和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第三章 妖刀と姉と弟

再会、蒼と冬美

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 時を同じくして、磐木市内。
 辻斬りが起きた現場を巡っていた蒼たちは、三件目の事件現場を検分しながら事件の概要について確認し合っていた。

「被害者は三人、奉行所に勤める同心たちだ。近くの壁や地面に残された痕跡から、少なからず戦闘が起きた可能性が高い」

「最初は行きずりの武士、次は磐木の剣道道場に通う門下生数名、そしてここで三人の同心たち……段々、相手を強くしていってるよね」

「……腕試し、ってことか。妖刀を手にした自分がどれだけ強くなったのか、それを確認するために辻斬りを……」

「少なくともここまではそうみたいだよ。でも、どっかでタガが外れて、人を斬ることに悦びを見出すようになっちゃったんだろうね」

 これまでに見てきた現場とそこで起きた事件の内容を再確認した蒼とやよいは、辻斬り犯である嵐の目的についてそう推察する。

 嵐は明らかに戦える技量を持つ人間だけを選別し、辻斬りを行った。
 少なくともこの三件目の事件までは、彼は己の技量を試すために人を襲っているようだ。

 最終的に村を一つ潰すまでの事件を引き起こすようになった彼だが、最初は武士としての想いが僅かに残っていたらしい。
 だが、それを逆に言えば、今現在はそういった自分の力を示すというよりも、人を斬ることに目的意識が傾いた危ない精神状態に陥っているということでもある。

 妖刀の邪気に飲まれたか、あるいは度重なる辻斬りの果てに人を殺す快感に目覚めてしまったか。
 そのどちらにしても、嵐が完全に人斬りへと堕ちてしまったことは間違いない。

 本来ならば同じ武士団の仲間として切磋琢磨し合う関係になるはずだった男がこんな凄惨な事件を引き起こすようになってしまったという運命の悪戯に心を痛めながら、蒼は未だに戦いの痕跡が残る現場の壁をそっと手で撫でた。

「深い跡だ……けど、この傷跡は何なんだ……?」

 石造りの武骨な壁には、まるで巨大な獣が爪を立てたかのような傷跡が残されている。
 三本の線が深くまで壁を抉り、大きく石壁を削いでいるその光景に眉を顰めながら、蒼はこの傷跡が出来上がった経緯を想像してみれば、既にその可能性となる答えを複数弾き出していたやよいの冷静な声が背後から響く。

「あたしや栞桜ちゃんみたいに形が変わる武神刀か、あるいは斬撃の数を増やす能力持ちか、はたまた純粋に嵐くんの剣技によって作り出されたか……蒼くん的には、どれだと思う?」

「……まだわからないよ。『禍風』については、百元さんから詳しく情報を聞いた方が良さそうだ。でも、この傷……相当に深くて広い範囲に渡ってつけられている。前二つの現場にもそれらしき跡は残されてたけど、段々と大きくなってるのは間違いない」

「慣れてきてるってこと? 嵐くんが『禍風』の扱いに」

 現場に残されている破壊の跡は、事件の毎に激しくなっている。
 この跡がどんな方法でつけられたかまでは想像出来ないが、嵐が人を斬る度に『禍風』の扱い方を習熟しているのは見て明らかだ。

 嵐はこの三件目の事件で既に相当な破壊力を持つ攻撃を繰り出せるようになっている。
 そこから更に人を斬り続け、村一つを崩壊せしめるだけの人を殺め続けた彼がどれ程までの力をつけているのかもまた、『禍風』の能力と同じく未知数だ。

 もしもまだ、これでも嵐が『禍風』の力を十全に引き出せていないとするならば、彼は人を殺める度に進化していくのだろう。
 それを防ぐためにも、嵐にこれ以上の人斬りをさせてはならない……そう、不安感を抱きながらも決意を新たにした蒼が、手を当てていた壁から離れた時だった。

「あの……失礼。私のこと、覚えてるかしら?」

「え……?」

 不意に自分へと投げかけられたその言葉に軽く驚きの表情を見せる蒼。
 彼に声をかけてきたのは、すらりとした垢抜けた感じの美少女だ。

 腰に武神刀を下げ、身綺麗な格好をしたその少女の顔を暫し見つめた蒼は、彼女が誰であったかを思い出すと同時にぽんと手を打った。

「ああ、あなたは確か、輝夜の戦の時の……!」

「覚えていてくれたのね。あの時は本当に助かったわ。改めて、お礼を言わせてもらうわね」

 出来る限り柔和な笑みを作りながら蒼へと語ったその少女の名は、七瀬冬美。
 燈同様に異世界から召喚された英雄の一人であり、今はその中でも中核を成すメンバーとして活動している少女である。

 燈が正弘と再会したのと時を同じくして、彼女もまたかつて自分を助けてくれた蒼と再会を果たしていた。
 輝夜から遠く離れた地での邂逅に驚きつつ、冬美は蒼へと穏やかな口調で質問を投げかける。

「驚いたわ、まさかこんなところであなたと会うだなんて……まさかあなたも、辻斬り事件の捜査を?」

「まあ、そんなところですね。その口振りからすると、あなたの方もこの事件に関わりがあるようだ」

 あまり深くは自分の事情は話さず、適度にぼやけた回答を返す蒼。
 冬美は特にそんな彼のことを疑うことはせず、彼の背後にある石壁に刻まれた大きな爪痕を見つめながら口を開く。

「痛ましい事件よね。もう何人もの罪のない人たちが辻斬りの被害に遭ってる。奉行所も頑張ってるみたいだけど、犯人を捕らえるには程遠い状況だわ」

「一刻も早く犯人を捕らえなければ、また事件が起きる。僕たちも出来る限りのことをしていくつもりです」

「……そうね。でも、一つ忠告しておくわ。この事件に必要以上に首を突っ込まない方がいい……あなたの強さは重々理解しているけど、ことはそう単純な話じゃないの。余計な手出しをすれば、とんでもない不幸があなたを襲うかもしれないわよ」

 この事件の背後に幕府と妖刀の影があることを知っている蒼は、冬美が部外者に極秘事項を知られたくないが故にこんなことを言っているのだということにすぐ気がついた。
 百元曰く、『禍風』は幕府が管理していたはずの妖刀。容易に盗み出せる代物ではない。
 だが、それが今現在こうして奪われ、凶行に利用されているということは、幕府が何らかの失態を犯したということだ。

 それが世間に知られれば、幕府の権威が大きく失墜する大スキャンダルになることは間違いない。
 だから奉行所と幕府はこの事件をあくまでただの辻斬りとして片付けようとしているのだと、そう理解した蒼は、自分たちが深くこの事件に関わっていることを悟られぬよう、曖昧な態度で冬美の追及の視線を躱した。

「ええ、まあ、善処しておきます。ですが、やはり無辜の民が傷つく様を黙って見ているわけにはいきません。僕たちは僕たちらしく、やれることをやっていきますよ」

「……そう。一応、忠告はしたとだけ言っておくわ。ところでなんだけど、あなたの相棒は何処にいるのかしら? 今日は別行動?」

 冬美もまた、蒼の曖昧な返事に深くは突っ込まない。
 自分たちがどうしてそこまでこの事件に蒼たちが関わることを嫌がるのか、という部分を指摘されると説明に困るからだ。

 お互いに握っている情報を開示せず、適度な所でわざとらしく話を切り替えた冬美に対して、蒼もまたその話題に乗っかるようにして真面目な話から離れていった。

「ええ、相棒は他の現場を調べに行ってますよ。ですから今日は――うわっ!?」

「あたしが相棒やってま~す!! よろしくね~!」

 冬美の疑問に対して答えを返していた蒼は、急に自分の背中に何かがおぶさった感覚に驚きの声を上げ、背後へと振り向く。
 そうしてみれば、にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべたやよいがぴったりと蒼の背中に体をくっつけるようにしておぶさりながら、楽し気に冬美へと挨拶をする様が目に映った。

「ちょっと!? どうしてわざわざ僕に引っ付きながら挨拶するのさ!? 普通に声をかければいいじゃない!」

「え~! いいじゃん、いいじゃん!! そんな気にしないでよ、蒼く~ん!」

「気にするに決まってるでしょう!? 色々当たってるから、さっさと離れてよ!」

「わかってないな~! これは当たってるんじゃなくて、当ててるんだよ! やったね蒼くん! 合法的に女の子のおっぱいの感触を楽しめるよ!」

「人前でそういうからかいをするのは止めて! あとお願いだから、さっさと離れて!」

 先ほどまでの冷静な姿から一変、顔を真っ赤にして背中に引っ付くやよいへと大声を上げる姿に、クールな冬美も笑いを堪えられなかったようだ。
 悪いとは思いながらも彼の必死な様子についつい噴き出し、クスクスと静かに笑いながら慌てる蒼へと追い打ちのような言葉を投げかける。

「あら、ごめんなさい。もしかして恋人さんと逢引の真っ最中だった? だとしたら私、とんだお邪魔虫だったかしら?」

「違いますから! 彼女はただの友人であって、恋人だなんてそんな関係じゃありませんし、逢引なんてもってのほかです! そもそも、僕たち以外にももう一人仲間が……って、あれ?」

 全力で冬美の言葉を否定していた蒼が、はたとあることに気が付く。
 周囲を軽く見回した後、確かに一緒にいたはずの同行者の姿が消えていることに気が付いた彼は、背中のやよいへと恐る恐るといった様子でこう問いかけた。

「あの、やよいさん……? 栞桜さんが何処に消えたか、知ってますかね……?」

「ううん! ちょっと前から姿を見てないよ! 多分、頭を使って考えるのが苦手だから、足を使って手掛かりを探そうとしてるんじゃないかな!」

「それ、俗に言うはぐれたって奴じゃないか!? 随分と呑気な感じだけど、土地勘のない場所で迷子になるって相当にまずい状況だよ!?」

「あ~、大丈夫だと思うよ。だってほら、栞桜ちゃんのことだから、向こうから居場所を教えてくれるっていうか、なんていうか……」

 三人一緒に行動していたはずの栞桜の姿がいつのまにやら見えなくなっていることに慌てる蒼であったが、彼女のことをよく知るやよいはそんな彼とは正反対の落ち着き払った態度を取っている。
 いったいどうしてそこまで呑気でいられるのかと考えていた蒼であったが、その次の瞬間には、やよいが言っていたことの意味を理解することになっていた。

「あんぎゃあああっっ!?」

「えっ!? な、何っ!?」

 途轍もない悲鳴が近付いて来ることに気が付き、顔を上げた蒼は、自分の真横を人らしきものが飛んで行く様を目にした。
 悲鳴を上げながら吹き飛んできたその男は、近くにあった石壁に直撃すると共にようやく動きを止める。

「ちょ、だ、大丈夫ですか!? いったい、何が……!?」

「あなた、タクト!? 何やってるのよ、あなた!?」

 上下逆さまの体勢で壁に張り付き、文字通り伸びている男の姿を目にした蒼と冬美がそれぞれに驚きの声を上げる中、ざわざわという人だかりからの声と共に低い唸り声を上げながら近づいてくる何者かの姿を見たやよいは、ふぅと息を吐きながら一言呟く。

「ほら、向こうからやって来た。栞桜ちゃん、一人でいると絶対に何らかの騒動に巻き込まれるんだよね~……」
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