊のように自分の体が擦り抜けてしまったとしても、何もおかしいことはないのだ。

 現実と大差ない光景を目の当たりにしながら、それが全て現実のものではないという状況に戸惑いながらも、少しずつ慣れていく蒼。
 先を行くやよいの背を追いかけ、揚屋の中に入った彼が、その最上階にある荘厳な部屋の襖を擦り抜けて中の様子を窺うと……。

「う、うわっ!? し、失礼しましたーっ!」

 ……そこでは、美しい女性とその客である男性が、お楽しみの真っ最中であった。

 生まれたままの姿になり、息も荒く体を重ねる両者。
 遊女の方は男を喜ばせるためでもあるのか、必要以上の大きな喘ぎ声を上げ、交わりの興奮を高めている。

「ええ、ええよ……っ! 旦那はん、流石やわぁ……!!」

 やや上ずった、嬌声交じりの言葉。
 白い肌を惜しげもなく晒し、男に跨る女性の姿を目の当たりにした蒼は、素っ頓狂な声を上げて部屋から転がるようにして飛び出した。

 とんでもないものを見てしまった……と、様々な意味での興奮に昂る心を鎮めていた彼は、遅れて部屋から出て来たやよいの姿に再び心臓の鼓動を跳ね上げた。

「うひゃあっ!?」

「もう、驚き過ぎだって! ここは遊郭で、そういうことをする人たちがいる場所でしょう? あの程度のことでいちいち驚いてたら、心臓が幾つあっても足りないじゃん!」

「そ、そりゃあそうかもしれないけどさ! 不意にあんなものを見ちゃったら、多少は驚くでしょ!?」

 蒼の最大の弱点である女性への免疫の無さに呆れるやよいは、深い溜息をついた後にジト目で彼へとこう問いかける。

「なら、気が付いた? さっきの女の人、あたしたちが戦った絡新婦にそっくりだったよ」

「えっ!? ほ、本当!?」

「はぁ……やっぱりなぁ。女の裸を見ることを躊躇って、大事な情報を見逃すっていうその欠点、本当にこれからの活動で致命的になる部分もあると思うから、早めに克服した方がいいよ? 何だったら、あたしの裸で慣れる? これ、冗談じゃないから」

「うぅぅ……ごめんなさい……」

 大真面目にやよいから叱責された蒼は、面目なさを感じながらそっと襖から顔を出し、改めて部屋の中の様子を窺った。
 まだ交わっている最中の男女の姿を見ることには気分が憚れたが、何度もやよいに呆れられては堪らないと一生懸命に羞恥を抑えて女性の顔を見つめてみれば、なるほど確かにあの絡新婦にそっくりだ。

「あれが、人間の頃の絡新婦の姿か……確かに言葉遣いが遊女っぽかったし、服装も煌びやかだった。生前はこんな大きな店で働く、一流の遊女だったんだね」

「これだけ大きな店だもん、お給金もさぞや高かったんだろうね。ああやって大変なお仕事をすることはあっただろうけど……これで、妖になるくらいの負の感情を抱くものなのかな?」

 遊女という職業は、男性の欲望を受け止めることが仕事だ。
 この揚屋のように体の関係になることも厭わない店で働くとなると、相当に嫌なことはあるものだろう。

 しかし、ここまで上客を取り、大店に代表格として勤めている遊女ならば、給料も一級品である。
 仕事で疲れた心を癒すだけの金は手に入るだろうし、望めば自力で身請け金を稼ぐことも不可能ではないはずだ。

 この店で働くことで、彼女が外道に堕ちるまでの負の感情を抱くとは考え辛い。
 いったい、あの遊女の身に何が起きたのか……? その疑問を晴らすべく、やよいが意識を集中させて時間を次の場面へと進ませていった。








「……本当に、店を出るのか? お前なら、わざわざ自分で身請け金を支払わずとも、上得意客が喜んで金を払うだろうに」

「ええんです。うちには、故郷で待ってくれてる人がおるんです。その人の下に帰るために、うちは一生懸命働きました。この身は大分汚れてしもたけど……それでも、あの人はうちを待ってくれると、約束してくださったんです」

 それから、幾年の月日が過ぎたようだ。
 僅かに疲れの色が浮かんではいるものの、数年前の変わらぬ美貌を保った遊女が店の主人へと大量の小判を差し出している光景を、蒼とやよいは二人して見つめていた。

「子供の頃、うちは家族のために遊女になることを決めました。うちを見せに売りさえすれば、両親と妹は飢えずに十分な飯を食べていける……そんな覚悟を決めたうちのことを、ずっと待ち続けると約束してくれた人がいるんです。うちは、その約束を守るために今日まで頑張ってきた……せやから、誰かに身請けされるのは御免です」

「ふん……わしとしちゃあ、金を払ってくれるなら何も言わないよ。お前がうちにもたらしてくれた利益は計り知れないしね。だが……そんな、子供の頃の約束が守られるほど、現実は甘くない。もしも行き場所がなくなったら、またうちに戻ってきな。この金は、使わずにいてやるよ」

「……おおきに、旦那はん。ほんま、今までお世話になりました」

 自分を気遣う主人の言葉に頭を下げ、自由の身となった女は店を出て行く。
 その背を黙って見送る主人の瞳は、この先に彼女を待ち受ける運命を悟っているかのように物悲し気であった。
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